序
 

 目を覚ました時、視界に入ってきたのはすっかり見慣れてしまった天井。窓の外に見えるのは見慣れた風景。それを確認すると、彼女は小さくため息をついた。また、自分の嫌な予感があたっていることを知って。
 もう一度だけ、小さくため息をつくと彼女はベッドから降り、ゆっくりと寝巻きから普段の服へと服装を変えてゆく。一応自分の身なりが整った事を確認すると、彼女は扉を開け階段を降り一階の酒場兼食堂へと歩みを進める。
「おう、おはよう、昨日はよく眠れたかな?」
 聞きなれた宿の親父の台詞、一瞬、いつもと違う事を言ってやろうかと思ったが、すぐに彼女は考えをあらため、何時もどおりの言葉を返す事にする。
「おはよう、親父さん、朝食は何かしら?」
 微かな期待を込め、放つ言葉。だけれどもその期待は一瞬で微塵に消し飛ぶ事になる。
「今日は珍しくいい川魚が手に入ったから、その塩焼きと、焼きたてのパンとミルクだ」
 何時もどおりの答え、何時もどおりのメニュー、微かな希望は微塵にきえ、後に残ったのは厭体感と失望、そして絶望だけだった。
 上機嫌な様子で厨房に戻っていく親父を見つめながら、彼女は日課となった呟きを口にするのだった。
「これで、一月と、二日、か・・・・」
 彼女の呟きに答えるものは誰もいなかった。
「ふう、明日は何時、来るのかしらね」
 小さく吐くため息、だけれどもその瞬間、激しい頭痛が彼女を襲う。何時もそうだ明日の事を考えるたびに彼女の頭には耐えがたい頭痛が走るのだった。まるで彼女が明日を望む事が罪であるかのように。痛みを堪えながら、彼女は小さく何度目になるか解らない呟きを口にするのだった。
「明日、結婚式なのにな・・・・」
 その呟きに答えるものは誰もおらず。ただ静寂のみがその場を支配し続けていた。
 そして、閉じられた螺旋の中を彼女は足掻き歩み続ける。
 
 
 

 初めの一つ、そう呼ばれた魔法文明が崩壊したとはいえ、色濃く魔法の力が残されたこの世界、ロディス。これは、その世界にて生きる、一組の少年少女の物語である。
 物語を始める前に紹介しておこう。少年の名はシンジ、黒髪と黒曜石のような瞳を持つ少年、生まれは人の世の暗き闇の底なれど、光に憧れ闇から這い出た少年。彼の指は紡ぐ、血色の花を咲かせ全てを切り裂く、細き糸を、そして、人に安らぎを与える楽器の弦を。後の人は、彼の事をこう呼ぶ"紡ぐもの"と。彼の糸が多くの人命を救い、糸だけでなく多くの人の運命を紡いでいったから。
 されど、縦糸のみでは物語は紡げぬ、ゆえに紹介しよう、物語の横糸を。
 少女の名前はアスカ、茜色の髪と、マリンブルーの瞳を持つ少女。母の敵を討つために、実の父親を追っていた、運命に翻弄された者。しかし、少年と出会う事により、新たな運命を紡がれた少女でもある。彼女の手が握るのは、魔銃(マナ・ドラグーン)、持つ者の精神力をエネルギーに変え放つ、太古の魔道兵器。それを継ぐ者こそが彼女。天賦の魔術の才と、血のにじむような努力の末、獲得した射撃の腕。その二つが、彼女の最強の武器。後の人は彼女の事をこう呼ぶ"魔銃を継ぐ者"と。その手に握られた、魔銃が魔銃を開発したといわれる、英雄ロウ・アインの様に、多くの人々を護り、救ったから。
 そんな二人が生きる世界が、このロディス。
 魔法文明の残り香が多く、数多くの人の希望と絶望を内包した大地。
 
 

 さあ、語り始めよう物語を。
 いざ行かん、冒険へ、いざ行かん、ロディスへ
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
Present by J−wing
螺旋組曲
〜絃を紡ぐ者、魔銃を継ぐ者 W〜
The First day
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

