幸せになれるはずだった。
 そう、幸せは約束されていたはずだ。
 戦いが終われば、使徒、と呼ばれる、出来損ないの人を倒した後には。
 平和と、平穏、穏やかな日々、そして当たり前の幸せ。
 そう信じていたのに。出来損ないの人を全て滅ぼした後、僕らを襲ったのは僕らが命をかけて守ってきた人間たちだった。
 そして、あの日、壊れた僕のココロは人類史上未曾有の災害を引き起こす事になった。
 後の世の歴史書によれば、審判の日、そう呼ばれる事件を。サードインパクトという名の現象を。そして、ただ一日の時間だったけれども、たった一瞬の事だったけれども、人類は一つになった。僕がもう一度、願った事により、世界は修復されたけれども治しようの無い傷が人類には刻み付けられる事になった。
 そして、今度こそ、幸せが享受できる、そう思ったのに、僕に与えられたのは、背中の翼がもたらした、無限の時間と人の欲望が生み出す終わり無き戦いの日々だった。
 幸せはいつも僕の手のひらから零れ落ちていく。一粒ずつ、だけれども確実に。
 これは僕の咎、故の事なのだろうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
Present by J-wing
永遠の時の果てで
最終章
そして、君のもとに
第四十三話
千年牢 表界戦渦
 
 
 
 
 
 

46
連邦暦435年
連邦標準暦12月16日 PM5:49
地球 旧北米大陸西岸
 

 先ほどまで起こっていた苛烈な戦闘で、ずたぼろになったエヴァンゲリオン専用ケージ。そこにシンジは居た。何をするでもなく、少女が消えた時同様、呆然としたままで。
 何をするでもなく、血の香りのするLCLに身体を染めながら、彼は何をするでもなく、固まっていた。
 どれくらいの時が流れただろう。彼の腕から温もりが消えてから。
 どれくらいの時が経っただろうか、彼女の最後の声が響いてから。
 しばらくの間、その場は沈黙に包まれていた。
 やがて、彼は彼女がつけていた紅いヘッドセットを手にとると無言のまま立ち上がる。
 もしも、この時、彼の顔を瞳をのぞき見る者がいたのなら、その場で凍りついただろう。彼が放つ圧倒的な殺意に心がおびえて。
 パチリ。微かな音をたて、空間に雷が走る。パチリ、パチリと、弾ける様な音を立てながら圧倒的な量の力が、シンジの周りに集まりつつあった。
 よく見てみれば、彼の足元のLCLも少しずつ波打ち始めている。彼の体から零れ出るエネルギーの余波によって。
「でて来い、まだ、覗き見を続けているんだろう、皇帝」
 怒声が響き渡り、同時に彼の体から圧倒的な量の力が弾き出される。その背には彼の二つ名の由来でもある六対の翼が輝く。その衝撃は凄まじく、翼が展開された瞬間、ごうっと言う音と共に風が生み出され、同時に衝撃波が生み出され、ケージの壁に無数のひびを入れてゆく。そして、彼の足元で波打っていたLCLは同時に発せられた熱により瞬時に気化してゆく。
 この瞬間、恐るべき事に施設内、いや太陽系の内のAセンサー、ACの力を感知する対AC兵器、は使い物にならなくなった。今まで感知されたことの無いほどの力にさらされて。それほどまでにその瞬間放たれた力は強かった。シンジの周りではエネルギーの余波が未だにプラズマ状になって漂っている。恐ろしいまでの力だったそれは。
 力が放たれた後の、一瞬の静寂の後、空間が歪み巨大な瞳が彼の目の前に出現する。皇帝、ルパード三世である。
「よかろう、明けの明星、余が自ら相手をしてやろう、これから生み出すゲートをくぐりぬけ余の元へと来るがよい」
 皇帝の声と共に、再度空間が歪み、カテゴリーレリエルの力で作り出された“門”がその場に出現する。それはまるで冥府への扉のように、深い深い黒色をしていた。
「呼ばれなくても行くつもりさ、絶対に僕は、お前を許しはしない」
 その声と共に“鏡”が彼の体を包み込み、そして、彼の操る“鏡”は皇帝の生み出した“門”へとその姿を静めて行った。
 彼の作り出した“鏡”が“門”を完全にくぐると“門”と皇帝は、その姿を消した。
 残されたのは、ぼろぼろになった白い巨人と、それが残した破壊の後だけ。
 

