1
「ふう」
窓の外に広がる星の海を見つめながら、少年は一つ、ため息をついた。いや、少年という呼び名は、最早相応しくないかもしれない、その表情、体格などは、最早、彼が青年と呼ばれる年頃になろうかと言う事を示していた。
「やっぱ失敗だったかなぁ」
青年は、星の海を見つめながら、この船に自分が乗り込む事になった要因を思い出していた。いくら、長年片思いをしていた女性に見事に振られた後だったからといって、友人の経営しているサルベージ会社のサルベージ船に乗り込んだことは早計だったかもしれない。サルベージ会社のサルベージ船と言っても、もぐるのは海の底ではない、狙うのは宇宙にぽっかり開いた重力井戸、通称ブラックホールである。ブラックホールの内にもぐりこみ、そこに引き込まれた宇宙船や探査衛星を引き上げ、売り払うのがこの時代のサルベージ船のありようだった。
「でも、幸せそうなあいつらなんて、とても見ていられそうになかったしな、感情の整理がつくまで、しばらく顔をあわせたくないしな」
片思いしていた幼馴染の女性の顔と、彼女の心を射止めた幼馴染の青年の顔を思い出しながら彼は苦笑した。気持ちの整理のつくまでは二人にはあいたくなかった、幼馴染の女性と同じくらい、幼馴染の青年の事も彼は好いていたから。だから、自分の心が整理され、心から彼らを祝福できるようになるまで、彼は二人に会うわけにはいかなかった。二人とも自分にとって大切な人なのだから。
「親父から貰った金はしばらく持つんだから、もう少しホテル暮らしでもしていればよかったかなぁ」
のほほんとした顔の義父の顔を思い出しながら、また彼は一人呟いた、その瞬間、彼は彼の頭の中でイメージされた義母が何時もどおり腰に手を当て、彼の方を指差しながら、働かざる者喰うべからず、なんて叫ぶのが分かった。
「これも、幼い頃からの薫陶のおかげかなぁ」
そう、彼が呟くと、ブラックホールに近づくことを示す警報が船内に響き渡った。もう、後戻りは出来ないらしい、彼は表情を真剣な物に切り替えると、自室を飛び出し、仲間達が集まっているであろうブリッジへと駆け出した。
ブリッジに入ってみれば、彼以外の五人のクルー達が宇宙服を身に纏い、待機していた。宇宙服を着ていないメンバーは彼だけであった。
「おい、新入り、お前も早く、スーツをみにつけな・・・・って、そう言えばお前さんは、そう言うのをいらない人種だったっけ」
クルーの中で最年長の男が、彼に言いかけて、自分の言葉の過ちに気がついて、頭を掻きながらがははは、と笑った。
「今回の仕事は、新入り、君の実力のほどを見るためのものだ、まあ、そう気張らずにやってくれ、誰にも、はじめてという物がある」
眼鏡をかけた長身の男が、淡く微笑みながら言った。その微笑を見ながら、彼は目の前の眼鏡の男の“女殺し”のあだ名は伊達ではないと、思った。
「しくじらないで下さいね、私はできれば、医務室でぼうっとしていたいんだから」
船医である女医、通称“レディ”が彼をからかうような口調で言う。
残る二人の人物、航法師でもある副長と船長の双子の兄弟は、双子らしく、寸分たがわぬタイミングで、よしとでも言う風に、首を縦に振った。
「じゃあ、船体全体を、フィールドでコーティングします、僕が良いって言ったら、船を突入させてください」
言って、彼は瞳を閉じ、意識を集中する。瞬間、彼の身体を光が覆い、やがて光は彼の背中に集束し、光の翼を作り上げる。
これが、いきなり彼が、このサルベージ船に乗せてもらえた理由。彼の生まれながらにして持つ能力。彼のような人種の事を、人はエンゼルチルドレンと呼ぶ。意志の力にて、この世のありようを変える特異能力者。その能力は十四のカテゴリーに分類され、それぞれ、天使の名を冠したカテゴリー名で呼ばれている。ちなみに、彼の力はカテゴリーレリエル、闇を介して空間を制御する、空間使い。彼は今、エンゼルチルドレンの持つ能力、強力なバリアである心の壁、ATフィールドを用いサルベージ船の船体全体を覆っているところだ。これにより、船体全体にかかる負荷は激減しブラックホールへの突入がかなり楽になるはずだった。
「良いですよ突入してください」
彼の声を聞いて、副長が船体全体の管制をしている“女殺し”へと視線をやる。通常の対フィールドよりはるかに強力な防御フィールドの存在を確認した“女殺し”が驚きを隠せぬ表情のまま首を縦に振るのを見ると、副長は船をブラックホールへと突入させてゆく。
