番外編 『駅まで15分』

 「そろそろ、一緒に住まないか?」

原稿のべた塗りをしながらファランは、背景をトレース中のけんじに言った。けんじはミリペンを持った手を止め、不思議そうにファランを見る。

「いやさ、2人で原稿やるにはこの部屋も狭いし。どうせアパート借りてても家には荷物を置きに行くだけだろ?・・・な、2人で、もっと大きな部屋に住もうぜ。」

「。。。そうだな。」

もっと何か言うかと思ったが、意外にもあっさりとけんじは承諾した。そうと決まったら原稿なんてやってられない。

「不動産屋に行こう!まだ空いてる時間だし。」

売れっ子であるファランのアパートは駅まで1分の優良物件、対して生活保護寸前のけんじのアパートは線路の陸橋の下だが駅には遠い最悪物件。新しい所を借りたら、家賃その他はファランがほとんど持つ事になるだろう。

「。。。やっぱり、止めた方がお互いにいいのではないか?」

けんじが不安そうにファランの顔を覗き込む。

「いいの!一緒に住むってのはそ〜ゆー事だから。俺が一緒に住みたいんだから、俺が持って当然!さ、いこいこ。」

「。。。最近言動がけいじに似てきたぞ、気をつけろ。。。」

ファランはけんじの手を引き、外に躍り出た。秋だが日はまだまだ高く、死に損ないの蝉がないている。玄関のすぐそばにある不動産屋にはいると、女性店員が黄色い声で叫んだ。

「パンちきのファランさんだ〜!」

「ども。」

ファランは軽く会釈する。

「そちらの方はマネージャーさんですかぁ?」

「。。。。どうも、こんにちは。」

ラジオと演芸場中心の仕事だから仕方が無いが、けんじの知名度は低い。ファランはけんじの顔を横目でちょっと見たが、別に気にしていないようだった。

「えっとぉ、マンションの御購入ですか?」

「賃貸で。」

「どのぐらいの部屋数がよろしいですか?」

「3LDKがいいな〜。都内で無くてもいいから駅から10分圏内のとこで調べてくれる?なるべくすぐ入れるとこで。」

「御予算はどのぐらいですか?」

「事務所が半額持ってくれるから。。。15万以内で。」

「。。。しらなかった」

「?」

けんじのつぶやきに不動産屋は首をかしげたが、すぐに業務に戻った。

「それですと、うちでは目黒と浅草、大塚に該当する物件がございますが、見学なされますか?」

「おねがいしまっす。」

「カネコさーん、物件の御案内はいりました−!」

受付のおねーさんが叫ぶと、奥からのそのそと小太りの中年男性がでてきた。

「あいよっ、どちらさん?」

「パンチキッヅのファランさんとマネージャーさんです〜」

「。。。。。。。」

「て、国際けんじさんじゃないですか?」

「どうも。。」

(俺って年輩には知名度高いんだな。。。。)うれしいようなかなしいような微妙なきもちのけんじ。

「それじゃあ、目黒から回りますか。」

すぐ話が流され、ちょっぴり寂しいけんじの手を前にいるファランがそっと握る。一同は不動産屋の車に乗り込み、物件に向かって出発した。

 目黒の坂の下のマンション。目黒の駅は高台にあり、坂を降りた所のマンションと坂の上のマンションでは値段はヘたすると倍くらい違う。広々としたフローリングの床で、白い家具の似合いそうな部屋。

「坂の下だけどやっぱり駅のすぐ近くっていいな〜」

子供みたいにはしゃぎながらファランは窓を開けた。次の瞬間、2人は無言になった。

 窓から5メートル先が女子高なのである。普通の男性なら超ラッキーというところだが、アイドルのファランにはちょっと住みにくい。仕方なく他を回る事にした。

 大塚のマンションは、飲み屋街のそばにあった。ごちゃごちゃした通りには、まだ夕方なのにも関わらず乾いてないゲロやその他凝視したくない物で一杯だ。

「マンションの近くには交番もありますし、治安もいいですよ」

カネコさんの額の汗が、そんなに良くもない事を物語っている。

「。。。俺達は多少治安が悪くてもかまわんが。」

「ここなら印刷所まで徒歩でいけるしね。」

部屋の内部は綺麗にリフォームされていた。ニスの匂いが鼻にくすぐったい。

「ここは、内装が新婚さん向きになっておりますので、若いかたにはちょっと可愛らしすぎるかも知れないですね」

カネコさんの言葉など2人は聞いちゃあいない。黙々と物件をチェックしている。

「。。。この部屋で、誰か死んでいるな。。。。」

たちあがったけいじの言葉に、カネコさんは

「そんなことありませんよ〜」

と、笑いながら答えるが。

「けんじは、『見える』からね〜。ここは止めといた方がいいかな?けんじ。」

「。。。そうだな。まだ解決していない事件の被害者と過ごすのはちょっと嫌だ。。。」

カネコさんは、腰をぬかして座り込んでしまった。

「あとは浅草だね。けんじ。」

「。。。。そうだな、浅草。。。」

このとき、けんじの脳にオリジナルが交信してきた。

『・・・浅草は止めておけ。あそこに住むと、いろいろな芸人の溜まり場になるのが落ちだ・・・。』

「。。。そうだな。浅草に住むと、師匠やけいじが入り浸るだろう。。。。」

「そ、それはちょったやだな。でも、いままで見てきたところで選ぶのもちょっとな〜」

なれっこのファランは会話について行っているが、中空を見て喋るけんじをみてカネコさんはまだ腰を抜かしている。

『・・・広い所がよいのなら、アベルのアジトに住めばいいだろう。タダだしな。俺は今社宅に入っているから、他に同居する人間もいない。自由に使ってくれ。。。』

「!」

いきなり問題が全部解決した!

「。。。確かに。裏道を通ればあそこも駅に近い、と言えなくもないな。」

「どのぐらいかかる?」

「15分。」

「ま、軽い運動になるかな。けんじがいいなら、俺もそれでいいけど。」

「。。。。。」

けんじは、黙って頷いた。

「そ〜ゆ〜わけで、案内してもらっちゃったけど、俺達他のとこに決めました!ごめんなっ」

急ぎ足で帰る2人を、カネコさんは腰を抜かしたまま手をふって見送りましたとさ。めでたしめでたし。