 そこは闇に満たされていた。
 あるのは原始の海と同じ生命のスープ、ただそれだけ。
“門”によってシンジが連れられて来たのはそんな空間だった。
「LCL・・・?」
 漂ってくる、LCLの匂いに顔をしかめながら、シンジは小さな声で呟いた。
 その場には、何も無かった。巨大な空洞に波打つLCL、それがそこにある物の全てであり、その紅い湖はシンジに、あの日の事を思い出させる。望む、望まないにかかわらず、人類が強制的に一つになったあの日の様に。
「どこだ、どこにいる、皇帝」
 静かな声。だけれどもその内に確かな怒りをこめたその声がLCLのみが存在する部屋の中響く。同時に半ば制御不能になった彼の圧倒的な力が放出され、部屋のLCLを激しく波打たせる。
『怒りに目がくらみ、気がつかないのか、明けの明星よ』
 部屋全体にエコーがかかったような調子で皇帝の声が響く。シンジは瞬間、さっと周りを見回すが、マイクもホログラフのプロジェクタもその場には存在していない。そして、生き物の気配も全くといって感じない。だけれども、声は確かに響いた。
 一瞬、混乱し沈黙したシンジだったが、数瞬である可能性に考えが至り、動揺した。
『その顔からすると、気がついたらしいな』
 ボコ、ボコ、ボコ、ざぁぁぁぁぁぁ
 声と共にLCLが波打ち、泡立ち始める。
「お前は、お前は」
 ボコ、ボコ、ボコ、ボコ
 音をたて、LCLがさらに激しく泡立つ。まるで何かを生み出そうとするかのように。
『ふふふふふ、ははははははははは、そう』
 笑い声が部屋の中響き渡る。同時にシンジの前のLCLが激しく泡立ち、波打つと人の形を取り始める。そしてそれは、彼の前で完全な人の形を取った。
 銀色の髪からLCLの雫が零れ落ちる。その肌は気持ち悪いほど白く闇の中その秀麗な顔立ちを、目立つものにしていた。瞳の色は赤、血の様な真っ赤な色。シンジはその顔を良く知っていた。その顔はいつも鏡を覗けば目の前にあったから。千年の間、ずっと変わらぬまま、鏡の中に映し出された顔がそこにあった。肌と瞳と髪の色を除けば、それはシンジにそっくりな姿をしていた。それは髪をその手でかきあげながら、にやりと笑い、自らの名を名乗った。
『そう、このLCLこそが余の身体、余が皇帝ルパード三世、進化した人類、第十八の使徒リリンだ、始めましてと言うべきかな、我が生みの親よ』
 言って。皇帝と名のった。もう一人のシンジは笑った。
「黙れ」
 怒声と共にシンジの身体から力が生み出され無数の光の輪となりルパード三世に向け襲いかかる。だが、ルパード三世は全く動じた様子も無く、自らの周りに黒い球体を生み出すと、その全てを虚数空間へと逃がしてゆく。
『おやおや短気だな、明けの明星、余は真実を語っているだけだぞ、いきなりの挨拶がこれかね』
 周りに小型の虚数空間への門である黒球を漂わせながら、ルパード三世は愉快そうに言う。それが一層、シンジの癇に障る。
「黙れと言っている」
 今度生み出されたものは、数メートル以上の大きさの巨大なサキエルの光槍、おそらく史上最大級の大きさと威力を誇るであろうそれが、ルパード三世に向け投げつけられる。
 だが、その一撃ですら、ルパード三世は目の前に展開したATフィールドであっさりと霧散させる。
『さすが、というべきか、怒りで我を忘れているとはいえこの力の威力、伝説になるわけだ、だが忘れてもらっては困るぞ、明けの明星、あの日、余を生み出したのは貴様であり、余こそがもっとも進化した使徒であると言う事を』
 その声と共にルパード三世の周りに無数の光の槍と、光の輪が生まれる。ルパード三世が掲げた右腕が振り下ろされると同時に、それらは一斉にシンジに向け襲いかかる。対するシンジは瞬時に自らの前に大きな黒球を生み出し、それらを全て虚数空間へと逃がす。
『だが、甘い』
 近距離で声が響いたかと思うと、攻撃に紛れ生み出した“門”を使い背後に回ったルパード三世の声が響く。同時に繰り出された、足の一撃がシンジの背中を激しく打ち据える。
「ガッ」
『どうした、お前の力はそんな物か、もっと余を楽しませろ、千年ぶりの饗宴の供物として』
 続けざまにルパード三世が放つ拳が、足での一撃が、確実にシンジを追い詰めてゆく。力をのせたそれぞれの一撃は速く、そして強かった。成す術も無くシンジは押され、追い込まれてゆく。
『ははははは、もう終わりか』
 そんな声と共に、大きく振り上げられたルパード三世の拳が振り下ろされる。その一瞬、大きく腕を振り上げるまでの一瞬の時間を使い、シンジはありったけの力を持って、左手にATフィールドを展開する。がきっと言う鈍い音をたて、ルパード三世の拳が受け止められ、そして、その身体は一瞬硬直する。それがシンジが狙っていた一瞬の好機。次の瞬間、シンジはありったけの力をこめ、右手に光の槍を生み出すとルパード三世に向け、繰り出した。
 
 
 

