30

 連邦暦435年
 連邦標準暦12月16日 PM3:23
 地球衛星軌道上 連邦軍高速巡視艇アキレス

「なるほどね、上手く考えたものだわ」
 軌道上から調べた、熱源反応を見つめながら、サラは小さく呟く。彼女の前に示されているデータには、北米大陸に展開する不自然なほど大きな熱源が写っていた。
「誰も、資源が掘り尽くされ、開発し尽くされたこの惑星を詳しく調査しようだなんて思わないわよね」
 そう、誰も調査などしようとはしなかった。誰が想像できようか、人類のかつての母星の地下に巨大な地下帝国が作られようとは。それに、もはやこの星は、辺境の一惑星に過ぎず、資源も掘り尽くされ、開発もされ尽くされていた。サラの言葉のとおり、こんな惑星を再度軌道上から調査しようなどと考えたものは現れなかったのだ。
「目標は、旧北米大陸、か・・・・・ここまでは順調だったけど、これからは」
 真剣な表情のまま、呟く彼女の肩に、ふわりと、猫が飛び乗る。何処からともなく現れた銀の毛並みの猫、月夜。月夜はサラを励ますように、一声鳴いた。
「わかってる、あの人の遺志を継ぐ為にも、負けてられないものね」
 強い意志を秘めた瞳でサラは言うと、コックピットへの通信回線を開き、惑星への突入を依頼する。数分後、アキレスは旧北米大陸を目指し、大気圏突入を開始した。
 サラにとっての戦いが、全て終わらせるための戦いが、始まった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
Present by J-wing
永遠の時の果てで
最終章
そして、君のもとに
第四十一話
紅の魔女
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 31
 連邦暦435年
 連邦標準暦12月16日 PM3:33
 地球 旧北米大陸西岸 帝国地下宮殿ローレンツ
 

 真っ赤なランプが転倒し、警報が鳴り響き、場に緊急事態を伝えている。示されているのはこの基地のある北米大陸が、何者かにより調査されていること。この宮殿ができてからはじめて起こること。宮殿の警備システムは、起動し、すぐさま調査を行っている船を発見した。船の名前はアキレス、連邦軍所属の高速巡視艇である。
「連邦軍が動いた、いや、それなら、単機で来ることなど考えられない、情報局の手のものか?」
 司令室にある自分の椅子に腰掛けながら、小さな声でリンは呟く。
「だが、どうしてここの事がわかった」
 小さな声で自問自答する、リン。彼が答えを出すよりはやく、彼の脇の影がぼうっと、輝きそこから一人の人物が姿をあらわす。ライン・カーン、近衛を束ねるもの、そして、帝国最強のエンゼルチルドレン。
「迎撃にでるぞ、今、邪魔をされると困るのだろう」
「ああ、情報の出所を聞きたい所だが、今はそれどころではないな、好きなようにやれ」
「了解した」
 その言葉と共に、ラインは姿をあらわした時と同様、影に沈みこみ、姿を消した。
「いま、少しなのだ、今、少しで陛下の大願が・・・・・・」
 そう言う彼の手元のモニターには白い巨人“量産型エヴァンゲリオン”の姿が写っていた。
 
 
 
 

