水中飛行
透き通る水がアタシの周囲にある。信じられないことだけど、アタシは水の中にいるのだ。生きている間にこんな経験ができるとは思っても見なかった。潜るだけなら誰でもできることだけど、背中の酸素ボンベによって呼吸ができる。おかげでアタシは長時間の間、潜っていることができるのだ。
アタシの前にはセリカがいる。魔導人形たる彼女は生命活動に酸素は必要としない。マナさえあれば、どこででも生きることができる。さっき聞いた話だと、今アタシが背負っている酸素ボンベのような働きもできるという。要するに、マナがまったくない場所であっても、ある程度のマナを体内に蓄積することができるのだそうだ。
「……」
水中なので喋ることはできない。身振り手振りで話すしかないのだ。
アタシは指でセリカの先を指す。この先? と自分では言っているつもり。そしたらセリカはゆっくりと頷いた。どうやら通じたらしい。まぁ、この程度だったらね。
しっかしまぁ、うっとりするほど綺麗な水だわ。不純物0%という感じ。遥か遠くまではっきりと見ることが出来る。オルタネイトに面している海、ステール海というんだけど、そこより綺麗かもしれない。今まで見てきた中ではトップクラスね。
セリカのあとを続いてどんどん深いところまで潜っていく。酸素ボンベがなければ、もう息は続いていないだろう。
「??」
急にセリカが止まった。そして、手でアタシが先に行くのを制する。嫌な予感がするなぁ。こういう時の予感は外れないのよねぇ。
セリカが合図するかのようにマナの剣を作るのが見える。それで分かった。嫌な予感が的中したのね。
アタシも剣を抜こうとする…けど止めた。こんな抵抗のあるところでは、とてもじゃないけど剣を振りぬくことはできない。セリカならできそうだけど。しょうがない、アタシは魔法で対抗するしかないか。幸い、水ならたくさんある。これを応用するか。
完全に出来上がり、ピンク色に発光するマナの剣を構え、セリカは辺りを警戒している。恐らくはサーペントかな?
アタシも同じように周囲の哨戒を始める。しかし、水中戦など初体験だ。今までのノウハウなど通じようはずがない。
と、セリカが動いた。水中とは思えない速度で先へと進む。アタシも急いで後を追った。
敵を見る。全部で二匹。サーペントと見慣れないイカのようなタコのような魔物。確か……。
記憶を辿る。どこかで見たのよねぇ。……そうだ、ジェットだ。猛烈なスピードでの体当たりを得意としているやつだ。
セリカはサーペントを自分の敵と判断したらしい。ということはジェットはアタシが相手するのか。水中戦は初めてだけど、いっちょいきますか。
とりあえず、間を取ることにする。しかし、泳いでいてはとてもじゃないけど、海洋性の魔物には太刀打ちできない。アタシは下方に向け、水の魔法を放つ。その勢いでアタシの身体はぐんぐんと上昇する。案の定、ジェットはアタシは追ってきた。
さて、どうしたものかな? ジェットから逃げながら策を考える。やっぱ決めては剣しかないのよね。しかし、水中では突き刺すことはできても、切り裂く自信はない。かといって魔法剣もなぁ。水中じゃ炎の魔法は扱えないし、電撃を使おうものなら、アタシまで被害を受けてしまうし。
いい策が浮かばない。しょうがないので一撃で仕留めることは止めて、一撃一撃を確実に与えて弱らせることにしよう。
ジェットの突進をかわしながら、アタシは敵の隙を窺う。見ると、一直線上にしか突進してこない単純なパターンだ。これなら不慣れな水中戦でも戦えるだろう。
右手に剣を持ち、左手で魔法を打ち出しながら動く。ブレーキの加減が少し難しいけど、じきに慣れるだろう。
再びジェットの射程距離に入ってらしく、敵はアタシに向かって一直線に向かってきた。
その攻撃を上方へと魔法を放ち、かわす。そして避けると同時に剣で刺す。アタシの攻撃はジェットの腹の部分に突き刺さった。
痛みのせいか、ジェットが激しく動き回る。その勢いで剣は抜け、アタシは水中に投げ出される格好になる。咄嗟に魔法でブレーキをかけ、体勢を整えてジェットを確認する。
いない? ……後ろか!?