47
連邦暦435年
連邦標準暦12月16日 PM6:49
地球 旧北米大陸西岸
ローレンツ内 中央情報集積室。

 帝国の本拠ローレンツには帝国が銀河中から集めた情報を電子的に集積する部屋が存在する。連邦の情報局の本部に勝るとも劣らない規模のその部屋に、サラは居た。自分の成すべき事を成すために。義父、シンジは生きていた。と、すれば、彼は自身の手で皇帝と帝国、千年の昔から続く悪夢を葬り去ろうとするだろう。その手助けをするために、彼女はそこに居る。最初は、彼女自身の手で、皇帝を葬るつもりだったが、義父が居る以上、その役割は義父が担ってくれる。ならば、彼女は側面から義父をサポートする事に決めていた。ここに関する情報、そして、帝国と自我境界線崩壊事件の因果関係を証明するものが存在すれば、連邦情報局副長官カリン・D・バークライトは、連邦軍の出動を要請できる。それに、最悪の場合でも混乱は最小限に押さえることができる。それにこの施設に明白なダメージを与えれば義父の戦いが順調に進むのは確実だ。
 それらの理由のために彼女はここに居る。いつものようにお金でも、または義憤に燃える心でも、正義の心のためではなく、彼女自身の心の声に従い、そして、自らの心に素直でありたいために彼女はここに居る。簡単に言ってしまえば、彼女は義父が大好きだから。
 簡単に言ってしまえばあっさりとした物なのに、こうまで自分の心に説明がいる。全くもって素直じゃない。どうやら、彼は、彼女の義父はよほど素直じゃない性格の女の子に好かれる性質であるらしい。
「なぁ」
 ディスクを咥えながらデータの収集に夢中になっていたサラに対し、この場に来てからの相棒の猫、月夜が声をかける。まるで、何かに対する注意を促すように。その声に彼女は素直に反応する。月夜がただの猫ではないことを知るが故に。
「AC、ね」
 部屋の中に出現した幾つかの不自然な影を見回しながら、サラは小さく呟いた。月夜の力を借りたとはいえ、ここまでほとんど見つからずに行動できたと言う事ですら奇跡に近いのだ。この場に侵入したときからACとの戦いは覚悟していた。油断無く、彼女は影を見つめながら懐のホルスターにつるされている対AC兵器ドラグーンの柄にその手を伸ばす。そして、データディスクへの情報のダウンロードの完了を告げるアラームの音が小さな音を立て響く。瞬間、その場の不気味な沈黙は崩れ、場は動き出す。
「ふぅっぅうっぅ」
 そんな月夜の唸り声と共に影から幾つかの人間が出現し、その手からカテゴリー能力を使った思い思いの攻撃が放たれる。だが、同時に展開された月夜のATフィールドがそれらの攻撃を弾き散らす。その一瞬の時間で、サラはデータディスクを端末から抜き取る。
「月夜、フィールド展開をオフ」
 サラの声に消えうせる月夜のATフィールド。強力すぎるが故に、月夜のATフィールドは内側からの攻撃すら遮断する、それゆえのサラの言葉。そして同時に、神業ともいえる速度で引き抜けれたドラグーンの銃口が影から出現したACの一人に狙いを定めトリガーが引かれる。銃口から放たれた蒼い光球が、そのACの頭を吹き飛ばす。
「月夜」
 再度の呼びかけに答え月夜は再度フィールドを展開する。同時に周囲から放たれた攻撃が月夜のフィールドを叩き、その衝撃が、一人と一匹にも伝わる。
 数で言えば、圧倒的に不利だったが、サラの瞳から希望の光は消えていない。自分と月夜の力を知っているから。そして、信じているから。彼女らは強い。技量的にも、精神的にも、故に彼女らは負けない。
 
 

 かつて、人類が未だ母星に留まっていたころ起きた、人類史上未曾有の災厄。
 その名をサードインパクトという。それは、僅か一瞬の出来事であったが、人類が一つになること。されど、災厄は寄り代たる一人の少年の願いにより終息し、人類は再び群体へと戻った。されど、一つになることの快感に溺れた一部の人間はそのまま、帰ってくることはなかった。
 その数は約十億、決して少ない数ではない。
 本来なら、彼らは何の力も持たないはずだった。しかし、ある一人の科学者の妄執が彼らに力を与えた。科学者は、採取したLCLを濃縮し、自分の一世一代の大仕事の際、使用したのである。新世代型他人格コンピューター、ルパード?に。
 そして、千年の月日が流れ、ゆっくりと力をつけた彼らは人類に再び災厄をもたらす。より強い快感を、より強い力を得るために。より進化し、全ての人類を再度、一つにするために。
 銀河に、悪夢が撒かれる。
 千年前の妄執と、進化に対する歪んだ欲望ゆえに。
 悪夢が撒かれる、誰もがその存在を忘れていた、遠い歴史の記憶の彼方の。
 
 
 
 
 

 希望の灯はあまりにもか細く、絶望は銀河を覆う。
 堕天使たる少年のか細い希望は砕け、ただ、怒りと憎しみのまま戦う。
 女神の欠片と、少女は、小さな希望と共に絶望的な戦いを繰り広げ。
 そして、眠り姫は夢を見る。
 母の胸のうちに抱かれ、夢を見る。
 最後の希望は、流れ星の欠片となりて、眠り姫の元へと向かう。
 眠り姫が、最後の希望だと知るが故に。
 眠り姫は夢を見る。
 目覚めの時が近づいてもなお。
 眠り姫は、夢を見る。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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