7
親愛なる君に
あの、終わりない夏の日から、どれくらいの月日が流れたんだろう。気の遠くなるほど長い長い時が過ぎた。僕は、まだ生きている。その間、僕は幾人もの人々と知りあった。ある人とは友達になり、また、ある人とは刃を交えた。僕は生きている。気の遠くなるほど長い時間を。胸の中に有るたった一つの輝きを信じて。僕は生き続けている。
あの終わりなき夏の日々、君と過ごした時間は僕の長い人生に比べれば微々たる物だったけれども、僕の胸の中に確かに今も有り続けている。今でも、目を閉じれば君の顔を間違いなく思い出せる。怒った顔、なきそうな顔、気の抜けた顔、張り詰めた顔、そして、幸せそうの微笑む顔。このたった一つの輝きが、僕を千年に渡って支え続けてきたものなのだから。
おかしいよね、君と別離する前は永遠とも言える時の中で、君の事を忘れてしまわないかとても怖かったのに。千年たった今でも、君は僕の中に有り続けている。
忘れてはいない、そう、君の事を忘れてはいないよ。僕はまた出会ったんだ。あの日の君みたいに眠りに就いた僕の心を呼び覚ましてくれる人に。彼女は怒るんだ、あの日々の君みたいにそして泣く、あの日々の君みたいに、そして笑うんだ太陽のように眩しい笑顔で。君と同じ声で表情で、彼女の全てが君を思い出させて、嬉しいけれど、何処か切ない、そんな思いを僕に抱かせる。おかしいよね、彼女に出会うまで、寂しいって心すら忘れていたのに。そして、怖い。彼女を見ると抱く想い、君に対して持っていた物と同じ想い。だけれども、それは、彼女に対し僕は君を重ねあわせているんじゃないかと思えて。そう、今、僕の前にいるのはもう一人の君。君と同じ名前、そして声、君と同じ顔を持った、もう一人の君。
彼女は笑い、泣き、怒り、僕の心を揺り起こす。
千年の間でゆっくりと凍り付いていった僕の心を。
あの日の君と同じ様に……
僕が愛しているのは、鏡に映った君の影なのかな。
ねぇ、教えてくれないかな
アスカ
8
連邦歴435年
連邦標準歴12月8日 木曜日
惑星ファーウェア 首都エルシティ
トントントントン、そんな調子の良いリズムが台所から響いてくる。どれだけ時代が進もうともどれだけ技術が進もうとも、人は己が手で料理を作る。自動調理器の類いがない訳ではない便利なレトルト食品がない訳ではない、これ一つ食べれば大丈夫と言うようなゼリー状の完全栄養食品がない訳ではない、だけれども、人は人の手により生み出された形ある料理を好んだ。それは、どれだけ時が流れようとも変わらない。そんな、理由で少女が一人台所を舞っている。彼女は手慣れた手つきで夕食の用意を整えていく、それをリビングの側から見つめる青年が一人。青年の瞳に宿る光の示す感情は不安。だけれどもそれは、少女が青年の方を振り向いた事により霧散する。人の感情を読み取る、カテゴリー・アラエルその力を持った少女が、青年の微弱な感情のゆれを読み取ったのだ。それに気がついたからこそ、青年は先程の不安な表情を消したのだ。少女に要らぬ不安を与えぬように。
「どうかしたかい、アスカ?」
微笑みながら言う青年に、アスカと呼ばれた少女は一瞬、怪訝な顔をするがすぐに、その顔も微笑みを浮かべた。
「ううん、何でもない、シンジ」
「そっか、今日の晩ご飯は何か、教えてくれると嬉しいな」
シンジと呼ばれた青年は、先程の不安な表情とは打って変わった明るい調子で、軽い話題を振る。アスカはそれに対し、嬉しそうに答えていくのだった。
