時に西暦から連邦歴に暦が変わり、五世紀近く経とうとしていた頃。
と、ある辺境の星の、小さな地方都市に彼らは居て。
笑い、時には泣き、喧嘩なんかもしながら、彼らは暮らしています。
家族と共に……
ほんの少しだけ優しくなった世界で……
続々こちらASUKA探偵社
犬の散歩も引き受けます
「むう」
シンジは黒塗りの背表紙のノートを見つめながら、軽く呻き声をあげた。
ノートには大量の数字と真っ赤な文字が幾つか躍っている。
「はぁ」
軽く溜め息を吐きながら秋の気配が迫りつつある窓の外を何気無しに見つめる。
風が吹きぬけ、木々の葉を揺らし空に舞わせる。
その光景は幻想的なまでに綺麗なのだが、彼の脳裏を占めるのは別の事。
「今月も、赤字か……」
あまりに空しい彼の呟きは妙に空しく事務所の中に響いた。
ひゅるるるる、と、その瞬間、事務所の中を冷たい空気が拭き抜ける。
空しい、あまりに空しい。
「ふう」
小さく溜め息が一つ、唇から零れる。
ちらりと、黒い背表紙の計簿をめくってみれば、一月前も、二月前も、三月前も……
もう、これ以上は語るまい、いや、あまり語りたくない、あまりにも空しいが故に。
今月も、ASUKA探偵社の経済状態は、どん底であるらしかった。
「ぱぱ、大丈夫?」
その声に、彼がちらりと振り向いてみれば、そこに居たのは栗色の髪を可愛らしくリボンで結んだ女の子が一人。
彼とアスカの義娘カリンである。
以前、一寸したごたごたがあった際、二人の男の子と一緒に引き取ったのである。
僅かだが心配そうな表情を見せる、カリンの髪をくしゃくしゃと撫ぜるとシンジは彼女を安心させるように微笑むと言う。
「大丈夫だよ・・・・・・・ぱぱに任せておきな」
微かにパパと自分で言うまでに躊躇いがあったのは僅かな気恥ずかしさのゆえだろう。
事実、彼の頬は微かに赤く染まっていた。
そんな彼の心を知っているのか知らないのか、彼女はにこやかに首を縦に振ったのである。
だけれども、この時、シンジは自分の義娘の行動力を、少し甘く見ていた。シンジとアスカの義娘カリンは、義父たるシンジよりも、どちらかといえば義母たるアスカに、その性格がよく似ていたのだ。その動くさまはまさに風の如し、一度こうと決めた事は、再度までやりぬくそう言う女の子である。そして、にっこり笑って、義父たるシンジの前から退出すると彼女は、行動を開始した。愛する義父を助けるために。そして、まず向かったのは彼女の子分たる二人の男の子の元であった。
そして、これが大きな事件に発展していくのだが、神ならぬ身であるシンジには、その事はわかるはずも無かった。
モノア財団による、人身売買の会場より、シンジとアスカにより助け出された三人のエンゼルチルドレンの子供たち。既に身寄りをなくし、しかも、未登録のエンゼルチルドレンであった彼らを、シンジとアスカは自分たちで引き取る事にしたのだ。ASUKA探偵社の家計は火の車であり、シンジが以前稼いだお金で、何とかしているという現状であるというのにもかかわらず、だ。このへん、二人の基本的な人の良さがにじみ出ている所だろう。
そして、シンジとアスカに引き取られたのは、六歳から七歳くらいの男の子二人と、女の子一人。一人目は、黒い髪と灰色の瞳を持った男の子、人身売買の会場では、虎、と言う名前で呼ばれていた。文字通り、虎の如く優れた戦闘能力を持つ、戦闘マシーンとして育てられた故に。その力は、カテゴリーサキエル、精神の力で光の槍を生み出す、全カテゴリー中五本の指に入る戦闘カテゴリー。そんな彼に、シンジとアスカが与えた名前はサヤ。ちょっと聞いただけでは、女の子のような名前であるが、サヤがその持つ、あまりに強い力を、己が力で制御できることを願いつけられた名前。鋭い刀を納めておける鞘の様な人間になれ、その力に屈してはならない。そんな願いが込められた名前。
次の一人は、栗色の髪とはしばみ色の瞳を持った少年、その能力はカテゴリーレリエル。影を介した空間移動や、影を刃と変え攻撃することも、手元に作り出した擬似ブラックホールに敵の攻撃を受け流すこともできる、攻守共にバランスの取れたカテゴリー。それを問題なく、柔軟に使いこなすことのできる力を少年は持っていた。彼に対し、シンジとアスカが与えた名前はリュウ。その名前の所以は、東洋に伝わる神獣、竜より来ている。その名の如く、勇敢で、元気な男の子になって欲しい、そんな意味が、その名前には込められている。