1 螺旋のハジマリ

 大陸公用暦 1007年
 茜の月 第5日  
 大陸西部 交易都市国家リューン
 

 シンジとアスカの二人がその町、リューンに立ち寄ったのは必然的な理由からだった。二人はこれまで、俗に言う"冒険者"のような仕事をしてこれまで路銀を稼いできた。シンジの吟遊詩人の腕があればそんな仕事をしなくても二人分の旅費くらいあっという間に捻出できるのだが、シンジにだけ旅費を出させると言う事に、アスカが難色の念を示したのだ。シンジにだけ働かせ、その金で飲み食いするのはアスカの精神衛生上耐えられるものではなかったのだ。故に、二人は冒険者の様な仕事を選びこなしてきた、幸い、二人の腕は一流と呼ばれるにふさわしい物だったので、二人とも旅費に困った事はなかったのである。
 ところが、である。一月ほど前、と、ある村にて巻き込まれた事件によりアスカは右腕に全治一ヶ月ほどの怪我を負ってしまったのである、故に二人は小さな村落を、これまで蓄えてきたお金を用い旅してゆく事になったのである。アスカの右腕に使用する薬代や包帯代などの捻出などもあり、アスカの右腕が完治した現在、二人の懐は非常に寂しい物に成っていったのである。
 故に二人は、どうしてもその町、リューンにより路銀を稼がなくてはならなくなったのである。
「さて、とりあえず中堅どこの宿でもさがそうか、とりあえず新しい仕事を見つけないと文無しだからね」
 なかなか賑わっているリューンの街中を見回しながらシンジが言う。西部都市国家群の中央部に位置し大きな街道が交差する地点でもあるリューンは二人が久方ぶりに立ち寄る大きな街だった。ここにしばらく滞在すれば容易にこれからの旅費を稼ぎ出す事が可能だろう。
「暖かい料理とふかふかのベッドで眠るのも久方ぶりだしね、アタシもその考えに異存はないわ、いきましょう、シンジ」
 言ってアスカはすとすとと先頭をきって歩き始めた。シンジはそんな彼女の様を眺めて、一瞬淡く微笑む、そして、少し先を行ってしまったアスカに追いつくため走り始めた。
 この時の二人は既に閉塞する螺旋の内に捕らえられていたのだが、生憎、二人がその事を理解するのはもう少し先のこととなる。
 
 
 

 ぎぃ、と少し立て付けの悪くなった扉が開かれ、最早壊れてしまった鈴の音に変わり二人を出迎えた。シンジとアスカの訪れた宿、碧眼の瞳亭、ロディス一般の宿の形態どおり一階は酒場兼食堂、二階部分は宿という構成になっている。ぐるりとシンジは店内を見回してみたが、どうやら彼等以外のお客はいないらしい。
「いらっしゃい、仕事の斡旋がお望みかい、それとも宿泊かい?」
 陽気そうな宿の親父の声に答えたのはアスカだった。つかつかと彼女はカウンターまで近寄るとグラスを磨く親父の前に幾ばくかの金貨を置いた。その金額は大体二人が十日ほど泊まれる相場くらいの物。
「とりあえず一週間ほど、ここに宿泊するわ、部屋は二つね、後仕事の斡旋もお願いできるかしら、どうも、懐の先行きが不安なのよ」
 アスカの言葉に宿の親父は無言のまま二人を値踏みするように見つめる、二人の腕のほどを推し量っているのだろう、こう言った値踏みの腕もこの商売をしていると大切な物となってくる。実力の満たない物を危険な仕事に送り込んでも、生きて帰ってこれる望みはほとんどないのだから。ゆえに、こう言った冒険者向けの宿の主人は人を見る眼が極めて高くなくてはならないのだ。
「ま、いいだろう、だがお前さん達くらいの腕の人間がやる仕事は丁度なくてな、二三日したら優先的に仕事を回すと言う形にするがいいか?」
 親父の言葉に二人は首を縦に振った。とりあえず、旅で疲れた体を休めなければ、こなせる仕事もこなせなくなる、それは二人にとって望む所ではない故に。
「それじゃ、短い間になるがよろしく頼むぜ、おっと、まだ名前を聞いていなかったな、お二人さん」
 親父の言葉に二人は一瞬顔を見合わせると自己紹介を始めるのだった。
「僕の名前は、シンジ 、吟遊詩人兼何でも屋って所かな」
「アタシの名前はアスカ・ラングレーよ、一応こんな物を得物にしているわ」
 腰のホルスターから取り出して見せたのは"魔銃"。持ち主の精神力を破壊エネルギーに換え使用する古代の魔術兵器。
「しばらくの間、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく頼むぜ、頑張って内の宿の名をあげてくれると助かるな」
 言って、親父はがはははは、と豪快に笑うのだった。
 そんな自己紹介から始まり、二人がリューンですごす一日目は過ぎてゆく事になる。
 
