1
西暦2018年。この年の事を、後の世の歴史家はこう記している。地球で行われた最後のエヴァ同士の戦いが起きた年、と。その戦いは国家間で行われた物ではなかった。国連の非公開組織の一つと人類の歴史の影にあった一つの組織が、その暗闘を日の光の下に晒したのだ。
しかし、一度、それよりも規模が大きい戦いが2015年に行われていた。その二つの組織の暗闘は2015年に一度表面化していたのだ。だが、それに関する記述はネルフ側から公表された一面的なものだった、なぜならばその年、セカンドインパクトに続く人類史上未曾有の大災害、サードインパクトが起きたのだから。あまりにも世界が混乱したが所以に、その日、後に審判の日、そう呼ばれた日の正確な記録は残ってはいなかった。
だが2018年に行われた、二度目のエヴァンゲリオン同士の戦いについては、わずかだが記録が残って居る。この時、ゼーレと呼ばれた組織が何を目指していたか不明だ。彼らに対する情報があまりに少ない事、そして彼らに対する尋問、逮捕が行われる前に、彼ら全てが謎の変死をとげたからだ。ある者は五体をバラバラにされ、ある者は鋭利な刃物の様な物で全身を切り刻まれ、またある者は死ねない肉塊へその姿を変えた。ゆえに、後の世の歴史家達は、彼らが何を目指していたかを残された僅かな資料から推測するしか出来なかった。結果わかった事はほんの僅かな事だけだった。彼らが死海文書と呼ばれる予言書の言葉を実現しようとしていた事、サードインパクト、セカンドインパクトを起こしたのは彼らだと言う事、そして、フォースインパクトを計画していた事。それだけが、歴史家達が必死に見つけた事実の欠片だった。
結局、サードインパクトとは、セカンドインパクトとは何だったのかはわからずじまいだった。そして、あまりにわからない事が多すぎる故に、このゼーレと言う組織の存在はほとんどの人間達の脳裏から消えていった。歴史家達ですら、ほんの僅かに歴史書の片隅に彼らの名前を記載するのみだった。
そして、時は流れていく。
エンゼルチルドレンの政府による公認、エンゼルチルドレンの公民権運動、全人類の統一政府の完成、月面都市の完成、火星、金星のテラフォーミング、恒星間航法の発見、そして初の恒星間移民船の発進、EVARと呼ばれる人類と生体機器の融合実験の失敗、植民星の過少期における地球側と植民星側の移民者数を巡る確執、植民星側の独立運動、惑星リュカーンの独立、地球連邦政府の樹立、初の惑星間全面戦争汎太陽系戦争、地球の覇権の喪失、宇宙海賊の跳梁、一部軍高官による連邦政府に対するクーデター未遂事件。
時は流れていく、その間にある人々の思いを押し流しながら。ただただ流れていく。
時に連邦歴435年。
暦が西暦から連邦歴に変わり四世紀の月日が流れ。あの終わり無き夏の日から千年の月日が流れた。だけれども悪夢は終っていなかった。人々がその存在を忘れても、誰も知らなくなってもそれは人知れず蠢いていた。唯一それを記憶する、少年ですら忘れかけていた悪夢は、形を変え歴史の闇の中で蠢いていた。誰も望まない未来予想図を描く為に。かつて地球で起きたあの悪夢を、今度は恒星間規模で再現する為に人知れず蠢いていたのだ。
終っていなかったのだ。
未曾有の大災害が銀河を人類を飲み込もうとしていた。
そして悪夢は始まる。
永遠の時の果てで
最終章
そして、君のもとに
第三十七話
悪夢、撒く者
2
地球連邦政府。人類の母星の名前を冠した人類初の統合体は、今、最大の危機を迎えていた。これまでの歴史書では、連邦政府最大の危機は約三世紀前に起きた、汎太陽系戦争であった。人類の過半の命を奪ったこの未曾有の戦争を上回る危機。それは、今、連邦の下にある幾つもの惑星で発生している全住民の自我境界線崩壊事件。自我境界線、かつて渚カヲルが言った心の壁、ATフィールド、これが消失すれば人は人としての形を保っていられない。自我境界線が崩壊した人は血の香りのする、金色の水、LCLへとその姿を変えるのだ。そして、惑星いや、星系規模での自我境界線の崩壊が連邦の各地で起こっていた。原因は不明。それは音も無く忍び寄りそして、その効果を発揮する。残されるのはかつて人だった金色の水だけだった。
