この作品は「アスカの旗の下に」様にお送りした「こちらASUKA探偵社」の続編です。
そちらを読まれた後の方が、より一層楽しめると思います。



サンタクロースって、知っていますか?
そう、真っ赤な服を着て、白い服を着たあのお爺さんです。
そんなの誰でも知っているよ。そう、皆さんはおっしゃるかもしれません。
だけれども、それは絶対ではありません。
遥か時は流れ、人が宇宙へその活躍の場を移した遠い未来、この物語の舞台の世界においては最早、その名前を知る者はほとんど居ません。
無理もありません、もう、一千年も先のお話なのですから。
だけれども、全てが忘れ去られたわけではありません。人の母星たる地球の、今はもう、置いた惑星と貸したこの星の、小さな田舎の村。今もまだ、キリストの教えを伝える小さな村。
その村では、未だサンタクロースは信じられています。子供に夢と希望を与える存在として。
それでは、物語を開演させて頂きます。
皆様、良い、夢を……


 


Present by J−wing
続・こちらASUKA探偵社
〜サンタを知らない子供たち〜

 




時は流れた。
セカンドインパクトも、使徒の襲来も、サードインパクトでさえ遠い昔の出来事となり、歴史の教科書の片隅の出来事でしかない、そんな時代。
宇宙の開発が始まり、数世紀の時が流れ、もはや、大部分の人々から忘れ去られている母なる星、地球。忘れ去られたと言っても、いまだ、この星に住む人は居る。
そんな忘れ去られた母星の片隅にある、小さな村落、カイト。今、この村は年に一度のお祭りの為、大忙しだった。男達は祭りに使う、もみの木を山より切り出し、女や子供たちは、そのもみの木に綺麗な飾り付けを施していく。年に一度の聖誕祭のお祭りの為に。
そんな日の事だった。この村に珍しい外部からのお客が訪れたのは。
来訪者はまだ若い女性であった。
綺麗な茜色の髪を腰まで伸ばしており、その煌きは見る者に夕日の光を連想させた。顔立ちは整っておりまるで、女神のような美貌は見る者を魅了した。その蒼い瞳は、マリンブルーの輝きを灯し、見る者に海を思わせる。
突然の美貌の来客に対応したのは村落をまとめる村長だった。
たいてい、この村を訪れる客には村長が対応する事になって居たのだ。
今年、齢57を数える村長タルキンは突然の来訪者にゆっくりと近づいていく。
「こんにちは、旅の方、この様な辺鄙な村に、何か御用かな」
タルキンが声をかけると、女性は奇麗な顔で微笑むと歳相応に元気よく挨拶の声を返してきた、そして、タルキンの問いかけに、こう答えたのだった。
「大した用じゃないのよ、もみの木を一本、分けてもらえないかと思って」
彼女の答えに、タルキンはほうと、ひとつ感嘆の声を漏らした。
この時期にもみの木が必要なんて言うからには答えは一つしかなかった。タルキンはこの村以外でも聖誕祭を祝う者が居る事を知り純粋に驚いたのだ。
「かまわないよ、旅の方、好きなのを一本さし上げよう、ま、こんな寒い所で立ち話もなんじゃ、こちらにきなされ」
タルキンの言葉に彼女は頷くと、歩き始めた彼の後を追い村の中へ足を踏み入れた。
そして歩きながら、彼女は自分の名を名乗った。
「アタシの名前はアスカよ」
と。



