※この作品はフィクションであり、実在の個人、団体、事件等と 一切関係ありません。
結婚 狂
想曲
〜 お見合篇 〜
1.小姑は鬼三千
「おにぃ〜ちゃぁ〜ん。」
ドアの向こうから、ノックもなしに声がかかる。
やけに甘ったるい声を聞いて、俺は心の中で身構えた。
「何なら。」
俺は、ドアの所に立っている女−俺の妹だが−に声をかけた。
「えへへへへ。ジュース持ってきたけど、いる。」
そう言って、清涼飲料水の缶を見せる。
いやな予感が一層強まる。
「用は。早う言え。」
「そう、急かさんでもええがん。」
そう言って、俺のベッドに腰を落とした。
「えへへへ。」
「だから、何なら。金なら貸さんぞ。」
「違うよ。金やこう借りたことは・・・・あるなぁ。」
「じゃろうが。で、本まに何でえ。」
「えへへへ。」
俺が言うのも何だが、妹は結構美人の方に入るんじゃないかと思う。
そんな、可愛い妹が、可愛らしく笑っているのに、俺は心の底からわき上が
る、何とも言えない不安感にとらわれていた。
きっと、悪魔というのは、こんな笑顔で現れるんだろう。
そして、この笑顔にまんまと騙まくらかされてしまうんだ。
「笑ろうとらんと、早う用を言え。」
「そねんに冷てえ事言わあでもええがん。」
可愛らしくすねてみせる。
一瞬、愛おしくて抱きしめたい、と誤解させられる様な仕草。
相変わらず、シスコンの兄貴を誑(たぶら)かす、見事な手腕だ。
「あのね、お願いがあるんじゃけど・・・・。」
そら来た。この手に何度引っかかったことか。そして、こんどこそ引っかか
るまいと毎回思ってるんだよなぁ・・・・、はあ。
そんな俺の思いなど無視して妹は話し出した。
「・・・・お兄ちゃんの友達に、誰かええ人居らん?」
「はへ??」
全く意外な言葉に、俺は全く間の抜けた返答をしていた。
「大学時分の友達でもええんよ。」
「突然、何なら。」
常々、『私は小姑になるんじゃ』といってた奴が、結婚を考えている?
俺は、妹の言葉を、いぶかしみつつ、訊ねた。
妹は、再び悪魔のように可愛らしい笑みを作った。
でも、手が大阪の商人(あきんど)のように揉み手を始めるのは何故。
「イヤ、もう辛いんよ。毎日、毎日、母ちゃんが五月蠅いんよ。」
俺は、一瞬にして理由を悟り、完全に納得した。
年頃の娘を持った母親というのは、こんなものだろうか。
のべつくまなく見合いの話を持ってきているのだ。
赤軍の大攻勢の前に、さしもの武装親衛隊も対処しきれずにいる、といった
ところだろうか。
「それで。」
「毎日が針の筵(むしろ)状態なんよ。
お見合い行っても、『やる気がねえ』ゆうんよ。
それで、直ぐふてる、言うし。
やる気がねえ、ゆうて、ほんまにやる気がなかったら、会社休んで見合いに
いきゃあへんのんじゃって。顔も地顔じゃあ。
ほんまに。
その上、最近は『居心地がええから出ていかんのんじゃ』とか言い出すし。
マニュキアなんかしてちゃらちゃらしとる。とかイチャモンつけられるし。
別に、赤だの紫だのじゃのうて、普通のピンクのでよ。
最後には、『あんたが早う嫁にいかんから、お兄ちゃんが結婚できんじゃ』
とか言い出すんよ。」
「何じゃ、そりゃ。」
いかにも、母親の言いそうなことだな、とは思いながらも、やはり俺は絶句
した。
しかし、ついに俺まで理由にし出したか・・・・。
「もう、耐えられんのんよ。」
「最近はクリスマスイブ(24)から大晦日(31)に変わったゆう話しじゃがな。」
「そんなん、関係ねえんよ。
ほんまに、居心地やこう、ひとっつもようねえんじゃから、でていったろう
か。いつでもでていっちゃるんじゃけえ。」
「お〜い、こりゃ。この場合、出ていくゆんは、『結婚して出ていく』意味じ
ゃろうが。」
「あはっ、やっぱりぃ。」
「何が、やっぱりぃ、だ。」
俺は、軽く頭を叩く真似をした。
でも、端からは、“ボケ”に対して“ツッコミ”を入れてるとしか見えない
んだろうな。
全く、本気なのかネタなのか・・・・
2.兄貴は妹に甘いもの・・・・
「おめえ、見合いしょおるがん。」
「だって、全く知らん人じゃあ、怖(きょお)てえがん。」
「そねえゆうたってぇ。」
「じゃから、お願い。」