 
 
 

  茜の月 第6日
 リューン 碧眼の瞳亭
 
 

 何時もどおりの時間に起床したアスカは漏れ出る欠伸をかみ殺しながら身支度を整え、ゆっくりと階下の酒場兼食堂へと歩いてゆく。階段から下を見下ろしてみれば既に起床した彼女の相棒がのんきな顔をしてマグカップに口をあてながら宿の親父と談笑していた。この宿の彼女達以外の俗に言う冒険者の輩は皆、仕事の依頼を受け旅立っているらしい、もうしばらく帰ってこないから、ひょっとしたらお前達とは会えないかもな、などと宿の親父が語っていたのを彼女は思い出した。他の泊り客もいない以上、実質、この宿はシンジとアスカと親父の三人しかいないと言う事になる。故に朝食の準備などもこなす宿の親父は手が結構空いているらしく、のんきにカウンターでシンジと会話などを交わしているのだ。
「ふぁぁぁ、おはよう」
「お、お目覚めだな、朝食のメニューはシンジと同じ物でいいかな?」
 欠伸をかみ殺しながらアスカは親父の言葉に首を縦に振る、それを確認すると親父は厨房の方へと引っ込んでゆく。代わりにと、アスカに声をかけたのは彼女の相棒でもあるシンジであった。
「おはようアスカ、あのさ、一応君も女の子なんだから、堂々と欠伸をかみ殺しながら公衆の面前に出てくるのはどうかと思うよ」
 シンジの言葉を半ば寝ぼけた頭で聞き一度は首を縦に降るアスカ、でも次の瞬間、アスカはシンジの言葉のと、ある問題に気がつくと、一気にシンジに対する距離をつめ飛び掛る。
「一応って何よ、一応って、一応もなにもアタシはれっきとしたレディなのよ、そのアタシに対する暴言を吐くのはこの口なの、この口なの!!」
 言いながらぐいぐいとアスカはシンジの両の頬を引っ張る。
「いひゃい、いひゃいよアスカ」
 何時もどおりの二人、何時もどおり巻き起こる喜劇。だけれども、この日はそれが最後まで続く事は無かった。ぎぃ、と微かな音をたて宿の扉が開き来訪者がこの宿を訪れたからだ。目部下にマントをかぶった来訪者は宿に入るなり、二人のほうを見つめ少し驚いたようにしばらく足を止めていたが、アスカの朝食を持って宿の親父が店内に戻ってくるとゆっくりとカウンターの方へと近づいてくる。
「いらっしゃい、お望みは宿泊かい、それとも・・・・」
「とりあえず、冒険者の斡旋を頼みたいんですけど」
 フードを下ろしながら、その来訪者は親父にそんな事を言う。フードの下から現れたのは二人と同年代の女性の顔、肩までのびた黒髪を二つに分けて留めた、美人と言うより可愛らしいと言う形容詞が似合いそうである。そして言葉と共にその女性は幾ばくかのお金が入っているらしい袋をカウンターの上に置いた。
「手の開いているのは、そこの二人しかいないが良いか、昨日こっちに着いたばかりで、腕のほうを完全に保障する事はできんが、それでも良いならそこの二人と話をつけるといい」
「構いません、とりあえず朝食中に悪いんですけど、食べながらでいいからお話を聞いてもらえませんか?」
 その少女の言葉に朝食を頬に詰め込んだまま答えられないアスカに代わり、シンジが首を縦に振った。その少女はアスカの隣の席にゆっくりと腰を下ろすと二人の顔をかわるがわる見つめた後、口を開いた。
「私の名前はヒカリって言います、お二人には私が故郷の町に帰るまでの道中の護衛をしていただきたいんですけど」