最後の一人は、先ほども登場した少女、カリン。彼女の名前だけは、二人がつけたものではない、ちゃんと、彼女が本当の親から貰った名前。彼女は、モノア財団により、赤子のうちに連れ去られ戦闘マシーンとして育てられたわけでもなかったし、暗示により、人形のようにされる事も無かった。男の子、二人は、そんな境遇であり、それゆえに名前を失ったのだが、彼女だけは違った。だが、決して、それは良いことだけではない、全てを覚えているが故に、彼女は自分の目の前で殺される両親の姿をはっきりと記憶していた。今でも、その日の光景を夢に見るし、夜は一人で眠れず、シンジとアスカの元に行く。
でも、彼女は決して、普段はそんな顔を見せない、特に、同じ年の二人の男の子の前では。彼女は強い、その年では考えられないほどに。だけれども、それは同時に、彼女は脆いと言う事である。張り詰めすぎた糸はやがては切れる。人はずっと張り詰めたままではいられないのだ。
そして、彼女の本当の顔を、本当の姿を、二人の少年の内の一人は気がつき、その胸に彼女を抱く事になるのだけれども、それは、また別のお話。今は、もう少しカリンの事を語ろう。
彼女の力はカテゴリーイロウル、電子機器の支配をなすことのできる、情報収集系の力を有している。特A級の力を有する彼女の前ではコンピューターのセキュリティなど無いに等しい。この宇宙で最も、セキュリティが厳しいと言われる、連邦情報局の中央コンピューターにだって彼女は鼻歌交じりに侵入し、それを担当者に気がつかせることは無いだろう。その強大な力ゆえに彼女は両親を殺され、モノア財団に連れ去られたのだ。
そして、シンジとアスカの二人に助けられ、二人に引き取られる事になったのだ。
さて、三人の子供たちの紹介を終えたところで、眼をもう一度、ASUKA探偵社に戻そう。二人の子分の元へと向かった、女の子の姿がそこにはあったはずだ。
「入るわよ〜」
ただ一言、遠慮なくそう言うと、小さな女王様は扉を開け、サヤの部屋へと入る
「あ、何だ、かりんか」
義父に買ってもらった児童小説を片手に、サヤが言う。その姿は、モノア財団内にて“虎”と呼ばれた無敵の戦闘マシーンのイメージとはほど遠い。アスカが見ればその印象は、遠い昔の彼の義父の姿にそっくりだと言うだろう。
「何だとは何よせっかく、このあたちが親孝行できる話を持ってきてあげたって言うのに」
胸を張りながら言うカリンその姿を見れば、シンジは苦笑しながら即答するだろう、カリンは本当にアスカそっくりだ、と。
「親孝行?」
きょとんとした顔のまま問う、サヤ。
「そうよ、親孝行、とりあえずあたちについて来なさい、りゅうを交えて話をするから」
言って、サヤの手を取ると、カリンはズルズルと、彼を部屋の外に引きずってゆく。
「ちょ、ちょっと、かりん、僕、本が読みかけなんだけど」
「なに、さやは、ぱぱより、そんな本が大事だって言うの」
あまりの事に抗弁しかけたサヤだが、ずずい、とカリンに詰め寄られこういわれると言葉がない。おとなしくカリンの言葉に従うしか道は無かった。この様をもしもシンジが見たのなら、本当に大笑いしただろう。まるで、昔の、シンジとアスカの関係のミニチュア版がそこに存在したのだから。
次に彼女が訪れたのは、もう一人の、少年の部屋。そこにもう一人の少年、リュウがいるのだから。
「入るわよ〜」
先ほどと同じく、一声かけた後、ずかずかと遠慮なく部屋に入り込んでいくカリン。そして、部屋の主の少年はと言うと、TVゲームに夢中になっているらしく、カリンの声に生返事を帰しただけだった。
「こら、りゅう、このあたちが呼びかけているんだから、返事しなさいよ」
どうやら、この小さなお姫様には、リュウが彼女の方を向かず、テレビ画面の方を向いたままゲームを続けているのが気に食わないらしい。
「ん、今良い所だから、後ちょっと待ってね、かりん」
未だ、テレビ画面を見つめたまま言う、リュウ。カリンの怒りを予想し、すこし身体をすくませるサヤ。しかし、サヤが予想したような反応を、カリンはしなかった。彼女はニコニコと微笑みながら、リュウの元へと歩いていったのだ。
「りゅう」
言って、にっこり微笑むと、カリンはリュウが反応するより素早く、その手を動かし、ゲーム機のスイッチを切った。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
