迷子の迷子の小猫ちゃん……
隣に立つ少年がそんな旧い童謡を口ずさんでいるのが彼女の耳に響き渡る。
何故か非常に冷たい風が心を吹きぬける感覚。
彼女の視界には見渡す限りの瓦礫の山。
かつて人が住んでいた場所。かつて、短いながらも彼と彼女が時を共有した場所。
「どうなってるのこれ」
彼女の呟きに少年は答えない。
ただ沈黙を持って答えるのみ。
「ここよね……」
わずかに瞳に剣呑な光を宿らせながら彼女は問う。
しかし少年は答えない。
あの事を彼女に教えるわけにはいかないのだ。
あの事実を……
「僕の汗と涙と、努力の結晶の焼け跡、かな」
何でもないような口調で、彼は言葉を放つ。
彼がここに来てから放った最初の言葉であった、それは……
まぁ、呆然ともしたくなるだろう、この家を買った時のローンはまだ五年分ほど残っている。
どんなに強大な力を持とうとも、お金が無ければどうしようもない一面も、この社会には存在しているのだ。彼女はぐるっとまっさらに成った土地を眺めると少年の瞳を覗き込みながら真剣な口調で尋ねる。
彼女が最も聞きたい重要な事を……
彼が最も聞かれたくない質問を………
「ねえ、シンジ」
「何、アスカ……」
ふう、と一つため息を吐き雲一つ無い青空を見上げながら彼は白々しく答える。
「アタシの荷物は何処なのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
少女の叫びが蒼い空のもと響き渡った。
永遠の時の果てで
外伝その一
あなたのお家は何処ですか?
「多分、灰になったんだと、思うよ」
明後日の方を向きながらどこかとぼけたような口調で言うシンジ。
「何言ってるのよ、アンタの責任でしょうが、アンタがあっさりとエンゼルブレイクにやられたりするから!!」
そう、数日前の謎の組織の攻撃によりこの家は吹き飛んでしまったのだ。
当然そこにおいてあった、家具はもちろん、彼女の持っていた荷物も、全て灰になっていた。
シンジの首を掴みかくかくと揺らしながらアスカは言う。
「それは君も一緒じゃ……」
苦しい息の中、紡がれかけた彼の言葉は少女の鋭い眼光によって抹殺される。
「あの服の代わり買ってね、後、根無し草のプータロー生活は嫌よ」
その根無し草のプータローに付いてきてるのは何処の誰だと決して彼は言わない。
まあ、非常に正しい処世術だといえる。
「ほら、行くわよ」
「行くわよって何処に?」
「アンタばかぁ、不動産屋に決まってるじゃない、あたしはホテル暮らしはあんまり好きじゃないの」
随分と久しぶりに聞いたような台詞が彼の耳朶を打つ。
彼は小さく、くすっと微笑むと頷くのだった。
何だかんだ言っても彼は、この少女に振り回されるのが結構楽しいらしい。
かくして、碇シンジ(1111)と桐生・アスカ・ルシア(17)の家捜しは始まったのだった。
三日後
「うん、なかなか良い所じゃないのシンジ」
お姫様のこの言葉を聞かせてもらうのに彼は酷く時間を要した。
ほとんど寝る間も与えられず(寝場所の車のキャビンからは叩き出された)不動産を探し回っていたのだ、この三日間ずっと。
そして、彼が彼女のこの言葉を聞けたのは、259件目の物件での事だった。
彼はふらふらしながらも端末でこの家を買う事を不動産業者に伝える。
そして、料金は自動的に引き降ろされ、めでたくこの建物は彼らの城となった。
代金は即日払いで。前回の件からローンにするのは止めたらしい。
別段、お金にゆとりが無いわけではないのだ。銀行にはそれこそ、普通の人間だったら一生働いても見る事のできないほどのお金が預けてある。
前回は、少々高い買い物をした後だったので、ローンにしただけの事である。
「ふう」
その事を伝え終えると、シンジはそのまま横になった。
家具の事などもあったが今はもうどうでもよかった。
窓から差し込む暖かい陽射しを受けながら、彼は瞳を閉じる。
とても気持ちがよいのだこうしていると。
ふわりと、彼の側に甘い良い匂いをする人物が腰掛ける。
「ほら、頭あげなさい、こんな綺麗な枕がいるのにそのまま雑魚寝って事はないでしょう」
優しい口調で彼女がそんな事を言う。
閉じていた瞳をあけ彼女の顔を見上げると彼女が柔らかく微笑んでいる事が分かった。
一瞬、驚いたような顔をしたシンジだったが、彼女の勧めに従った。
「じゃ、お言葉に甘えて」
そう言って、頭を上げた彼の頭の下にすっと暖かく柔らかい感触が広がる。
「ごめんね、我が侭ばかり言っちゃって」
優しくその細い手で彼の髪を梳きながら彼女は彼にそっと囁く。
「気にしてないよ、別に、こっちも楽しくて君の我が侭に付き合ってるから」
気持ち良さそうに瞳を閉じたままシンジは言う。
「ほんと?」
「ああ」
「アリガト、シンジ」
そんな少女の声を最後にシンジの意識は深い眠りの海へと落ちていった。
彼女の温もりを感じながら、彼は思う。
今日は良い夢が見られそうだと。
ASUKA探偵事務所
翌朝、目を覚ましたシンジが見た物はペンキにまみれた少女の姿と、そんな事を記した看板であった。
おそる、おそる、少女に疑問を尋ねると。
あっさりと、こんな答えが返ってきた。
『ボディガードなんて仕事アタシの華麗な頭脳を役に立てる所が無いわけ、だからアタシのこの優秀な頭脳と知識を利用するために、この探偵社を設立したわけ。もちろん、ちゃんと役所の方にはあんたの名義で申請して受理されてるわ。御質問は、無い様ね…じゃあ、シンジお風呂入れてきて、もうべたべたしちゃって。御飯はそれからにしましょう。』
と。
しばらく、呆然としていたシンジだったがやがて笑った。
大きな声で、何の屈託も無く。
一瞬、アスカはきょとんとしていたが、すぐに我に返ると、何故笑っているのか尋ねた。
シンジは微笑を浮かべたまま答えず、彼女をそのまま両手で抱き上げる。
そして、ふれあいそうなくらい彼女に顔を寄せると一言言った。
君がいると楽しいからかなと。
風が彼女の茜色の髪を舞い上げる。
アスカは一瞬怪訝そうな表情をしていたが何故だかおかしくなって笑い出した。
晴れ渡った青空の下、少年少女の笑い声が響き渡った。
ふぃん
後書き
久々の更新です。
しかも昔の作品。どうも、最近スランプなのか、中々気に入った作品が書けません。
新作の方は気長に待っていて下さいね。
こんな作品ですが、感想なんかを頂けると嬉しいですね。
それでは、今日はこれにて……