オルタネイトへの帰還



 海の見える丘公園。
 オルタネイトの街が誇るこの公園に、アタシとセリカはやって来ていた。
 四つ目の遺跡を解放し、バストークへと戻ったその日。ザッパにこう言われたからだ。
「たまには街に戻ったらどうだ。友人などもいるのだろう。今まで同様に休息が必要となる。街でゆっくりと羽を伸ばすといい」
 公園のベンチに腰掛け、海からの風を全身に浴びながらウルフリングの言葉を思い出す。丁度、この街でやらないといけないこともあったので、素直にその好意に甘え、アタシたちは街へと戻ってきた。
 平日の午後、ということもあり、公園内には人は少ない。老夫婦や画家を数人見かける程度だ。これが、休日になると倍近くに跳ね上がるんだからねぇ。
「どうしました?」
「えっ?」
 隣に座っていたセリカがアタシの顔を覗き込むようにして話し掛けてきた。少し前までは、彼女は決してアタシの隣に腰掛けようとはしなかった。だいたいが、アタシの座っている斜め横に立つような感じ。でも、ここ最近にしてようやく隣に座ってくれるようになった。
「顔がほころんでました」
 セリカが視線を正面に移す。そこには少数ではあるけれど、人々が散歩を楽しんでいる。ふむ、無意識に笑っていたみたいね。こんな感じ、久しぶりだったから。
「うん、街が久しぶりだからね。森の中の風や、土の匂いも嫌いではないけど、こういった海の風…そして太陽の下ってのも悪くないなぁって」
 ぐっと胸を反らすようにして、空を仰ぐ。そこには太陽。冬のためか光はそれほど強くないにしろ、さんさんと降り注ぎ、緑に活力を与えている。この平和な中に身を置いていると、現在アタシが遺跡の解放をしているということが夢か幻のように思えてしまう。
 目を閉じ、しばらくの眠りにつこうと思ったその時、
「あれ、セレスさんじゃないですか」
 元気な少し高い声が、アタシを現実に連れ戻した。
 目を開いてそちらを見やる。そこには、太陽に反射し、綺麗に輝く金髪。そこから飛び出した耳を持つ少女が、画板を持ってにこやかに立っていた。
「ああ、キーシャ」
 軽く伸びをして、キーシャに挨拶する。
「あっ、ごめんなさい。寝てましたか?」
 アタシの様子を見て思ったのか、すまさなそうに俯いて言う。そんな彼女を安心させるためにアタシは言う。
「ううん、大丈夫よ。少し目を閉じていただけ」
「そう…ですか……。あら? そちらの方は?」
 俯き加減で言ったあと、顔を上げて言う。どうやらセリカの事のらしい。そういえば、キーシャには話してなかったっけ。正直に言うわけにもいかないし、やっぱり妹ということにしておくのがベターね。
 セリカに目配せをすると、アタシをそのようにキーシャに告げる。
「妹さんですか。初めまして、キーシャと言います」
 ぺこりんと頭を下げ、挨拶をする。が、セリカは少し戸惑っているようだ。このような時にどのように話したらいいのか、わからないでいるらしい。
「??」
 キーシャがいぶかしげにセリカを見てる。うっ…ちょっとマズイかな?
 アタシは咄嗟にセリカを隠すように、少し座り位置をずらしながらフォローを入れる。
「ごめんね。この娘、ちょっと人見知りするの。気を悪くしないでね」
「そうなんですか」
 微妙な顔を浮かべ、キーシャは言った。が、すぐに笑顔になる。どうやら納得してくれたらしい。
「ところで、その画板は?」
 できることなら、早くセリカから話題を移したいアタシは彼女が抱えている画板を指差す。キーシャは割と鋭いところがあるから、魔導人形とバレることはないだろうけど、どこか常人と違うところを見抜かれる恐れがある。
「えっ? あっ、はい。せっかくのお天気なので、写生でもしようかな、と思いまして」
 そう言ってにっこりと笑う。う〜ん、いつかセリカもこんな感じに笑ってくれる日が来るのだろうか。他人の笑顔を見ていると、いつもそんなことを思っているアタシがいる事に気がつく。
「あれ? そういえばキーシャは学校は?」
 今日は平日じゃなかったっけ? 人の数も少ないし。
「何言ってるんですか。今日は日曜日ですよ。珍しく公園にあまり人はいないですけど」
 苦笑しながら、キーシャが言う。
 日曜日? う〜ん、あの閉鎖空間にずっといたせいか、どうも日時の感覚が狂っているみたいね。
「しかし、写生ね。どんな絵を描くのかしら?」
 画板を目で見ながら言う。キーシャが絵を描いている所を想像してみると、これが結構似合っていたりする。
「そうですねぇ。風景画とかがメインですね。この先の岬から見える海なんかを描こうと思ってます」
 そう言って自分の目的地であろう、岬を指差しながら言う。