連邦政府大統領ハモン・ガルシアは決して無能な男ではなかった。いや、ここ数代の連邦政府大統領より遥かに傑出した存在だった。しかし、そんな彼でさえ、今回の事態への対策は全く思いつかなかった。
そう、対策の立てようが無いのだ、いつ、どのように自我境界線の崩壊が始まるかは予測不能。被害者は全てLCLとかしているので、当日何が起こったのかも不明。情報量の不足、事件の神出鬼没な所、全てが連邦政府に対し不利に働いていた。
無論、連邦政府とて黙って手をこまねいている訳ではない、情報の収集、対策の検討、各惑星首脳部への秘密裏の通達、だが今の所、良い返事は一つも返ってこない。それにもう一つ問題があった。一般への公表をいつにするかである、これだけの大事件をいつまでも隠しておけるものでない事をガルシアは、そして連邦政府は知っている。だが、今、へたに情報を公開すれば未曾有の大混乱が銀河を包み込むだろう。そして、これが天災ではなく、人災であった場合まきおこった混乱は、この件の首謀者の望みを叶える事になってしまうかもしれないのだから。
「人災だとして、いったい誰が、何の目的で」
対策に右往左往する閣僚達の姿を眺めながらガルシアは一人小さく呟いた。
その言葉に応えられるものは、生憎この場に一人もいなかった。
3
それは求めていた、自分と同種の存在を。約千年前のあの日、それは誕生した。それは歓喜した自分が完全な存在になれた事を。不完全な群体ではなく、完全な一個の存在になれた事を。しかし、神の力を得た少年は、それの存在を否定した。
『それでも、もう一度、逢いたかったから』
このたった一つの言葉で、少年はそれの存在を否定したのだ。その言葉は、それの身体の多くの部分を抉り取っていった。だが、それは諦めなかった。不完全な群体ではなく、完全な一個へと還る日を。だからそれは待ち続けた。再度、完全な存在になる日を。
本来ならば、それは大きな力を持つ事はなかった。完全な一個と化している時はともかく身体の多くの部分を奪われたそれには、大きな力はなかった。しかし、ルパードと言う名の一人の科学者の妄執がそれに力を与えてしまったのだ。
一人の魔女の手により一時的に眠りに就かされたそれは、再度目覚め活動を開始した。時に連邦歴103年。その日、その時が、帝国が皇帝が生まれた瞬間だった。
皇帝は自らの名前をルパードと名乗る事にした。
それが、悪夢の始まりだった。
4
「報告を……」
声と共に闇に包まれた空間に巨大な瞳が浮かびあがる。皇帝ルパード三世、それを知るものはそれの事をそう呼ぶ。銀河にあまねく悪夢を撒く存在。
「盲目の羊の活動は順調です、信者数の伸びも彼らから吸い上げる金品の量も順調に増加しております、信者は何の疑問も持たず、陛下の審判を受け入れるでしょう」
最初に答えたのは、赤毛の青年。その瞳は鋭く冷たい光に満ちている。彼の名はライン・カーン、近年勢力を伸ばしつつある"全ての母たる者"教団教祖。そして、帝国の存在を知るものは彼のもう一つの顔を知って居る。帝国の"近衛"と呼ばれるエンゼルチルドレン部隊を率いているのが彼であると言う事を。
「現在まで"審判"が行われた惑星は七つ、いずれにおいても予想通りの効果を上げております、いまだ審判より逃れたものはおりません」
次に口を開いたのは、ラインの右となりに佇んでいた銀髪の男だった。彼も"近衛"の一人であり。その力はトップクラスに入る。
「連邦政府は現在まで、有効な対策を見出しておりません、我々との繋がりも全く気がついた様子はありません、まあ、無理も無いでしょう、陛下の審判を逃れたものは一人もいないのですから」
ラインの左となりにいた金髪の男が続けて言葉を発する。髪の色が違うだけで銀髪と金髪の男の顔は驚くほど良く似ていた。まるで双子のように。
そして、最後にライン達の前に佇んでいた男が口を開いた。男の名前はリン・アシト、帝国で皇帝の次の位に位置するもの。
「"人形"の調整は完璧です、何時いかなる時でも陛下のお声があれば稼動させる事が出来ます」
リンの声と共に、モニターが一つ開かれ、そこに一つの物の姿が映し出される。ぬめるような白い身体、卑らしく歪んだ口元、顔は人と言うよりも蜥蜴を連想させる爬虫類じみた物。そうそれは千年の昔、地球にて悪夢を振り撒いたもの。最早、それを知るものはほとんど居ない、忘れられた存在。福音の名を持つ白き巨人、エヴァンゲリオン量産機。