"全ての母たる者"教団の機密施設の脱出より、はや、二週間が過ぎようとしていた。虚数空間からの脱出の後、アスカは倒れた。その体を気遣いながらも、シンジは依頼人と自分達を惑星リュカーンから秘密裏に脱出する手はずを整えた。敵である教団、そして、帝国の目をくらます為である。自分の名前が知られている以上、これ以上、リュカーンに止まるのは危険すぎたからである。依頼人バートン姉弟とは、と、ある惑星で別れた。依頼人は報酬を支払うと言ってくれたがシンジはそれを丁重に辞退した。とても、報酬を貰えるような働きをしたとは自分では思えなかったからだ。せめてと、バートン姉弟は弟のカシムが集めたデータをシンジに手渡した。彼らは気がついたのだ。シンジとアスカが"帝国"と深い関わりがあり、そして敵対している事に。故に何かの役に立てば、と、データディスクをシンジに手渡したのだった。それが、ほぼ十日前の出来事。いろいろあった所為で、データディスクを調べるのは未だ行われていない。幸いな事に、あの日以来、アスカが倒れる事はなかった。きっと疲労の所為だそう、アスカ自身は言った。だけれども、シンジは不安を感じてしまうのだ。何故かあれだけで全てが終ったとは思えなかったから。故に彼は心配そうな眼差しで彼女を見つめてしまうのだ。
「……ンジ、シンジ、シンジったら」
そんなアスカの呼びかけで、シンジの意識は現実へと引き戻された。どうやら、考え事に没頭していて彼女の呼びかけに気がつかなかったようだ。それが、不満だったらしいアスカがぷぅと可愛らしく頬を膨らめこちらを見ていた。
「あ、ゴメン、呼んでいたの?」
「全く、何度呼んでも返事してくれないんだから、食事が出来たから運ぶの手伝ってよ」
「ごめん、今行くよ」
「全くもう……」
少しだけ怒りながら台所へと歩いていくアスカ。そんな彼女の機嫌を直そうと慌てて後ろをついていくシンジ。何処にでもあるような幸せな光景。ずっとシンジが夢見てきたもの。千年ぶりに味わう他人の温もり。嬉しかった、傍らに誰かがいる事が、忘れていたから、寂しいと言う心さえ、だからシンジは、この小さな温もりを護る為に戦う。敵が銀河規模の組織と知ってもなお。だけれども、その温もりが砂上の楼閣である事をシンジは未だ知らない。
悪夢はもう、はじまっているのだから。
Present by J−wing
永遠の時の果てで
最終章
そして、君のもとに
第三十八話
零れ落ちる、雫
9
連邦歴435年
連邦標準歴12月9日 金曜日
ルネガル航宙社 318便
ルネガル航宙社、318便。普段ならば中央星域から辺境宙域へ向かう人々で賑わうこの便はいつもとは打って変わった静けさに包まれていた。普段なら、多くの人々がその座席に座っているのだが、この日の318便の機内にいる客はファーストクラスの一名とその随員二名のみ。その客は、老女だった。人の良い顔をした何処にでもいそうな、老女である。孫の手をひき歩きおばあちゃん、と孫に呼ばれているのが相応しいような。彼女は席に就くなり、書類を広げにらめっこを続けている。その書類に向ける視線は決して、光り溢れる道のみを歩んできたものには出せぬ視線。故に、彼は老女が目標だと信じる事がかろうじてできたのだった。
随員の一名は男だった。老女の秘書であろうか、彼女のもとに書類を持っていったり、コーヒーなどを持っていったりしている。身体を別に鍛えている訳でも、強力な武装を持っている訳ではなさそうだった。故に彼は男を脅威とはみなさなかった。
