旅の始まり
ザザァァン…。
波の音と、海を切る音。二つの音が交じり合い、辺りの空気を震わせる。見渡せば周囲は海。360℃の風景すべてが海となっている。それもそのはず、ここは船の上なのだ。オルタネイトとルーマニーとを繋ぐ貿易船。オルタネイトからルーマニーへはトラブルがなければ、約半月の航海となる予定だ。貿易船といっても、少しくらいの人を乗せることもある。もちろん、積荷がメインなので、普通の船のように大量の人を乗せるわけにはいかないが。
「ふわぁ…」
甲板のてすりに両手を乗せ、だるそうな瞳で遥か水平線の彼方を見つめている一人の女性が居た。短く切り揃えられた、奇麗な艶のある緑色の髪。そして、人懐っこそうな印象を与える優しそうな瞳であると同時に、物事を深く考えていなさそうな感じも見受けられる。女性にしては身長は高めで170センチはあるだろう。ジーパンに無地のシャツというお洒落のかけらもない服装ではあるが、不思議と彼女にはそれがぴったりとマッチしている。
彼女の名はセレスという。業界ではかなり名の知れたトレジャーハンターだった人間だ。過去形となっているのは、すでに彼女は足を洗っているからだ。そして堅気とはいえないが、また別の商売を始めようとしている。
この貿易船に乗っている経緯は、いかにも楽天的なセレスらしく、ただ退屈な暮らしが嫌なだけなのだ。
ほんの数ヶ月前、オルタネイトの北側に生い茂る魔の森、ジュンケの森に暮らす獣人の国・バストークの危機を救い、それがきっかけとなり、彼女の冒険魂に火が入ったらしい。街での生活、そして今まで売った名前を捨てて、一介の冒険者として旅立つ決心をしたのだった。
船に乗り込んでから1週間弱。残りの航海日数は半分となった。しかし、退屈を嫌うセレスにとって、なんの刺激もない航海は苦痛以外の何者でもなかった。部屋で暇を潰し、それに飽きれば甲板に出て海を眺める毎日。
「はぁ、暇ねぇ。景気よく、海賊とかが来襲してこないもんかしら」
などと物騒なことを呟きながら、同じように水平線の彼方を見つめつづけていた。
「………」
そしてセレスのいない船室では、赤いカチューシャを身につけた銀髪の少女が一人、ソファに身を沈めていた。
一見すると、人形と見間違うかのような、整いすぎた顔立ち。そして人間のような暖かみを感じない表情。セレスと似たような服装ではあるが、こちらはセレスと違い、少し浮いた印象を与えてしまう。
彼女の名はセリカ。先のバストークでの騒動の時にセレスと出会った、旧時代の生き残り。といっても人間ではなく、魔導人形と呼ばれる、マナを動力源とする戦闘兵器だ。最初の頃は本当に人形という感じではあったが、セレスと接していくうちに少しづつ変わってきている。その変化は微々たるものではあるが…。
セリカは特に何をするでもなく、ただソファに座り時を過ごしている。はたからみると、息をしているのだろうか? と心配になってしまうほど生きている気配を感じさせない。まるでこの部屋だけ、時の流れが止まってしまったかのようだ。
時々、思い出したかのように動くときもあるが、それ以外では決してその場から離れようとせず、じっとソファに身を沈めたままであった。
そんな風に退屈に時を過ごした結果。やがて、トリスタンより遥か西の国、ガーラン領ルーマニーへと到着した……。
「ん…んんー!!」
外に出るなり、セレスは思い切り身体を伸ばす。無理のない事だろう、今まで狭い船の中に押し込められていたのだから。甲板に出る事はできたが、やはり鉄の床と、土の地面では訳が違う。
隣ではセリカがいつもの無表情で立っている。本当に出会ったときと変わったのだろうかと突っ込みを入れたくなってしまう。
ちなみに船内と今では、彼女らの装備が違っている。
まずはセレス。
皮を硬くなめしたレザーアーマーに今では希少金属となっているミスリル製の胸当てを装備している。腕や足にも同じミスリル製の篭手やすね当てが美しい光を反射させている。
左の腰には女性が扱うにはやや大き目で、両手持ちのロングソード。背中にはナイフを差している。
やはり女性ゆえの非力というのがあるのだろう、比較的軽装となっている。武器は男顔負けかもしれないが…。
そしてセリカ。