温かく良い香りのするティーカップが彼女の前に置かれる。タルキンが煎れてくれたアールグレイである。タルキンに一つ小さく頭を下げると、アスカはそれを口に運ぶ。
「一つ聞いても良いかな、アスカさん」
「ん、アタシに答えられることなら」
怪訝な顔をするアスカにタルキンは先程から疑問に思って居た事を問いかける事にする。
「もみの木が、必要なわけ、教えてくれんかの」
タルキンの問いかけに、アスカは嬉しそうに微笑みながら言う。彼が望んでいた答えを。
「クリスマスツリーにしようかって思って」
予想通りの答えにタルキンはほうと一つ溜め息を吐く。
そして、嬉しそうに笑った、自分達以外にもクリスマスを祝う者達が居る事を知って、とてもとても嬉しそうに笑った。
対するアスカは突然笑い出したタルキンを見てきょとんとした顔をしている。
何がそんなに、おかしいのか分からないのだ。
「何かおかしな事を言った、アタシ?」
「笑って悪かったの、アスカさん、つい嬉しくてな、わしら以外にも聖誕祭を祝う人が居る事を知ってな」
しみじみと言うタルキンに、一瞬跳ね上がっていた、アスカの怒りのボルテージは収まっていく、時を経て、落ち着いた印象を手に入れたアスカであったが、根本的な部分は変わらない。切れた彼女の恐ろしさは、彼女の夫とつい先日引き取った、三人の子供たちはよく知っている。
「昔はこの星のいたる所で聖誕祭が祝われた者じゃが、今となっては、この村だけ、正直寂しかったんじゃよ」
どこか遠い目をするタルキン、ふと、彼が目の前にいるアスカに視線をやると、懐かしそうな顔をしたアスカが居た。その顔は彼女の年齢と酷くギャップを感じさせた。タルキンが幼い頃会った、百才を越える村の古老と同様の、年を経た者だけが持つ長い時間が刻まれた独特の物、決して彼女の年ほどの物が持つはずの無いそんな顔だった、それは。
「……アスカさん?」
「あ、すまないわね、せっかくの聖誕祭の前夜祭だと言うのに、つまんない顔しちゃって」
再度言葉を発した時のアスカの顔は、年齢相応の普通の顔だった。
先程までのあの雰囲気は微塵も無い。タルキンは先程の事を気のせいだと思い直す事にする。
それほどまでに、今の彼女の顔と、先程の顔には大きな隔たりがあった。
「今年クリスマスを祝おうと言う事になったのも、実は子供たちにサンタクロースを知らないって言われたからなのよ、このあたり世代の差を感じるわ」
嬉しそうに話し出すアスカにつられ、タルキンの頬もついつい緩んでしまう。
「そうですか、もみの木、村の裏山からお好きな物を持って行ってください、案内の者と運搬の為に人は付けますよ」
「せっかくの好意だけど、その辺はいいわ、アタシ、こう見えても結構力持ちなんだから」
そう言ってアスカは悪戯っぽい笑みを浮かべたのだった。



奇跡の木、カイトの村では村の裏山の頂上近くにそびえたつ、巨大なもみの木をそう呼んでいた。クリスマスイヴにその木に願いを言えば、その願いが叶うと言う言い伝えがある故に。
ただし、そこにたどり着くまでの道は険しく、そして冬場と言う事も有り雪に覆われている山を登りそこにたどり着く事は至難の技であった。故に、伝説を信じ、そこに行く者は居ない。
だけれども、今日、ここにその数少ない例外が居た。
まだ、9から10才くらいだろうか、黒い髪の可愛らしい女の子が一人、雪に覆われた山道を登っていた。願い事を一つ、叶えてもらう為に。
彼女の名前はカリン。半年ほど前に村の親戚の下に引き取られる、と言う形で越してきた。
両親は、もう、居ない。事故で亡くなったのだ。ゆえに、身寄りを亡くした彼女は親戚の住むこの村に引き取られてきたのだった。
引き取られてすぐにはこの村に馴染めなかった彼女だが、少しずつだが村に馴染んでいった。今、彼女がここに居るのは、村の友達に、奇跡の木の伝説を教えてもらったから。聞いた後、いても立っても居られなくなり、彼女はこっそり、親戚のおじさんの家を抜け出した。
奇跡の木の下に行き、たった一つのお願い事を叶えてもらう為に。
山歩きに慣れない足で、降り積もった雪と戦いながら、彼女は必死に、奇跡の木を目指した。だけれども、彼女の必死の努力にもかかわらず遅々として足は進まない、しかも、雪が降り始め、運の悪い事に更に吹雪き始めた。彼女の努力を嘲笑うかのように。
だけれども、カリンは進む。必死に進む。胸にあるたった一つの願いを叶える為に。ただひたすらに進む。
降り注ぐ雪が、足元から染み込んでくる積雪の冷たさが、彼女の体力を容赦無く奪っていく。
そして、雪に足を取られ彼女はこけた、何度目かの事かは分からない。手も、足も傷だらけだった。だけれども、彼女は立ち上がった。
そして、ゆっくりともみの木を目指し、歩き始めた。
「……父さん、母さん……」
小さくそう呟きながら。