 32
 連邦暦435年
 連邦標準暦12月16日 PM3:35
 帝国地下宮殿ローレンツ地上第三番ゲート

「あれ、か」
 金は無言のまま、空の一点を見つめていた。その目は信じられない事に、現在大気圏に突入しこちらに向かってくる一隻の宇宙船を捕らえていた。
「少し、難しいかな、久方ぶりだからね」
 風に吹かれ、彼の金色の髪が少しゆれる。彼の両腕がゆっくりと天に向けかざされる。そう、先日は切断され、なかったはずの左腕も共に天にかざされていた。ゆっくりと彼の両腕に力が集い、一本の光の槍が形づくられる。それは“サキエルの光槍”。だけれども、ここまで巨大な“サキエルの光槍”が作られたことなど、これまでにはなかった。
「行け」
 小さな金の呟きと共に、槍は投げられ一直線に、アキレスの下へ向かっていった。
 そして、それから三十秒ほど経ってから、彼のもとに、任務成功の報がもたらされた。
「久方ぶりだから、少し危ういとおもったけど、上手く、行ったか、後は・・・・・・」
 それから先の彼の呟きは、あまりにも小さく聞き取りにくかった。もしも、読唇術に長けた者がこの場にいたのなら、その唇から、次のような言葉を聞き取っただろう。
 ただ、一言“全て、終わらせる為に”と・・・・・・
 
 
 

 33
 連邦暦435年
 連邦標準暦12月16日 PM4:01
 ローレンツ内 エヴァンゲリオン格納専用ケージ

 そこに、それはいた。
 滑る様な白い肌と、醜く歪んだ唇、神に匹敵するほど巨大な力を有するもの。福音の名を持つもの、エヴァンゲリオン。その唇はこれから起こることを予想してか、嬉しそうに歪んで見えた。ケージの壁面には、幾つもの、アンテナやケーブルの類が仕掛けられていた。それらのケーブルが向かう先は一つ、地下。この地下深くに作られた、ローレンツよりさらに地下を、ケーブルたちは目指していた。
 それまで、静寂に包まれていた場に、小さな音が響き始めた。エントリープラグを搬送するための機械の音である。エヴァンゲリオンより、これまで使用されていたプラグが抜かれ、新たなるプラグがそこに差し込まれようとしていた。そのプラグは、これまでのダミーではなく、れっきとした人を入れた、エントリープラグである。そして、ゆっくりとプラグがエヴァンゲリオンに差し込まれてゆく。一定の進度まで差し込まれた後、機械の手は離れエヴァ自身がそのプラグを自らのうちに取り込む。まるで、その真なる主の来訪を歓迎するように。
 プラグの中をたゆたうは、一人の少女。だけれども、その瞳に、かつてあった輝きは無い。彼女は機械的にエントリーの手順を進めていく。これは初めてだとは思えないほど手際よく。
 よく耳を澄ませば、聞こえたかもしれない、プラグの中で響き渡る、彼女の呪詛の声が、絶望の声が、憎しみの声が。心を壊した彼女に、帝国は絶望を、憎しみを、呪詛の念を刷り込んでいったのだから。今の彼女のうちにあるのは、絶望、憎しみ、呪詛の念、ただ、それだけだった。
 

 憎しみと、絶望、それこそが皇帝の求めるものなのだから。
 彼女の生み出す憎悪が、絶望が、全ての滅びを願う心が銀河により大きな悪夢を撒くのだから。
 そして、それこそが、皇帝の大願なのだから。
 だけれども、世界を支配するのは、絶望だけではない。それだけで良しとはしない人がいる。彼らはあがく、わずかな希望の欠片をその手にするために。絶望により黒く染めていかれようとする世界に、希望の光をともそうと。
 まだ、希望の光は消えていない。
 

 そう、まだ、あきらめてはいない者たちがいる。
 
 
 