悲痛なリュウの叫びが部屋の中に響き渡る。
「ったく、あたちの子分の癖に、あたちの言葉を聞かないからよ」
「酷いじゃないか、かりん、それに子分って何だよ、オレはかりんの子分になった覚えはないぞ」
たまらず、怒りの声をあげるリュウ。無理も無いだろう、彼が先ほどまでやっていたゲームはクリアーする寸前だったのだから。
「何よ、この前、自転車で度胸試しをやって負けたのは何処のどいつよ、負けたら子分になるって言ったこと忘れたとは言わせないわよ、それに、あたちはあんた達に親孝行をする素晴らしい話を持ってきたのよ、なに、りゅうはそんなゲームの方が、ぱぱ達より大事だって言うの」
まさにマシンガントーク、息つく暇すら与えない、その口撃におもわず黙ってしまうリュウ。どうやら口での喧嘩ではカリンには勝てそうも無い。
「うう、わかったよう、で、親孝行って何なんだ?」
口で完全に負けたリュウが、諦め交じりにそう問うと、カリンはふふん、と、鼻で笑うと胸を張り、一枚の紙切れをリュウとサヤの前に突き出した。
「何、これ」
言って、サヤがその紙を覗き込むと、そこには犬の姿が印刷されており、そしてその下には、こう書かれていた、家のクレアを探してください、そうたどたどしい字で記されていた。
「これ、お向かいの、ぱてぃが飼っている犬だよね」
見覚えのある犬の姿を見つめながら、サヤが言う。そう言えば、同じ内容のチラシが近所のあちこちに張ってあった機がするし、昨日あった時、パティが幾分元気が無かったような気がする。
「これ、どうしたの?」
至極もっともな、リュウの問いかけにカリンは、胸を張りながら答えたのだ。
カリンはパティの様子が気になったので、いささか強引に、この事を聞き出したという。なぜか父も母も、元々野良犬であったクレアを熱心に探そうとはしてくれないらしい。故に、パティは一人でこのチラシを近所中に貼り付けていったらしい。そして、そんな彼女の姿に心打たれたカリンは、二つ返事でクレアを探してあげる、そう言ったらしい。
「ふふん、ちゃんと、報酬の方も確保してあるのよ、ぱてぃは友達だけど、こうしの区別はつけないといけないのよ」
胸を張って、そう言いきるカリン。
「報酬っていくらなの?」
「ふふふ、一クレジットの報酬を成功報酬としていただく事になっているわ、これで、家の家計もずいぶんと助かるはずよ」
さて、読者の皆様にわかりやすいように解説しておきましょう、この時代、彼らが住んでいる惑星での一クレジットの価値は、現在の日本円にして五百円ほど、子供にとっては大金かもしれないけれど、それで、シンジの悩みである家計簿の赤い字を埋めるには至らないでしょうね。
だけれども、そんなことを知らない男のお子様二人は、すげぇ、と、言った感じの顔で、カリンの事を見上げます。彼らの女親分の事をいささか見直したらしいのです。
「さぁ、失われた、くれあの捜索に行くわよ!!」
そして、三人はカリンのその掛け声と共に、外へと元気に駆け出していくのでした。
「ふむ、やっぱり、この一件にはあいつらが絡んでいるのかな」
子供達が何処かに出かけ、いささか静かになったASUKA探偵社の事務所にて小さな声でシンジが呟いた。そこにあったのは家計簿ではなく、現在調査中のと、ある懸案についての情報が記されたファイルだった。アスカが今現在、事務所の中にその身体を置いていないのも、この事件に関する調査のためだった。
「さすが、だよね、まったく、こういう厄介な事案は迷わずこっちに回してくるんだから」
十年以上の付き合いであり、今回の懸案の依頼人である友人の顔を浮かべながらシンジは苦笑する。まぁ、きっとこれは彼女なりに、彼らを思ってくれての行動だと思っている。実際、この依頼で、ASUKA探偵社の受け取る報酬は結構な物だった。まあ、値段分は大変な仕事であるのだけれども。
そして、タイミングを見計らったように、事務所の電話のベルが鳴り響く。事務所の経営者の趣味を反映してか、アナログなベルタイプの音が事務所の中に響き渡る。
「はい」
シンジが手元のボタンを操作しながらそう言うと、彼の目の前の空間にウィンドウが開きそこに彼が見慣れた女性の姿が映し出される。
「う〜ん、やっぱ、このタイプのビジフォンは馴れないわねぇ、どこかにアナログなデザインの電話機売っていないのかしら」
