セリカの心



 二つ目の遺跡の解放に成功したアタシたちは意気揚々と獣人の国――後から聞いたんだけどバストークというらしかった――に凱旋した。戻るや否や最初の時よりもさらに良い待遇で迎え入れられ、まるで英雄のようだった。それを見聞きしアタシはある事を感じた。
 人はザッパやアレフの言う通り、姿形で判断するところがあると思う。もちろん、そうじゃない人もいると思うけど。でも、この国の人は、アタシのような人間や、セリカのような魔導人形でも、差別することなく接してくれている。すべてがこうであれば、世界は平和でいられるのかな?
 怪我を癒す暇も無いほどにドンチャン騒ぎが続いた。疲れてはいたけれど、とても楽しく過ごす事のできた祭りだった。
 そして、祭りが終わって数日後の日…。

「マスター、おはようございます」
 アレフの家の一室。この国に留まる事が決定したので、アレフの好意に甘えこの部屋を借りる事になった。
 ひとつのベッドにソファ。木製の机がひとつと椅子が2脚。クローゼットなどの家具も充実しており、ちょっとした宿屋の一室のようだ。
「おはよう、セリカ」
 アタシはベッドから這い出る。交代でベッドを使おう、とアタシは彼女に提案したのだが、セリカはそれを丁重に断った。断り文句はもちろんアレだ。そんなわけでアタシがベッドを使い、セリカはソファを使っていると言うわけ。
「お食事の用意がされています」
 言ってテーブルを指差す。そこには以前と同じ、だけど量を控えめにしてある食事が置かれていた。きっと、祭りでかなりの量を食べたので、胃がもたれているのかもしれない、という配慮なのだろう。なんとなく、アタシはそんな彼らの気配りが好きになる。
 このような好意を無駄にはしたくないので、もちろんアタシはそれをおいしく頂いた。
「ところでセリカ」
 食事を終えて、アタシは聞きたかったことを聞くことにした。
「はい、なんでしょう」
 セリカはソファに腰掛けている。アタシは椅子に腰掛けている。
「ケイオスのことなんだけど…」
「……」
 セリカはじっと黙ってアタシを見つめている。次にアタシが発する言葉を待っているように。
「ケイオスはあなたとは違うけど、同じ旧時代の生き残りと言えるわよね?」
「…はい、そうなります」
 ケイオスのトドメを刺したのはセリカ。命令したのはアタシなんだけど、それがずっと心に引っかかっていた。あれで良かったのだろうか、と…。
「あなたの数少ない同胞を殺してしまったわけだけど、あなたは後悔していないの?」
 我ながら間抜けな質問だとは思う。だってそのように命令したのはアタシ。本来ならこんなことを言う資格なんて持ってない。でも、前に彼女は言った。

「うん、ありがとう。でも、嫌なことはハッキリと嫌といってくれていいわ。アタシはあなたの意思を尊重したいと思ってるから」
 アタシはこう言った。そして、セリカの答えは……。
「……はい、わかりました」
 と、若干のためらいがあったものの、そう言ったのだ。