温かく優しい空間。互いが互いの事を思いやり、時にはちょっとした諍いを起こしたりもするけれども、笑い声の絶えない温かな空間。
半年前には、カリンも同様の空間、家族、と言う物を持っていた。だけれども、それはもう無い、彼女の手のひらの中から、零れ落ちていった。親を亡くした彼女は、カイト村の親戚の家に引き取られる事になった。親戚のおじさんも、おばさんも優しかった。初めて会った従兄弟達も新しい姉妹の誕生を心から喜んでくれた。そこはとても温かかった。だけれども暖かかった故に彼女は辛かった。失った温もりの暖かさを認識させられるようで。
だから、カリンは、一人、奇跡の木へと向かう。失った温もりを取り返す為に。
だけれども、子供のカリンの体力がこの雪の中、長時間持つはずはなかった。限界が訪れ彼女はぱたりと、白い雪の上に倒れた。白い雪が彼女の身体を白く染め上げていく。
意識を失う直前、彼女が見たのは、赤い服を身に纏った、だれかだった。
「……サンタ……さん……」
小さな呟きと共に、彼女の意識は闇に閉ざされた。



パチパチと言う火の弾ける音が彼女の意識を現実へと引き戻した。
ゆっくりと目を開ければ、そこは土で出来た天井が広がっていた。
「起きたの?」
横合いからかけられた声に、カリンがそちらを向けば、そこに、赤い服を身に纏った女性が一人いた。彼女は心配そうな面持ちで、そっとカリンの顔を覗きこむ。奇麗なブルーアイズが彼女を労るような優しい感情を伝えてくれる。
「ここは?」
「ん、ああ、あんたが倒れていた所のすぐ近くの洞窟よ、子供一人で雪山に挑むなんて無謀もいいとこよ」
「でも……」
そう言った切り、無言のままカリンが女性を見上げると、女性は小さく苦笑すると、くしゃくしゃと彼女の頭を撫ぜた。
「んと、とりあえず、名前教えてくれない」
「カリン、です」
彼女がそう、自分の名前を名乗ると、女性は少し驚いた顔をしたままかたまっていた。そして、笑いながら自分の名前を名乗った。
「アタシの名前は、アスカよ、まさか家の子と同じ名前だなんて思わなかったわ」
アスカが最後に言ったその事が、先程彼女が驚いた理由だったらしい。
ひとしきり笑った後、アスカは急に真剣な顔になったかと思うと、カリンに問いかけた。
どれくらい経ってからだろうか、ぽつりぽつりとカリンがアスカに事の次第を話し始めたのは。
「お願い事、叶えて欲しかったから」
ぽつりと言ったカリンの言葉に、アスカはきょとんとした顔をする。そんな、アスカに対しカリンはゆっくりと、ここに来た経緯を語り始めた。 おじ達にも明かした事の無い自分の心の声を。
パチパチと弾ける焚き火の音が、その場のたった一つのBGMだった。
どれくらい経っただろうか、全てを語り終えた彼女をふわりと、暖かい感覚が包み込んだ。アスカがカリンの事を抱きしめてくれたのだ。それはとても暖かかった。まるで、母の胸に抱かれた時のように。とてもとても暖かく、そして優しい感覚だった。
「そう……でもね、カリン、貴方は全てを無くしたわけじゃないんでしょう」
「……アスカ、お姉ちゃん」
自分を抱きしめながら、何かを語り始めたアスカにカリンがきょとんとした顔を向ける。するとアスカは、優しく、彼女の頬を撫ぜながら、言葉を続ける。
「少しはわかるよ、貴方の気持ち、アタシもママを早くに亡くしたくちだしね」
カリンはもう何も言わなかった、ただ黙って、アスカの言葉を聞き続けている。
「貴方が怖いのは、新しい温もりではなくて、忘れる事が、新しい家族に触れて、過去の暖かな生活を忘れていくが怖いんじゃないの、忘却はけっして罪ではないわ、時として忘れる事が出来なければ人は生きていけない、いつまでも過去に縛られていては、人は前に進めないのよ」
淡々と、アスカはカリンに自分の気持ちを投げかけていく。彼女には、自分のように成って欲しくなかったから、失った温もりを、愛を忘れきれずに、たった一つの物に数字に固執した過去の彼女の様には。
「大丈夫、無くなりはしないわ、忘却と消滅は違うのだから、貴方が貴方でいる限り、その日の温もりはずっと貴方の心の中に有るのだから」
どこか遠くの誰かを思い出しながら、アスカは言った。
そして、カリンを安心させるように微笑むと、もう一度、彼女の頭をくしゃくしゃと撫ぜた。
「すぐに理解しなくていいわ、ゆっくりと理解していけばいいわ」
彼女の最後の言葉に、カリンはコクンと首を縦に振った。
「じゃ、行こうか」
そっとカリンの身を放しながら、弾けるような笑顔でアスカは言った。突然の展開についていけない様子のカリン。何処に?とその瞳はアスカに語りかける。その問いかけに、アスカは胸を張って言うのだった。
「奇跡の木の所に決まってるじゃない、行くんでしょう」
笑顔の彼女の言葉に、カリンは首を縦に振った。