「んっと、とりあえず君の故郷の町までの道のりと、大体道中が何日くらいかかるか教えてくれないかな」
 未だ口の中に朝食を含んだままのアスカに代わりシンジがヒカリと名乗った少女に対し問いを発する。それに対しヒカリは首を縦に振ると二人のほうを見つめながらゆっくりと依頼の詳細を語りはじめた。
「私の住む町はこのリューンから北に一日ほど行った所にあります、町の名前はリエン、これといった産業も無い小さな町です」
「ふぅん、ま、女の子の一人旅は危ないから当然の考えよね、で、報酬の方はいかほどなの」
 口の中の朝食を飲み込んだらしいアスカがシンジの言うはずだった台詞を取り言う。
「とりあえず、これくらいですけれど」
 言ってヒカリは腰のベルトポーチから幾ばくかの金貨らしき物が入った袋を机の上に置いた。じゃらりと緩められた袋から十枚ほどのメルシャ金貨が顔を覗かせた。
「メルシャ金貨十枚ね、わざわざメルシャ金貨を用意しているなんて準備が良いわね」
 今現在大陸でもっとも信用度が高い鋳造貨幣を手にしながらアスカが言う。都市国家間、国家間をよく行き来する冒険者にしてみれば大陸各地で信用度の高いメルシャ金貨は非常にありがたい報酬だと言えよう。
「拘束期間は一日、だとすると報酬相場より幾ばくか高いんだけど、何かほかに要因があるのかしら」
 言ってアスカは先ほどとは打って変わった真剣な瞳でヒカリを見つめる。両者の視線は一瞬、強い光をたたえたまま絡み合い、そして見つめ合う。まるで、互いの心の奥底を覗き込もうとするように。
「確かに、理由は簡単なんですよ、町までの街道に山賊が出るという噂を聞いたんです」
 ヒカリは臆することなくアスカの瞳を見つめ返しながら言う。その彼女の言葉に、アスカは首を一度縦に振ると、ちらりと先ほどから無言のまま二人の会話を見つめ続けていたシンジに視線を向ける。
「僕は納得したよ、受けても構わないと思うよ」
「そ、ならいいわ、ヒカリさんって言ったかしら、アタシもアイツも貴方の依頼を受けることを納得したわ、アタシの名前はアスカ・ラングレー、アスカって呼んで、で、あそこですかした面して紅茶をすすっている吟遊詩人崩れがアタシの相棒のシンジよ、短い間だけれどよろしくね」
 軽く自己紹介しながら差し出されたアスカの手をヒカリはそっと握り返した。
「よろしくね、アスカ、あ、私の事もヒカリって呼んでくれて構わないわ」
 そして二人の少女は互いにキャイキャイと楽しそうに言葉を交わしていく。
「とりあえず、行ってきますよ親父さん、リエンまでの街道には彼女が言った以外のおかしな噂や何かは無いですか?」
「ああ、大丈夫、依頼人のあの娘が言った事以外は取り立てて問題の無い街道だ、ま、お前さんたちなら大丈夫だと思うが気をつけてな」
「ええ、大丈夫ですよ」
 そう言ってシンジは宿の親父を安心させるように、そっと微笑んだ。
「ほら、シンジ、今から出発だってさ、早く部屋に戻って荷物とって来なさいよ〜」
 何時もどおり陽気な少女の声に、はいはい、と返事をしながらシンジは酒場のカウンターの席から離れると自らとアスカの荷物を持ってくるために二階部分の自分達が使っている部屋へと歩き出した。
 
 
 
 