「後悔などしておりません。ケイオスはマスターの敵だったのです。マスターの敵は私の敵です」
 事も無げにセリカは言った。
 これだとセリカの意思はどうなるの? アタシの意思がセリカの意思になってしまう。それがアタシにはたまらなく恐い。アタシにはそんな資格はないと思うから……。
「前に言ったわよね? 私はあなたの意思を尊重したいって。あなたの自分の意思ではどうだったの?」
 以前の事を持ち出して、もう一度似たような質問をする。
「…私の意思ですか。私に自我があるのかどうかわかりませんが、やはり後悔はしていません。かつての同胞だったとしても攻撃を加えられた以上は敵となります。敵は殲滅すべきと、私の中にプログラムされています」
 自我があるのかどうかわからない? そんなこと決まっているじゃない。セリカは間違いなく自我を持っている。自分で考えて、自分で行動を決めることができるはずだ。それはできること。しかし、セリカはプログラムのせいにして、できない、と思い込んでしまっているのかもしれない。その辺りをなんとかできれば、セリカを変える事ができるかも。
「…プログラムとかの話は抜きにして、あなた個人の意思を聞かせてほしいの。こういう風にプログラムされているからこうだ、とかじゃなくてね。あなたが自分の意思で考え、そして自分の意思で導き出した答えを。自分の感情で出した答えを」
「………」
 なにやらセリカが難しい顔をしている。アタシはそんなに難しい事をいった覚えはない。でも、魔導人形である彼女にはやはり難しい問題なのかな? アタシにはプログラムには絶対、という気持ちはわからないからその辺りの微妙な気持ちを察することができない。
 やがて、数分の後にセリカが口を開いた。
「…申し訳ありません。マスターの仰りたい事柄は理解ができません。敵は敵。味方は味方。目的達成のための障害ならば、排除する事にためらう必要はないでしょう」
 これ以上このことを話題にしても、きっと堂々巡りね。まだ、セリカには人間の感情というものは理解できないのか。アタシやザッパ、アレフと接している内にひょっこりと理解できるようになってくれたらいいんだけど。
 この娘には笑ってもらいたい。こんなに可愛い顔をしているのだから、笑ったほうがいいのに。
 アタシがきっと……そう必ずこの娘に感情というものを教えて見せるわ。
「それに……」
 そこで話が途切れたのかと思ったが、セリカがさらに続けた。
「マスターは感情と仰りますが、私には感情がわかりません。仮に感情があったとしても、それはプログラムされた感情です。私の意志ではありません」
 寂しいことをセリカが言う。感情がわからない。ということは、喜んだり、怒ったり、泣いたり、笑ったり、楽しんだり。そういうことがまったくできないということになってしまう。それは悲しすぎる。アタシはセリカを人間として見ているから余計にセリカの言葉が悲しいものに思えてしまう。
「木々を見たら、セリカはどんなことを思う。花でもいいわ」
 唐突にアタシはそんなことを聞く。これでセリカの現時点での感情がわかるはず。
「木々ですか。そうですね、その地が豊かな証拠です。木々がたくさんあるということは栄養素が豊かということ。自然と動物が共に平等に生きていくことができていると思います」
 その答えにアタシはがっくりと来る。それは感情で考えた答えでなく、理屈で考えた答え。ここで、綺麗と思います、とか、心が落ち着きます、とか言って貰えたらアタシは楽になれたんだけど。
「綺麗とか、心が洗われるって思わない?」
 耐え切れずにアタシは聞く。しかし、セリカの答えは、
「綺麗ですか? 木々や草花に対して綺麗というのは分かりません。心が洗われるというのも同様です」
 というような素っ気ないものだった。
 ふぅ、あせっても仕方がないか。ゆっくりと、亀の歩みのように少しずつ理解していってもらおう。
「アタシはちょっと外に出るけど、セリカはどうする?」
 このまま話を続けても無意味と悟り、気分転換をすることにした。
「私は今日はここにいます」
「そっ、わかった」
 アタシはセリカに帰る時間を告げると、部屋をあとにした。
 そして、アタシがいなくなった部屋の中で……。
「ツァスタバ様…。私はいつかマスターの問いに答えることができるのでしょうか? マスターの問いに対して満足してもらえるような答えを出せるのでしょうか? 私はどうすればいいのでしょうか? ツァスタバ様……」