 34
 連邦暦435年
 連邦標準暦12月16日 PM4:13
 地球 旧北米大陸西岸 帝国地下宮殿ローレンツ
 

 地下宮殿ローレンツ司令室には、エヴァンゲリオンケージへの直通のエレベーターが存在する。この場の重要性と、司令室にいる面々が、直通で、素早くケージに行くために作られた代物だ。そして、それはケージへもっとも早く行くための手段である。故に、彼らは司令室に駆け込んだ。
 駆け込んできた影は三つ、金、そして、サラ、月夜。司令室の一室にいたリンは突然の訪問に首をかしげ、金を詰問する。
「どういうつもりだ、金、なぜここに来た、ここに来いなどという命令は下してはいないが、それに、その女と猫はなんだ」
厳しいリンの詰問に金はかすかに微笑むと答えた。
「全て、終わらせる為に、過去の遺産にこれ以上、人の歴史を動かして欲しくは無いからね」
 強い意思を込めた言葉。リンは、その金の言動に強い違和感を覚えた。決して金はこのような物言いをする人間ではなかった。それに、彼の背後にいる人物。その女性の姿にリンは見覚えがあった。いつか見た報告書に記されていた、連邦情報局に雇われた凄腕のボディーガード、サラ。
「貴様は、金ではないな」
 ラインの言葉に、金の姿を取った何者かは苦笑する。
「ご名答」
 声と共に、金の姿が変わってゆく、金色の髪は黒色に染まり、青の瞳は黒曜石のような優しい色をした瞳に姿を変えた。惑星ファーウェアにおいて死亡したはずの人物。明けの明星の二つ名を持つ最強のエンゼルチルドレン、シンジの姿がそこにあった。
「明けの明星、貴様、死んだはずでは!!」
「死んだのは、僕ではなくって、金のほうだった、そう言うことさ」
 声と共にシンジの指が弾かれる。同時に彼から放たれた強力な精神波は司令室にいた人間たちの意識を奪っていく。カテゴリーアラエルの力の応用である。部屋で意識を失わなかったのは術者であるシンジ自身と、彼自身が効果を及ぼさせなかった、サラと月夜、そして、ぎりぎりのタイミングで現れたライン・カーンとそのフィールドにより身を守られた、リンだけだった。
「まさか生きていようとはな、明けの明星」
 リンの影から間一髪出現したラインが狂喜に歪んだ顔で心底楽しそうに言う。その顔はなくしていたおもちゃを見つけた、子供のようであった。
「あの時、もはやフィールドを展開する力すら残っていなかったはずなのに、よく生きていたものだ、何か、特別のマジックを使ったのかな」
「月夜が助けてくれたからね」
 言って、シンジはちらりと、サラの肩に乗り此方を見て欠伸をする猫に視線をやる。
 そう、あの時死んだのはシンジではなく、金。あの時、金が自分の勝利を確信した時、それは起こったのだ。光の槍を生み出した彼の手が振り下ろされる瞬間、シンジの目の前に強力なフィールドが展開されたのだ。
 そして、金の顔は一瞬驚愕にゆがみ、そして一瞬の隙が生じた。その一瞬が勝負の分かれ目となった。シンジが最後の力を振り絞り、投げたナイフが金の眉間に突き刺さり、そして爆発した。あらかじめ何本か作ってあったカテゴリーサハクィエルの“念”をこめたナイフだ。その力により“念”をこめられた物質は強力無比な爆発物となる。いかなエンゼルチルドレンとはいえ、至近距離でそんな爆発をくらい、ただで済むわけがない。金はその瞬間絶命した。その後、彼は全てにけりをつける為、幾つもの事を行う事になる。まずは現れた月夜に礼を言ったこと。金のマトリクスを取得したこと。情報収集とかく乱のため、金の姿をとり、カリン達の前に現れ、マトリクスと同時に読み取った金の記憶から知った、帝国の本拠地をばらすこと。そして、自分を確実に死んだ事にするため、金の死体をダミーに使ったこと。そして、先ほどサキエルの光槍と同時にレリエルの力で“門”を作り上げ、アキレスを秘密裏に逃がしたこと。アキレスに月夜と自分の娘のような女性であるサラが乗っていたことにはさすがの彼も驚いた。説得して帰そうとも思ったが、その瞳にこめられた強い意志の光と、彼女の言葉に、結局彼は折れた。
 そして、地球と言う名の人類の母星に役者はそろった。
不死者であり、明けの明星の二つ名を持つ最強のエンゼルチルドレン、シンジ。
 女神の残した一欠けらの思い、不死者と共に歩む者、リリスの欠片、月夜。
 シンジの義娘、そして、天使殺しの異名を持つ、ボディーガード、サラ。
 紅の魔女の力と血を継ぎし者、近衛最強のエンゼルチルドレン、ライン・カーン。
 帝国宰相、そして、ただ一人“皇帝”に意見をできるもの、宰相リン・アシト。
 そして、数百年のながきにわたり銀河の闇に潜みし、皇帝、ルパード三世。
 そして、そして・・・・・・
 約束を継ぎし者、不死者と出会いし、運命の娘、桐生・アスカ・ルシア。
 幕は開き、役者はそろい、舞台は始まる。もはや誰にも筋書きが解らなくなりつつある、舞台が始まる。悲しみと絶望の叫びを開幕ベルにして。
 