2 紡がれる螺旋

 同日 交易都市リューン出発より、三時間
 リューン北部街道

 その日は絶好の旅行日和だった。空は青く澄み渡り気候も穏やかでまさに旅をするのにはうってつけの日であった。シンジとアスカ、そしてヒカリの三人はリューンから北に伸びる街道をのんびり歩いていた。先を進むのはヒカリとアスカ、その後ろをシンジが周囲に注意を払いながら歩いていた。先を進む二人の少女はここまでの旅程で随分と親しくなったらしく笑顔でキャイキャイと会話を交わしながら歩いている。そんな様を特に相棒の少女の様子を見つめてシンジは前方の二人に気がつかれない様に小さくため息をつく。
「あれで護衛って事になるのかな」
 幸いな事にそのシンジの言葉は二人の少女の耳に入ることなく風に流され消えてゆく。もしもその台詞が、二人の少女、特に彼の相棒の少女に聞かれたら彼はただではすまなかったであろう。
「ふ〜ん、ヒカリはファーレンの魔術学院の生徒だったんだ」
「ええ、今は卒業して学院で魔術の研究生みたいな事をやっているんだけどね」
 アスカの問いに答えながらヒカリは微笑んでみせる。アスカの言うファーレンの魔術学院とはロマ神聖帝国に存在する帝国魔術大学院と双璧を成す魔術研究の最先端を行く施設である。そこでヒカリが学んでいたと言う事は彼女が一流の魔術師であると言う事を示している。
「凄いじゃない、あ、これは興味で聞くんだから答えなくてもいいんだけどさ、魔術学院の研究者でもあるヒカリがなんでまた突然故郷の村に帰ろう何て思ったのよ」
 アスカのその言葉にヒカリは一瞬、複雑そうな表情をした後、笑顔でこう答えたのであった。
「今度、同じ魔術学院に通う同郷の幼馴染と結婚する事になって、ファーレンもいい街なんだけどね、でも、式は私達が出会い育ったあの故郷の町で挙げようって決めていたから」
 そう言ったヒカリの笑顔はとても眩しく幸せそうだった。
「おめでとうって言わせて貰うわヒカリ」
「ありがとう、アスカ、せっかくだから式の方も参加してゆく?」
「いいの、今日あったばかりのアタシ達が参加しちゃって」
「ここであったのも何かの縁よ、少しでも多くの人たちに私もあの人も祝ってもらいたいから」
 そういうヒカリの顔は本当に幸せそうなものだった。
「あれ、でもヒカリの婚約者はどうして一緒じゃないの、そう言うのって普通一緒に帰って行く物じゃないの?」
「たまたま研究が手を離せないところまできていたから、先にあの人には街の方へ向かってもらっていたの、あの人も研究者だからそう言ったところはよく解ってくれて嬉しかったわ」
「ふぅん・・・、そういうもんか」
 納得したような、納得してないような顔で考え込むアスカを見つめ、悪戯っぽく微笑むとヒカリは後ろを歩くシンジに気がつかれない様な小声でそっとアスカの耳に囁く。
「で、アスカこそ彼とどういう関係なのよ、話し振りからするとあってからもう随分とたつんでしょう」
「ど、どういう関係って、あ、あいつはただの旅の相棒よ、そう、それ以上の何者でもないわよ」
 顔を紅く染めながらそういうアスカをヒカリは苦笑しながら見つめる。アスカの言葉を彼女の顔が声色が体が全て嘘だと証言している。ここまである意味わかりやすい人間も珍しいだろう。ヒカリからしてみればアスカの気持ちなんてもう明白に見えている。そう、彼女と話をしながらちらちらとアスカが背後にいるシンジの方に時折注意を向けていたのを彼女は気がついていた。
 そして、シンジの気持ちだってヒカリはすぐに気がついた。自分達の後ろから彼女達に危険が及ばぬよう注意を払いながら歩いてくるシンジ。彼の瞳がアスカを見つめる時、とても優しい光をたたえる事をヒカリは気がついていた。対象を観察しその変化を見つける事は彼女の仕事には必ず必要な能力であるし、そして、何より彼女自身が恋する乙女であるからこそ、シンジの視線にそして、その優しい眼差しが教える意味を理解できた。それでいて彼はアスカの気持ちに気がついていない、アスカが意地っ張りならばシンジは鈍感だ。見ていてある意味本当に飽きが来ない二人であった。
 本当にわかりやすく優しく良い人たちだと思う、だからこそヒカリは二人に好意を抱いた。だからこそ少し胸が痛んだ、自分のために彼等二人をその意思に関係なく舞台に上げてしまったことを、閉塞する螺旋の牢獄に彼らを誘ってしまった事を。
「そう、つまらない事言って、ごめんね、ごめんね、アスカ」
「ヒカリ?」
 一瞬、怪訝そうな顔をしたアスカにヒカリは何でもないという風に微笑んで見せた。二度目のごめんね、は、そんな彼女の良心が言わせた謝罪の言葉だった。だけれども彼女は賭けなければならなかったから、閉じられた螺旋の内から出るために、イレギュラーたる二人の存在に賭けるしかなかったのだから。
「さぁ、行きましょう、アスカ、私の故郷の町までは、あと少しよ」
 言って、ヒカリは先頭を切って歩き出した。遅れまいと、シンジとアスカは慌てて彼女の後を追う。少しだけ、怪訝な思いに身を囚われながら。
 