もう一人の随員は女だった。見た目は十代後半から二十代前半、長い黒髪を首の所で一つにまとめた、うら若い女性である。いや、若いと言うのは間違いかもしれない、身体の代謝機能の調節による若返りと、言う技術が存在する。その技術の恩恵を受けるのは主として女性だ。女性の歳を見かけで判断してはいけない。女は男のように老女の世話をしている訳ではない、ただ、老女の傍らに佇み、影のように付き添っているだけ。彼にとっての脅威はこちらだ。おそらく彼女は老女のボディーガードだろう。おそらくAC(エンゼルチルドレン)だろう、情報局の偉いさんのボディーガードなどそうだと相場が決まっている。カテゴリーがわからないのは厄介だが、仕方が無いだろう。それに、相手がエンゼルチルドレンだからとて彼は負ける気はしなかった。
そして、彼は姿を現した。
10
連邦歴435年
連邦標準歴12月9日 金曜日
ルネガル航宙社 318便
ドン、と、言う大きな音ともに扉が吹き飛んだ。とっさに反応した彼女はガード対象の老女の身体を床に引き倒し、自分がその上に盾として覆い被さる。激しい銃声と共に先程まで老女が座っていたシートが消し飛ぶ。秘書官も辛うじて身をかわしたらしい、彼女がかぎ慣れた血の匂いが場に漂う事はまだ無かった。硝煙の香りが漂う中、銃声が途切れると彼女は跳ね起き愛用の二挺の拳銃を引き抜き、扉の側でマシンガンを構えた男に向け銃弾を放つ。その動きは素早く芸術的なまでの美しさがあった。対する、男は避けようともしない、彼女が放った銃弾は男の前に出現した紅い壁により阻まれた。ATフィールド、ACが展開するバリアの一種である。小さく舌打ちをする彼女。同時に感じ取ったいやな予感が、彼女の身体を再度突き動かす。身を伏せると同時に、彼女の頭が先ほどまであった所を、不可視の何かが切り裂いて行く。
彼女の頭に命中する事の無かったそれは、自分達の後方にあった、もう一つの扉を切り刻んだ。
「よりにもよって、ゼルエルなわけ、追加料金頂かなきゃ割に合わないわよ」
小さく依頼人の老女の前で愚痴を零す彼女。勿論、計算済みの行動だ。確かに事、近接戦闘において最強とも言われる、カテゴリー・ゼルエルのエンゼルチルドレン相手では、彼女の愚痴は無理も無い事だ。ゼルエルの不可視の刃は、全てのものを切り裂くのだから。
「払ってあげますから、しっかり仕事はして下さいね」
老女のその言葉に、きらりと、彼女の目が煌く。
「商談成立」
言葉と共に彼女は跳ね起きると懐から取り出した何かを床にばらまいた。爆発物である危険性を考慮し、フィールドを展開し防御に入る男。それが彼女の狙いである事には気がついていない。男がフィールドを展開したその瞬間、ACが力を使う際発生する特有の波長であるAC波に、彼女が床にばらまいたそれが反応した。
「がは、貴様、エンゼルチルドレンでは、ない、のか」
それはAC波に反応し疑似ESP波を発生させる。その波長はACにたとえようも無い苦痛を与える事になる。エンゼルブレイク、対AC兵器の代名詞とも言えるものである。その影響下ではACは満足に能力を使う事など出来ないはずだ、それどころか、長時間その波長下にいれば命すら危うい。そう、男の言う通り彼女はACではない、そう思わせる事が彼女の戦術の一つである。実際、男は彼女が要人のガードである事でACと思い込み、対AC兵器の存在を考慮していなかった。
「その、思い込みがあんたの敗因よ」
言葉と共にエンゼルブレイクにより、フィールドの維持が出来なくなった男に対し彼女は容赦なく銃弾を叩き込む。彼女が放った二発の銃弾は男が手にしていたマシンガンを弾き飛ばした。同時に、エンゼルブレイクが一つ残らず、切り刻まれ、機能を停止した。
「人間風情が、小賢しい手を」
「ちっ、エンゼルブレイクの影響下で能力を使うなんて、無茶をする」
そう、無茶である、エンゼルブレイクの影響下で力を使うなど、AクラスのACだって早々やるものではない。実際、男の体も無茶が祟ったらしく、目からは血の涙を流し、耳と唇の間からは血が流れ出していた。