 
 

 35
 連邦暦435年
 連邦標準暦12月16日 PM4:20
 地球 旧北米大陸西岸 帝国地下宮殿ローレンツ

「なるほど、サキエルの光槍と同時にレリエルの門を使ってあの船を逃がしたか、明けの明星、くくくく、やはりお前は最高だよ」
 ラインの声と共に彼の周りに幾つもの光の輪が浮かび上がる、それぞれが強力な切断力をもったカテゴリーシャムシエルの力の応用“リング”。ラインが手を振り上げ、振り下ろすと同時に“リング”は一斉に、シンジに向け襲い掛かる。
 シンジは慌てず、その手から幾つもの擬似ブラックホールを生み出し“リング”を全て虚数空間に逃がす。
「時間が残り少ないって言うのに」
 かすかな焦りを篭めたシンジの言葉。その言葉に応じるように一人と一匹が、彼の背後から前に出る。
「パパ、行って、そこの直通エレベーターから、奥に行けるんでしょう」
 懐から銃を抜きながら、サラが言う。彼女の肩に飛び乗った月夜が彼女の言葉に同調するように一声鳴く、まるで人のように。
「そんな、サラ・・・・・」
「少しはあなたが育てた娘を信じなさい、それに月夜も居てくれるから大丈夫、負けやしないわ、時間もう残り少ないんでしょ、パパ」
 真剣な目をしてのサラの言葉にシンジは一瞬の逡巡の後、首を縦に振った。
「じゃ、行って」
 声と共にサラは素早く取り出した拳銃をかまえ、ラインとリンに向け引鉄を引く。同時にシンジは地下直通エレベーターに向け全力で駆け出した。
「ただの人間風情が、私の相手をできるか」
 怒声と共に展開されたラインのフィールドにより、サラの放った銃弾は弾かれるかと思われた。だが動いたのはサラだけではなかったのだ。何時の間にか月夜の光は紅く染まり、月夜は強力なATフィールドを展開したのだ。展開されたフィールドは、ラインのフィールドを侵食しそして中和した。
「何!!」
 驚愕を感じると同時に、ラインは肩口に鈍い痛みを感じた。
 サラの放った銃弾が彼の体に突き刺さったのだ。反射的に体を動かさねば、その一撃は確実に彼の急所を打ち抜いただろう。そして、一瞬、ラインの注意がサラたちに集中した瞬間、シンジはラインの脇を通過し、その手に生み出した光の鞭でエレベーターのドアを切り裂くとその内に飛び込んだ。すべて、終わらせる為に。
「さすが、パパの飼い猫、やるわね」
 自分の肩に乗る猫の力にさして驚いた様子も見せず、サラは言った。そんな、サラの様子に月夜は何のことだとでもいいたげに、首をかしげて見せる。
「今更ただの猫の振りをするのは無しよ、月夜」
 言って、サラは月夜の首を脇に抱え込むと拳で頭をぐりぐりとしてやる。溜まらず抗議の声をあげ、そして爪を立てる月夜、だが生憎、サラの着ている特殊な繊維で編みこまれた服には猫の爪如きでは歯が立たなかった。
「ふざけるな、この道化どもが」
 ラインの怒声と共に幾つもの光の槍が、二人のもとへと殺到する。
 瞬時に、サラの顔が引き締まり月夜と共に反射的にその場から飛び下がる。数瞬前まで二人が居た場所に光の槍が殺到し爆発する。そして、爆発の余波は月夜が展開したフィールドにより消し去られる。
「ナイス、月夜」
 言葉と同時に、素早くニードルガンを抜いたサラがラインに向け引鉄を引き絞る。数日前にも使用した“針”入りのニードルガンである。
「同じ手を何度も食うか」
 声と共にラインの手が振られ、同時に放たれた光の鞭がニードルガンの弾丸を彼の身にとどかせない。
「ふう、さすが近衛のボス、ただの宗教団体の教祖様ってだけじゃないか」
 ニードルガンを腰のホルスターに戻しながらサラが呟く。その動作を行いながらも、彼女の瞳は油断無くラインの動きを見つめている。それは何時の間にか足元に下ろされた月夜も同じだ。
「パパと同様に、全部のカテゴリーを使えるって言うのはインチキよね、何を仕掛けてくるかわかったものじゃない」
 言いながら彼女の手は腰に下げたもう一つのホルスターから、長身の銃を抜く。
「でも、負けるわけには行かないんだから」
 声と共に引き抜いた銃の引鉄を続けざまに三度引くサラ、銃口から蒼いエネルギーの光がほどばしり、ラインに向け直進する。
「無駄だ」
 声と共にラインが張ったATフィールドが蒼い光をかき消す。だが、攻撃はそれで終わりではなかった。月夜の瞳が紅く輝いたかと思うと幾つもの“リング”が彼女の周りに生まれ、ラインに向け突き進む。月夜の放った“リング”はラインのフィールドを切り裂き、そして、回避行動のため体勢を崩した彼の二の腕を浅く傷つける。
「まだよ」
 体勢を崩した彼の元へ今度はサラが放った、蒼い光が殺到する。それは再度回避行動を起こしたラインをまるでホーミングミサイルのように追尾していく。そして、光は無理な回避行動のため体勢を崩したラインへ向かってゆく。さすがのラインも、この体勢からのフィールドの展開は無理だったらしく、光はラインに直撃し爆発した。
「カリンに感謝しないとね、さすが連邦の最新型対AC用兵器ドラグーン、これなら」
 銃を今だ構えながら、祈るようにサラがいう。だが、紅き魔女の血を引くものがこの程度の攻撃で終わるはずが無かったのだ。
 紅い光が爆炎の中から零れ、そして、その赤毛を力により逆立てた男がそこから現れる。
「なめたまねをしてくれる」
 その瞳を怒気に染めながら、ラインが搾り出すように言う。怒りのためか彼の周りにはその体からあふれ出た余剰エネルギーがサラの瞳にもはっきりと写った。
「あれを喰らってもまだ生きているなんて、なんて奴」
「もう、遊びは終わりだ、死ぬがいい道化ども」
 その声と共に彼の両腕に力が集い、紅い光となりサラと月夜の元へ直進する。そして、紅い光がその場を染めていった。
 
