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水仙や 寒き都の ここかしこ 「あっ...不破くん...」 「藤ヶ瀬か?」 週末の部活の帰り道。野暮用をじぃさんに頼まれて、帰宅路を遠回りしていた不破大地。見慣れぬ住宅街を通り抜けて、自宅へと足をむけていた時だった。ふいに、見知らぬ家の門から、一人の少女が出てきた。彼女は、通りすがりの大地に気がついて声をかけてきた。彼女は同級生。そして...さすがの大地も知っている。彼女が、自分のことをどう思っているのかを。 「どうしたの?、こっちに何か用事でもあったの?」 自宅とは正反対の方向である。藤ヶ瀬は瞳を丸くして、大地に問いかけた。彼女の肩よりやや長く伸びた髪が、早春の風に揺れている。学校では目立たぬ少女であるが、それがかえって、今時珍しい奥ゆかしさを感じさせる少女だった。 「野暮用があったので、こちらに来ただけだ。藤ヶ瀬の家か、ここは?」 彼女が出てきた家を見上げた。かなり大きなお屋敷である。これくらいの家に住んでいるのならば、相当な金持ちかもしれない。水野といい勝負だ。しかし、この地区は、桜上水の学区外である。ここからでは、桜上水に通えない。すると、 「ここ、おばあちゃんの家なの」 藤ヶ瀬は、おっとりとそう答えると、静かに微笑んだ。その雰囲気が、母親の乙女に類似していて、大陸やじぃさんは、藤ヶ瀬をかなり気に入っていた。 「そうか...」 大地はそう言うと、他に言う言葉が思い当たらなかったので、そのまま立ち去ろうと一歩、足を踏み出そうとした。しかし、その足元に、小さな影を見つけてはっと動きを止めた。 「あっ、ごめんなさい」 藤ヶ瀬が、それを抱きかかえた。それは小さな子犬。否、藤ヶ瀬が飼っている「豆芝」と呼ばれている犬種の犬だ。子犬に見えるが、成犬でもこの程度の大きさしかない。小型犬なのだ。犬は藤ヶ瀬に甘えるような声をあげたが、すぐに大地の方を見て、軽く吼えた。 「こら」 藤ヶ瀬が犬を嗜める。犬はすぐに大人しくなって、大地をじっと見つめていた。また風が吹いて、今度は微かに良い香りが漂ってきた。大地は、その匂いのする方へと顔を向けると、そこには水仙の花が咲き乱れたいた。 「うちのおばあちゃん、花を育てるのが大好きなの」 花は一面、藤ヶ瀬の祖母が住むという屋敷の周囲を囲むように咲いていた。 「お前の花好きは」 「えっ?」 「祖母ゆずりか」 突然、自分のことを言われて藤ヶ瀬は驚いた顔をしたが、すぐに頬を軽く赤らめて、「そうだと思う」と答えた。 「けど、ウチのお母さんは、花を育てるのって、大っキライなのよ」 「ん?」 くすくすと藤ヶ瀬は笑った。 「動物の面倒をみるのもダメ。面倒なんだって。自分と家族のことだけで手一杯なんだって、だから」 彼女はふっと息を漏らした。 「花を育てるのって、相当余裕のある人だって、つまり....ヒマ人だって言いたいみたい」 彼女はまた笑った。 「こんなに綺麗に咲くのにね。手をかけてあげれば、その分、こんなに綺麗に咲くのにね」 藤ヶ瀬もまた、大地を同じように水仙の咲き乱れる様子を見つめた。 「これが『ラッパ水仙』」 一番手前にあった水仙を指差して、彼女はそういった。 「その向こうに咲いている白いのが日本水仙。そして、一番遠くに咲いているのが、鈴蘭水仙」 彼女は一つ一つ指差して、大地に教えてくれた。だが、大地にしてみれば、皆同じような花にしか見えない。だが、鈴蘭水仙と指差された花だけは、他の水仙と違って見えた。 「あれだけ、花の形が違うな」 「そうね、けど、同じ彼岸花科なのよ」 「彼岸花...」 想うは貴方一人。 真っ赤な彼岸花の、花言葉の一つ。それを、思わずアイツに口走ってしまって気恥ずかしくなった記憶が蘇る。大地は顎に手を当てて、頬が赤くなるのを隠した。藤ヶ瀬はそれに気づかぬらしく、彼女はふっと小声で喋った。 「不破くんに似てるかしら」 「えっ?」 動揺を悟られまいとしていたので、大地は藤ヶ瀬の言葉に、過敏に反応した。彼女はふっと、また微笑んだ。 「鈴蘭水仙って、鈴蘭に似てるわよねぇ。別名は「スノーフレーク」。”小雪のかたまり”といった意味で、花言葉は...」 風が彼女の髪を揺らした。 「『皆をひきつける魅力』」 「??」 藤ヶ瀬の言いたいことが分からなくて、大地は小首を傾げると、彼女は犬を抱きかかえなおして、小さな溜息を漏らした。風は彼女の髪だけではなく、水仙の花達も揺らしている。藤ヶ瀬はもう一度溜息を漏らして、 「じゃあ、またね」 「あっ...あぁ」 大地は彼女を見送った。何が言いたかったのだろうか?、大地は「?」顔で、自分も家路へと歩き出した。その背中を、藤ヶ瀬が見つめているのも知らずに。彼女は、いつの間にか振り向いて、大地のことをじっと見つめていたのだ。二人の間には、水仙の花が静かに揺れている。 彼女は知っていた、大地が誰を想っているのかを。 自分がこれほど想っていても、それがかなわぬものであることも。 腕の中の犬が、くぅんと声をあげた。藤ヶ瀬は、それを抱きしめた。 「ホント、どうしてかしらね、不破くんって、どうしてこんなに皆のこと惹きつけるのかしら...」 彼女はぽつりと呟いた。そして、見えなくなった大地の背中から、咲き乱れる水仙の花に視線を移した。また、犬がご主人様を気遣ってか、小さな声をあげた。彼女はもう一度、犬をぎゅっと抱きしめた。 「ラッパ水仙の花言葉はね...『報われぬ恋』...なの」 それでも、私は貴方を待ちたい。この花には、そういった意味の花言葉もある。だから、私は待ち続けたい。 いつまでも。 おしまい ☆ ―――――――――― ☆ 梅の花も満開ですが、我が家では水仙の花も満開です。 date:2004.03.15 ☆ ―――――――――― ☆
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