こんこんこん、と指で彼女が机を叩く音が聞こえる。
そんな彼女の様子をちらりと彼は恐る恐る見る。
そして、予想通り彼女がかなり苛立っているらしい事が分かる。
彼は大きくため息を吐くと、意を決し彼女に声をかける。ひょっとしたら薮を突ついてヘビを出す事になるのかもしれないが、このまま爆発の時を待つよりは幾分かましだ。
「あのさ、アスカ……」
「何よ!!」
ぎろっと噛み付かんばかりの表情で彼女がこちらを振り向く。どうやら、ヘビが出たらしい。その眼光に、ヘビに睨まれたカエルのように彼は言葉も出ない。一瞬、彼は気圧されてしまったのだ。数々の死線を潜り抜け、困難な仕事を数多く成してきた彼を萎縮させる視線を放てる者などそうはいない。まあ、これは彼個人の記憶、いや遺伝子に刻み込まれた癖みたいな物なのかもしれないが。アスカと呼ばれる茜色の髪の女性に彼が弱いという事は……
それでも何とか彼は勇気を振り絞り彼女に声をかける。
「まあ、始めたばっかりだし、こんな物だよ、きっと……」
「それじゃあ納得できないのよ!!」
「だからさ……」
「うるさいわね、シンジ、ああ、もう」

 


「どうしてお客が来ないのよ !!」

 


そんな彼女の絶叫が事務所兼自宅の屋内に響き渡る。彼女に気が付かれない様に彼は小さくため息を吐く。当たり前だ、近所に張り紙をするくらいでろくに宣伝もしないような探偵社に依頼に来る者などいるはずが無いのだ。だが、たった一つ彼の予想を裏切った事があった。
事務所の扉のチャイムが鳴らされたのだ。その音を聞くや、アスカは風よりも速く動いた、そして、扉の前まで駆け寄ると、とびっきりの営業スマイルを浮かべる。そして、意気揚々と扉を開けたアスカを出迎えた者は写真と貯金箱を抱えた少女のこんな一言だった。


「あのね、クーガーを探して欲しいの」


 


永遠の時の果てで
外伝その2
探し物は何ですか?

 


「探し物は何ですか、見付けにくい物ですか……」
旧い時代20世紀の曲を口ずさみながら、シンジはちょっぴり悲しそうな顔をして近所のゴミだめを漁っていた。彼がなんでこんな古い歌を知っているかなどとは、聴かないで頂きたい、まあ全て彼の年の功と言う事でご理解いただきたい。唄を口ずさみながら、シンジはちらっと横目で隣のゴミ捨て場で猫と格闘をしているアスカを見ると。気づかれぬ様、彼は小さくため息を吐く。どうして僕はこんな事をしているんだろうと心の中でそんな声が響き渡る。
全ての始まりはお客の第一号である、あの子供の一言から。


その少女は猫の写った写真をアスカの方へと差し出しながらもう一度口を開いた。
「ここって、探し物もしてくれるんでしょう、お姉ちゃん、クーガーを探して」
「クーガーってこの猫ちゃんかい?」
いつのまにか隣に現れたシンジが写真を覗き込みながら問いかけると、彼女はこくりと頷いた。
「お姉ちゃん、お金もちゃんと持ってきたわ」
そう言って少女は手にした貯金箱の中から硬貨を取り出すとアスカの方へと差し出す。
どうやら少女は無け無しのお小遣いを全て持ってきたらしい。
「いいわ話は奥で聞きましょう」
アスカは苦笑しながら言うと少女を奥へと招き入れる。
どんな形であれお客には違いないのだ、しかも栄えあるお客様第一号だ。シンジは無言のまま事務所にあるキッチンまでいくと、ココアを一杯用意する。健気な女の子に出してあげるために。そして、キッチンから事務所の応接室に入った彼が見た者は胸を張り自信満々な様子で少女から猫捜しの依頼を受ける、アスカの姿だった。