 
 

36
同日
帝国地下宮殿ローレンツ 最下層

 そこに、それはいた。千年の昔に生まれた、人の悪意の集合体は。
 人は、それの事を“皇帝”と呼んでいた。そのあまりに強い悪意と虚無に恐れを抱いて。
 それは、今、喜びの内にいた、千年の昔に一度叶いかけ、そして、一人の少年の手により邪魔された、それの大願がまさに今、叶おうとしているから。
 量産型エヴァンゲリオンの内から放たれるアスカの絶望が憎しみが悲しみが、それの元へ集い人の心の壁を破る虚無となりて、銀河に撒かれる。絶望や悲しみや憎しみが、心の壁を溶かすアンチATフィールドを生み出すのだから。
 そして、その事実は同時にそれが、完全体となると言う事を示していた。
 そう、全ての人のあいだの心の垣根は無くなり、唯一つの生命体へと。
 そのために、その目的を果たすためにそれは千年の長きに渡り存在し続けたのだから。
 それを生み出したDrルパードもこのことは予期していなかっただろう。まさか彼が作り出した、新世代型多人格コンピューター、ルパードが己が意思を持ち、己が意思により自らを増設し、己が意思を持って銀河に悪夢を撒こうとは。
 人が溶けたLCL、それを用いたことが、ルパードに自我を与え、そして、一つの目的を持ち千年の時を行き続けようとは。神ならぬ身のDrルパードは予想することはできなかった。
 