「お願い、ってなにを。」
「ほれ、お兄ちゃんの友達の、陽一君。」
陽一、とは俺の高校時代からの友人で、現在は埼玉の方に出ている。
以前、母親が『(妹と)見合いせんかな。』と言ったので、きっぱりと『せ
ん』と答えて於いた経緯がある。
それは、妹も知っているはずだが・・・・
「陽一はおえんで。まず、無理じゃ思うときゃあ、ええ。」
「わかっとるって。
で、なあ。確か、陽一には弟がおったがん。それでえんよ。」
「おるなあ。確かに。」
陽一には、年子(としご)の弟が一人いたはずだ。
陽一とは違って大学には行かずに、専門学校を卒業して就職しているはず
だ。 確か、東京の方に出ていると言っていた。
しかし、我が妹ながら、とんでも無いところに目を付けるものである。
「でもな〜。」
「もう、切羽詰まっとんよ。」
「ほんまに、後がねえんじゃなぁ。」
「じゃから。お願い。」
「お願い、ゆうたかって、どねえすりゃあええん。」
「じゃけぇ、陽一にゆうてもろうてん。」
「何ゆうて。」
「ちょっと騙まくらかして、もらうんよ。
『ええ娘がおるんじゃけど』ゆうて。」
「客引きのやり手婆みたいじゃな。まるで。」
「『ああら、お兄さん、ちょっとよってらっしゃいな。』でも何でもゆうちゃ
らあ。じゃから、なあ。」
とんでも無いことを言いだした。
どうやら、本気で切羽詰まっているらしい。
俺は、一生懸命しゃべっている妹を眺めた。
何とか俺を丸め込もうと必死だ。
俺は、何となく感じていた。
今回も、やっぱり丸め込まれてしまうんだろうな。
「言うたるぐれいはしちゃるけど、確約はできんぞ。」
「もう、ええんよ。会いさえすりゃあもう。」
「一応、陽一には話しちゃるけど・・・・。」
「やっぱり、持つべきものは兄じゃなあ。もう、一生恩に着らぁ。」
「おめえ、何遍『一生』が有るんなら。『一生のお願い』じゃの『一生恩に着
る』だの、もう耳タコ状態じゃわ。」
「えへへへ。まあ、そう言うことも・・・・。」
「有りすぎじゃあ。」
「そねえゆわんでも・・・・。」
「で、電話でもしとくから、今度のお盆にでも行って話とかあ。おお、そうじ
ゃ、写真よこせ。持って行かにゃあおえん。」
「判った。で、顔の大きいのと小さいの、どっちがええ。」
「何じゃそりゃ。普通、可愛いのと真面目なの、じゃあねえんか。」
「じゃけど、にこやかに笑ろうとる写真で、ピースしとらんのやこうねえん
よ。」
「やっぱり、人間と違うて心がねえけえな。」
「何でえ、そりゃあ。」
「無人君の親戚じゃもんな。」
「それじゃけえ、暑うなると『溶けるよ』ゆうてみんな心配してくれるんか
な。」
妹は、とにかく、見た目がきついのだ。
それとも、冷たい感じ、といった方が正しいかもしれない。
普通に話していても、まるで怒っているようで、友達などからも『どうした
ん、怒っとるがん』と言われるのだそうだ。
更に、ここらあたりの言葉の特徴でも有るのだが、口調がきついとだめ押し
までされている。
黙って笑ってれば、可愛い娘、で通用するのだが・・・・。
「・・・・取りあえず、写真、見繕(みつくろ)って持ってけえ。持って行っちゃら
あ。」
「いやあ、やっぱり持つべきものは、優しい兄じゃなあ。」
「・・・・何遍、その手に泣かされてきたか。」
俺はため息をついた。
妹は、人差し指をわざとらしく大きく振る。
ちっちっち、と舌打ちをしたら、早川健でしかない。
「何よぉん。お兄ちゃんは妹にあめえもんじゃ、ゆうて決まっとんよ。」
「何じゃ、そりゃあ。兄貴は全部シスコンかぃ。」
「もう、これから先もおんぶにだっこ。そりゃあ、ちいせい時からもう、そう
じゃったんじゃけえ。」
「そういやあ、ちいせい時から宿題とかは儂にさしょうたなあ。」
「そう。もう遅せえ。」
「もはや『遅かりし、由良之助』じゃな。」
嗚呼、そう言う風に、お前は兄を見ていたのか。
いくらシスコンとは言え、俺は悲しい。
俺は軽口を叩きながらも、心で泣いていた。
とにかく、明日連絡だけでも取ってみよう。
次の日。
俺は受話器を持ち上げ、短縮ボタンを押す。
「♪ピンポンパンポン。この番号は現在・・・・」
・・・・忘れてた。