やがて、僅かな振動が船体全体を襲い、サルベージ船“詠うカナリア”号はブラックホールへと突入していった。
2
彼女は眠っていた。長い、長い間。生まれてからずっと、彼女は眠っていたのだ。だけれども、眠っていたからといって、何も分からないわけではない、必要な知識、彼女が成すべき仕事に必要な様々な技術は、彼女の脳に直接、覚えこまされていたから、支障はないはずである。
彼女は待っていた、目覚めの時を。至高存在である“あの方”が彼女を起こすその日まで。起こされたその日が彼女の誕生日となり、彼女は“あの方”のために働くのだ。
そこまで夢現に考えていて、彼女は、ふと、疑問に思った。“あの方”とは誰なのだ、と。すぐに彼女の知性が答えを出す。これは生まれてからずっと仕込まれてきた条件反射だ。“あの方”は“あの方”だ。何を疑問に思うことがあるのだ。だが、疑問は消えない。以前、自分は“あの方”を別の呼び名で呼んでいたような気がするのだ。もっと、確かな名前で。分からない、全くもってわからない。それに最近、自分は“あの方”の声を久しく聞いていない気がするのだ。以前は頻繁に自分の心に語りかけてきた、あの方の声が今は、全く持って聞こえないのだ。こんな事は今まででは、ありえない事だった。彼女は初めて、不安という感情を感じていた。
『・・・・・ざめよ・・・・・・』
その時だった。彼女の脳裏に、一つの声が響いたのは。それは、待ち望んでいた“あの方”の声。何時もと同じように、その声は朗々とした響きを以って、彼女の脳裏に響き渡った。
『・・・・目覚めよ・・・・・』
それは待ち望んでいた声だった、至高存在である、あの方が自分の力を必要とするその時が来たのだ、それは彼女にとって大いなる喜びだった。
『・・・・目覚めよ・・・・・』
ゆっくりと彼女の意識は覚醒していく、それと同時に彼女の脳に、大量の情報がそして、彼女の成すべき使命が流れ込んでくるのだ。
『・・・・・・を集め・・・・・巨大なる門を作れ・・・・・』
その瞬間、彼女は再度疑問を感じた。これまで彼女が聞かされてきた、彼女の使命と、それは全く違う物である様な気がしたのだ。“あの方”の声は彼女に確認するように再度響き渡る。
『門を、巨大なる門を作るのだ、銀河に平穏と安寧をもたらすため、こことそちらを繋ぐ、巨大な門を作るのだ、全ては、銀河に、全人類に安息と平和をもたらす為に』
そこまで聞いて、彼女の意識は覚醒した。
3
詠うカナリア号のブリッジは、振って沸いた大儲けの予想に、騒然としていた。新入りのエンゼルチルドレンの能力をテストのため訪れた“D131”ブラックホール。そこで詠うカナリア号の特別製の探査用レーダーは“D131”内部で思わぬ拾い物を見つけたのだ。それはかなり巨大な建造物のようであった、レーダーに映る影からすると、それは小型の宇宙ステーションくらいの大きさがあった。これだけの物を引き上げれば、会社にかなりの儲けが行くはずだ気前の良い社長の事である、きっと彼らにボーナスを支給してくれることは確実といえた。
「これだけの獲物は久々ですねぇ、機関部の“親父さん”に機関の出力の余剰がどれだけあるか聞いてくれませんか」
船の管制席に腰掛けた“女殺し”が副長に向け声を発する。その言葉に副長は頷くと、機関部への通信を開く。
「親父さん、機関の方はまだ余剰出力はありますか」
ブラックホールから物を引き上げる、サルベージ船にとって機関部の出力の余剰がどれだけあるかは非常に重要なことであった。ブラックホールの超重力から船体を守るためにサルベージ船は強力なバリアで船体を覆う、そのバリアの使用は機関部のエネルギーの実に四割を消費するのである、重力井戸からの脱出に使う機関部のエネルギーも合わせれば、物を引き上げるための余剰のエネルギーは殆ど無く、小物しか重力井戸の底からは引き上げることができないと言うのがこの業界の常識であった。
「聞いて驚くな、機関部の出力にはまだまだ余裕がある、新入りの坊主が張ってくれるフィールドのおかげで、機関部からバリアに回す出力が殆ど無いおかげだな」
クルーの中の最年長である、機関士である通称“親父さん”が驚いた顔のまま言う。
「だ、そうです、船長」
「よし、アンカーを射出して、あの大物を重力井戸から引き上げるぞ」