「あと少し、あと少しで、我が大願は成就せり」
 

 悪夢が、闇が蠢き、そして、銀河に悪夢を撒く。
 連邦史上最悪の、悪夢を。
 
 

 
 

 37
 連邦暦435年
 連邦標準暦12月16日 PM4:33
 地球 旧北米大陸西岸 帝国地下宮殿ローレンツ

 紅い光が視界を染め、全ては破壊され終わったかと思われた。
 だが、終わってはいなかった。そこに月夜がいたから、シンジと共に千年の時を生きてきた蒼銀の毛並みの猫がいたから。ラインがその全身全霊の力をこめ放った“ラミエルの雷”を月夜は自らが展開したATフィールドで防いだ。全てを焼き尽くすはずのラインの攻撃をその小さな体で月夜は受け止めて見せたのだ。
「月夜」
 背後からかけられたサラの心配そうな声に、月夜はちらりと振り返ると、安心させるように一声鳴く。本来は蒼いはずの月夜の瞳は真紅に染まっていた。まるで同じ髪の色をしたあの少女のように。
「なぜだ、なぜ猫ごときがATフィールドを張れる」
 絶叫と共にラインは自らが放つ“雷”の力を増やしていく。ぴしりと言うかすかな音と、何かがきしむような音と共に、月夜の張るフィールドにひびが入る。同時に月夜のその細い体がゆっくりと痩せ細っていく。
「月夜」
 サラの声に答えるかのように、月夜の瞳の真紅の輝きはその紅さをゆっくりと増してく。同時に、サラの瞳には月夜の姿に一人の少女の姿がダブって見える。蒼銀の髪、真紅の瞳、雪のように白い肌、十四歳から十五歳くらいのその少女の姿をシンジが見たら、恐らくこう呟いただろう。ただ一言“レイ”と。
「何者なのだ、貴様は、貴様は」
 少女の姿はラインにも見えたようで“雷”を放ちながら混乱したように叫ぶ。
 ピシリ、そんな音と共にサラと月夜の眼前に展開されたフィールドに大きなひびが入る。
「月夜、もう、逃げて」
 泣きそうな顔で叫ぶサラに、月夜はレイは振り返って見せると、淡く微笑んだ。
『大丈夫、私たちの、勝ちよ』
 同時にサラの脳裏に、そんな声がよぎる。さすがのサラも、その声が目の前にいるレイが放ったものだと知るのに、数瞬の時を要した。そして、同時に聞こえた悲鳴が、レイの言葉の正しさを証明してくれた。
「な、ぎゃあああああああああああ」
 同時にサラと月夜を襲っていた“雷”が掻き消える。視線をそちらに向けてみれば自らの右腕のあった場所を押さえ悲鳴をあげるラインの姿があった。
「何が、どうなってるの」
 わけがわからないといった顔で呟くサラ。そんな彼女の目の前で今度はラインの左手がゆっくりと溶け、金色の液体へとその姿を変えていく。
「何が、何が起こったと言うのだ」
 ライン自身、わけがわからないといった顔で呆然と言う。そんな疑問に答えるように、再度、レイの声が響く。
『力の使いすぎによる、ATフィールドの崩壊』
「どういうことだ」
『あなたはクローン、あなたの体はLCLの内で生み出された、偽りの体、その自我境界線は恐ろしく弱い、調子に乗って力を使い続ければ、その体は崩壊する、そのことを皇帝に聞かなかったの』
 淡々とした調子のその声が脳裏に響く。何時に無くレイは饒舌だった。
 彼女は知っていた、クローン体の寿命が短いことを、そして、強力な力を使い続ければその寿命は短くなっていくことを。そして、寿命を失った体はATフィールドを保つことができず崩壊することを。故に彼女は無謀とも言える策を実行した。放たれた“ラミエルの雷”をかわすのではなく、あえてATフィールドを張り受け止める。ラインがその力を使い果たし、崩壊することを狙い。
「バカな、陛下はそんなことを一度も」
『哀れね、貴方は使い捨ての駒、かつての私と同じ、交換が効く便利な駒』
「俺は、俺は、駒などでは、な・・・・・・・・」
 その言葉を、ラインは最後まで言い切ることはできなかった。彼の自我境界線、ATフィールドは崩壊し、彼の体は砕け散り、LCLへと還元された。
「勝った、の」
 サラの問いかけに、レイは無言のまま首を縦に振った。
「だったら、追いましょう、パパを」
 サラの言葉にレイは再度首を縦に振ると、現れた時と同じように唐突に姿を消した。残されたのは何時もどおりの蒼い瞳に戻った、月夜だけ。
 言って、駆け出そうとしたサラだったが、何かに気がついたように足を止めた。何か、大事なことを見逃しているようなそんな感覚。プロとしての彼女の感性が、何かを彼女に訴えかける。
「あ・・・・・、月夜、目標、変更よ」
 何かに気がついたらしいサラは、自分の肩に飛び乗った月夜に対しそう言うと、地下への直通エレベーターではなく、その奥にある、一つの扉に向け走り出した。
 全て終わらせる為に。そして、全て終わらせるため地下へと向かった義父への手助けをするために。彼女は、走り出した。
 
