夢は現実の続き。
 現実は夢の終わり。
 ならば、この裏界は、何処に存在しているのだろう。
 創造主の罠から逃れたルシアはそんなことを考え、思う。
 ここは夢でもなければ現実でもない。そして、この世界は明らかにおかしかった。この世界の時間も因果律も全て、創造主の手によって管理されていた。そして、時間はオルゴールのようにずっと同じ場所を回り続けている。
 そう、どれくらい昔からこの世界が存在しているか知らないが、その間ずっとこの世界は同じ時間を繰り返してきた事になる。想像するだけで恐ろしいことだった、それは。
 そして、それ故に、世界は自然に綻びを見せ始めていた。いや、過ぎ行く時間だけが原因ではないかも知れない、間違いなく彼女の侵入もこの世界のありように大きな影響を与えたはずだ。彼女自身が、世界の崩壊の要因とも言えるだろう。彼女の侵入が、巻き戻しと再生を繰り返してきた結果、擦り切れかけている、壊れかけのビデオテープのような世界の姿を露呈させたのだとも言える。
 故に、創造主は決して彼女を許しはしないだろう。必ず、彼女を殺そうと、先日よりも強力な刺客を送りつけてくるだろう。だが、彼女は負けるわけにはいかないのだ。
 眠り姫を、夢から覚ますまでは。そして、眠り姫を無事、王子の下へ辿り着かせるまで、彼女の戦いは終わらない。
「なるほど、やっぱり気がつかれたか、時間を巻き戻している、今度は影なんか程度じゃすまないか、でも、負けない」
 世界のありようを見つめ、そして、理解したことを呟くと、彼女は再度、この小さな世界へと戻ってゆく、眠り姫を、千年の眠りから覚ますために。
 これが、彼女の最後の戦いとなることを知る故に、だから、彼女は、負けるわけには行かない。彼女に残された時間はあまりにも少ないのだから。
 
 
 
 
 
 

 ピピピピピピピピ
 けたたましい目覚ましのアラームが彼女を眠りの園から叩き出すべく、鳴りはじめる。半ば無意識の動作で布団から手を伸ばし、彼女は目覚ましのスイッチを叩く。沈黙する目覚し時計、彼女は満足そうな表情でその手を布団の中に引っ込めると、再度夢の園に帰るべく布団の中にもぐりこむ。
 だけれども、そんな彼女の性分を良く知るものがこの世にはいるのだ。
 そして、その人物は今朝も彼女を叩き起こすべく、彼女の部屋へとやってくる。その人物は無言で部屋の中に入ってくると無言のまま、彼女の枕元に立つ。そして、大きく息を吸う。
「おきなさい、この、ねぼすけアスカ」
 彼女の幼馴染である少女の怒声が部屋の中響き渡り。目覚ましのアラーム音より強大な力を持って彼女を眠りの園から容赦なく蹴り出した。
「ふにゃ、あ、れい、おはよう」
 いまだ寝ぼけ眼のまま起き上がったアスカは目の前に立つ幼馴染であるレイに朝の挨拶をする低血圧のアスカはいまだ脳みそが上手く機能していないらしい。
「この、万年睡眠ボケの低血圧女は・・・・・・」
 プルプルとレイの手が小刻みに震えたかと思うと、数秒後、再度、アスカの部屋でレイの怒声が響き渡った。ま、遅刻しそうな時間なのにもかかわらず、こんな寝ぼけた対応をされては人間怒りたくもなるものである。こうして、彼女の一日は幕をあける。いつもと変わらない日常が。
 これがいつもの朝の光景。ずっと、ずっと繰り返されてきた、朝の光景。
 だけれども、この日は、なぜだかアスカは違和感を感じた。おかしかった、昨日が終わったはずなのに、昨日が続いている、昨日と同じ光景が広がっている。なぜだかアスカにはそう思えてならなかった。
 そんな事を考えた後、アスカは首を横に振り、その考えを頭の中から追い出した。きっと、寝ぼけたゆえの、間違いに違いない、そう思って。
 
 