引っ越した時に、番号が変わってたんだ。で、短縮はそのまま変更してな
かった。
俺は、苦笑しつつ、名刺やら年賀状やらをひっくり返して、やっと電話番号
を見つけた。
コール、5回。
「はい、こちらは※(電話番号)※です。ただいま留守にしています。ピーと鳴
ったらご用件を入れてください。」
留守電機能の、やたら機械的な声が聞こえる。
「陽一か、俺だ。また、電話・・・・。」
「何じゃ。おめえか。」
電子的な音とは違う、明らかに陽一の声。
「何じゃ、はねかろうが。また、居留守か。」
「またか、ゆうて人聞きの悪い。ちょっと取るのが遅れただけじゃがな。」
どうせ、親からの電話がイヤでそうしているんだろう、と思ったが、取りあ
えず言わずにおく。
それから、暫く、どうでも良いような世間話に花を咲かせる。
「・・・・。まあ、ええわ。それから、今度、また遊びい行くから。」
「ええで。で、お盆ぐれえか。」
「まっ、そのぐれえじゃろう。」
「また、来る日を教えてくれ。」
何気ない風を装って、今回の目的を告げる。
それから、別れの挨拶を告げた。
これから、忙しくなるな。
俺は、そう確信していた。
次の日、俺は妹に、首尾を伝えた。
妹は写真を用意しておくと言って、何故かピースサイン。
(いや、Vサインかも・・・・)
3.誰がために・・・・
と、言う理由【わけ】で、(どういう訳で)東京駅。
待ち合わせは、毎度おなじみ銀の鈴。
以前は、改札の外にあった気がしたが、現在は地下一階改札から入って、一
階へ上る階段の向こう側。
待ち合わせ時刻は、18:30〜19:30。
現在時刻は18:05。流石【さすが】に、まだ陽一は来ていないようだ。
缶の飲料水【ミネラルウォーター】を、自販機で水を売っている事に感動しつ
つ、買って飲む。・・・・はっきし言って、タダの水。
新幹線の中で読んでいた文庫本を出して、暇つぶしに読み出した。
「よう。」
唐突に、後ろから声がした。
ポケットから出した時計で時刻を見る。
18:56だった。
「思うたより早かったな。」
俺は、文庫本を尻のポケットに突っ込んで、声の方向に向かってそう答えた。
「俺は、何時何時【いつなんどき】でも時間通りだ。」
変に威張って、陽一はそういった。だいたい、何で『何時何時でも』だ。
「ほう、前回の事は忘れた、とでも。」
俺は、以前に陽一に急な仕事が入った為3時間近く待たされたことを言った。
一二月の寒空のした、3時間も待たされたら・・・・ねぇ。
「忘れた。」
陽一はきっぱりとそう言った。
「ほう、思い出させて・・・・。」
「まっ、待て。あれは不可抗力だ。」
陽一も、付き合ってそんなことを言っているが、俺がネタで言っていること
は知っている。
「まあええ。で、どけぇ行くんなら。」
「取り敢えず、お客様ですから、もう何処へでもお好きなところへ。」
「って、知るまぁが。」
「冗談じゃぁがな。」
そして、ついてくるように言うと、山手線のホームに向かう。
来た回数が少ないせいか、どうも山手線と京浜東北線にはとまどってしまう。
そして、上野で乗り換え。
そんなこんなで、陽一の家から近い柏に到着。一軒のお好み焼きやに連れ込
まれた。
ビールと、お好み焼きにもんじゃ、他にも適当につまみを注文する。
俺も陽一も弱い方では無い。そして、どちらもそれを知っている。酔った振
りはまず無理。
雑談を交わしながら、話を切り出すタイミングを計っていた。
結局、飲み屋では切り出せなかった。
「最近の学生は、こねぇな時間まで遊【あそび】ゃ歩きょぉんじゃな。」
「何よんなら。土曜やこう12時すぎてもそこら辺、遊ようるで。」
「ん、鰻を食う。」
「そりゃぁ、土用。」
などと、くだらない会話をしながら、陽一の借りている部屋に向かう。
部屋に入ったところで、半ば冗談めかして写真をだした。
淡い緑色の封筒に、合計で四枚入っていた。
「おい、見合い写真だ。」
「・・・・何の冗談なら。そねえなもん、とれぇとけ。」
「安心せい。本気じゃ。」
「・・・・どう言う事なら。」
「おめえじゃあねえ。おめえに弟がおったろう。今度の狙いはそれじゃ。」
「何じゃって。」
