旅の終わり…


 ガガガガガガガ!
 鈍い音と共に破壊のドラゴンが封印されている間への扉が開かれる。
 ここまでさしたるトラップもなく、簡単に辿り着くことができた。
 だが、胸中は簡単ではないだろう。この部屋に近づくたびに胸が締めつけられるような思いにかられていくのをアクアは感じていた。
 ゆっくりと部屋に入る。いままでの部屋は円筒形だったが、ここは正方形で造られていた。
 一本の細い道。道の両面に水が張られている。その水は不思議なことにまったく濁っていなかった。水の下にある床の模様までをはっきりと見て取ることができる。
 その水面と道に平行して明かりが灯っている。最初から灯っていたのだろうか。それとも扉が開くと同時に灯る仕掛けだたのだろうか。
 そして道を真っ直ぐにいったところ。5メートル四方のレリーフが置かれていた。
 レリーフにはドラゴンの猛々しい姿が刻まれている。それが美術品でないことはすぐわかった。
 そのレリーフに刻まれたドラゴンこそ、破壊のドラゴン・シューティングスターに他ならない。
「ついに、ここまできたのね」
 セレスが呟く。彼女の目的が達せられようとしていた。しかし、アクアには素直にそれを祝福する気にはなれなかった。
 この部屋に入る前と比べると、さらに神妙な面持ちをしている。
「アタシはここまでね。あとはアクアとルドラに任せるわ」
 ポン、とアクアの背中を叩くと、セレスは入り口の方へと戻っていく。
「ルド……」
 必死になって涙をこらえているのだろ。緊張というか、こわばった表情だ。
 それとは打って変わって穏やかな顔のドラゴン。
「アクア、お前には世話になったな」
 口調もいままでとかわらない。よく通る野太い声が封印の間に木霊する。
「ううん、世話になったのは私のほうよ。あなたが協力してくれなかったら…私一人ではここまでできなかった…」
 ドラゴンの顔をじっと見つめながら真摯な顔で言う。
「お互いさまということだな。お前と出会って、旅をしてわしは本当に良かったと思っている。この数千年、心から楽しいと思えることはなにもなかった。だが、お前との旅、これは楽しかったよ。お前と…そしてルーシアと…出会えて良かったと本気で思う」
 ルドラの瞳から一筋の涙が零れ落ちる。ドラゴンの涙。後にも先にも、ドラゴンが人に対して涙を流したのはこれが最後であろう。
「うん、私もあなたと会えて、そして旅ができて良かった。本当にありがとう」
 ルドラの涙に触発されたのか、抑えていたものが一気に溢れ出す。
 一度流れてしまった涙は止められない。あっというまにアクアの頬、そして拭っていた手がびっしょりと濡れる。
 スッ…
 アクアが両手を広げ、ドラゴンの顔をその胸に抱き入れる。
「ありがとう」
 小声で。その言葉は短いが、彼女のルドラに対する気持ちがすべて現れていた。
 そして……二人は離れる。
 ルドラは一歩先に。そしてアクアは一歩後ろに。
「セレス。哀しき心を持ちながらも、強き心を失わなかったトレジャーハンター。きっと父親はあの世で笑っているだろう」
 扉によりかかるようにして立っているセレスをその両目にしっかりと焼き付けながら言う。
「やれやれ、アンタには隠し事はできないね。ありがと、そうであることを祈ってるよ」
 片手を上げながらルドラに答える。
 その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいるのをアクアは見て取ることができた。
「アクア。優しき人の娘よ。お前のその優しさ、決して忘れることのないようにな。誰もがお前のその心に救われるだろう」
 今度はアクアの姿を両目に焼き付ける。
「うん、わかった。ありがとう、ルド…」
 目には涙を浮かべているが、確かな笑顔でルドラを見送ろうとする。
 それが彼に対する一番の別れの仕方なのだろう…。