 
 

38
帝国地下宮殿ローレンツ 最下層

「ライン・カーンが、死んだ、か」
 そこは、何も無い空間だった。あるのは、金色に輝く血の匂いのする液体だけ。だけれどもその声は、確かにその場に響き渡った。その場に、音声を発するようなものは、何も無いと言うのに。その声は確かに響いたのだ。
「我が福音を拒むか、人間どもよ、我は汝らを更なる高みに導こうと言うのに」
 その場に誰か人がいたのなら、もしかしたら、その声の持ち主に気がついたかもしれない。それは誰も見たことが無い、皇帝の声、皇帝ルパード三世の声だった。
 ボコリ
 声とともに大きな泡が一つ、LCLの水面に生まれる。
「また、我の降臨を拒もうと言うのか」
 ボコ、ボコ、ボコ
 声と共に、泡が生まれ、弾ける。まるで何かを生み出そうとするように、それは蠢く。
「千年の昔と同じように、我が降臨を、人の進化を拒もうと言うのか」
 それは独白ではなく、特定の個人に向けられた言葉。皇帝はその人物が目の前にいるかのように叫ぶ。自らを鼓舞するように。
「今度は、やらせはせんぞ、サードチルドレン」
 
 

 それは悪夢。
 千年以上前に終わったはずの、悪夢の欠片。
 
 
 
 
 
 
 
 

続劇
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 後書き

 お待たせいたしました、永遠の時の果てで、最新話、ここにお届けいたします。
 修羅は戦場で塵芥となり、滅びました。彼の最後はいろいろと考えましたが、結局は最初に考えたとおりに落ち着きました。
 物語はもう、佳境です、この長いお話に付き合ってくださった皆さん、よろしければ、もう少しだけお付き合いをお願いします。
 次話はこのお話の生み出された最初からある、最大の問題にシンちゃんは直面します。そのシーンを僕がどこまで上手くかけるかはわかりません、だけれども、精一杯がんばるつもりなので皆様、どうぞ、見捨てないでお待ちください。

 それでは、近いうちに再度お会いできることを期待して、筆を置かせていただきます。
 
 それでは・・・・・
 

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