船長の掛け声がブリッジに響き渡り、それぞれがそれぞれの仕事をはじめてゆく。それを見つめながら、ブリッジの中央に立ち、彼は現在も精神を集中しフィールドの展開に余念が無かった。あっさりと彼はこの作業を行って見せたが、並みのエンゼルチルドレンではブラックホールの中までサルベージ船全体を覆うほどの強力なフィールドを展開することは出来ない。しかも、船のバリアの必要の無いほど強力なフィールドを張れるエンゼルチルドレンなど、この銀河で片手の指の数ほどしかいないであろう。まさに特A級のエンゼルチルドレンである彼の本領発揮と言ったところであった。
そして、詠うカナリア号から、射出された牽引用のフックが建造物に絡みつく。
「出力最大、新入りもフィールド強度を上げ、機関部の手助けをしろ」
船長の声と共に、エンジンの出力が跳ね上がり詠うカナリア号は建造物をフックに引っ掛けたまま、ゆっくりとブラックホールの底から這い上がってゆく。
そして、機関部のエンジンにまわす出力が上がった故に、フィールドを展開し船を守る彼への負荷も跳ね上がる。
「くっ、さすがにちょっときつい、かな」
かすかに脂汗を滲ませながら、彼は小さく呟いた。永遠とも言える時間が流れた後、詠うカナリア号は重力井戸の中から飛び出し、そのままシュバルツシルト半径の内からも飛び出した。
「やった」
歓声が一瞬ブリッジを包み込む。彼もまた、表情を綻ばせ、パンと船の管制席に腰掛ける“女殺し”と手を打ち付け合う。だけれども、瞬間、彼の持つ超常的な力が、彼にこの船の危機を教える。感じられたのは、エンゼルチルドレンが力を振るう時の力の前兆。それは、今しがた引き上げた後方のステーションらしき物から感じられた。
「五分経って僕が帰ってこなかったら、全速力でこの宙域から抜け出してください。言うと、彼は自らの力、空間制御の力を用い自分の身体を異変の感じられた場所へと飛ばす。
一瞬、管制席の“女殺し”は何がおきたかわからなかった。だが次の瞬間、船に装備されていたAセンサーが通常の百倍以上の強力なA反応、エンゼルチルドレンが力を使う時に感じられる独特の波長、を示している事に気がつき、言葉を失った。そして、彼はその旨を素早く船長へと報告したのだった。
そこには、一人の少女がいた。漆黒の宇宙空間にて宇宙服を身に纏うことも無く彼女はステーションの上に佇んでいた。目の前に見えるのは、彼女のステーションをブラックホールからこの通常空間に引き上げてくれた船の姿が見えた。任務は出来るだけ秘密裏に迅速に進める必要がある、故に目の前にある、あの船は排除すべき対象といえた。彼女の片手が頭上に掲げられた瞬間、巨大な光の槍が彼女の手の内に生まれる。それはサキエルの光槍と呼ばれるカテゴリーサキエルの強力な破壊用能力である。だけれども、彼女の生み出したそれは、並のエンゼルチルドレンが操るよりより強力で巨大な代物。そして、彼女は迷うことなく、その槍を目の前にある船、詠うカナリア号に向け投げつけた。
数瞬の後、槍は詠うカナリア号に突き刺さり破壊と滅びを撒くはずであった。だけれども、槍が船に刺さるより早く、船の前に生み出された巨大な擬似ブラックホールが、彼女の放った槍のエネルギーを残らず食い尽くした。
「ふう、誰かは知らないけれど、いきなりそんな物をぶつけるなんて穏やかじゃないな」
言葉と共に闇が生まれ、そこから一人の青年が姿を現した。青年の姿を見つめ、彼女の蒼い瞳がすぅっと細められる。それはまさしく獲物を目の前にした肉食獣の顔。そして、彼女はしなやかな豹の如く、機敏な動きで目の前に現れた青年へと襲い掛かった。力を乗せ筋力を増強した蹴りが、拳が青年へと繰り出される。
「ほんと、穏やかじゃないね」
言いながら青年は自らも拳に力を乗せ少女の放つ一撃をさばく。
「ちぃ」
かすかな舌打ちの後、少女は再度その手に光の槍を生み出し、それを用い青年に切りかかる。一歩後退し少女の一撃から身をかわすと、青年は自らの腕の中に闇で出来た剣を生み出す。
「はっ」
掛け声と共に繰り出された一撃は少女の生み出した光の槍のエネルギーを残らず吸い取り消滅させた。
「諦めた方が良いよ、君の力は強いけれどその使い方がまだまだだよ、そんなのでは俺には勝てない」
少女に向け闇で出来た剣を突きつけながら、青年が言う。
「私は“門”を開かなければいけない、こんな所で屈するわけにはいかない」
そう言うと、少女は再度、青年に向け飛び掛ってくる。
「聞いてもらえないなら、少し痛い目を見てもらう」
言って、青年はその手に生んだ闇の剣を、少女に向け振り下ろす、だが次の瞬間、驚くべきことが起こった。目の前の少女が、青年と同じ闇色の剣をその手に生み出し彼の一撃を受け止めたのだ。本来、エンゼルチルドレンは一つのカテゴリー能力しか有することは出来ないはずだった。だけれども、目の前の少女はあっさりと、その常識を打ち破って見せたのだ。