「まさにオーパーツと言うべきですな、これが千年の昔に作られたものとは今だ信じられません、その名が示す通り、神よりの贈り物なのかもしれませんな」
オーパーツ、その当時の技術では決して作り得ないはずの過去の遺物。エヴァンゲリオンはリン達の目から見てまさにオーパーツであった。
「無駄な事の追求は良い、お前はお前の仕事だけを成していれば良い」
始めて、皇帝が口を開いた。リンは彼を咎めるその言葉に頷くと慇懃な礼を一つ、自分の前に居る巨大な目玉に向け返す。
「臣下として分を過ぎた真似でした、申し訳ございません」
リンの言葉に満足したように、瞳は一度瞬きをする。
「良いか、正確なデータを我が元に届けよ、我が手による福音を、審判を銀河に余す所なく伝えるのだ、そして我らは再度、リリンへと進化するのだ」
そう言い残すと、瞳〜ルパード三世〜は闇に消え、その場には四人の男達と消えないほど深い闇が残された。
5
惑星リュカーン
情報局副長官室
何時ものようにブラインドが下ろされた暗い部屋、そこに彼女は居た。この業界に詳しいものなら彼女の顔を知らぬものなど居ない。勿論、その名前も。普段は人の良い老女と言った顔をした彼女が、これまでの現役生活の間、何を成してきたか知るが所以に。
彼女の名前はカリン・D・バークライト。地球連邦政府、情報局副長官。そういう肩書きの彼女だが、彼女を良く知るものは、その肩書きの"副"の字が文字どおり飾りである事を知っている。彼女の上司たる情報局長官など、飾りに過ぎないのだ、連邦政府情報局始まって以来の才媛と呼ばれる彼女の前では。
その彼女は目の前にある七つの報告書の前でしかめ面をしている。置かれた七つ報告書の内容はどれも同じ、七つの惑星で起きた自我境界線崩壊事件に関して記されている。未だ一般には公開されてはいない、連邦政府最大の危機を記した報告書だ。
彼女が本日幾度目かの溜め息を吐きかけた時、シュッと言う音ともに彼女の部屋の扉が開き光が廊下側から射しこんだ。
「失礼します、副長官」
「何、八つ目の自我境界線崩壊事件でも起きた?」
いささか疲れた彼女の言葉に入ってきた秘書官は首を横に振った。
「いえ、お捜しの人物に関する報告書を持ってまいりました」
秘書官のその言葉は、闇に沈みかけた彼女の心を光の世界へと引き上げた。今となっては彼女が探していた一人の人物こそが、最後の希望なのだ。
「貸して」
声と共に手が差し出される、生気を取り戻した彼女の手に秘書官は最新の報告書を手渡す。その時、彼は少しだけ不安そうな面持ちで尋ねた。真実を知るものの一人として、彼自身、救いの言葉が欲しかったから。
「本当に、その人物なら、我々の危機を救って下さるのですか」
秘書官のその声に、カリンは顔を上げると少し考えるような顔をした後言った。
「私の古い友人の一人よ、それに私が最も信頼している人よ、それに、彼に解決できないとしたら銀河中、何処を探してもこの件を解決できる人はいないわ」
その時の彼女の瞳には、話題の人物に対する揺るぎ無い信頼が宿っていた。件の人物はかつて駆け出しの頃の彼女と共に仕事をし、幾度か彼女と共に重大な事件を解決してきたのだ。彼女は、彼を今でも最も深く信頼している。
「写真を見ましたが、そんなに年を経た方とは思えませんでしたが?」
当然と言えば当然の秘書官の疑問。カリンの古い友人の一人ならば初老の域に年齢が達していてもおかしくはないはずだ、いや、むしろそのほうが当然である。だが、秘書官がちらりと見た写真に写った彼の年はどう見たって、17,8歳の青年であった。秘書官がそう疑問に思うのも無理はない。体内の代謝機能を制御して肉体を若返らせる"若返り"と、言う技術は存在するが、それを用いたからとて、完全に老衰から無縁で要られる事は出来ない。
「ああ、その事ね"明けの明星"って名前、聞いた事がある?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、秘書官に対しカリンはそう言った。微かに秘書官の顔が強張る。カリンが出した名前に、聞き覚えがあるようだ。
「でも、あれは、都市伝説の類いに近いものでは……」
「都市伝説を真実と信じられるほど、私は若くはないわ、旅券の発行お願いできる、事が事だけに私が直接出向いて、依頼を行うわ」
