森の異変
カサ…カサ……カサ…。
地面に降り積もった落ち葉を踏みしめる音がする。静かな森だから、どこかにいるかもしれない妖魔にも聞こえてしまいそう。でも、今のところは、魔の気配は感じることはない。アタシはあまり神経質な方ではないので、気にすることなく森を進んでいく。
アタシはこの街にきた二つの理由の為に、今ここにいる。
一つは至極簡単な理由。友達であるアクアに会うため。感動の再会、という訳ではなかったけれど、あの娘は純粋にアタシと再会できたことを喜んでくれた。
そんな風に素直に喜ばれたことのないから、少し戸惑ってしまうけれど、でも…嬉しかった。
そしてもう一つの理由。以前にアタシが父さんの跡を継いで組織したハンター軍。戦闘部隊は解散させたけど、情報部隊は念のために残しておいた。その情報部隊の一人からこんな報告を受けた。
「最近、ジュンケの森に魔物が出入りしているみたいです。下級の魔物でなく、中級クラス、中には魔獣を見たと言う報告もあります」
この報告を聞いて、アタシはオルタネイトに向かう決心をした。魔物の出没が気になったからだ。
アクアの話によると、この森でルドラと出会ったみたい。もしかしたら、『ルドラ』という存在がいなくなったせいで、この森に魔物が増え始めたのかもしれないと思ったから。
歩いていて分かる。この森はいかにも魔物が好みそうな雰囲気をしている。
森の入り口付近はそうでもないけど、例えば今歩いているようなところ。太陽の光が届くか届かないかというくらい、うっそうと茂る木々。恐らくもう少し奥まで足を踏み入れたら、陽の光など一切遮断されるに違いない。
それにところどころから魔力のような物を感じる。きっと、魔鉱石などが転がっているのだろう。
魔鉱石というのは、その名の通り魔力を秘めた石。魔物はそういった流れのある場所を好む傾向があると、何かの本で読んだ記憶がある。
これほど魔物にとって都合のいい条件があるというのに、今まで街が襲われなかったのが不思議でしょうがないように思える。
自警団に努めて分かったけど、普通こういった森に生息する魔物に対抗できる人物は数えるほどしかいなかった。
「…もう出会ってもいい頃なんだけどね……」
かなり奥まで進んだというのに、いまだに魔物の気配がしない。半信半疑で身につけてきた魔除けのお守りが効いているのだろうか。アタシは胸の辺りにぶら下がっているお守りを手に取って見る。これといって強い魔法力を感じることはない。
「まっ、信じる者は救われるってやつかな?」
いくらアタシだって、好き好んで魔物に出会いたいわけじゃない、当然だけど。出会わずに、ある程度の調査が出来ればいいのだし。
気を取り直して森の調査に入る。調査といってもそんなに小難しいことはやらない。ただ、地面の状態や森の地形などを調べるくらいのこと。
地面に足跡が残っていれば、それでどんなタイプの魔物が生息しているかの予測が立てられる。地形は戦闘に有利な場所を見つけたり、逃げる時のルートを確保する時。
念のために装具は戦闘用にしてある。剣にレザーアーマー。それと、アクアは信じられないような顔だったけど、鎧代わりの外套。できれば戦いたくはないけど、なんだかさっきから妙な視線を感じるな。
アタシはその視線の持ち主に気づかれないように、自然な仕草を取り繕いながら、近くの木に寄りかかり休憩のふりをしてみる。
案の定、向こうの動きも止まった。明らかにアタシを監視してる。殺気や敵意を感じることはないから、向こうから仕掛けてくる心配は今のところないようだけど、油断はできない。きっと人間じゃないだろうし。
腰にぶら下げてある皮製の水袋を取り出し、それを一口二口と飲む。冷たい水が胃に染み渡る感じがする。真冬のこの時期に冷たい水っていうのも変だけど、歩き詰めで汗をかいていたせいか、ひどくおいしい。
(さてどうしたものかな。こっちから接触を試みるか、それとも向こうからを待つか……)
油断なく相手の気配を察知しながら、アタシはもう一度水を飲み身体を休める。さすがに完全リラックスじゃないから、疲れることは疲れるけど、歩きながらだともっと疲れてしまう。贅沢は言えないので止む無く、向こうを伺いつつの休憩。
「えっと…現在位置は…っと」
コンパスを取り出すと、その変化にアタシは驚いてしまった。針がどこを示す風でもなく、グルグルグルグルと回り続けているからだ。
「おかしいな。入り口付近ではこんなことはなかったんだけど…。魔鉱石の魔力の流れで磁場が発生しているのかな?」
まっ、こんなこともあろうかとちゃんと緊急脱出の為の用意はしておいたけどね。アタシはコンパスをバッグにしまうともう一度木に寄りかかる。
頭上の気配は相変わらずアタシを監視するようにじっとして動かない。このまま何もしないっていうのもシャクだし、接触を試みることにしてみた。別に根負けしたわけじゃないからネ。
外套を着直してアタシはそこから移動する。案の定、その監視さんもアタシのあとをついてくる。木々の間を移動しているのに、音をたてていない。それどころか気配すら感じない。アタシは精神集中しているからわかるけど、普通だったらこんなのに気がつくわけがない。…なんかこういうと、アタシが異常みたいに聞こえちゃうなぁ。
監視者の気配を探りつつ、アタシは森の中を歩き続けた。もちろん、それと平行して森の調査も怠らない。我ながら器用なものね。
しばらく行くと開けた場所に出た。……誰かここで戦ったのかな? 少し様子がおかしい。人為的に荒らされたような木々。ところどころが軽く焦げている木もある。……アタシには関係ないか。
さて…そろそろ……。
「さっきから誰? こんなか弱き乙女を付け回しているのは」
上に向かって叫ぶ。しかし何の反応もない。小癪な!