「海ねぇ。何もないんじゃ、描いていて面白くないんじゃない?」
 アタシが真っ先に思いついたこと。絵を描くなら、もっとにぎやかなほうがいいと思うけどな。例えば、この噴水広場とか。何の気なしに広場を見渡す。そこは、噴水があり、緑があり、人がいる。絵を描くにはいいポイントだと思った。
「いえ、何もないわけじゃないですよ。海は実際のものを描きますけど、そこにこういうのがあったらいいな、っていう私の想像を描いて見るつもりです。そこにあるものを描くことだけが、写生じゃないと思いますし」
 なるほどね〜。そんな考えもあるんだ。キーシャの顔をまじまじと見つめ、アタシは少し感心した。
「キーシャは絵、好きなんだ」
 絵を語った時のキーシャの瞳。いつもと違う、強い色を持っていた。何か打ち込めるものがあるというのはいい事だわ。アタシがこの年代の時はすでに、血みどろの世界にいたもんだし。
「はい、大好きです。学校に美術の授業がないことが残念です。その代わりといってはなんですけど、歴史で時々やる壁画とかには興味を持ちますよ」
 その後に、歴史は本当は嫌いなんですけどね、と付け足した。
 壁画…。そういえば、アレフと行動した時にひとつの壁画を見たっけ? あれ、授業でやったのかなぁ。可能性は限りなく低いけど、ゼロでない以上は聞いてみる価値があるだろう。アタシは遺跡で見た、壁画の特徴をキーシャに伝える。
「人々と魔物の戦いを描いた壁画ですか? う〜ん、そういうのはこの世界にたくさんあるらしいですからねぇ。いくつも習いましたよ」
「そっか…」
 恐らくはあの遺跡の壁画はやっていないだろう。なにせ、あれだけ強い魔物が徘徊している遺跡だ。余程の手練を連れて行かないと調査は不可能だろう。それにジュンケの森は魔が跳梁跋扈する危険領域をされている。学者の持つ知的探究心も、恐怖心には勝てないのだろう。
「でも…」
 キーシャが続ける。アタシは黙って待つ。
「その手の壁画に多いのは、大抵が旧時代に人々が魔物を封じるための戦いを描いたってことですよ。不思議な事に倒す、という伝承はあんまり伝わっていないんですよ」
 封じる…か。アタシの頭の中に一つの不安がよぎる。まさかとは思うけど……。想像で済めばいいのだけどね。それを実証するための手がかりがまったくない以上、どうすることもできない…か。
「…あの…、どうしました?」
 恐る恐るキーシャがアタシに話し掛けてくる。
「えっ?」
 考えを中断し、俯き加減だった顔を上げる。
「いえ、その…怖い顔をしてましたから」
 いけない、考えが顔に出ちゃったか。軽く頬を叩いて筋肉を緩める。
「ごめんごめん。ちょっと考え事をね」
「そうですか。……、あっ、私そろそろいかないと」
 腕時計を見ながらキーシャが言う。まっ、引き止める理由もないしね。
「ああ、ごめんね、引き止めて」
「何言ってるんですか。私から話し掛けたんですよ」
「そうだったっけ? まっ、いいや。それじゃ」
「はい」
 元気一杯に返事をすると、キーシャは岬のほうへと消えていった。
「マスター、さきほどの壁画の話ですが…」
 キーシャがいなくなると同時にセリカが話し掛ける。どうやら、あの娘がいるためにだんまりをしていたらしい。無理もないんだろうけど。
「分かってる。アタシも不安が的中しないことを祈っているわ。今は森の解放にあれしか手がない。やるしかないわ」
 休憩のつもりで街に戻ってきたのに、とんだことを聞いてしまったものだわ。バストークに戻った時にこの事を報告する必要があるか。確証がない以上、森の解放は続けるだろうけど。バストーク住人の平穏な生活を手に入れるためでもあるしね。
「今は忘れましょ、さっきの事は。とりあえず、今のアタシたちにできる最善の行動は休むこと。そろそろお腹も減ってきたし、食事にでも行きましょうか?」
 言ってから気がついた。そうだ、セリカは食事を必要としないんだったっけ? アタシの微妙な表情の変化に気がついたのか、セリカが言う。
「気になさらなくて結構です。この前の大衆食堂…水晶の森亭に行かれるのですよね。マスターの友人様もいらっしゃるのですし」
「ありがと、気を使ってくれて。それじゃ、いきましょうか。……って待った。やることがあったのを忘れてたわ」
 進みかけた足を止める。危ない、危ない。オルタネイトに戻ってきたもう一つの目的を忘れるところだった。
「何かあるのですか?」
 アタシが急ブレーキをかけたにもかかわらず、セリカはアタシに追突することなく、冷静な口調で話し掛けてくる。
「うん、とても大事な用。役所にいかないとね」