 
 

 同日 夕刻
 リエンの町近郊
 
 

「見えました、あそこです」
 上り切った坂の上から見える町並みを見下ろしながらヒカリが息を弾ませながら言う。その横に並び夕日に照らされた町並みを見下ろし、アスカはほうと一つため息をついた。夕日に照らされ彼女の視界に飛び込んできた町並みは、とても綺麗なものだった。決して大きな町とはいえないけれども夕日に映えるその町並みはどこか自分の心に懐かしい物を呼び起こすようで、アスカは町並みから目を離すことが出来なかった。
「綺麗な町だね、いや、綺麗と言うより温かいという言葉がこの場合相応しいかな」
 何時の間にかアスカの隣にたたずんでいたシンジが感慨深げに言う。彼の言葉が自分の内面で感じた物と同じだった事に気がついたアスカは、何故だかわからないけれど嬉しくなった。どこか自分と彼が繋がっているようなそんな気がして。
「行きましょうか、二人とも、もう秋が近いから夜が近づくとぐっと冷えこんで来るわよ」
 依頼人であるヒカリの言葉に二人は頷くとゆっくりと坂を下り、町の正門へと向け歩きはじめた。
 そして、町の正門がはっきりと三人の視界に入ってくると、正門の前に立つ一人の青年の姿が三人の目に入ってきた。黒っぽい繋ぎを身にまとうその青年の姿を確認すると、ヒカリは彼の元へめがけ走り始めた。どこか嬉しそうな、それでいて寂しそうな、そんな複雑そうな表情をその顔に浮かべて。
「トウジ!!」
 そして、充分な距離まで近づくとヒカリは青年の名前を呼ぶと、彼に飛びつき、抱きしめた。突然の事に一瞬、慌てバランスを崩しかけた青年であったが、すぐに体勢を立て直すと、そっと彼女の背中に腕を回したのだった。
「とりあえず、依頼完了、かな」
 その様を見つめながら小さくシンジが呟く。ごくごく順調で儲けも良い割のよい仕事だった。だけれども、どこか彼の内にあるプロとしての感覚が何処かで危険を訴えるのだ。見た限りどこにも裏がありそうにも危機がありそうには感じられないのに。
「あんたらが、ここまでヒカリを護衛してきたんやってな、ありがとな」
 シンジが少しの間、思考の海に沈んでいる間にヒカリから事情を聞いたらしい黒い繋ぎのトウジと呼ばれた男性が彼の前に来て手を差し出しながらいう。何処と無くその口調に西方都市国家群でももっとも西に位置するサイカン地方の響きがあるのが特徴であろうか。
「いえ、これが仕事ですから、あっと、御結婚おめでとうございます」
 言ってシンジは微笑みながら彼の差し出した手を握り返した。
「ありがとさん、おっと、自分の名前言うの忘れ取ったな、ワシの名前はトウジ・ベルフィールドって言うんや、よろしゅうな」
「僕の名前は、シンジです、よろしく、ベルフィールドさん」
「ワシの事はトウジでいいで、歳は同じくらいなんやから、遠慮する事はあらへん」
 言ってにっ、と笑うトウジ。それを見てシンジも笑みをかえすと先ほどとは変わり砕けた口調で言う。
「僕の事もシンジでいいよ、確かに少し堅苦しすぎたね、あっちはもうあんなに馴染んでいるって言うのに」
 そういうシンジの視線の先ではすっかり馴染んだ様子でヒカリと楽しそうに会話をかわす自分の相棒の姿があった。それを見たトウジも苦笑を浮かべながら、そやな、と一言だけ答えたのだった。
 