「あらあらあらあら、アスカちゃんったら」
 階下のダイニングで優雅に紅茶をすすりながら二階から聞こえる喧騒を耳に、アスカの母である惣流キョウコはクスリと微笑んだ。いつも繰り返される光景だというのに、不思議と飽きがこない、二階の二人のやり取りは彼女にとってそんな物であった。
「今日は、なんと言って、レイちゃんを怒らせたのかしらね」
 やがて、彼女がマグカップの中の紅茶を半分ほど飲み干した後、ガタガタと大きな音を立てながら階段を二人の少女が降りてくる。
 ちらりと、そちらを向きながらキョウコはアスカに声をかける。
「アスカちゃん、朝ご飯は?」
「遅刻しそうだから今日はいいわ」
 キョウコの問いかけにそちらを見ようともせずアスカは駆け抜けていく。後を追うレイは、ぺこりと一つキョウコに対してお辞儀をするとアスカの後を追って、玄関から飛び出していく。
 小さく苦笑を浮かべ、あらあら、と呟いた後、キョウコは手付かずのまま残されたアスカの朝食を見つめ苦笑する。どうやら今日も、アスカに対する朝食の準備は無駄に終わったらしい。
「全く、誰に似たのかしら」
 苦笑を浮かべながら、そう言ったキョウコだったが、一瞬の後、彼女の顔から微笑みが消え、その蒼い瞳が怜悧な輝きをともした。
「まだ、いるの、時空間ごと切り取って、破壊してあげたのに、とすると、狂った歯車は私の手で是正しなければまずいわね」
 それは、先ほどまでの母の顔ではなく冷厳なるこの世界の管理者たる顔。この世界の秩序を乱されるわけにはいかないのだ、愛しい、娘のためにも。故に、侵入者は排除しなければならない。
「この世界を、壊させるわけにはいかない、ずっと、ずっと、夢を見ていればいいのだから」
 その呟きを聞いたのは、生憎、彼女ただ一人だった。
 
 
 
 
 

 走りなれた彼女らが通う中学校への道を、アスカとレイの二人組は走っていた。今、全力で走っておけばギリギリ遅刻せずに学校につけるはずだ。長年の経験から、二人はそれを知っていた。
 走りながら、軽口を叩き合う余裕さえあるのは、彼女らの運動能力の高さゆえだろう。
「今日、転校生が来るって、アスカ知ってた?」
 校内でも情報通で知られるレイの言葉にアスカは首を横に振った。初耳だった、そんな話。それに転校生というのも珍しかった。彼女の暮らす、この狭い日常に他の場所からの闖入者が出現するのは非常に珍しいことだった。
 それも、二日連続で、などとは。
「今日も、転校生が来るんだ、千客万来ね」
 アスカのその言葉に、レイは怪訝な顔を浮かべる。
「今日も?」
 言って、きょとんとした顔をした後、レイはさらに詳しく疑問に思ったことを問いかける。
「昨日、転校生なんかこなかったけど」
「寝ぼけてんじゃない、レイ、昨日アタシにそっくりの、ルシ・・・・・、ごめんレイ、なんか夢と、ごちゃごちゃに、なってたみたい」
 自分の言葉の途中で、レイの視線が嘘をついていない事に気がついたアスカは、慌てて取り繕うに言う。その言葉にレイは納得したらしく、しっかりしてよね、とだけ言うと、走るのに専念する。カッコいい、男の子だったらいいのに、なんて一人、呟きながら。
 対するアスカは、表情を変えにまま、真剣に考え込んでいた。彼女の優秀な頭脳があと一歩、考えに至るのが遅かったら少々まずい事になっていたところだった。
 彼女の冷静な観察力と、これまでの経験がレイが嘘を言ったのでも、ルシアという少女の事を忘れているのではないことを教えてくれていた。そして、何より、朝から感じていた違和感の正体にアスカは気がついていた。
 昨日が、もう一度繰り返されている。それはとっぴな発想のはずだったけれど、あっさりとアスカは納得していた。まるで、何度も、何度も同じ体験を繰り返しているように。
 そこまで考えた時、一瞬、アスカを激しい頭痛が襲う。何か、大事なことを思い出しかけたのだ。キーワードは、繰り返す昨日、そして、同じ体験。この二つの言葉が、激しくアスカの記憶を揺さぶっていた。
 完全なはずの世界は綻びを見せ始めていた。千年の間、彼女を縛り付けていた、鎖は解け、千年牢は崩壊をはじめていた。
 たった一人の、侵入者のせいで。
 そして、チャイムが鳴り、彼女が学校に駆け込み、終末の一日が始まりを告げた。
 
 
 
 
 