満月が積もり積もった雪を照らすと、きらきらと白い煌きが星屑の様に輝く。
その巨大なもみの木に降り積もった雪は、もみの木を白い巨大なオブジェへと変えていた。
満月の輝きが、もみの木を照らすときらきらともみの木は煌いた、まるで巨大なクリスマスツリーのように。この木が、奇跡の木。アスカとカリンは、今、その木の前にいた。
一人から二人へと、ここに向かう人数が変わってから、雪山を移動する事が格段に楽になった。勿論それは、こっそりとアスカが"力"を使ってカリンを助けていたからなのだが。
そして、二人は頂上近くのこの、奇跡の木までたどり着いた。
きらきらと満月の光を反射し輝くその木は、とても美しかった。
「奇麗……この木が奇跡の木って呼ばれる訳がよくわかったわ」
感嘆の溜め息を漏らすアスカ。もう一人、この場にいる少女は何も言わない。ただ感嘆の面持ちで奇跡の木を、見上げるだけ。
「カリン……」
アスカの呼び掛けにちらりと、カリンは振り向くと笑ってみせた。全てを吹っ切ったような奇麗な笑顔で。
そして、小さく何かを木に向かって言った。アスカはあえて、願い事を聞かなかった。ただ目を閉じて、カリンの願い事が終るまで待っていた。
やがて、願い事を言うのを終えると、カリンはアスカの方を向き直った。そして、言った。
「村に、帰りましょう……アスカ……さん」
そこまで言って安心したのか、ゆっくりとカリンの身体は倒れていった。
意識を失う寸前、カリンはアスカの顔を見た。彼女は女性だったけれども、何故だかカリンにはアスカが、サンタクロースのように思えた。


再度、意識を取り戻した時、彼女の目に入ったのは、見慣れた天井だった。泣き腫らした目をしたおばとおじが、彼女の身体をぎゅっと抱きしめてくれた。
そんな二人の温もりを感じながら、カリンは彼らに引き取られて以来、初めて二人の事をこう呼んだ。


「ごめんなさい、義父さん、義母さん」


と。二人は、彼女を抱きしめたまま破顔した。



遥かな未来の、何処か遠い星の地方都市。
そこに一件の家がある。表には"ASUKA探偵社"そう書かれた看板が架かっている。
だけれども、その日に限っては扉に、本日休業の札が架かっていた。そして、家の中からは何ともたのしげな、笑い声が響いてくる。
何時もは殺風景な事務所には煌びやかな飾りが所せましと並べてあり、そして、一際目立つのは二メートルは有ろうかという、大きなクリスマスツリー。テーブルには今台所で洗い物をしている青年の力作が、美味しそうな匂いを立てている。
青年の回りでは、彼の子供達がお手伝いにいそしんでる。子供の一人が、彼の顔を見かけ、問いかける。
「ねぇ、ママ、またお手伝いサボってるよ」
と、何時もならしょうがないな、と苦笑する彼だけれども、この日だけは違った。
そっと、その子の頭を撫ぜてやりながら、彼はこう言った。
「今日だけは特別なんだよ、ママはあのクリスマスツリーを手に入れる為に頑張ったんだから」
言いながら、彼はソファーで眠りこける自分の妻に優しい視線を向けた。
どんな夢を見ているのだろうか、彼女の顔は嬉しそうな表情を浮かべている。
さて、もうそろそろ、準備も終る、後は彼女を起こして楽しむだけだ、随分と久方ぶりのクリスマスパーティを。






 


『もしも、貴方に願い事を叶える事が出来るのなら、伝えて下さい、天国のパパとママに、私は元気です、だから見ていて下さいって、それが私の、お願いです』

 






 

これは遥か時の彼方の物語、遥か時の彼方の優しい時間の物語。
汎用人型決戦兵器も、セカンド、サードインパクトも今はもう遥かな過去の出来事となり。
今はただ、少年、少女の望んだ幸せだけが、そこにある。




ふぃん



後書き

なんか一日遅れたような気がしますが、クリスマス記念小説、ここにお送りします。
時間に追われてかいたせいか、なんかただ長いだけで、言いたい事がいまいち分からない作品になってしまいました。
こんな作品ですが、最後まで付き合って下さった貴方に感謝します。