人は恐れる。
強大な力を、人知を超えた者を、自分とは違う者を……
人は忌み嫌う。
自分達とは違う者を、自分達より優れた者を、自らの内の特異種を。
それは、人の生物としての本能なのかもしれない。
今、人の内には突然変異種が現れつつあった。
エンゼルチルドレン、そう呼ばれる天使の力を有した集団。
人は彼らを恐れ、差別した。
そして、彼らの力を利用し、道具としようとした。
人はあまりに悲しい、悲しすぎる。
もしかしたら、ある意味、彼らのなそうとした事は当然だったのかもしれない。
人の変異種を恐れるが所以に、人の心を恐れるが所以に人を、全てを一つの生物に還元しようとした。
恐れるが所以に。
ゼーレ、そう呼ばれる、哀れな老人達は。
だとすれば、それは、あまりにも悲しい事実。
永遠の時の果てで
第五部
別れの曲の響く時
第三十一話
プレリュード
風が吹く。
季節は移ろい、木々の葉は茂り、生物は光の恵みを享受する。
鳥は囀り、虫達は空を舞う、季節は夏。
見慣れた、夏の日々の光景。
それを見つめながら、彼は小さく微笑む。
少女達とであった、あの夏の日々を思い起こしながら。
「何、ぼうっと見てるのよ」
背後から声が響く。
分かっている、声の持ち主を。
彼が護ると誓った人、たとえ想いとどかずともずっと護る、そう誓った女性。
でも、彼女はいてくれた、彼の側に。
「いや、ね、夏だなって思ってさ」
そう言って、彼は小さく微笑む。
振り向きながら、茜色の少女に。
「変な、シンジ」
言って、つられるように少女も微笑んだ。
その微笑みを彼は護りたいと思っている。
「ところで、アスカはどうしてここに?」
きょとんとした顔のままたずねるシンジの手に、少女はアスカは、可愛らしい布に包まれた包みを一つ渡す。
「え、これは?」
一瞬、それが何なのか分からなかった。
よほど間抜けな顔をしていたのだろう、そんな彼の顔を見て、少女が笑う。
ころころと、楽しそうに。
「お弁当よ、お弁当、ふう、ちょっと見ない内にぼけたんじゃないの」
くんくんと鼻から匂いを感じてみれば、確かに、その包みからは良い匂いがする。
「ありがとう、アスカ」
彼は彼女の瞳を見つめ、ただそう言った。
幸せな時。
彼がこの二年、求めていた物がそこにあった。
桜の花舞い散る中、思いを交わした二人、二人は暮していたかつてと同じように共に。
そして、彼は高校へと入学した。
表向きは、彼女の身辺警護、そう言う理由で。
彼女には言っていない、自分の力も、この二年何があったかも。
ただ、武者修業をしていた、そう伝えたのみ。
彼女はそれ以上聞かなかった、関心が無いからではない、信じているから。
いつの日か、彼が真実を語ってくれる事を……
でも、彼は話せなかった、自分の胸の内にある小さな染み。
それは、自分の力を見た時、彼女がどう想うか。
だから話せない。
思うが故に。
何時かは話さなければいけない事なのだけれども、話せない。
恐れるが所以に。
人間であるために。
あまりにも悲しい事……
風は吹く、そんな二人を包み込むように。
想いを乗せ、吹き抜ける、空を……
ぶうん
黒い空間の中浮かび上がるモノリス達。
ゼーレと呼ばれた巨大秘密結社の幹部達。
「時は未だ至らぬ」
「我らの手足たる人形達」
「その完成は未だならぬ」
「ならばこそ、今の内に力は殺いでおくべきだ」
「紅き魔女の気づかぬ内に」
「我らも準備を整えねば」
モノリス達が放つ言葉。
一つモノリスが点滅するたびに、言葉が一つずつ放たれる。
そして、最後に01と記されたモノリスが高らかに宣言する。
「全ては人類のために!!」
古今東西、みずからが悪であると認識して戦争を起こした者はいない。
自らの民族の千年来の繁栄のため、唯一絶対の神のために、王道楽土の建造のために彼らは武器を手に取り、他国を蹂躪した。
彼らも同じなのかもしれない。
世界のために、人類のために、その言葉は何と甘い響きを持っているのだろう。
人を何度惑わせたのだろう。
一つ言える事は、彼らは正義のために事を成そうとしているのだ。
歪んだ正義ではあったが……
ネルフ本部
総司令執務室
部屋の中にある巨大な机。
その上で手を組み男は何処かを見つめる。
傍らに立つ、初老の男性は何やら書類を見つめ、時々溜め息を吐いている。
彼らは何を見つめ、何を成そうとしているのだろう。
「碇」
「なんだ、冬月」
「リリスも無く、アダムの分身たる初号機は既にただの抜け殻、これからどうする気だ」
「問題ない、手が無いわけではない、お前にも分かっているはずだ、最後のチャンスはある」
ゲンドウの唇が歪む。
邪悪なる笑みの形に、彼の瞳は今を写してはいない、ただ遠い過去を写している。