長年培った勘が考えるよりも先にアタシの身体を動かす。魔法を下方に撃ち込み、自分の身体を持ち上げる。その刹那。アタシのいた地点をジェットが凄まじい速度で駆け抜けていった。その時に発生した水流でアタシの身体が再び流される。そして、またジェットがアタシのいる場所目掛け突進してきた。
今度は上方に魔法を放ち、アタシは身体を沈める。そして再び発生する水流。
しかし、今度は巻き込まれる前にさらに深くへと潜っていく。それと同時にアタシの中で一つの策が思い立った。それを実行に移すべく、アタシはさらに奥深くへと身体を沈めていく。それに気がついたジェットは猛スピードでアタシに迫ってくる。
やがて、最深部にまで辿り付く。アタシは背中――といってもボンベがあるからぴったりではない――を床につけ、ジェットが来るのを待ち構える。
そしてジェットの射程距離に入ると同時に、横へ魔法を撃ち込み、瞬時に移動する。
予想の通り、ジェットは真っ直ぐにアタシへと突進してきた。しかし、すでにそこにはいないのよね。床を背にすれば相手はアタシに向かって真正面から来るしか手はないからね。対策が取り易くなる。
にやりと笑うと、剣をジェットの身体に深く突き刺す。それと同時に水の魔法を直接お見舞いしてやる。
バカァン!!
風船が割れるような破裂音と共に、ジェットの身体は粉々に吹き飛んだ。
あ〜あ、水が汚れちゃうわ。ジェットの血や臓物が散っているその場から一刻も早く離れるために、アタシは連続で水の魔法を撃ち込み、上昇していく。
やがてセリカと合流。どうやら向こうも片付いたみたいね。アタシとセリカは頷きあって、奥へと進んでいった。
細い水路を進んでいくと、やがて上のほうから光が見えてきた。どうやら到達点は近いらしい。セリカを先頭にしてアタシたちはさらに上へ上へと進んでいく。
パシャン!
小気味良い音と共にアタシとセリカは水から上がる。背中の酸素ボンベを外しながら、アタシは部屋を見渡す。
そこそこの大きさのホールのような感じだ。先ほどセリカから報告を受けたままの形の部屋だ。
ドーム状の形の部屋に、奥へと通じる一本の通路。この先が結界の間なのだろうか?
ここで考え込んでもいてもわかるはずがない。セリカを促して歩き出す。ちなみに酸素ボンベは持っていってる。重たくて邪魔になるけど、もしかしたらまた水中に潜る可能性はないとも言い切れないし。
大きい塊を肩に担ぐようにし、アタシを先頭にして進んでいく。
前にいたところと変わらない材質で作られた壁と床。狭い空間の為か、足音が綺麗に奥まで響き渡る。アタシもセリカも何も話すことなく、黙々と前へと向かっていく。何かを話したほうがいいのだろうけど、生憎といい話題が思い浮かばない。こういうところで、いつもセリカに話しているような内容の会話は似つかわしくないように思えるし。そう言う意味では、こんなとこでコーヒーのレクチャーをしてくれたザッパには別の意味で尊敬を覚える。
「また、水ですね」
セリカが奥を見て言う。確かにそこには明かりに照らされて反射している水面が見えた。
「ボンベを持ってきておいて良かったわ」
良いながら首を回し、背中にしょっている銀色の物を見る。それは水面の幻想的な反射とは別で、鈍い光を放っていた。
セリカに手伝ってもらいながらもう一度、酸素ボンベを装備する。これ、水の中に入らないと重いのよねぇ。
装備を終えると、アタシとセリカは再び水中へとその身を沈める。
水中。またアタシはそこにいる。周りはすべて水。なんというか、不思議な開放感のようなものを感じる。どういったものか、という事を具体的に言葉で現すことはできないんだけど…。
ここから先はセリカも知らないので、二人で手分けして道を探すことにする。別れるのは危険というのは承知しているけど、やはり時間が惜しい。できることならさっさと済ませたいというのが本音。