基本的にはセレスと一緒である。違う点はミスリル製の防具を装備していないことと、武器を持っていないという点だろう。
彼女の武器はマナを物質化することで得られる剣だ。この剣の切れ味はそんじょそこらの武器を軽く上回るだろう。また、剣だけでなく、セリカの意志により、槍を創る事もできれば、飛び道具を創造する事も可能だ。どんな状況でも臨機応変に対応できるのがセリカの強みだろう。
「これからどうしますか? マスター」
セリカがセレスを見上げながら言う。この身長差ではさぞかしセリカの首が疲れることだろう。なにせ30センチほどの差があるのだから。
「そうね、とりあえずは情報収集ってとこかしら? 自由気ままに旅をするっていっても先立つものがないとね。今のところは困っていないけど、その手の情報はあって困らないはずよ」
その手の情報というのは魔物に関することだ。最初の方で述べた『堅気とはいえない、別の商売』とはハンターのことである。
ハンターとは魔物退治をして生計を立てる仕事である。街の設備ではどうしようもない魔物を退治したり、魔物の爪や皮膚、体毛などを売ることもしている。意外にも魔物によっては爪などが武器や鎧の材料になったり、体毛などが服の材料になることもある。また、稀ではあるが、内臓が薬になったり、その他の器官もいろいろな事に応用できたりするのだ。
「はい、わかりました。マスター」
二人は仲良さそうに並んで歩き、そのまま港を抜けルーマニーの街へと入って行った。
ルーマニーの街並みはどこにでもあるような、普通の大きな街と大差なかった。住宅街や繁華街といったように区域が整理されている。魔物などの襲撃はないのだろう。あまり警備の人間の姿を見掛ける事はない。そのせいか、武器を所持しているセレスたちは妙に目立ってしまい、街の人たちから奇異の目を向けられている。
(おい、剣なんて下げてるぜ。物騒だなぁ)
(いやぁね。なにを始めるつもりなのかしら)
遠巻きにそんな声が小声で聞こえてくる。言っている本人たちは聞こえていないつもりだろうが、鍛えぬかれた聴覚を持つセレスと、魔導人形であるセリカにそれが聞こえないはずない。
「あまり居心地は良さそうじゃないわね。この周辺の地図を買ってすぐに出発しましょう」
周りの非難の声は確実にセレスに聞こえているが、彼女はたいして気にしている風ではない。恐らくこんな風に言われるのはこれが初めてではないのだろう。いつものように堂々として、通りを歩いていく。
「はい…そうですね」
それにたいしてセリカは少し落ち込んだ風な感じを見せている。自分のマスターが悪く言われているのが悲しいのだろう。
これがセリカの変化だ。以前ではこのように表情を変化させることはなかった。しかし、今ではぎこちないまでも笑顔を見せる事がある。口調は変わらないので、少し不気味ではあるが…。
さすがに知らない街なので、雑貨屋にたどり着くまで長い時間がかかった。その間も道行く人々から腫れ物に触るかのような態度と取られたり、さっきと同じように陰口を叩かれたりした。
「いらっしゃい」
店内は薄暗く、明かりはと言えば天井からぶら下がった一つのランプくらいだ。その明かりに照らされて周囲に置いてある商品が不気味な光を放っている。どう考えても商売繁盛している感じではない。本当にここは雑貨屋なのかと疑ってしまいたくなるほどだ。
店の主人もその筋の人間のように思える。年齢に似つかわしくない、がっしりとした筋肉質の身体。顔の右頬に大きな切り傷がある。
(なんとなく、雑貨屋は表向きで、本当の仕事はアタシの求めているものかもね。少し探りを入れて見るか)
そう考えるが、当然の事ながらそれを表に出すような事はせず、何も知らない一般の客を装い話し掛ける。
「へぇ、店の割りにいい品揃えじゃない」
「ほっ、わかるのかい。お嬢さん」
セレスの一言が嬉しかったのか、仏頂面が少し愛想が良くなる。どうやらこの街にはこの店の品物が分かる人間がいないらしかった。
「道具だけでなく、武器まであるのね。これなんかこの辺りで売っているなんて珍しいわ」
そう言って一本のナイフを陳列棚から取り出す。それは刃が三日月のように反ったシミターと呼ばれるナイフだ。ちなみにこれのソードタイプでファルシオンという剣がある。どちらもこの辺りでは使われない剣だ。主に砂漠地方で使われる剣だが、それ以外の理由として殺傷能力が低いこと。それと扱うのに多少の熟練を必要とすることが挙げられる。