 ガラガラ、と言う音と共に教室の扉が開き、担任教師の葛城ミサトがその姿を現した。彼女の登場に、今まで他の席で話し込んでいた生徒たちは、慌てて自分の席に走ってゆく。
「おはよ〜、喜べ、男子、今日は皆、お待ちかね噂の転校生を紹介する、私が言うのもなんだけどかなりの上玉よ、さ、入ってきて」
 ミサトの声と共に再度教室の扉が開き、一人の女生徒が教室へと入ってくる。
 彼女が歩くと、その金色の髪が金色の残滓と共に揺れ、その白磁のような肌は神話に出てくる女神を連想させた。タンタンタンと、軽快なリズムと共にチョークで自らの名前を黒板に記すと金色の髪を煌かせながら彼女は振り向き、自分の名を名乗った。
「桐生・アスカ・ルシアです、ルシアって呼んで下さい」
 それは先日と全く同じ光景だった。いや、この表現は正しくない、アスカにとっては昨日と同じ今日が、そこには展開されていた。
「ま、仕方ないか」
 そう彼女が呟いて、窓の外に視線を移そうとした時、蒼い瞳と目が合った。ルシアの蒼い瞳は一瞬、真剣な光をたたえ、そして、次の瞬間、喜びの色に染まった。昨日の今日と、同じように二人の視線は絡み合い、そして、離れなくなった。
 なぜか、アスカには、ルシアが昨日のルシアと同一人物であるように思えた。そう、彼女と同じように、昨日の記憶を持っている。なぜだかわからないけれど、そう思えた。
 そして、その思いは、間も無く真実であると、判明する。
「ん?、改めて見るとよく似てるわねぇ、貴方たち、もしかして双子の姉妹か何か?」
 そんな、ミサトの言葉にルシアは悪戯っぽい微笑を浮かべると、アスカと目をあわしあった後こう言った。
「そうかもしれませんよ、葛城先生、ね、アスカ」
 言って、ルシアは微笑んだ。つられる様にして、アスカもまた笑った。
「そうね、そうかもしれないわね、ルシア」
 二人のアスカは笑みをかわし、教室には、二人のあまりの仲に驚き、硬直する他の面々だけが残った。
 
 
 
 
 

 蒼い蒼い空。
 聞こえてくるカモメの声。
 空にかかる綺麗な虹の橋。
 その上で、王子様と紅のお姫様は出会った。
 そして、それがこの長い、長い、お話の始まり。
 王子様は悪い魔法使いのせいで、紅のお姫様を失う事に。
 お姫様は、悪い魔法にかかって、眠りの園にて、眠りにつく。
 そして悪い魔法使いをやっつけた後も、お姫様を探して、長い、長い間彷徨う事に。
 そして、二人の出会いから、千年の時が流れ。
 人はその力を用い、星の海へとその生活圏を広げていった。
 千年の昔、お姫様を失った王子様は、星の舟の船着場で、もう一度お姫様に出会う。
 それは紅色をしたお姫様の双子の妹、黄金のお姫様。
 黄金のお姫様と王子様は、紅のお姫さまの時のように、互いに心をかわす。
 それはあまりにもゆっくりで、そして、切なくて。そんな所まで紅のお姫様と、黄金のお姫様はそっくりで。それすらも王子様は愛しくて。
 物語は幸せのままに終わるはずだった。だけれども、魔法使いは悪賢く、もう一度、お姫様を王子様の所から奪ってしまう。
 王子様は今度こそ、お姫様を助け、魔法使いをやっつけるために、魔法使いのお城へと赴く。
 でも、運命はあまりにも残酷で、あの日、あの時と同じように、王子様は、お姫様を失う。
 悲しみにくれる王子様に、魔法使いは笑い、言うのだ。
 『君は僕、僕は君』魔法使いのフードのしたの顔は、王子様と同じ物。王子様が戦っていたのはもう一人の自分。
 そんな、王子様がかわいそうで、そして、大好きな人に泣いていて欲しくなかった、黄金のお姫様は、双子のお姉さんを目覚めさせるべく、千年牢に一人向かうのでした。
 自分の命が、もう無くなるのを知りながら。
 黄金のお姫様と、紅のお姫様は双子の姉妹。きっと黄金のお姫様は、魔法使いの魔法から、紅のお姫様を助けてあげられるはず。
 だって、お姫様は、二人とも王子様が大好きなんですから。
 王子様が泣きそうに、くじけそうになっている、今、紅のお姫様は、きっと起きてくれるはずです。だって、お姫様は、王子様が大好きなんですから。
 
 
 
 
 
 
 
 

それでは、皆様、今一度、表界へ参りましょう
王子様と、魔法使いの戦いの行く末を見るために
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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