これが彼らがゴミ捨て場で猫達と格闘している理由。
二人は少女の飼い猫"クーガー"を見付けるために、クーガーがいそうな所を少女から聞き探し回っているのだ。少女の依頼をアスカは快く受けたのだ。報酬は一クレジット硬貨一枚、これだけでいいのと少女に聞かれた時、アスカはくしゃくしゃと彼女の頭をなぜていったのだ。
いいのよ、子供が遠慮なんてするもんじゃないわ、と。
「こら、アンタじっとしていなさいって」
横合いから聞こえてきたそんなアスカの声に、ふうと一つシンジは溜め息を吐く。ちらり、と彼女の方を見れば、ゴミの山の上で彼女は猫と掴み合いの喧嘩をしていた。あまりにも低レベルな光景に、シンジは大きく一つ、溜め息を吐いた。
「はあ、アスカ本当にこんな方法で見つかるの」
ついにシンジの口から彼女の方法に疑問を投げかける声が上がる。シンジはもっと簡単にけりがつく方法に一つ心当たりがあったから。
「何よ、シンジ、いたっ」
シンジのその声に、猫とつかみ合いをしながらアスカは彼の方に首を向けた。その隙を見逃すほど猫もばかではない。振るわれる爪、バランスを崩すアスカ。そして……
「ふにゃああああ」
「きゃあ、ゴミが崩れるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」



崩れ落ちるゴミ……
シンジはその光景を見つめ、再度、大きな溜め息を一つ、ついた。





「ふう、もうゴミでべちゃべちゃ」
ゴミにまみれた桐生アスカ・ルシア(17)が何度目かのぼやきを漏らす。
「だから言っただろう、アスカ、一匹一匹捕まえて特徴確かめようなんて無茶だって」
同様にゴミにまみれた碇シンジ(1111)が少し疲れた口調で呟く。
「何よ、バカシンジのくせにアタシのやる事に文句があるって言うの」
きっ、とアスカの眉が釣り上がり、剣呑な視線がシンジの方を向く。対するシンジは慣れたもので、さらり、とアスカの言葉を軽くかわす。
「あのね、君の能力を使えば猫の一匹探すくらい簡単に出来るだろう」
「あ、そうか、このバカシンジなんで早く言わないのよ」
どうやらその事に彼女は今気が付いたらしい。そして、シンジに再度剣呑な視線が向けられる。何時もの事ながら、彼女の言葉は理不尽だ。そして、ここで更に彼に世の中の理不尽さを知らしめるような出来事が起こる。
にゃあ
そんな声が彼らの自宅近くの影から聞こえてきたのだ。そちらに目を向けてみれば、今朝写真で見た一匹の猫がそこにいた。今まで彼女等が探し回っていた一匹の猫が。クーガーと言う名前の一匹の猫がそこにいた。


「ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん」
猫を抱き嬉しそうな顔で去っていく少女を笑顔で見送った後、アスカは大きく溜め息を吐いた。
「で、結局今日一日中走り回って、手に入ったのは一クレジット硬貨一枚かい」
軽く微笑を浮かべながら問う少年に彼女は苦笑を浮かべながら答える。
「いいのよ別に、あの娘の笑顔が報酬だと思わなきゃ」
その笑顔が眩しくて、シンジの手がそっと彼女の髪に伸びる。そして、彼は満面の笑顔を浮かべ言うのだった。
「ほんと、君といると楽しくて仕方が無いよ」
言いながらシンジは、くしゃくしゃと、アスカの頭を撫ぜる。
「何よ、もう、子供扱いしないでよ」
少し頬を膨らめながら言う少女の顔はどこか嬉しそうな物であった。
「僕から見れば、まだまだ子供だよ」
「ったく、アンタから見ればね、誰だってそうでしょうが」
しれっと、そんな事を言うシンジに、アスカは鋭い突っ込みを帰す。
「はははははは、違いない」
「ったく、 ふう、まあいいわ、初仕事成功のお祝いに今日の夕食は豪華にするから楽しみにしてなさい」
「ありがとう、期待しているよ、アスカ」
そう言ってシンジはもう一度アスカの頭をくしゃくしゃとなぜる。
その手の感触が妙に心地よかったのをアスカは覚えている。
そして、生涯忘れることはなかった。
 

 


 

 

 


ふぃん



あとがき

どうも、J−wingです。
またまた、古い作品のサルベージです。かれこれ二年近く前に書いた外伝ですが少々の加筆と修正を加え、再度公開です。 楽しんで頂ければ幸いです。
修正をしながら思いましたが、ルシアが主役の短編もまた書いてみたいなぁ、と、思う今日このごろです。
それでは、また、次の作品で……



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