「ん……。魔力があるわね」
「へぇ、そこまでわかるとはかなりのもんだな。武器と装具といい、只者じゃないな」
「あなたもね。全身から修羅場を潜ったもの特有の気配を感じるわ」
「それはお互い様だな。何の用だ?」
「そうそう、この周辺の地図を頂戴。それと魔物関係の情報はあるかしら?」
手に持っているシミターを棚に戻し、店主に尋ねる。他の街の人からまったく話を聞く事ができなかったが、ここならその手の話しもありそうだ。なにせ、売っているものや店の感じがこの街の雰囲気とそぐわない。
「地図はこれだ。魔物関係というと、あんたたちはハンターか?」
「駆け出しだけどね」
あながち嘘ではないのだが、目の前の男には通じなかったようだ。
「嘘を言うな。あんたの全身から感じる気配は只者じゃないぜ。鳥肌が立ってくる」
「余計な詮索は意味ないんじゃない? 情報があるなら欲しいんだけど?」
「それもそうだな。……これだけもらうぜ」
指を三本立てる。その意味がわかったセレスは驚く。
「それはぼりすぎじゃないの? こんなもんでどう?」
指を二本立てる。
「ダメだね。こっちも商売だ。びた一文負けられない」
その真ん中を取ろうとしたセレスであったが、こうも強く言われたのではもう値引くことはできそうもない。おとなしく紙幣を取り出すとそれを男に渡す。
「毎度。……ここから北に行ったところ、リキュアという名の村がある。山間の村で周りを森に囲まれたところだ。そこで、最近ヘンな噂を聞く。満月の晩になると、必ず意識不明者が出るらしい。そこは農業で生計を立てている村でな。たいした武力を持っていないので、それに対抗できないでいるらしい。まっ、そこを救ったところでギャラは野菜になるかもしれんがな」
「なんか詐欺っぽいけど…いいわ。ありがたく貰っておくわ」
軽く礼を言うと、セレスはセリカを伴って店を出ようとする。が、それを男が止めた。
「待ちな」
どこか人を従わせる、強制力のようなものを感じたセレスは逆らう事なく振り返る。
「あんたは最初のお客ってことでサービスだ。もう一つタダで教えてやろう。最も魔物関係じゃないがな…」
「なんでもいいわ。言って」
「何ヶ月前か忘れちまったがな。一人、凄腕の男が来たぜ。全身黒装束で冷たい目をした男だ。獲物は自分の身長以上のグレートソード。そいつは仕事を探しに来たんだ。本人は傭兵といっていたからそれ向きの仕事を紹介してやったぜ」
(アルフレッドだわ。まさかこっちに来てたなんて…)
「そう、そいつに出会わないように気をつける事にするわ」
平静を装い、アルフレッドの事を知らない振りをする。もっとも、目の前のやり手の男をごまかせたかはわからない。男はふっと口元を歪める。
「なんかあったらいつでも来な。必要な情報は金をくれれば教えてやる」
「それはありがと。出来ればお友達価格にしてもらいたいもんだわ」
「ふっ、考えとこう」
「あっ…ふわぁ…」
店から出るなり大きなあくびをする。どうも店の雰囲気に疲れたらしい。
「はぁ、情報屋に接触できてラッキーだったわ。それっぽい感じがしたから行って見たんだけど、どんぴしゃだったわね」
「それでどうするのですか? リキュアに行きますか?」
「そうね、今はそれしか情報がない。報酬が野菜になったら困るけど、とりあえず行ってみましょうか」
「はい、マスター」
後書き
ども、ここに新しく書くのはお久しぶりです。セレスの冒険譚のプロローグ的なお話です。
とりあえず、旅をすることになった経緯や、二人の特徴なんかを書いてみたつもりです。トレジャーハンターの小さな冒険を読んでいなくても分かるようにしたつもりではあります、読んだほうが通りがいいのは間違いないんですけどね。
こっからこの国でのセレスの活躍や、冒険をきっちりと描いていきたいですね。この二人はかなり個人的に気に入ってるから少し頑張って書いていきたいと思ってます。仕事が忙しいから、前にみたいに定期的というのは難しいけど…。
後書きというより、今後の抱負というか、意気込みっぽくなってしまったけど、なにはともあれ、よろしくお願いします。