アタシはブーツに仕込んであるダガーを抜くと、それを投げる仕草をした。すると…、
「待て! 私はお前に危害を加えるつもりはないし、戦うつもりもない。そんな物騒なものはしまえ!」
反応があった。声からして男性。年齢は20代真ん中というところだろうか。人間であれば、だけどね。
「そう思うなら姿を現すことね。陰からこそこそしているんじゃ、遠慮なくこれを投げるわよ」
「……分かった」
なぜだか悔しそうな声。絶対にバレないという自信があったのかな? 気持ちはわからないでもないけど。熟練した盗賊であっても、ここまで見事に気配を消せるはずないものね。
ガサガサガサ!!
葉のこすれる音が大きく響いたかと思うと、今の今までアタシを監視していた者がその姿を眼前に晒した。
「へぇ〜、納得」
その様相を見、アタシはここまで見事に気配を消せたわけを理解した。消すことができて当然だったのだ。
「か弱い乙女、というわりには戦い慣れしているようですな。棒立ちのように見えるが隙がない」
「あら? わかるの?」
「もちろん、私を見ればわかるだろう」
「ま…ねっ」
その監視者…やはり人間ではなかった。人狼とでもいうのだろうか。狼のような顔、毛並み。鉄製の胸当てを身につけ、腰に布を巻いている。ウルフリングと呼ばれる森の種族。
「ウルフリングって初めて見たわ。普段は滅多に人前に姿を現さないのにね」
「現さないのではない。現せないのだ。我らとて人と友好な関係を結びたいと思っている。が、人は自分らと姿がかけ離れている者はすべて『魔物』と分類してしまうのでな」
「ふ〜ん、なるほどね。それじゃ、なんでアタシの前には出てきたのかな?」
少し意地悪を言って見る。相手の答えは決まりきっているのはわかっているけど、なんとなく言ってみたくなった。
「分かってていっているだろう。貴方が攻撃を加えようとしたからだ」
あら? 少し怒っちゃったかな? 当然か。初顔合わせの人間にこうも言われたんじゃね。
「ごめんなさい。ところで、あなたはどうしてアタシをつけてたの?」
向こうに戦いの意思を感じることがないので、アタシは持っていたダガーをブーツに戻すとウルフリングに尋ねた。
「なに、森の監視というところだ。最近、妙に魔物が多いのでね。ちょっと前にも戦闘がこの辺であったな。人間6人くらいとマンティコアだった。マンティコアの逃走ということで決着がついたらしいが」
そっか、あの戦闘跡はそういうことか。マンティコアということは、戦った人間というのは自警団ね。まっ、あの連中なら魔獣とやっても倒せそうだけど。
「心当たりがあるのか?」
アタシの表情を見てウルフリングが聞いてくる。そっか、そういう顔してたのか。隠すことではないのでアタシは正直に言う。
「ええ、オルタネイトの街の自警団の連中よ。退治にやってきたのは、その中でもトップクラスの人達」
「そうか、人間の中にも強いのはいるものなのだな。剣を持った二人は文句なしに強かった」
きっとその二人は部隊長のハンスとルーシアのことだろう。確かにあの二人の強さは半端じゃない。
「でも、貴方も監視とは奇遇ね。アタシも似たようなものよ」
「ほぉ、貴女のような人を派遣するとは…」
呆れたような、感心したような顔と声。う〜ん、なんか複雑。頼りないとか思われてんのかな? それとも、自警団は人手不足とか? まぁ、自警団にどういう評価を下されようとアタシは痛くも痒くもないけどサ。
「言っとくと、これは自警団と関係ないの。アタシが勝手にやってるだけ」
「それはまた、なかなか正義感がおありのようで」
いきなり相手の口調が変わる。なんか馬鹿にされているみたいで感じ悪いなぁ。ひょっとしてこれって、さっきの仕返し?
