リキュアの村の異変
ルーマニーから北へ5日ほど行ったところの山間の村・リキュア。
外から見る限り、特にこれといって特徴のない平凡な村ということがわかる。緑豊かな大地や森に囲まれた地形。誰が見ても、のどかで落ち着ける村ということがわかる。
しかし、今この村でひとつの事件が起きていた。それは、満月の夜になると意識不明者が出るという事。この村は見ての通り、たいした力もないのでその事件に対処できないでいた。国も辺境の小さな村にまで、手を伸ばす余裕がないのだという。
その村にふたりのハンターが姿を現した。セレスとセリカだ。ルーマニーの情報屋から得た情報によって、この村の異変を探りにきたのだ。
ふたりが村の近辺にまでやってきたときには、すでに日が暮れてしまっていた。野宿は危険が伴うので、早々に村に寄りたいと思い歩を進める。
「……村が見えました。恐らくリキュアと思われます」
魔導人形であるセリカには、月明かりだけで、十分な視覚情報を得ることが出来る。セレスも夜目は利くが、人間である以上その能力にも限界があった。
「ふぅ、助かったわ。この辺の魔物は侮れないから野宿はしたくないのよ。早く村にいきましょ」
比較的涼しい夜なのだが、うっすらと汗をかいている。額の汗を拭うと、彼女はひたすらに村に向かって歩き出した。
「? 火が焚かれていますね。ひとりの女の子を囲むようにして、数人の大人がいます。様子から察するに口論をしている感じに見えますが」
セレスの目でも火は確認できる。が、人の姿までは見る事が出来ない。言われて見ればわかる、という程度だ。
「どんな雰囲気?」
「声までは聞き取れませんが、あまり穏やかではない感じですね。ほっておくと火あぶりにしそうな雰囲気です」
「ふむ…。急ぎましょ」
例の意識不明事件が関係しているかはわからないが、みすみすと見逃すわけにはいかない。ふたりは急いで村までの道を走り出した。
「犯人はコイツに決まってる。早々に村から追放か殺してしまった方がいい」
村長と思われる、壮年の男性が言う。彼の後ろには15歳ほどの少女。白いワンピースにクリーム色の帯を腰に巻いている。背中の中ほどまである綺麗な茶色の髪が、少し寂しげな感じだ。
村長の言葉にぴくりと反応しながらも、何も反論することはない。周りを囲む男たちは彼女の態度に確信を抱き、口々に物騒な言葉を紡ぎ出してゆく。それらは合唱のように鳴り響き、静かな村には異様な光景に映ることであろう。
「ねぇ、ここって宿ある?」
場に不似合いなお茶らけた声がすると同時に、一斉に合唱が止み、その声の主に視線が注がれる。
その声の主はセレスだった。この場の雰囲気を壊そうとわざとそんな声で尋ねたのだ。
「今は取り込み中です。もうしばらくお待ちいただけますか、旅の方」
慌てたような様子の村長が敬語で言う。さすがに外の人間に今のような言葉づかいをする村長はいないのであろうが…。しかし、時すでに遅しということもある。すでにセレスは今までの経緯は知っていた。
「追放だとか、殺すだとか穏やかじゃないんじゃない。確かにこの村で変な事件があるらしいけど…」
回りくどいことを好ましく思わないセレスらしく、単刀直入の直球で持って言う。
「知っているのなら話が早い。これは村の問題。外の人間にはあまり関わって欲しくないのですがね」
セレスの言い方に少し腹が立ったのか、わずかに村長の言葉に嫌悪感が混じる。しかし、そんなことには動じずにセレスは続ける。
「そんな言い方はないでしょ。アタシたちはその事件の解明に来たんだから」
そう言って、セレスはこの村に来た経緯を語った。
「なるほど、話は分かりました。ですが、もう事件は解決するところです」
「それは、後ろの女の子を殺す事で?」
ひょいと腰を曲げ、村長の後ろにいる女の子を見る。白いワンピースが炎で薄い赤色に染まっている。風で揺れる茶色の髪が彼女の儚さを際立てているように見える。
彼女はセレスとセリカのほうをちらりと見ると、特に興味を抱いた風でなく、再び地面に視線を落とす。
「……そうです」
少しの間を置いて村長は言う。
「根拠はあるの?」
「だから言っているでしょう。部外者には関係ないことです。あなたがこの事件を解決したところで、私たちには払えるものがない。報酬がない以上、あなたたちはすることがないはずです。おとなしく一泊したら出て行ってもらえませんか」
一時は溜飲が下がったものの、セレスが事件に突っ込むのが面白くないのか、再び語気を荒げる。が、セレスはなおも食い下がる。