 アタシは前にアレフに案内してもらった、バストークの広場にやってきた。ベンチに腰を下ろし、風で揺れる木々。そして波立つ水面を眺めてる。綺麗だと、アタシは思う。豊かな大地の恵がここにはある。確かに危険地帯なのだろうけど、それを差し引いてもここは美しいと思えた。
 しかし、セリカにはその気持ちがわからない。どうすればいいのか、アタシにはさっぱりわからない。今のアタシにはわからないけれど、未来のアタシにならできるのだろうか? 未来に答えを投げ出してしまってもいいのだろうか?
 いろいろな答えが出ては、それは消えていく。未来に答えを投げ出したとしても、今のアタシが答えを探すために頑張らないと、未来にも当然のことながら答えは出ようはずもない。
 あの時はあせっても仕方がないとは思ったけど、こういうところのいるとセリカにもこの美しさを理解してもらいたいと思い、答えの出ない考えに耽ってしまう。
「どうした、何か考え事か?」
「??」
 周囲からではない。頭上から聞き覚えのある声がアタシに囁きかけてきた。
「ザッパか。森の見回りは終わったの?」
 アタシは言う。こんな登場の仕方ができるのは、ザッパしかいるはずがない。
「ああ、異常はなしだ」
 小気味良い音を立て、ザッパが木の上から飛び降りてくる。そこで初めてアタシはウルフリングの姿を知覚した。
 相変わらず野性味のある顔だ。元が狼だから当たり前なのかもしれないけど。でも、厳しそうな瞳の中に優しさを見ることも出来る。そして、王としての威厳も。
「で、何を考えていた」
 アタシの目の前にやってくると悩みを聞こうとしてくる。興味本位でなく、本当に心配してくれてるんだ。
 今までにそんな風に心配してくれる人は一人しかいなかったので、こんなとこでそう言う人に出会えたことが妙に嬉しい。
「あ……うん」
 言葉を濁す。これはアタシとセリカの問題なのかもしれないし、他者に言うことではないのかもしれない。
「話したくないのなら、無理にとはいわんが」
 お決まりのセリフだけど、本心からのこのような言葉はやはり嬉しいものだ。アタシは思うことを直接聞く事はせず、遠まわしに聞いて見る事にした。
「ザッパは森の見回りをしているのよね?」
「ああ、それが仕事だからな」
「それじゃあ、魔物が見つかった場合の対処は?」
 ここでセリカならば、平和を守る為の目的として排除するというような答えを出すと思う。でも、ザッパは、
「殺しはしないさ。無駄な血は流さないことに越した事はない。ただ、我らの国の3キロ以内に近づいたらやむを得ないがな。しかし、魔物もその辺はわかっているのか、それ以上は近づいてくることはないさ」
 そう言って笑った。アタシもそう思う。セリカの考えが正しいのか、ザッパの考えが正しいのかはわからない。どっちも正論なような気もするから。
 無駄な血を流さないために黙認し、国が滅ぼされたら元の子もない。ならば、殺られる前に殺るということも分かる。この中間の答えがザッパの言う守備範囲を決めて、防衛をするということなのだろうか?
「どうかしたか?」
 再び考え込んでしまったアタシを見て、ザッパが心配げに聞いてくる。いけない、いけない。頭の中がそっちに一杯になっちゃってるわ。これじゃ何のために息抜きにきたのかわからないわ。
「ううん、なんでもないの。それより次の探索予定は?」
 悩みを見抜かれないように、努めて平静を保ちながら聞いた。やはり今の段階では相談はできない。アタシ個人でできるとこまで頑張ってみて、それで駄目なら彼らを頼る事にしよう。それよりも今はやらねばならないこともあるし。
「そうだな、私もあなたもまだ傷は癒えていない。アレフも魔力がまだ全快していない状態だ。最低でもあと一週間はかかるだろうな。あせらずにゆっくりと、この休息を楽しんでくれ」
 アタシは今すぐにでも出たいと思っていたけれど、ザッパの言う通りまだ体調は万全ではない。遺跡探査は何が起こるかわからない。万全の態勢を整えて望むべきだとアタシも思うので、はやる気持ちを抑えてザッパに賛同する。
「あなたが何で悩んでいるかは知らないが、あまり自分の内に溜め込まないほうがいい。一人で悩んで答えがでないことでも、誰かに話せば楽になることもできるだろう。……それではな、まだ仕事が残っているので」
 去り際にザッパが言った。それに対して礼を言おうと思ったのだが、すでにザッパはアタシの目の前から消えていた。
「ありがとう、ザッパ」
 姿はないが、それでもアタシはお礼が言いたくなり、ザッパが消えたであろう森へ感謝の気持ちを送った。



後書き

 どうも、筆者のぱんどらです。 トレジャーハンターの小さな冒険・第八話「セリカの心」掲載完了です。
 前回以上にセリカに悩まされています。あ〜、非常に難しかった一本です。私的に良く書けたほうと思ってますけど。
 なんつーか、セリカは心情描写をメインに据えているような感じだから、今後もこういう話みたいなのは出てくるかもなぁ。
 いきなり変わらずに、ゆっくり少しづつ。それができればセリカに関しては概ね満足できる気がします。
 最近はセリカは自分を描いているような気もしてるんですよね。まっ、プライベートでなく、仕事中のオレですけど。プライベートも似たようなものか。
 笑わない。無駄口言わない。とことん無口。オレもセリカのように変わっていけたらなぁ、と不毛な事を考えてみたり。
 作中でのセリカのプログラム。これ、オレは人にも似たような所があるのではないかと思ってます。
 セリカはプログラムの操り人形。人は遺伝子の操り人形なんじゃないでしょうか? 学がないのでよくは解かりませんが。
  では、次の後書きで。



2002年 2/17 ぱんどら

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