アクア 遺跡へ
(5)
ペチペチ。
人の肌を叩く音が響く。音の元はセレスだ。先の戦闘で気絶してしまったアクアの頬を平手で軽く叩いている。
「ほ〜ら、起きなさいよ〜」
まるで母親が子供を起こす、というよりはデキの悪い娘を起こしている母親のような口調で呼びかけている。
「…ん……」
頬の痛みによるものか、それともセレスの声なのか、ゆっくりとアクアの目が開かれる。
自分の目前にあるセレスの顔。まだ異臭の漂っている空間。しばらくしてやっと自分がどのような状況にあるのかを悟った。
ガバッ!!
飛び上がるようにして立ち上がると、すぐに頭を下げる。
「ごめんなさい! 私ったら気絶しちゃうなんて……」
まともにセレスの顔を見られないのだろう、頭を下げた状態のまま向かいにいるであろうトレジャーハンターに謝る。
「ん…、まあ、しょっちゅうじゃ困るけどね。今回は大目に見てあげるわ。ただし、次はないわよ」
「……うん。善処する」
いった言葉は尻すぼみ状態だ。上げた顔には若干の涙が見て取れた。
「とりあえず話は、ここから離れてからね。そろそろ戦闘型がくるわ」
きびすを返すと、すぐに通路へと歩き出す。それを黙ってアクアは追っていく。
「ねえ、アクア」
歩いている途中、ふいにセレスが話し掛けてきた。
「なに?」
「ルーシアクンに会いたい?」
なにをいまさら、という質問。アクアの答えはもちろん決まっている。
「そりゃあね。でなければ旅なんてしていないわ」
自信を持って、キッパリと答える。
「それじゃあ、ルーシアクンがこういった遺跡に潜っているという情報を得たとして、あなたはどうする?」
「…やっぱりその遺跡にいくんじゃないのかな?」
先ほどの答えより若干の自信を無くしたような口調。さっきの戦闘の結果が堪えているのだろう。
「まあ、そうだろうね。そのときにはアタシはいないのよ。自分一人で自分自身の身くらいは守れるようにならないとね。
でなければ命を落とすわ。この遺跡探査で多少の戦闘経験は得ておきなさい。今後のタメにもね」
普段のおちゃらけた感じはなく、一人の冒険者の先輩としての忠告。
幾多の死線を潜り抜けているセレスだけあって、その言葉には、重み、そして説得力があった。
「うん、頑張る。いまはまだ足手まといかもしれないけど、やってみる」
「そうね。期待してる」
振り返ったその顔は笑顔。アクアの答えに満足したのだろうか。
……そして10階層。
ここにくるまでの間、かなりの数の戦闘を経験してきた。ざっと10は超えるだろう。
ガーディアンも魔獣タイプではなく、『遺跡を守るもの』らしく、リビングアーマーなどが主流となってきた。
セレスは已然として余裕の態度で探索に臨んでいる。
アクアも最初に比べると緊張感が抜けてきたようだ。戦闘中に気絶することも無く、なんとかセレスの援護をしている。
この成長の早さにはさしもののセレスも驚きの色を隠せない。
ルーシアに会いたい、という一念の成せる技なのだろうか?
「ちょっと休憩しようか? ここまで休み無しだったからね。アタシはともかくアクアはツライんじゃないの?」
「……うん、正直にいうとちょっとね…」
「ん、素直でよろしい。それじゃ、座りましょうか」
ニッコリと微笑むと、床に腰を下ろす。アクアもそれに習った。
「ホントは明かりも欲しいところなんだけどね。薄暗いたいまつで勘弁して」
そういって、二人の前に持っていたたいまつを立てる。
「ううん、大丈夫だよ。これだけでも十分な休憩になるから」
膝を曲げ、その膝に両手を組むように座りながらいう。セレスも似たような感じで座っているが、こちらは少し崩れている。
「でも、アクアもたいしたものね。こんなに早く戦闘に参加できるとは思わなかったわ」
アクアが戦闘に参加したのは5回目のときだった。それ以前は気絶することこそなかったものの、やはり立ちすくんでしまっていた。
しかし、回数を重ねるごとに耐性ができてきたのか、積極的な参加をするようになり、いまでは多少の援護までできるようになった。
「うん、私もビックリしてる。なんでかな?」
矢筒から一本の矢を取り出し、それをもてあそぶような感じでつぶやく。
「さぁ、アタシにはわかるハズもないわ。それだけルーシアクンに会いたいって考えておけばいいじゃない」
「そうだね。そういうことにしとく。でも、……あまり強くはなりたくないなぁ」
ポツリともれ出た言葉。それは聞き捨てならない雰囲気を放っていた。
「どうして? 強くならないと旅は続けられないし、ルーシアクンを探すのだって…」
「それはわかってる。でも、やっぱり私は普通の女の子として生活していきたいから」
両手を解き、足をグッと伸ばす。
「あら、それはちょっと失礼じゃない? アタシが普通じゃないってことになるわよ」
少し目を細める。
「あ、ごめん。そんなつもりじゃなかったの。ただね……」
「わかってるわよ。もともとアクアは普通に生活してたんだからね。その気持ちはわからなくもないわ。アタシはもう戻れないけどね」
手をプラプラさせながらケラケラと笑う。いまの人生の選択に悔いはないのだろうか。
「セレスはトレージャーハンターやってどれくらいなの?」
この若さにして手馴れた感じがしすぎるので聞いてみる。
「ん〜…そうね。かれこれ8年か10年ってところかしら。正確な日数なんて忘れたわ」
淡々と語りながらそういって再び笑う。しかし、その言葉はアクアを驚かせるには十分だった。
「8年か10年って…セレスってそんな子供の頃から……」
事情を聞こうともしたが、なにか特別なことがあったら、いけない。好奇心を押さえ、なんとか踏みとどまる。
「まあ…いろいろとあったからねぇ。あの頃はさ」
「そう……」
なんと答えていいのかわからないアクアは、そう曖昧な返事しかできなかった。
「ちょっと話が戻っちゃうけどね。アクアは普通がいいっていったじゃない?」
「うん、いったよ」
「普通なんて言葉は人それぞれよ。アタシにとっては、こうやって遺跡に潜っているのが普通だし、アクアは街での生活が普通なんでしょ」
「…いわれてみればそうだね」
納得し頷く。
「要は自分らしさを失わないことじゃないのかな? 仮にアクアが高い戦闘能力を身につけたって、アクアがいう普通の生活のなかではそれを使わないようにしていればいいんじゃないの? 全部アタシの持論なんだけどね」
「……」
(確かにそうかもね。旅が終わったら、護身術を身につけた程度に考えておけばいいか)
セレスの持論を聞き、そんなことを思う。
「さ〜てと、そろそろいきましょうか。多分、もうすぐで最下層のハズよ。気を引き締めていきましょう」
立ち上がるとズボンを二度三度とはたく。アクアも立ち上がると同じような行動をとる。
後書き
どうも、筆者のぱんどらです。 オリジナル小説第2章・第18話『ドラゴン乗りの少女 アクア 遺跡へ (5)』掲載完了です。
う〜ん、まあ、普通の会話形式っぽい話でしたね。前回の展開から一気に下がったような感じ。
セレスのトレジャーハンター歴や、アクアの戦闘経験と、いろいろと書けたと思います。
蛇足だけど、セレスがいってた『普通』という言葉の定義は俺の考えだったりもします。ここじゃ詳しく書きませんけどね。
そろそろ遺跡探査もおしまいに近づいてきました。あと2回くらいの予定。最後までお付き合いください。