「大丈夫、謝礼は要求しないわ。夜露をしのげる場所さえ提供してもらえばね。村長さんだって無実の女の子を殺したとあってはあと味が悪いでしょう」
セレスの言葉を聞き、村長を含め、周りの男たちがざわめきだす。
「ハンターって金を貰わないと何もやらない薄情な連中の集まりじゃなかったのか」
「オレが聞いた話だと、目の前に困っている人間がいたのに、出すものを出さなかったからそのまま去っていったというのもあるぜ」
などなど。ハンターに対する世間の見方がこれでわかったというものだ。無論、セレスもそんな風に見られている事は百も承知であるが。トレジャーハンターも似たような評価をされているからだ。
「無実ですと? 逆にお尋ねしますが、根拠はあるのですかな?」
「ええ。今のところは勘だけど、意識不明者を見せてもらえれば、確信に変わると思うわ」
自信たっぷりな態度でセレスが言う。彼女はいつもこうだ。自分の言う事に対して、自信なく発言することがない。組織のトップに立った事があるからなのだろう。長ともなる人間が自信なく発言していたら、誰も信用しなくなってしまうからだ。
「………わかりました。こちらへ」
わずかな沈黙のあと、村長は決断を下した。セレスの意見を聞いてから、もう一度考えようと。
村長のあとをセレスとセリカのふたりが追って歩き出す。
「ぁ…」
ふたりが少女の脇を通り抜けたとき、石のように固まっていた少女が小さな声をあげた。その声を聞き、セレスは立ち止まると、振り返ってにこりと笑ってこう言った。
「大丈夫。あなたは直接にはやってないだけだから。安心して」
その言葉に、今までどんな罵詈雑言を浴びせられてもぴくりとも反応しなかった少女が、はっとしたようにセレスの顔を見据えた。
しかし、すでに彼女は前を向いており、少女にセレスの考えを見抜くことはできなかった。
(あの人。知ってるの…。どうして……)
「ここです」
そう言って村長――名前をビイゼンと名乗った――が連れてきたところは病院のようだった。木造の大きな二階建ての建物。小さな村とはいえ、医療設備は普通の街くらい整っていそうだった。
「へぇ」
感心したようにセレスが感嘆のため息を漏らす。てっきり、病院といってもこじんまりとした小さな建物を想像していたからだ。
「意外に立派なのね。びっくりした。もっと小さいのもかと思ったけど…」
思うことを飾らずに言うという事は果たして良いことなのか、悪いことなのか。
「ここを訪れた旅人は皆そう言います。確かに浮いているかもしれませんが、医療が発達していれば、健康に暮らす事ができますでしょう」
「ま…ね」
「さっ、こちらです」
ふたりのハンターを伴い、ビイゼンは院内へと入っていく。セレスとセリカもそのあとに続いた。
木の床が時々、軋む。院内の廊下は大きく、広かった。大人が4人くらい、横並びでも余裕がある感じだ。待合室を通り抜け、長い廊下を歩く。2階へと続く階段を上がり、さらに歩き、やがて突き当たりの部屋に行き着いた。
「ここね」
「はい…。どうぞ」
ビイゼンが扉を開けると、セレスを先頭にして部屋にセリカ、ビイゼンが入室する。
普通の病室を2つ繋げた様な大きな部屋に、ベッドが10。そのベッドに6人の人間がまるで死んでいるように寝ていた。すぐにセレスはその中のひとりに駆け寄ると、自分の考えが正しい事を確認するためにある事を調べ始める。
「ここにいるものは皆、呼吸をしています。死んでいないのです。生きてはいるが、生きてはいない。変な言い方ですが、このような表現方法しか浮かびません」
後ろでビイゼンが言う。しかし、今の調べ物に熱中したセレスには何も聞こえない。ベッドに寝ている男の身体を横向きにする。
「……。なるほど。予想の通り」
自分の考えが正しかった事に満足すると、セレスはビイゼンに向き直る。
「ビイゼンさん。あの女の子の名前は? それと住んでいる場所は?」
「…はい、名前はリリア。住んでいる場所は村のはずれの川辺の小屋です。あの娘は孤児でして、早くに両親を亡くしています」
「オッケー。分かったわ。セリカ、いくわよ」
「はい、マスター」
「おっ、おい!」
ビイゼンの静止の言葉も聞かず、セレスはセリカを伴って一目散に川辺の小屋に向かって走っていった。
「ここかしらね」
地理に疎いせいか、何度か道に迷いながらもそれっぽい家の側までやってくることができた。ビイゼンの言うとおり、家の裏手には川が流れており、その静かな音がいい雰囲気をかもし出している。時折、家の脇に取り付けられている水車が軋んだような音を立てている。