 役所で必要な手続きを済ませたあと、アタシはセリカを伴って水晶の森亭へとやってきた。
 カラン…カラン……。
 久しぶりに聞くカウベルの音は相変わらずだった。いきなり大鈴のような音がなっても困るけど…。我ながら訳の分からないことを考え、店内をぐるりと見渡す。
 良い時間帯に当たったらしく、客はまばらだった。いくつかの丸テーブルに数人が座っている程度。カウンタには誰もいない。アタシはいつも自分が座っている、窓際の日当たりの良いところへと座る。
「あら? セレスじゃない」
 厨房からアクアが出てくる。休日も仕事とは、働き者ねぇ、この娘。自分には絶対にできない事を辛そうな顔ひとつせずにこなしている、アクアをアタシは心から尊敬している。
「どうしたの? 仕事の方は?」
 何も言わずともコーヒーと軽食が出される。長年の付き合いの賜物ってとこかしら。見事にアタシが食べたい物が出てきた。
「うん、順調よ。あともう少しで終わるかな?」
 出されたコーヒーを一口飲むと、アタシはそう言った。不安もあるけど、今はそれを言うべきじゃない。
「えっと…セリカさんは?」
 セリカの正体を知っているアクアは、少し言いにくそうに軽く濁す感じで言った。注文のことだろう。
「お心遣いありがとうございます。ですが私は前にも仰ったように食事は……」
 回りに数人とはいえ、人がいる。セリカははっきりとは言わずにそう拒絶する。
「そう…。でも、気分くらいは味わえるよね」
 そう言ってアタシと同じメニューをセリカの前に置く。セリカは自分の目の前に置かれた料理とアクアを交互に見ている。なぜ、このような行動をするのかわからないらしい。
「しかし、食べられない物を出させるわけには…」
 言ってセリカが下げようとする。が、アタシはセリカの手を止めた。
「いいから。好意は受け取りなさい。この娘はこういう娘なの」
「……はい、わかりました」
 アクア、アタシ。そして最後に自分の目の前に並べられた料理を順番に見て、セリカは小さくそう言った。
 セリカの答えに満足すると、アタシは一言いって、食事を始めた。

「ふ〜ん、そんな国があったんだ」
 食事を終えたアタシたちは、暇な時間をアクアとの談笑で過ごす。目下の話題はバストークについてだ。アクアにならば話しても支障はないはず。なんたって、ドラゴンとさえ解かり合えた娘なんだから。
「ええ、皆気の良い人。ある意味ではオルタネイトより過ごしやすいかもね。すっかり気に入ったわ」
 食後のコーヒーを飲みながら、新しい友人であるザッパやアレフを思い浮かべる。姿は人と違うが、心根は誰よりも人間らしいと思える。
「それじゃあ、セレスは仕事終わったらそこに移住するの?」
 アタシが異様にバストークを、そして国民をべた褒めするからか、アクアが少し心配そうな顔で聞いてくる。
「大丈夫、そんな気はないわ。この仕事が終わってからの行動は決めてあるの。この街に戻ってきたのはアクアと談笑半分に、その為の準備半分というところで戻ってきたんだから」
 残ったコーヒーを一気に飲むと、アタシは席を立つ。セリカも合わせて立ち上がった。
「もう行くの?」
「ええ、バストークは遠いから。今からいかないと、日が暮れちゃう」
「そう。……お仕事、頑張ってね」
 お金を受け取り、少し寂しそうな、そして心配そうな顔で言った。
「アタシの心配をするなんて十年早いわよ。大丈夫、こんなとこで失敗なんてしないわ。アタシは100まで生きるつもりだから」
 冗談めかしてアタシは言う。それでアクアもほぐれたのか、笑顔になった。
「そうそう、今生の別れって訳じゃないんだからさ、笑ってなさい。笑ったほうが楽しいわよ」
「うん…そうだね。それじゃ、また」
 にっこりと笑ってアクアが言った。アタシもまたにっこりと笑って返す。
 そして、アタシは束の間の休息を終え、再び血の世界へと帰っていった。



後書き

 どうも、筆者のぱんどらです。 トレジャーハンターの小さな冒険・第十四話「オルタネイトへの帰還」掲載完了です。
 いつもと違った感じの休息という形にしてみました。主目的は休息を描くというより、伏線を張るってとこですけどね。
 久しぶりに描いたキーシャとアクアは割りといい感じでいけました。キーシャの絵画好きというのは、実はここで唐突に決まった設定。でも、似合ってる感じだし、いいことにします。…そういうことにしておいてください。
 ここでレティシアも登場させるつもりだったけど、出てもしょうがないという部分もあったので、結局は描くのを止めました。なんとなく難しそうな感じはしたしね。
 では、次の後書きで。



2002年 3/31 ぱんどら

水中飛行 第五の遺跡へ
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