「しねぇぇぇぇぇぇ」
男は不可視の刃を放つ。男は逆上しており、目標を狙う事すら忘れ彼女を攻撃する。その隙を見逃さず秘書官の男性は依頼人を連れ、ゆっくりと、戦いの場から離れつつある。半狂乱になった男が放つ不可視の刃は狙いの正確さを欠いた。強力な殺気と共に放たれる一撃は一流のボディーガードである彼女の前では見えているも同じである。その攻撃は僅かに彼女の髪を一房切っただけに止まった。そして、男が数度目の攻撃を放った時、同時に、彼女の懐から抜かれたニードルガン、針状の弾丸を打ち出す拳銃、の一撃が男の眉間に命中した。いかなエンゼルチルドレンとて、攻撃の最中まで防御用のフィールドを展開する事など不可能なのである。
男はそのまま、白目を剥き、たおれ、動かなくなった。ニードルガンの弾丸に加工し、彼女が男に打ち込んだのはプループ、対AC兵器の一つである。針のような形状をしたその装置はACの頭蓋の内に打ち込む、プループを打ち込まれたACは決してその能力を使う事は出来ないプループの中に仕込まれた小型のセンサーが能力を使う事を感知し、その者にたとえようも無い苦痛を与えるからだ。
「プループまで使う羽目になるなんて、予想外の出費だわ、これ」
倒れた男の前で彼女はこの戦闘での思わぬ出費に頭を抱えていた。二つも対AC兵器を使った事が予想以上の出費だったらしい。まあ、たいていの対AC兵器は軍事用なので値段が恐ろしく高いのだ。先ほど彼女が使ったエンゼルブレイクも、ニードルガンの弾丸に加工して打ち出した、プループも。
「ありがとう、サラ」
老女、連邦情報局副長官カリン・D・バークライトが彼女に礼を言うが、予想外の出費に頭を抱えた、彼女は聞いていない。懐から電卓を取り出し、何やら必死に計算をしている。それを少し呆れた顔をして見つめるカリン。カリンは、彼女、サラ・ルフィード、を自分のボディーガードに雇った事を少しだけ後悔し始めていた。
「サラ!!」
再度、今度は少し強めに呼びかけてみる、カリンだったが、やはりサラの耳には聞こえていないらしい。未だ計算機とにらめっこをしながら何やらぶつぶつと呟いている。はぁ、と、カリンは小さく溜め息を吐くと、伝家の宝刀を抜いた。
「サラ………報酬減らすわよ………」
その声は先の二回よりも小さな声だったけれども、事、お金に関する事には地獄耳のサラが聞き逃すはずもなく。慌てて計算機から顔を離し、上官に命令された兵隊の様にピシリと身を正すと、カリンの方を向く。
「そ、それだけはご勘弁を」
「ふう、だったら人が呼びかける時くらい、きちんと返事してくださいね」
やれやれと言った感じで溜め息を吐くと、カリンは座りこんでいた床から立ち上がりきょろきょろと見るも無残な姿に変わったファーストクラスの席を見回す。そして、ぽつりと呟く。
「やっぱり"帝国"かしらね、このシャトル、貸し切りにしておいて正解だったわね」
その瞳には先程までサラに向けていた柔らかい光はなく、情報局副長官としてのカリンの冷静で冷徹な瞳がそこにあった。
「ええ、他の乗客までいたら、私だって守り切る自信はなかったわ」
立ち上がったカリンを見上げながら、サラはいう。カリンにこのシャトルを貸し切りにするように進言したのは彼女なのだ。カリンの重要性、その成そうとしている事の大きさ、相手にしている組織の規模、どれをとっても厄介な事ばかり。念には念を押した方がいいと、サラは渋る秘書官を説き伏せ318便を貸し切りにさせたのだ。成すべき事はきちんとこなす、彼女も一流のプロなのだからあたりまえの事だった。
「厄介ね、あの人が"帝国"にも発見されたんじゃない」