こんこん…。
扉をノックする。しかし、しばらく待っても反応がない。念のためにここに来る前に、さきほどの火が焚かれている場所に行ったが、リリアの姿はなかった。ということは、ここにいるはずだ。彼女には頼れるものはいないのだから。
もう一度ノックしようと手を伸ばすと、扉の奥から声が聞こえてきた。
「誰?」
「アタシよ。さっきこの村についたハンター。話があるの。開けてくれないかしら」
……………。
少しの間のあと、鍵が外れる音がして、中からさっきの少女が顔を出す。
「どうぞ…」
かぼそい声で言うと、セレスとセリカのふたりを家に招きいれた。
「へぇ、一人暮らしって割にはいい感じね」
一間のなかに、流し、ベッド、テーブル、暖炉等がバランスよく配置されている。食事が終わったところなのだろうか、流しには食器が冷やされている。
「適当に座ってください。飲み物を用意しますから」
「ううん、それはいいわ。とりあえず、話いいかしら?」
飲み物は遠慮したが、クッションの上には座る。リリアもセレスのそんな態度が気に入ったのか、少し顔をほころばせる。
「とりあえず、自己紹介ね。アタシはセレス。駆け出しのハンターをやってるわ。んで、こっちがセリカ。アタシの頼れる相棒ってところ」
セレスの紹介にセリカがぺこりとお辞儀する。リリアも習ってお辞儀で返す。
「私はリリアといいます。6年前からここで生活しています」
そう言うとそれきり黙ってしまう。セレスが切り出すのを待つのだろう。その意思を汲み取った彼女は自分の考えを話し出す。
「結論から言うわ。あなたは直接的には手を下していない。でも、間接的には下している、と言ったところかしらね」
「……」
リリアは何も言わなかった。沈黙を肯定を受け取ったセレスは先を続ける。
「犯人はヴァンパイア。古からの吸血族ね。満月の夜に限定されていたからもしやと思ったけど、被害者を見て確信に変わったわ。首筋の2本の牙の跡は吸血された証拠。この村の人がわからなかったのは無理もないかもね。あまり表舞台には上がらない種族だから」
「……」
リリアはまだ何も言わない。
「ヴァンパイアに血を吸われた者は、死ぬか、そのヴァンパイアの僕になるかふたつにひとつ。けど、この村の人は死んでもいないし、僕にもなっていない。理由はあなたが一番知っていると思うけど?」
何も喋ろうとしないので、問い掛けるような話し方に変える。
「……」
「……」
お互いに無言。静寂な時が流れる。開いている窓からは、川の流れの音。そして、水車の回る音が聞こえてくる。子守唄にするには丁度良いだろう。
どれくらいの時間が立っただろうか。やがて、リリアがその重い口を開く。
「どうして私が理由を知っていると思うのですか?」
逆に問い返してくる。それにセレスは困ってしまう。理由に関しては、自信はある。ビイゼンの一言でピンと来たからだ。が、確信はない。しかし、今ここで言わなかったら何も進まなくなってしまう。セレスは覚悟を決めた。
「じゃ、言わせて貰うわ」
一気に言うことなく、宣言だけする。その宣言に対し、リリアが頷いたのでセレスは先を続けた。
「勘になるんだけどね。恐らく6年くらい前。あなたたち一家は魔物に襲われた。そのせいで両親は死去。普通ならあなたも死んでいておかしくないわ。だからアタシはこう考えたの。誰かが助けたんじゃないかってね」
「……」
セレスの話をただただ黙ってじっとリリアは聞いている。お構い無しにセレスは続ける。
「助けたのはヴァンパイア。今、村に事件を起こしている張本人。あなたは助けられた恩で彼のことを黙っている。けど、あなたは彼に言った。命まではとらないで欲しいと。力を蓄えたら、村の人を元に戻して欲しいと……ね」
そこまで言ってセレスは一息ついた。今のが彼女の考えだ。彼を庇っているから、殺されそうになっても口をつぐんでいたのだろう。もしくは、魔物に加担した罪滅ぼしのつもりか。
「……なぜわかったんですか?」
話を聞き終え、リリアが言う。その言葉はセレスの考えが正しい事を物語っていた。
「言ったでしょ。勘よ。村長があなたは前に両親を亡くしていると言った。けど、何不自由なく生活している。あの村人の様子だと、援助してもらっている感じではなかったしね。誰かから生活を助けてもらっていたんでしょ。その誰かは被害者の傷でわかったんだけどね。もっとも、あなたが何不自由なく生活しているからこそ、疑われたんだと思うけど」