アタシは右側。セリカが左側を担当し、それぞれ移動していく。
水が綺麗なので、視界はすこぶる良い。100メートル先でも十分に見えるほどだ。アタシは水の魔法を撃ち出しながら、奥へ奥へと移動する。回りは灰色っぽい壁ばかりで特に変わった様子もない。宝箱もないし、脇道や上へと続く道も見当たらない。ふむ、こっちは外れだったのだろうか? もう少し回ってみてセリカと合流することにしよう。
それからたっぷりと時間をかけて探してみたが、目新しい発見は何一つなかった。
先ほどの場所でセリカと落ち合う。お互いに通じているのか通じていないのか、よく分からないゼスチャーで会話する。
そこから察するにセリカの探したほうで道があったらしい。ということで、そっちに向かってアタシたちは泳ぎだす。
今のところは魔物の気配はなし。このまま進めることを祈り、アタシたちは水中を行く。
しばらく進むと、行き止まりになった。止まっているセリカの肩を叩き、アタシは上を指差す。そう、前は行き止まりではあるけど、上には道が続いている。よく見ると、上から灯りらしきものが見える。どうやら、水中の旅は終りのようだ。
アタシとセリカは互いに頷きあい、上へと向かって泳ぐ。
パシャン!!
再び小気味良い音を響かせ、アタシとセリカは地上へと出る。背中にしょった酸素ボンベを外しながら、アタシは周囲を見渡す。どうやら、ここが最終目的地のようだった。
部屋の中央。青白い光を放つ球体がある。結界だ。
「セリカ、ガーディアンは?」
剣を抜き放ち、構えながら聞いた。今までの例から言ってもガーディアンが潜んでいる可能性は高い。
「いえ、ここにはいないようです。どうやら、あの水で侵入者を防いでいたようですね」
彼女からの答え。セリカに見つからないのなら、いないというのは確かね。一緒に遺跡に潜って、彼女の索敵能力の高さはイヤというほど思い知らされた。
「さて、それじゃあ、ちゃっちゃと片付けますか」
アタシは結界の前に立つと、剣を最上段に構え、マナを高めていく。今回はアレフがいないから、全部を自力でやるしかない。
「ハッ! ハァァァッ!!」
剣が光に包まれる。それに比例し、アタシの身体が軋み始めた。
「ハァァァァッッ!!」
それらの痛みを意に介さず、アタシはさらにマナを高める。結界を破壊できるところまで。
剣の輝きがさらに増す。あともう少し。
「ハァァァァァッ!!」
やがて、光が部屋全体を包む。良し、準備完了!
「デヤャァァァッ!!」
気合いと共に剣を思い切り振り下ろす。
バキィィン!!!
ガラスの砕けるような音と共に結界が粉微塵に吹き飛んだ。辺りには結界の残骸が、わずかな光を点滅させているだけ。それがまるで、断末魔のようにアタシには見えた。
「マスター」
膝をつくアタシにセリカが駆け寄り、アタシの肩を取る。それにアタシは笑みで答える。
「大丈夫よ。少し…疲れただけ。さっ、戻りましょ」
剣を杖にして立ち上がると、サイドポケットから宝玉を取り出す。
セリカがアタシのすぐ側にいることを確認すると、アタシはそれを地面に叩きつける。
パァァァ…。
光がアタシたちを包み、そして地上へと向かい消えた。
セレスたちがいなくなった結界の間。
「グ……ウウゥゥゥ………」
部屋が不気味に揺れ、そして不気味な唸り声が響いていた。
後書き
どうも、筆者のぱんどらです。 トレジャーハンターの小さな冒険・第十三話「水中飛行」掲載完了です。
最初で最後かもしれない、水中戦です。戦い自体の描写はまずまずだったと思います。自分で悔しいと思うのが、水中自体の描写が甘かったのがちょっと…。
思った以上に難しかったですね。なんせ、代わり映えしないもん、水中って。もうちょっと練ればいい方法が浮かんだのかなぁ。
水中戦は別として、水の描写はまた機会があればチャレンジしてみたいところですね。
では、次の後書きで。