理解できない、といった風で、そう尋ねてきた。
「じゃけえ、おめえの弟に、なんよ。」
「弟、ゆうて、住所やこうしりゃあへんで。」
「別に、正月ぐれえ帰るじゃろうが。そん時でええんよ。」
そう言って、夏場はテーブルとしてて使用している、炬燵の上に置いた。
「ふーん。結構可愛いがな。これじゃったら見合いやこういるまあに。」
陽一は写真を見てそう一人ごちた。
「で、儂にどねえせえゆう事なら。」
「じゃけえ、弟に、今度見合いせんか、ゆうて写真を渡しゃあえんよ。それ以
上の事たあ、望んどりゃあせんけえ。」
「渡すだけは、渡しちゃるけど・・・・。」
「別に、弟じゃあのうても会社の同僚でもええんよ。」
「・・・・。」
色々と言って渋る陽一を、とにかく押し切る。
結局、まず弟に写真を見せ、次に会社の同僚に当たってみると約束させる。
さすがに今日の明日では無理だが、何とかなりそうな感じだ。
取りあえず肩の荷が降りたおかげか、缶ビールを二本ほど飲んだところで眠
気に負けて眠ってしまった。
その後、まっ、適当に遊んだ後、陽一がUFOキャッチャーで取った人形を土
産に家に帰る。
陽一からのプレゼントじゃ、といって妹に渡しておこう。
当然、当面のネタにするつもりだ。
それから暫くして。
陽一からの返事はまだ来ない。
「えへへへへ。お兄いちゃぁん。」
そう言って忌もうとが、いや妹が入ってきた。
・・・・誤変換の方が、なんかあってる気もするが・・・・。
「あんなぁ。」
何故かもじもじしている。
「早ういえい。」
「んとな、こねえだの見合いの人なあ・・・・」
「ん。」
「・・・・今度、つきおうて見ることにしたからなあ、・・・・」
「んん。」
「・・・・陽一の弟の件はキャンセルしてん。」
「はぁん。」
その時の俺は、おそらく間抜けな面【つら】を晒していただろう。
「いやあ、こないだの人と二回ほど逢【お】うて見たんじゃけど、もうちょっ
とつきおうて見ようか、思おてなぁ。」
「・・・・まあ、ええけど。陽一にゃあ、そうゆうとかぁ。」
「そんじゃあ、たのまあ。」
そう言って、どたどたと出ていった。
全く。
あれだけ煽っておいて、こんなオチかい。
俺は、苦笑を浮かべつつ、この間訂正したばかりの短縮番号を押した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
数ヶ月後。
トントントン、と言うノック音が聞こえた。
「どぉうぞぉう。」
そう言いながら振り向く。
そこには、妹が立っていた。
「何なら。」
俺は、嫌な予感を覚えつつ、そう聞いた。
「でへへへへ。あんなぁ。」
「もったいつけんと、早う言え。」
「それがなぁ、出来ちゃったみたいなんよ。」
おい。確か、まだ正式には婚約してなかったはずだぞ。
見合いの癖して、子供が出来たから結婚するなんて・・・・。
俺は頭を抱えてしまった。
そんな俺にはお構いなしで、妹は「ぽん」と自分で言って、軽くお腹をたた
いた。
おしまい
時の翼亭へご来店の皆様、初めまして。
本来出入りの業者の備前屋と申す、小さな商いを行っておるもので御座います。
今回、縁在って、手前の駄作を置かして頂ける事となりました。大変在りがたい事で御座います。
つたない作品で御座いますが、読んでいただけると幸いです。
尚、誹謗・中傷・その他については、覚悟を決めて送ってください
ご意見・ご感想については、ありがたく拝見させていただきます。
それでは、お目汚し失礼いたします。
どうも、店主J−wingです。
思えばこの作品を頂いて随分と経つのに、僕の不精の所為で随分とコメントを出すのが遅れてしまいました
ひとえに、遅筆で怠け者の僕が全て悪いんです。
皆さんはこの作品を読んでどんな風に思いましたか?
僕は始終にやにや笑いながら読んでいて、最後の二段落ちの際、吹き出してしまいました。
僕には妹が居ないんで分かりませんが、妹に振り回された兄の姿に微かに哀愁を感じてしまいました。
皆さんは、どんな感想を持たれましたか?
感じたことを送ってさし上げると、作者の方はきっと喜ばれると思います
さあ、貴方も素晴らしい作品をくださった、備前屋さんに、是非感想を送りましょう