ぽつり、と、サラがそんな事を呟いた、その予想が正しいのなら自分達への襲撃の理由も理解できる、すなわち時間稼ぎ。今、向かっている惑星に居るであろう一人の青年の事を。何度も仕事を共にした、彼女の仕事の師であり敬愛する同業者である、一人の青年の事を。
「大丈夫よ、あの人は負けない、そこに護るべき誰かが居る限りは」
傍らに佇むカリンも同じ青年の姿を思いながら、サラをそして自分を安心させる様に言う。
彼女たちの心に住まう、一人の青年を思い出しながら。
11
連邦歴435年
連邦標準歴 12月9日 金曜日
闇の中に浮びあがる瞳が一つ。それは皇帝ルパード三世を名乗るもの。そして、瞳の前に佇む男が一人。帝国宰相をなのる、リン・アシトという人物である。彼は自分を呼び出した皇帝に対し恭しく礼をする。
「何の御用でしょうか陛下」
「惑星ファーウェアを知っているか?」
唐突な皇帝の問い掛けに怪訝な顔をしながらリンはその問いに答える事にした。
「確か、辺境の中央寄りにある、一惑星だったかと記憶しておりますが」
「"明けの明星"が
ファーウェアで確認された」
皇帝の静かな言葉に、リンの顔が微かに強張る。まさか"帝国"の誇る近衛三人が作り上げた"鏡"から脱出できるとは思わなかったのだ。ライン・カーンから報告を受けた後、彼はもう死んだもの、そう、リンは思っていたのだ。それが生きていたのが確認された。そう、自分達の絶対的支配者である皇帝が言うのだ。
「近衛達を集めよ、全近衛をもて"明けの明星"を殺しASUKA=ONEを取り戻すのだ、場合によっては人形の投入も許可をする、必ずや我が期待に応えてみせよ」
前代未聞の命令だった。実質上の"帝国"最強の兵であるエンゼルチルドレン部隊、近衛、それが全員揃い、一つの作戦の為に動くなどこれまでには無かった事だ。その破壊力が何処まで及ぶか予想もつかない。そして、同時にリンは自分の絶対支配者である皇帝に近衛の全投入を決意させた"明けの明星"に少し、恐ろしさを覚えた。
だが、彼はそれを少しもおくびに出す事なく、皇帝に対し恭しく答えるのであった。
「かしこまりました、全ては陛下の御心のままに」
と。
リンのその言葉に満足そうに一つ相槌を打つと、皇帝は姿を消していく。闇の中残されたのはリン、只一人のみ。リンが手元に有るリモコンを操作すると、その闇ですら今開かれたカーテンの合間から射し込む光により駆逐されて行く。一時の間に闇の空間は、普通の部屋へと姿を変えていく。小さく一つ溜め息を吐きながら、リンはすぐ近くにある椅子を引き寄せ、座り込んだ。疲労感が一気に彼に襲いかかっていた。
毎度の事ながら、皇帝との直接対面は彼の気力を著しく消耗する。皇帝に無能と判断された者の末路を良く知るが所以に。失敗は許されない。失敗したその時が、彼もまた彼の前任者の後を追う事になるのだから。
「さて"近衛"対"明けの明星"か」
そう小さく呟いた後、リンは手元の端末を操作し、ライン・カーンへの直通回線を開く。皇帝からの命令である、惑星ファーウェアへの近衛全投入を指示する為に。
12
連邦歴435年
連邦標準歴12月11日 日曜日
惑星ファーウェア 首都 エルシティ
AM10:25
その日、日曜と言う事もあって、二人は遅い時間に朝食を取っていた。別に、今は二人とも仕事をしていない身なので、日曜日も何も関係ないのだが、長年身につけた習慣の為か、日曜にはお休みの日、そう二人は認識し、大抵の場合において二人は日曜をのんびりと過ごすと決めていた。これは二人が同居をするようになってからの習慣であった。その日も、本来ならそう、消化されるはずだった。
「ごちそうさま」