「はい、その通りです」
何も反論することなく、リリアは素直に認めた。わずかに瞳を曇らせたまま…。
「あの…お願いがあるのですが…」
リリアが言い終わる前にセレスは手で制す。曇った瞳の意味が分かったからだ。
「安心して。退治するなんて無粋な真似はしないわ。あなたの命の恩人なのだからね」
「……ありがとうございます」
大きな瞳に涙を溜め、リリアは泣き出した。よほど、そのヴァンパイアを信頼しているのだろう。なんとなくセレスはふたりの関係を、アクアとルドラに似ているような錯覚を覚えた。
「!!」
泣いているリリアに手を伸ばしたとき、凄まじいまでのマナをセレスは感じた。それはセリカも同じようで、わずかに身体を動かし、戦闘態勢に入っている。
「マスター」
「ええ、噂をすれば影ってヤツかしら」
セリカと違って、セレスは戦闘態勢に入っていない。マナの持ち主に殺気がこもっていないからだ。もっとも、セリカはセレスに万が一がないように戦闘体勢をとっているのだろうが。
ガチャリ…。
ノックもなく扉が開くと、ひとりの青年が入ってきた。年は24ほどに見える。顔立ちは整っているが、どこかに野性味を感じさせる雰囲気を持ち、赤い瞳が異様な迫力を醸し出す。黒い衣服の上にマントを羽織り、そして普通の魔物とは一線を画するマナ。
「リリア、この者たちは?」
ふたりに殺気がないことを分かっているのだろう、戦闘体勢をとることなく部屋に入ってきた。
「大丈夫、敵じゃないわ。安心して」
「あなたがヴァンパイアさんね。初めまして、アタシはハンターのセレス。こっちは相棒のセリカ」
「ハンターか。今まで何人ものハンターを見てきたが、あなたのような人は初めてだ」
リリアの隣に腰掛けると、ヴァンパイアは言う。
「それはどういう意味で初めてなのかしら」
「何、あなたが思った通りで当たっていると思う。ハンターといえば、魔物退治専門だ。しかし、魔物を前にして戦う事はせず、自己紹介をするとはね。相棒が魔導人形というのも凄いな」
「相棒というより、友達って感じだけどね」
「ふっ、なるほど。それだけであなたの人柄が分かる。そうだ、私の自己紹介がまだだったな。私の名はアストリア。知っての通りヴァンパイア一族だ」
そう言って自己紹介する。セレスから言わせれば、十分にこのヴァンパイアも変わっていると思うだろう。ハンターといえば、魔物の敵。しかしその魔物の敵に自己紹介をしているのだから。
「詳しい経緯は知っているわ。あなたはこれからどうするの? 恐らくアタシがここを去っても新たなハンターが来ると思うわ。そいつがアタシのような人間という保障はないしね」
「分かっている。今日はそのことでここに来たんだ」
すべてを承知しているという目でセレスを見る。その目で、彼女はアストリアの考えを見切った。となると、セレスにできることはひとつだけだ。
「それじゃ、アタシたちはこれで帰るよ。もう事件も起こらないだろうし」
腰を持ち上げると、そう言いセリカを伴い家を出ようとする。が、背後からリリアから声を掛けられる。
「あの……ありがとうございます。最初に来たハンターがあなたで良かったです。おかげで私…」
それにセレスは片手を上げて答えると、リリアの家を後にした。
「それでは、いくか」
「うん」
ふたつの影は寄り添い、村から姿を消した。
そして、数日後には意識不明だった村人が元に戻ったのだという…。
後書き
久しぶりかもしれない更新です。この話はちょっと前に書けてたんだけど、夜はとっとと寝てしまうので掲載していませんでした。ちなみに今は結構遅い時間。11時頃です。もう寝ないと、明日がヤバイ…。という話は置いといて。
一応、セレスの冒険譚の第二話みたいな感じです。このシリーズは長編というよりは、セレスの冒険の様子を一話完結みたいな感じで書いていきたいと思ってます。といっても、ここで登場したキャラが後に再登場したり、話に若干の繋がりができる可能性はありますが…。
個人的は割りとよく書けたのではないかな? と思ってますけど、いかがなもんでしょうかね。
でも、最後のヴァンパイアの登場はちと蛇足だったように思えます。登場させないほうが、すっきりとしたのではないか、と考えて見てしまったり…。
さらに言って見ると、セリカのセリフが少ない。というかないも同然。でも、セリカというキャラを考えると自然という気もする…。その辺のバランスは毎回言ってるけど、難しいモンです。
では、次の後書きで会いましょ〜。