 
 

3 螺旋 T
同日 夜半
リエンの町
 
 

 その夜は二人の結婚を祝した宴で大いに盛り上がった。二人も何かの縁と言う事で宴に参加する事になった。二人は久方ぶりに多くの人に囲まれ暖かな雰囲気の元で食事を楽しむ事が出来た。そして楽しかった時間も過ぎ、時間は夜半を過ぎる。
「んっ・・・」
 微かな違和感を感じワインの瓶を抱えまどろんでいたアスカが目を覚ます。それは彼女が数々の危機を経て得た第六感とでもいえる物。
「アスカも気が付いた」
 油断無く宴の行われていた集会所の窓から外を見つめシンジが言う。
「あんたも・・・」
「うん、結構な数がこの町を囲んでいるみたい、アスカはヒカリさんを起こして、僕はトウジを起こす」
 シンジの言葉にアスカは首を縦に振るとヒカリの下へとかけて行く。それを見届けるとシンジは壁際で眠りこけているトウジを揺り起こす。
「ん、なんや、そんな真剣な顔してなんかあったんか」
「トウジ、この町、囲まれているみたいだ、多分、最近噂の盗賊団の方々だと思う」
「何やって!!」
「とりあえず、トウジとヒカリさんは、皆を安全な場所に、僕とアスカが迎撃をするから」
 そう言うシンジに、トウジは真剣な顔のまま首を横に振る。
「ワシも戦う、避難誘導はヒカリだけでもできる、お前らだけ危険な目にあわせてワシだけ安全な場所におれるか、それにこう見えてもワシは優秀な魔術師やで、必ず戦力になるで」
 確かな決意を込めた瞳でそう言われるとシンジには最早、かける言葉はなかった。
 

 彼はあせっていた。これまで、彼らは幾つもの村を襲い暴虐の限りを尽くしていた。西部都市国家群の一部とはいえこの辺りは西部都市国家群の中でも辺境に位置し強力な軍隊などが彼らを滅ぼしに来る事もなかった。彼らは今日まで負けしらずのはずであった。今日も適度に豊かな美味しそうな町を見つけ略奪と暴虐の限りを尽くせるはずであった。しかし、意外な所に伏兵が潜んでいた。それは未だ年若い二人の青年と一人の少女であった。子供だと甘く見た彼らの予想は脆くも崩れ去った。一人の少年が腕を振るえば金の煌きと共に仲間達の四肢は切断された。赤毛の少女が腰から抜き放った魔銃での攻撃は確実に仲間の急所を打ち抜きまた一人、また一人と地に沈めていった。最後の一人黒い繋ぎを身につけた、もう一人の青年は極めて強力な魔術を操り、仲間たちを地に沈めていった。
「ちくしょう」
 微かに漏れる、彼の悔しそうな呟き。たった三人のそれもまだ若いガキどもに自分達が潰される。彼にとってそれはとても納得できることではなかった。
 そんなことを考えている間にも、また一人、彼の仲間が金の煌きと共に打ち倒される。
「くそぉ」
 やけになって愛用の武器である腰のクロスボウを抜く事も忘れ、掴みかかった彼に対し金の煌きを扱う青年は軽くいなすと、彼の鳩尾に痛烈な肘打ちを叩き込んだ。瞬間、彼の意識は暗転し、闇に沈んだ。
 どれ位の時が流れただろうか、彼の脳裏に声が響き始めたのは。
『力が、欲しいか?』
 どこかから聞こえてくる声。一瞬、疑問に思った彼だったがすぐにその意識も霧散する。それは彼が望んでいた声だったのだから。
「欲しい」
『それが、汝を人として留めて置けぬほどの力でも、か?』
「欲しい、力が欲しい、俺達をこんな目に合わせた、奴らを屠るための力が欲しい」
 彼が心の内でそう叫んだ時、彼は何処かから響く哄笑を耳にした。それは地獄の底から響く悪魔のような声だった。
『承知、契約は成立せり、約定どうり汝には力をやろう、そう、圧倒的な力を』
 声が響くと同時に彼の体はゆっくりと熱を持ちはじめる。ミシミシとかすかな音をたて彼の体が骨格が軋み始める。内臓の一つ一つが熱を持ち彼の体が変わってゆくのが自分でも理解できた。
「あ、が、ぎ、が、ぎがぁ」
 かすかに漏れる彼の声は突然襲った喉の渇きのせいか最早、人の物ではなくなり始めていた。重くなったまぶたを開き、前を見れば、四人の人間がそこにいた。その内の一人の顔に見覚えは無かったが、残りの三人は覚えている。殺しても殺しても飽き足りないであろう者たち。彼らの肉で、血でこの喉の渇きを潤せたら、それはどんなに素晴らしい事だろう。その内なる声に従い、彼は咆哮をあげ、彼らに跳びかかった。
 

