セリカの心
2
三つ目の遺跡の解放に成功し、アタシたちは前と同じようにバストークへと帰ってきた。そしてまた同様の手厚い歓迎を受け、アタシたちは楽しい祭りの夜を楽しんだのだった。
「ふわぁ…」
自然と目が覚め、大きく伸びをする。時計を見ると、もう午前も終わろうという時間だった。ん〜、昨晩も騒いだからなぁ。幸いな事に二日酔いにはなってないけど。まぁ、酒は飲んでも飲まれるなっていうし、ちゃんと自制してるからね。
「おはようございます。マスター」
声を掛けられ、その方向を見ると、セリカが人形のようにソファに座っていた。服もいつもの私服に戻っている。
「おはよ」
挨拶を交わし、アタシはベッドから降りる。テーブルに目をやると、そこにはいつものように朝食が置かれていた。といっても今の時間じゃ、朝食というより昼食という感じね。
冷めてしまっているけれど、好意を無駄にするのは嫌いなのでアタシはおいしく食事を頂いた。
「どうぞ」
テーブルの上に飲み物が置かれる。匂いから察するにコーヒーのようだった。
「あら、どうしたの? セリカが淹れてくれるなんて」
珍しいこともあるものね。アタシは少しビックリしてしまう。いままでこんな事はしなかったのに。というか、いつこんなのを覚えたんだろう?
「…おかしいですか?」
多分、落ち込んだのだろう。なにせ、表情や口調に変化がないものだから分かりにくい。でも、この状況をアタシに置き換えれば彼女の気持ちも理解できる。悪いことをしちゃったな。
「ううん、おかしくないわ。ちょっとビックリしちゃって。むしろ嬉しいかもね」
そう言ってコーヒーを飲む。…初めて淹れたのにしてはひどくおいしいわね。飲み込みも早いのかしら? やっぱり。
「嬉しい?」
コーヒーを飲むアタシを見ながら、怪訝そうにしている。
「うん、嬉しい。いままでやらなかった行動をセリカが自主的に取ってくれるとね」
「そういうものなのですか?」
「ええ、そういうものよ」
コーヒーを再び口に含んで、アタシは笑顔で答えた。
何かあったのかな? こういうことをするなんて。コーヒーの淹れ方なんて教えたかしら? アタシ?
記憶を辿ってみても、そんな覚えは微塵もない。お風呂以外は基本的にセリカと一緒だから、なにか特別なことを教えていれば覚えているようなものなんだけど。まぁ、聞いてみれば早いか。
「コーヒーの淹れ方、アタシ教えたっけ?」
「いえ、ザッパ様から教えてもらいました」
?? 聞いてから数秒、アタシの意識は飛んだ。なぜにザッパが? というかいつ?
「あ〜…いつ教えてもらったの?」
なんとか意識を戻し、アタシは苦笑いを浮かべながら質問を繰り返していく。
「遺跡でマスターとアレフ様からはぐれたときにです」
ああ、あのときか。……え? 遺跡で…?
再びアタシは自分の意識が遠のくのを感じる。しかし、そこをなんとか踏みとどまった。なんで、遺跡内でコーヒーのレクチャーしてるのよ、あの男は!? この場にはいないウルフリングを心の中で罵倒する。
「いえ、その……私のほうから…です」
アタシの表情から何を考えているのか悟ったのか、ザッパをフォローするような形でおずおずとセリカが言う。
う〜ん、これはこれで衝撃ね。カルチャーショックというところかしら。
「なんでまた?」
ショックを引きずったままの状態でアタシは言った。自分でもわかるくらいに声が裏返ってる。
「はい、ザッパ様に言われました。自分の事を大切に思っている人の為に、何かをしてあげるべきだと…。それでマスターがコーヒーを好きというのを思い出しまして……その…」
そこまで言うと、セリカは恥ずかしいのかよくわからないけど、俯いてしまった。
「…あの…何か?」
アタシの顔を見ながらセリカが言う。不安そうな顔をしている。いけない、顔に出ちゃったかな?