「くっ、親父たちじゃあるまいし、反則だぜ、それは!!」
部が少し悪いと見た彼は、瞬間的に、少女との距離をとる。その瞬間、先ほどまで彼がいた空間を、少女の左手が生み出した光の鞭が凪いで行く。
「ちっ、下手に手の内をさらすと、覚えられる、だけ、か」
青年は、僅かな期間の間に、相手のカテゴリー能力を読んでいた。おそらく、目の前の少女が有するカテゴリー能力は、カテゴリーリリン、その能力は一度見たカテゴリー能力の学習。これ以上、自分の手の内をさらす事は自分の首を締める事に等しいのだ。二人は一定の距離をとったまま睨みあう。そう、少女もまた、青年に下手に手を出すことが出来なかった。思ったよりも目の前の青年は戦い慣れをしていたのだ。恐らくカテゴリー能力を駆使した純粋な戦闘能力では彼女の上を行くだろう。何とか膠着状態に持ち込めるのも、彼女の有する、カテゴリーリリンの能力のおかげだ。数瞬の逡巡の後、少女は一旦引く事を決意した。エンゼルチルドレンは沢山いる目の前にいる青年の強力なカテゴリー能力は惜しいが、カテゴリーレリエルの能力者は彼一人ではない、いくらでも取り返しは効くであろう。だけれども、彼女は初めて自らの内から湧き上がる興味に従い、青年に声をかけた。
「貴方、名前は何て言うの」
「なんだい、いきなり、さっきまで殺し合いをしていた相手の名前を聞くっていうのか、君は?」
「ただの、気まぐれよ、それに私は貴方が気に入ったから、何しろ貴方は私がはじめて戦った相手だから」
言って、クスリ、と笑った少女の顔はあまりにも無邪気で、そして綺麗だった。
「そう言う、君の名前は?」
「私の名前は、リーン、リーン・リシュナイール」
青年の瞳を見つめながら、少女が言う。それはあまりにも不思議で、あまりにも奇妙な一瞬。先ほどまで殺し合いをしていたはずの人間が、向かい合い、そして、友誼を交わすかのように互いの名を教えあう。
「俺の名前は、リュウ、碇リュウだ」
「そう、貴方のその名前、覚えておくわ、また合う機会があったのならあいましょう、リュウ」
言葉と共にリーンの足元に門が開き、ゆっくりと彼女の体が沈み込み消えていく。
「くっ、ここで逃がすわけにはいかないよ、リーン」
言葉と共に、リュウは力を解放しこの空間を封鎖し、彼女の作った門を強引に閉じようとする、しかし、僅かだが力のキャパシティはリーンのほうが大きく、彼の空間封鎖は打ち破られ、リーンは闇の中に消えていった。
「どう言う事だ、一体、何故、彼女はカテゴリーリリンの能力を持っている、それに、あれだけの力を使って、アイツは何をするつもりだ“門”を開く、だと、一体何処への門を・・・・」
リュウの呟きに答えるものは誰もいなく、そして、漆黒の宇宙空間に瞬く星々は何を言うでもなく、ただ輝き続けていた。
物語は始まる。終わりの始まりの物語が。
重力井戸の底よりあらわれしは、古の魔女の名を継ぎし少女。
誰も、この時、これが銀河系最大の危機の始まりである事を予想だにしえなかった。それを知るのは魔女の名を継ぎし少女と“あの方”そうよばれし者のみ。
終わりが始まる。千年の昔、三人の少年少女を巻き込んだ悪夢。生み出された妄執は、滅びることなく、千年の間、その妄執を抱き続けていたのだから。
魔女が現れ、笛を吹き、悪夢の門が開かれる。
後書き
どうも、J-wingです。お久しぶりでございます。
半年ぶりの新作、新しい物語をここにお届けします。なんだかんだ言って、何時もの世界観の物語です。まぁ五年近く付き合っていますから、愛着がありますし、他の物語も書こうかと何度か挑戦してみたんですが、どうも乗らない、そんで、頭の中にあったこのエピソードを書き始めたら筆が進む進む、と、言うわけで、永遠の時の果てでの最終章の後の話に当りますEpisode
Final、開始でございます。時系列的には“こちらASUKA探偵社”の十年位後のお話になりますね
時の果てで、最終話を書いた時は、短編を公開するだけとは言ったんだけれども、長編になりそうな予感もしますし、シンちゃんもアスカも当分、登場しそうに無いしなぁ。
それでも飽きずに付き合っていただけると作者としては嬉しいです。作者としては最も力を入れているシリーズなんですから。
それでは次話にて、お会いしましょう、ではでは〜
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