言いながらアスカは食器を重ね、台所までもっていく為立ち上がる。今朝の朝食を作ったのはシンジなので後片付けはアスカが担当なのである。
「お粗末様でした」
ニコニコと笑顔を浮かべたまま、シンジが言う。自分の作った物をおいしそうに食べてくれる人がいるのはとても嬉しい事なのである。台所に歩いていくアスカを見送った後、シンジは自分の部屋に向かうべく立ち上がる。今日は、バートン姉妹から貰ったディスクの解析を行う予定なのだ。"帝国"が何を考え、何を成そうとしているか、その手がかりがディスクには有るはずなのだから。シンジは後に悔やむ事になる。何故もっと早く、ディスクの解析を行わなかったのかと。もっと早くにディスクの解析を行っていれば、この後に起こる悲劇の一つは回避できたのかもしれないのだから。
シンジが立ち上がり、リビングから出ようとした時、食器の落ちる音、割れる音がシンジの耳に響いた。振り返ってみれば、台所に向かう途中で倒れたアスカがそこにいた。彼女の回りには彼女が抱えていた物らしい食器が無数に散乱していた。
「アスカ」
慌てて、彼女のもとに駆け寄るシンジ。アスカは、苦しそうな顔をして、荒く息をしていた。そして、体が冷えるのか、まるで自分の存在を確かめるように、ぎゅっとその身を抱きしめていた。シンジの脳裏には、彼女が倒れた十数日前の光景が再度映し出されていた。やはり、終ってはいなかった。過労なんかではなかったのだ。
震える彼女の身体を、そっとシンジが抱き上げる。未だに、アスカの身体の震えは止まらない。何かに脅えるように震え、激しい熱のある病人のように、荒い息をするだけ。
「アスカ、アスカ」
必死にシンジはアスカの名前を呼ぶ。今の彼女はまるで、消える寸前の線香花火の様に儚く見えたから。呼びかけていなければ、そのまま、何処かに消えていってしまいそうで。
「……やっぱり、駄目なのかな……」
消え入りそうなほど小さな声で、アスカが呟く。
そして、微かに涙を浮かべた瞳で、シンジを見上げ彼女は問いかけた。
「わたし、死ぬのかな……」
そんな事ない、そうシンジが口を開こうとした時、シンジの体がぞくりと、震えた。幾度もの視線をくぐった彼だからこそ感じられるもの。余りにも多い殺気。そして、エンゼルチルドレンの気配。近衛がこの星に到着したのだ。
エルシティの上空を白い巨大な輸送機が旋回し、その腹から次々と小さな物を落していく。その小さな者達はATフィールドを展開し、ゆっくりとエルシティへと降下していく。フィールドを展開してゆっくりと降下していく彼らの姿は天使の集団のようにも見えたという。
「こんな時に」
カテゴリーマトリエルの"力"である千里眼能力を使い、空を見上げたシンジが呟く。アスカは不安そうな面持ちのまま、ただ、ぎゅっと服の端を握りシンジに縋った。
空を舞う白い影、そして舞い下りる天使達。まるで審判の日と呼ばれるあの日の光景を模した様に。役者は揃い、舞台は整う。全てはあの日を再現する為に。
そして、終幕のベルが鳴る。
物語の終幕は近づいている。
To Be Continued
後書き
ふう、とりあえず、読者がいるのかいないのか不明の、永遠の時の果てで、最新話ここにお届けいたします。半分自己満足で書いているこの作品、ここまで付き合って頂いた方、いらっしゃたら、ほんとにありがとうございます。ようやく、自分でも書きたかった場所に辿り着きつつあります。あと、ほんの少し、Jのこのお話付き合って頂けると有り難いです。
それではまた、次回お会いしましょう。
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