どうも、セリカがアタシに何かをしてくれたという喜びよりも、遺跡内でコーヒーについて話している姿が可笑しくてついつい頬の筋肉が緩んじゃう。ぱしっと頬を軽く叩いて気を引き締める。
「ううん、遺跡内でそんな話をしてるのが可笑しくて」
って違う。なんで、思ったことを口にしちゃうのよ、アタシは。言いたいことはそれじゃない。
「ありがと。嬉しいわ、アタシの為にそうやって何かをしてくれること」
言い直して、アタシはコーヒーを飲む。うん、おいしい。お世辞抜きで本当に美味しいと思う。初めてでこれだけ淹れられればかなりいい腕だわ。この分なら料理とかも教えればかなり上達しそう。その辺りはアクアにでも頼もうかな?
そんな取りとめのない事を考えながら、アタシは出されたコーヒーをおいしく頂いた。
「ごちそうさま」
カップをソーサーに戻し、一言。気のせいか、セリカが少し微笑んだような気がした。アタシが置いたカップとソーサーを取ると、セリカは台所へと歩いていく。
少し開いた窓からは森の匂いを乗せた風が入ってくる。その優しい匂いは、ここが魔物の跋扈する危険な森ということを忘れさせてくれる。散歩にでも行こうかしら? 森の香りに誘われるようにアタシは思った。どうせならセリカも誘おうかな?
「これから散歩にいこうと思うけど、セリカはどうする?」
カップとソーサーを洗っているセリカの背中に話し掛ける。なんというか、妙に台所で洗い物をしている姿が似合うわね。言ったあとで、そんなことを考え思わず苦笑してしまう。
「…ご一緒してもよろしいのでしょうか?」
洗い物の手を休め、こちらを振り返る。なんとなく不安そうな雰囲気を感じるのはアタシの気のせいなのかしら。さっきから無表情ではあるけれど、感情のようなものを感じる時がある。う〜ん、よくわからないなぁ。
「もちろんよ、断る理由はないわ」
考えても仕方がないか。とりあえず、セリカが自主的に何かをするということだけで大きな進歩だと思うし。あせらずにじっくりと行く事にしよう。
午後の昼下がり。天気はいいはずなんだけど、森の木々に遮られ太陽の光は届かない。せいぜい木漏れ日が少し入る程度だ。でも、風は申し分ないと思う。オルタネイトでの海の匂いのする風ではなく、緑の匂いのする風。どちらもアタシの心を落ち着かせてくれる。そして、決して多くないけど、この国に暮らす人々。人口、そして人種の差はあれど、オルタネイトと同じような活気がある。
当てもなく歩いていたら、この国の憩いに広場に辿り着いてしまった。無意識下でここに向かっていたのかな? まぁ、いいや。適当なベンチに腰を下ろし、再び森の風を浴びる。ふと気がつくと、セリカはベンチに腰掛けずにアタシの隣に立っていた。
「座れば?」
アタシの問い掛けにセリカは迷った様子を見せたが、やがてゆっくりと椅子に腰掛ける。そうして、二人でしばらく森の風景と風を楽しむ。最もセリカは本当にそれを楽しんでいるのかはわからないけれど。
「マスター」
眼を閉じてゆったりとしていると、セリカが声を掛けてきた。
「何?」
「はい、気持ちいいのですか?」
恐らくここでこうして風を感じる事を言うのだろう。具体的な言葉で現すのは難しいけれど、アタシは気持ちいいと感じる。だからそのままのアタシの思った答えを返してあげる。
「そうですか……」
会話が途切れ、セリカはアタシと同じようにして眼を閉じ、風に身を委ねている。きっと、アタシの感じている同じものを感じたいと思ったのだろう。それはそれで嬉しいことだと思う。例え今はわからなくともいずれ分かる時が来る。それにそういう行動を取ってくれるのがやはり嬉しいものだ。
いつかきっとセリカにもアタシの感じていること。そして眼で見ているものを感じてくれることを祈り、アタシはその日一日をここで過ごした…。
後書き
どうも、筆者のぱんどらです。 トレジャーハンターの小さな冒険・第十一話「セリカの心 2」掲載完了です。
ということで、再び日常編です。セリカにもう一度、焦点を置いてみました。
前回の時と、微妙な変化が描けていればいいなぁ、と思ってます。何度も何度も言っててくどいけど、心情描写は難しいです。
いきなり変えるわけにもいかないから、余計に難しく感じるのかもしれない。少しづつ、少しづつ。
では、次の後書きで。