Midnight drop
真夜中。身支度をしてそっとドアをあけた。片手には大きな十字架を持っていた。
「どこ行くの?」
声の主が、廊下に座り込んでこちらをみていた。怪訝そうな顔がなんとなく気になった。「ナンや、お前こんなところでなにしとんのや・・。」
つんと鼻をつく、アルコールのにおい。なんや、こいつ酒飲んどったんかいな。しゃあないやっちゃな・・弱いくせに。
よくみると、足元に一本だが空のびんが転がっている。拾ってラベルをみると、十字架のイラストがかかれてあった。神に祈るシスターの姿もあった。
―神様か。ほんまにいるんやったら、なんでワイはこんなことしてるんやろうな・・・。大人の勝手な行動で親をなくしたり、捨てられたりした子供たち。そいつらを守るために、後戻りはできんのや。たとえこいつでも切り札にさせてもらう。これは割り切らんとあかんのや。空瓶を持つ手にぐっと力が入った。
「ニコ兄ちゃん」
いきなり、背中で声がした。
「なんや、気色わるい」
「君、子供達からこう呼ばれてるんだよね・・ボクもさ、呼んでいい?」
「あかん。なに言うてんねん。気色わるいやろ。オマエほんまどっかおかしいんとちゃうのんか?」
座ったままうなだれているヴァッシュがふと顔を上げた。
「そうだね。おかしいんだよ、僕。もうダメなんだ・・。君が、いないとダメなんだ」
アルコールに手を伸ばしたヴァッシュを、ウルフウッドは押さえた。
「やめとけ。弱いくせに無理すんな」
ひどくショックをうけたような顔をして、ヴァッシュは顔をそむけた。
「ウルフウッド・・聞かなかったことになんてしないでよ・・」
寂しそうな目をして、わざと視線をそらすヴァッシュに、ちくりと胸が痛んだ。
―ワイは、コイツをいざというときは利用しようと思うとんのやで・・?絡めとられてどうすんねん。 
「君が・・外へいくのがヤダって言ったら、つまらない独占欲だって笑う?」
「ヴァ・・・」
「ごめんね・・でも、言いたかったんだよ。こんな時でないと、言えないから」
「・・そうか」
今夜は大きい仕事の話がある。相手にここで会っとかんと、この仕事はチャラや。
けど。けれども。今日は・・今夜だけは。

◆  ◆  ◆

「なんや。それで見張っとったんかいな?こない寒いとこで・・。はよ部屋に入り。今夜の外出はやめや。明日でも・・別にかまへんのや」
「でも、いいのかい?」
「オドレは今日やないとあかんのやろ」
それは果たしてこの金髪の男に言ったものなのか。自分に対して言ったのではないのか。今日でないとだめなのは自分なのではないのか・・・。
「ウルフウッド・・ありがとう・・。」
こちらを見つめ返すアイスグリーンの瞳に、動きが止まった。動けなかった。
一度堕ちたら底まで転がり続ける運命に、手を延べてくれたのはこの青年ではなかったのか。
このたよりなげな青年に救われていたのは自分のほうではなかったのか。
人の命を奪った分だけ、自分の命も危険にさらされてきた。それを承知で生きてきたものの、いつも迫り来る死の恐怖がないといえば嘘になる。死ぬのが怖いのではない。後に残される者達のことを考えると、死ねないのだ。守るもののいない弱者がどうなるか。それは一番自分がよくわかっているつもりだ。−自分がそうだったから−
「辛そうな顔してる・・いつもそういう顔してるの、自分で知ってた?」
ヴァッシュはウルフウッドを抱き寄せた。優しい手つきで、髪をなでた。
「辛いときは僕が守ってあげるよ、ニコラス」
ふいに名前を呼ばれて。いつもと違う呼び方に、遠い昔呼ばれたその名前に・・。
「今日は、思い切り泣いてもいいと思うんだ・・。大丈夫、僕がここにいるから。頼ってくれても、僕は壊れたりしないから・・さ。」
そういわれて、自分が泣いていることに初めて気づいた。
声も上げずに、ただ涙だけがあふれてくる。
ここが安息の場所かはどうかわからない。けれど、この暖かさがひどく心地よかった。
髪をなでる手が、肩を抱く手が何かを思い出させた。
「こういうの、なんて言うんだろうね・・。わかんないや・・」
「・・ワイにもわからへん・・。なんやろうなあ・・」
ただ、ただ体を寄せ合って、お互いの存在を確かめるだけ。こんな弱い自分を見せ合うのは今夜だけ。明日になったらまた元の二人に戻る。
ここは一夜限りの安息の場所。今夜だけの、優しいエデン。


最初はなんとなくVW?って思わせるとこもあると思いません?え?私だけ?

もどる