「ねぇ、これってさっきの仕返しなワケ?」
と聞いて見る。
「そんなところかな? これであおいこって訳だ」
む〜、なかなかいい性格してるじゃない。アタシはからかうのは好きだけど、からかわれるのは好きじゃないのよ。でも、まっ…いっか。
ウルフリングの笑みを見たらなぜかそんな気になった。なんでだろう、不思議な感じ。気品っていうのかな? アタシの嫌いな王族っぽい気配がするんだけど、彼はそんなに嫌な感じじゃない。
「……ところでアタシたちの利害は一致してるわよね。互いに森の異変に気がついてこうしているわけだし。情報交換でもしない?」
さすがのアタシでもこの広大な森を一人で調べるのは不可能。情報部隊は戦闘はできないから頼むわけにはいかない。こうなると、森の種族であるウルフリングの協力が得られるのはありがたい。
「ひとつ、聞かせてもらいたい。君はなぜこの森を気にかける?」
?? 気にかける理由? そんなの決まってる。アタシの持っている力を役立てたいから。偽善っぽい考えだけど、せっかく得た力を野放しにせず、何かの役に立てたいと思ったから。
その思いをそのまま目の前のウルフリングにぶつける。
「なるほど。…わかった、協力しよう」
にやりと笑うと自分の持っている情報を互いに交換し合う。
あまり得るものはなかったけど、ひとつの確信を得た。この森の異変が出始めたのが5.6ヶ月の間。丁度、ルドラがこの森から離れた時期と一致してる。やはり、ルドラという強烈な存在がこの森全体を包んでいたんだ。しかし、そのルドラはもうこの世にいない。いるかもしれないが、もう目で姿を確認できる存在ではない。
ウルフリングはその異変に気がつき、森の巡回を始めたみたい。そのおかげか、街に被害があまりいかなかったみたいね。ウルフリングの戦闘能力ならば、この森の治安を守るくらいはわけないだろうし。
「これからどうするの?」
手頃な切り株に腰を下ろし、アタシは聞く。もちろん、この森のことだ。
「そうだな、君は街の生活がある。基本的な巡回は私が引き受けよう。ただ、込み入りそうな時はすぐにわかる手段で連絡を入れる」
アタシの正面に座っているウルフリングがそう言う。手段って、どういう方法を取るんだろう? 考えるけど、すぐにわかる、というので気にしないでおくことにする。
「オーケーよ。……そうそう、今度さ友達を連れてきていいかな?」
「……はっ?」
ポーカーフェイスだったウルフリングの表情が、今始めて崩れた。なんか、楽しいな。彼がこういう風になるの。
「…友達って…大丈夫なのか?」
何を言ってるんだ、コイツは。みたいな顔でアタシに聞き返してくる。絶対に大丈夫よ。
「大丈夫、絶対に。アタシが保証する」
ドラゴンと旅してたから平気、と言いたいところだけど、そうするとジュンケの森の異変の原因系に、アクアがされてしまいそうだからあえて伏せておく。
「ふ〜ん、まぁいいかな。私としても理解ある人間と話し、交流を深めるのは大事な仕事と言えるからな」
「仕事?」
ウルフリングの仕事ってなに? 純粋な興味からの疑問。ところが、彼から貰った言葉はアタシが感じてた違和感そのものだった。
「ああ、そういえば自己紹介をしていなかったな。私の名はザッパ。誇り高き森の種族・ウルフリングの王だ」
後書き
お久しぶりのぱんどらです。大悪司にハマっていてまったく書いていませんでした。でも、今週は2本立てということで。
初チャレンジです。今回の話の書き方。なんと、一人称!! ちなみに主役はセレスです。明記していないけど、わかるよね?
書きやすかったような、書きにくかったような、微妙な感じでした。慣れていないせいも多分にあるんでしょうけどね。
でも、登場人物が一人だけ(途中から二人になるけど)だと、こうのが書きやすいような気がしないでもないです。
実はこのザッパ登場の話はアクア主役だったんです。(話も出来上がってる)でも、どうにも変な感じだったんで、悩んで悩んでこの形に落ち着いたというわけ。
ちなみにアクアバージョンは、アクアが森に迷ってそこを助けてくれるというもの。
一応、このあとにも続くような感じなので、ザッパの登場はもちろんあります。ここからいろいろなイベントを起こせればいいな、と企んでます。
蛇足だけど、ザッパの元ネタはモロアレなんです。分かる人は一発ですな。