 ルドラがレリーフに向かい合うようにして立つ。
 今。守護を司るドラゴン、ルドラと。
 今。破壊を司るドラゴン、シューティングスターが。
 数千年の時を隔て、再び巡り合った。
 守護のドラゴンの瞳は穏やかで。
 そして優しさに満ち溢れていた。
「シューティングスター……」
 親友を呼ぶ声。それが静かな部屋に響く。それに答えたのか、レリーフがわずかに動いた。
 カッ! パァァァァァ…。
 ルドラの身体が輝き始める。その光景はまさに神の姿のように、二人には映ったことだろう。
(さようなら、愛しき友よ…)
 ルドラが心の中で呟いた。
(さようなら、心優しいドラゴン)
 そしてまた、アクアもそのような事を心の中で呟いていた。
 光をまとったドラゴンが。……ゆっくり………ゆっくりと…レリーフに入って行く。
 アクアとセレスの二人は、一瞬も見逃さないように…瞬きをもしないで…その光景を見守っている。
 カッ!! パァァァ。
 再び光が溢れる。
 そのあまりの激しさにアクア、セレスの両名とも思わず目をつむり、両手で顔を覆う。
 やがてゆっくりと、その光は激しさから優しさへと変化する。そして……光は消え去った。
 光がなくなると同時に目を開ける。
 その視線の先にはすでに、ルドラは……いなかった…。
 アクアは走り出す。レリーフに向かって。
「…ルド……」
 レリーフの絵が変わっていた。翼を広げ、今にも飛びかかってきそうな猛々しいドラゴンの絵ではなく、2匹のドラゴンが寄り添い空を悠然と飛んでいるような絵だった。
 きっと今は、どこかで何かを語りながら大空を思いきり舞っているのだろうか?
(さようなら、ルド。あなたのことは忘れないわ)


 ドラゴンの塔の外。いまだに帝国とハンター。そしてルーシアとアルフレッドが激闘を繰り返していた。
 旧時代の兵器の残骸や、帝国兵、ハンターの死体がそこここにある。
 いつまでも続くかと思われたその死闘は、あるひとつの異変により遮られた。
 パァァァァァァ…。
 突然、ドラゴンの塔が輝き出したのだ。塔全体を包んでいた光は最上階へと収束し、一本の光の矢となって天空へと昇っていった。
「どう思う?」
 鍔迫り合いの最中だったアルフレッドとルーシア。その光を見てルーシアが話しかける。
「ふん、答えるまでもないだろう」
 ガン!!
 力任せに剣を押し、ルーシアを弾き飛ばす。
 大剣を鞘に収めると、地面に投げ出していたマントを拾い上げ身につける。
「これからどうする気だ?」
 もはやアルフレッドに戦う意志はないのだろう。ルーシアも剣を収める。
「さあな。あてのない旅を繰り返すさ。傭兵で生きていくのも悪くない」
「そうか…」
 それを最後の言葉とし、ドラゴンスレイヤーは森の中へと消えていった。
 最後にドラゴンの塔を眺めて……。
 そしてルーシアも塔を眺めていた。
(破壊のドラゴン、そして守護のドラゴンがいなくなったか。これで破壊と再生を司る存在がいなくなったことになる。俺も一度すべてをやりなおした方がいいと思ったこともあったが、今はこれでいいかな。これからどうなるかは、諸王国次第か。俺には関係のない話かもしれないけどな)
 塔を眺めながら、消えたと思われるルドラ、そしてアクアのことを思いながら。
 ふと気がつくと、先ほどまでの激戦の音がしなくなっていた。
 ルーシアが回りを見渡すと、帝国軍は敗走をしているところだった。
 旧時代の兵器を次々と破壊され、そしてドラゴン消滅が士気に影響したのだろう。
 多大な犠牲者を出しながら、ハンターたちはこれに勝利した。しかし、素直に喜べないのかもしれない。死んだ仲間のことを思うと。
 彼らが弔いを始めたので、ルーシアもそれを手伝い始めた…。


「アクア…」
 レリーフの前で呆然という感じで立ち尽くしているアクアの背に控えめにセレスが話しかける。
 その後ろ姿は覇気がなく、いますぐにでも倒れてしまうような雰囲気を発していた。
「大丈夫よ、セレス。泣いていたんじゃルドに笑われちゃうものね」
 クルリと振り向く。笑顔で。その表情はさきほどの後ろ姿がなんだったのか、と言いたくなるほどに気持ちのいいものであった。
「そう…じゃあ、いこうか?」
 ここで自分も辛気臭い顔をしてはせっかくのアクアの表情もかげってしまうだろう。そう思い、セレスもいつもと変わらぬ笑顔で問いかける。
「ええ、そうね。ルーシアやみんなが心配だし」
 セレスがどういった方法で戻るのか、それはすでに知っているので問わずにおく。
 サイドパックをごそごそといじり、しばらくしてから前に一度みた水晶球を取り出した。
 それはいつかの冒険時にも使用した帰還魔法の封じられた球だ。
 二人がぴったりとくっつく。そしてセレスが地面にその水晶球を叩きつけた。
 パリン!
 ガラスの砕ける音ともに光が二人を包み、やがてその姿を消した。
(さようなら、ルド)
 消える前…アクアはもう一度、笑いながらそう心に思った。


2001年 7/8 ぱんどら

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