ずっとずっと。
「老人達が準備を完了し、痺れを切らした時こそ」
何を彼は思うのか……
愚問だったかもしれない、それは決まっているのだから。
もう、ずっと前から、彼の思う事は決まっている。
遠い過去を彼は見つめ思う。
それは人であるためだからなのかもしれない、過去に思いを馳せるのは。
あまりにも悲しい事実であるけれども。
「大悪党だよ、お前は」
苦笑を浮かべながら冬月は言う。
そんな大悪党に協力している自分をあざけりながら。
時は流れた。
セカンドインパクトと呼ばれた巨大な人災から十七年。
サードインパクトと呼ばれたあの日から二年の月日が流れた。
人は変わらない。
一度は一つに還元し、互いの心の底まで見たはずなのに。
人は変わらない。
人であるが所以に。
心の壁をその身に纏うが所以に。
互いを理解できずに、相争う。
悲しい事に、人であるが所以に。
そして、ここに一つの火種が燻っている。
時が経てば再びそれは炎となり、全てを包み込むだろう。
巨大な炎となって……
再度
第三新東京市立第一高校
くすり
小さく彼女の顔に笑みが浮かぶ。
顔を俯けていたために、クラスメートの誰もが気が付かなかった。
彼女の顔に浮かぶ邪悪なる微笑みに。
彼女は"力"を使い見ていたから。
様々な光景を、だからこそ笑う。
そのあまりの滑稽さに、おかしくて仕方が無いから。
狂った老人達の戯言も、過去を負う二人の男性も。
すべて彼女の思い通りに事は進みつつある。
計画を次の段階へと進めても良いだろう。
即興の計画だが上手く行きつつあるようだ。
まさか彼らも、自分達が彼女の手のひらの上で踊っている事など思いもしないだろう。
全てを彼女が見聞いている事も。
過小評価しすぎたのだ、彼女の力を。
アダムとリリスの分身たる、巨人と融合した彼女の力を。
彼女の名前はレイカ・ナイシュリス、ここではそう呼ばれている。
本当の名前は、エリカ・リシュナイール、紅き魔女と呼ばれ、恐れられる最凶のエンゼルチルドレン。彼女の哄笑がこの街に響き渡る日も近いかもしれない。
慎重に"力"を使い、今度はこの校舎の屋上へと、彼女は意識を飛ばす。
いる人物が人物だけに、気が付かれるおそれがあるから。
彼女の脳裏に、屋上の光景が映し出される。
仲睦まじい、二人の少年少女。
歳相応の微笑みが、彼らの顔には溢れている。
ぎりり、と彼女が握った拳から、赤い血が微かに零れる。
何故だろう、どうして、どうして彼らを見ると、ここまで怒りが湧いてくるのだろうか。
彼女には分からない。
あえて目を向けはしない、気が付かない振りをする。
自分と幼なじみの少年の姿が二人に重ねた事を、二人が羨ましい事を。
気が付いたら、彼女は壊れてしまうから。
永遠に耐えられなくなるから。
だから気が付かない振りをする。
だから壊したいのだ。
あの二人を。
絶望のどん底へと突き落とし、高笑いを聞かせてやりたいのだ。
壊したい、壊したい、壊したいのだ。
自分の心を乱す、あの二人を。
そして、彼にも自分と同じ苦しみと、狂気を与えてあげたいのだ。
だから彼女は……
風は吹く。
想いを乗せて、空を舞う。
優しさと共に。
「ねえ、アスカ」
「なぁに」
屋上で吹き抜ける風を感じながら、シンジは彼女の名前を呼ぶ。
答える彼女の声はとても柔らかい。
一瞬、真剣な顔でアスカの顔を見つめたシンジだったが、ふっと表情を緩める。
「何でもない、ただ、声が聞きたかっただけ」
「変なシンジ」
ことさら明るいアスカの声。
「そうかな」
「そうよ、ば・か・し・ん・じ」
二人は何とは無しに互いに視線を交わすと、笑った。
朗らかに、蒼い空の下、楽しそうに笑った。
それは幸せな一時。
ほんの一時だけれども、それは幸せな時だった。
そう……
幸せな時。
それは長くは続かない。
ゆっくりとだが、運命の歯車は回っていた。
絶望と言う名の悪夢の静かな足音と共に……
ほんの一時の幸せすら、許さない、と言うように。
始まるのだ。
絶望の鐘が鳴り響く時が。
別れの時はゆっくりとだけれども、近づいている。
To Be Continued
後書き
ふう、久方ぶりに書いたので、感じを掴むのにしばらくかかりましたが永遠の時の果てで、最新話ここにお届けいたします。
第五部、少し短いと思いますが、お付き合い下さい。
いかがでしたでしょうか。
まさか作者も、一年以上この作品と付き合う事になるとは思いませんでした。
本当はもっと速く完結する予定だったんですけどねぇ(苦笑)
さて、こんな作品ですが、付き合って下さった、読者の方に感謝します。
それでは、また……
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