 それは突然のそして一瞬の出来事だった。その事態に誰よりも早く反応したのはアスカだった。それは彼女がたまたまそれが起こった方向を見つめていたからだった。そう、倒したと思った人影が起き上がり、そして人外の物に変貌し襲い掛かってくる瞬間、彼女はたまたまそちらを向いていたのだ。
「シンジ」
 彼女が咄嗟に動き、その身を庇うように動かしたのは、誰よりも大切に思う少年の方へとであった。彼女の声と共にシンジは動き、対応しようとするがいかんせん、戦闘が終わり一瞬気を抜いていたその時であったから、どうしてもシンジの反応は何時もより遅れた。彼女とほぼ同時に動いた、トウジもまた、自分の愛する者を庇うように動いていた。まるでそれがごくごく当たり前の行動であるかのように。
 まるでクロスボウの矢を打ち出すかのように怪物の5本の爪が打ち出される。目標は怪物に背を向けていた、シンジとヒカリ。咄嗟にシンジの手を取ったアスカは彼の手をひき、そして自分の身体を彼を庇うように滑り込ませた。同じくトウジも無言のまま、自分の愛する少女と身体の位置を入れ替えた。その行動がごくごく当たり前だと言う風に。
 そして、グシャリと言う肉が裂け貫かれる音が五つあたりに響いた。
 気がついたときヒカリの身体は真っ赤に染まっていた。愛する人が流した血の色に。呆然としたまま彼女の唇は小さく言葉を紡ぐ。
「イヤ、イヤ、イヤァァァァァァァァァァァ」
 冷たくなりつつあるアスカの身体を抱きかかえたまま、シンジもまた呆然としていた。涙すら出なかった、あまりにも突然なことで声すらも出なかった。
 だからシンジは気がつかない。反射的に身体が動き近づいてきた怪物を屠った事もヒカリの身体から白色の光がこぼれ始めている事も。
「嘘、だろ、嘘だと言ってよ、アスカ」
 やっと漏れた声、そして零れ落ちる涙。それをそっと拭うように少女の手が伸び彼の頬を優しく撫ぜる。
「嘘だよ、嘘だよ、こんなのってないよ」
 彼がそう叫んだと同時に、ヒカリの身体から零れる光が辺りを包み込む。光はシンジを、アスカを、トウジを、そしてヒカリ自信を包み込む。そして、そこでシンジの意識は途絶えた。
 
 
 
 
 
 
 

The day first is Fin
To be continue "the second day"
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

後書き
 

 難産でした。EpisodeW、作りかけたプロットを破壊する数、数え切れず。B5で十枚ほど書き破棄する事、二度。
 途中でやったと、あるゲームに感銘を受けての派手な方向変換。さらに、そこから発展した別のエピソードに変える事一度。
 そして、もう一度、そこから戻ってきて、書き直し、ようやく日の目を見ました。
 ちなみに、このEpisodeWとXとYは見事な続き物になる予定です。前の話を読まなきゃ理解できない連載物と、言う形を取るつもりはなかった絃を紡ぐ者ですが、ここに来て、大きく方向転換することとなりました。
 それ故の、翼亭での公開であります、このお話を読みまして、EpisodeT〜Vを読みたいと思った方は“あっくんの書斎”をご訪問ください、そちらにてEPT〜Vは公開中です。
EpisodeWは予定では、後、二話で終わる予定です。
 こんな作品ですが、皆さんが楽しんでいただければ幸いです。
 それでは次話の後書きでお会いしましょう。