数十分後、一枚の旅券が発行され、連邦情報局副長官カリン・D・バークライトは機上の人となった。
6
連邦歴435年
連邦標準歴12月7日
午後1時30分
惑星セイルグレイ
その日は良く晴れた日だった。
空は蒼く澄み切っていた、風は心地よく、街の一時の喧騒を忘れさせてくれた。
何時もの学校からの帰り道を幼なじみの少女と帰りながら、青年はふとそんな事を考えていた。ずっとこんな日々が続けば良いのに。子供の頃から幾度も思った事が脳裏を過ぎる。
普段は優しいがいざとなると頼りになる父がいて、いつも微笑みを絶やさない母がいる。そして傍らにはいつも幼なじみの少女がいる。こんな日がずっと続けば良いと思っていたし、続くと思っていた。今日、この時までは。
彼は知らなかった。今日、この日、メールに添付された一つのプログラムが超空間通信を介して、この惑星のとある、人間の家に届いた事を。そして、その人物が"全ての母たる者"教団の熱心な信者である事も。その人物は、届けられたメールをこの惑星のコンピューターネットワークに流し込んだ事を。
知らない事は幸せである、そんな事が起きていると知らぬまま、彼らは家路を歩く。変わらない未来がそこにあると信じて。悪夢が目の前に迫っているのに気づきもせずに。
二人の家は隣り合わせ、何時ものように、玄関先で別れそれぞれの家に入っていく二人。だが少年は家には家に入ってすぐに、異変に気がついた。何時もならすぐに迎えに出てくれる母がこの日は迎えに出てこなかった。買い物に行ったかな、と、そんな考えも浮かんだがそれはすぐに否定された。三十分前に、携帯に連絡があり彼自身が買い物をしてきた所だったのだ。
「母さん?」
呼びかけながらリビングに入ると、彼の足元に生温い感覚が広がった。足元を見てみれば、そこに生臭い匂いを発する、金色の液体があった。
「うわっ」
慌てて、その場から飛びす去る、彼。視線を上げた彼の目に電話から外されぶらぶらと揺れる電話が目に入る。どうも、いまだ通話中らしく緑色のランプがパカパカと点滅を繰り返している。疑問に思った彼は金色の液体に触れない様に電話に近寄ると、そっと受話器を手に取った。
そして意を決し、受話器を耳に当てた。
「……………クス………あなたが望むのは、これなのね、一つになりましょう」
訳のわからない言葉、同時に目の前に人の気配を感じ顔を上げる彼。そこにはつい先程別れたばかりの幼なじみの姿があった。
「え?」
艶然とした笑みを浮かべた幼なじみの少女はそっと彼に手を伸ばす。そして、彼女の手が優しく彼の頬を撫ぜた時、パシャリと、小さな音が立ち、受話器が支える手を失い再度、宙にぶら下がった。残って居たのは先程よりも量を増やした金色の液体だけだった。
この日、セイルグレイの惑星上から"生きている"人間は一人もいなくなった。八番目の自我境界線崩壊事件が発生したのである。
明けの明星は、シンジは、未だこの事を知らない。
千年の昔に終ったはずの悪夢がこの銀河で再現されつつある事を……
To Be Continued
後書き
どうも、J−wingです。永遠の時の果てで最新話、ここにお届けいたします。
今回は最終章のプロローグみたいなものです、ちょっとした物語の再確認と、人物達の再確認みたいなものです。何せ、帝国の連中やら、連邦情報局副長官なんて、ほぼ一年ぶりくらいに書いている気がする。随分と第四部と第五部で足止めを食らいましたからなぁ(苦笑)
このような作品ですが、終わりに向け一歩ずつ歩を進めておりますので、お付き合い頂けたら幸いです。思う事などありましたら、感想など頂けると嬉しいです。
さて、お別れの前に恒例となりました次回予告を一つ。
千年の時の果てで、少年は少女と出逢った
かつて愛した少女と、うりふたつの少女と、同じ名前の少女と
そして、二人は一瞬を共有する
されど、悲しみは繰り返すのか
白き悪魔が羽ばたく時、大切なものがまた一粒、少年の手からは零れて行く
それは、千年の昔の咎の報いなのか
次回、永遠の時の果てで
第三十八話
零れ落ちる、雫
「わたし、死ぬのかな・・・・・・」
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