電話に出るなりのアスカの一言に、思わずシンジは苦笑いを浮かべてしまう。
「アスカ、いくらなんでもそれは無理だと思うよ、事務所で鳴っているこのアナログなベルの音だって見つけるのにずいぶん苦労したんだから」
「そうだったわよね、あ、で、そっちの方、何か進展はあった?」
「う〜ん、目立った証拠は無いんだけれどね、この一軒、あいつらが絡んでいるような気がするんだ」
シンジが出したあいつ等と言う呼び方に何か思いつくことがあったのか、アスカがはっとした顔になる。
「“蛇”ね、物好きな連中よね、全く、ま、向こうさんの売る魔法のお薬を買う方も買う方だけどね・・・・」
蛇、通称スネイク、それは辺境で最近頭目を現しつつある、麻薬シンジケートの名前であった。そして、ASUKA探偵社が受けた依頼は、近く、この惑星で行われるらしい大規模な麻薬取引の阻止。それが、連邦情報局副長官カリン・D・バークライトが彼らに回した依頼の内容であった。
「結局、人間というのは変われない生き物なんだろうね、どんなに科学が進歩したって、星の海へ進出しようと、人間は人間であり、それ以上にもそれ以下にもなれない」
「アンタが言うと、重みがあるわね、やっぱり」
アスカの言葉にシンジは苦笑したまま、答えはしなかった。
「で、君の方はどうなの」
「うん、こっちはね、当りかはずれかいまいち判別しにくい情報が一つだけ、かな“蛇”はなんでも、動物を使って、取引の場所を指定したって言う情報を聞きつけたんだけれど、ホントかな」
「うん、出来ない事は無いね、カテゴリーアラエルの力を応用してやれば、まぁ、動物くらい簡単に操れるしね、まぁ、人間が仲介するより、ある意味安全かもしれないね」
シンジの言葉にアスカは一つ頷くと、こっちの線でも捜査を進めてみるわと、だけ言った。
「あ、そうそう、家のオチビちゃん達はどうしてる」
「ん、ああ、ちょっと前まで自室の方で騒いでたみたいだけれど、さっき三人揃って遊びに行ったよ、仲が良くて、結構だよ」
言ってシンジは先ほどとは打って変わって、嬉しそうに笑った。
何だかんだ言って、結構親ばからしい。
「そっか、良かった、ここの所、この件で忙しくって構ってあげられなかったから、どうしていたか少し不安だったのよ」
「大丈夫、良い子だよ、三人とも」
「そうね、アタシと、アンタの子供たちだものね」
言って、アスカは淡く微笑んだ。それは、間違いなく、母親の顔をしている。そう、シンジは実感した。
「じゃあ、また、何か掴めたら連絡するわ、そちらもよろしくね」
「わかったよ、あまり無茶はしちゃあ、駄目だよ、アスカ」
「わかってるわよ、そっちこそ、あまり根を詰めすぎないでよ、じゃあ、また」
最後に、互いを気遣う言葉を掛け合い、二人の通話は終了した。シンジは、先ほどまでのアスカの顔を思い出し、よし、と小さく声をあげると、先ほどまで以上にてきぱきと仕事を開始した。
「それで、どうやって“くれあ”をさがすのさ、かりん」
自分たちの家であるASUKA探偵社の事務所をでてしばらく歩いた所にある公園で、サヤがカリンに問いを発する。そう、辺境星区に属するとはいえ、ここは一応この星の首府である。その広さ人口はやはりかなり大きい物である。その街の中から犬一匹探そうなんて砂漠の中でそこに含まれた米粒一つ探すのに等しいのかもしれない。
「ふふ、あたちには“ひみつへいき”があるのよ」
言ってカリンは先日、母から買ってもらった携帯端末を取り出した。そして、彼女は公園のベンチに腰掛けると素早く携帯端末を起動させこの星のネットに接続する用意を始めた。
「んっとね、ぱぱから前聞いたんだけれど、この街はコンピューターによってかんりうんえいされているんですって、それでコンピューターが街の状態をはあくするために街のいたるところにじょうほうしゅうしゅうようの機械がはいちされているんだって、あたち、それのどれかに“ぱてぃ”が映っていると思うの」
そうやって二人の子分に事情を説明しながらカリンの指は凄まじい速度で端末のキーボードを叩いてゆく。同時に彼女の瞳がゆっくりとだけれども赤色に変わってゆく。それは彼女が力を行使する際に現れる独特の現象。そう、彼女はこの星の首府の中央管理コンピューターの内側に潜り込んでいる最中なのだ。彼女の義母が先日買い与えてくれた市販の少し型落ちした携帯型端末を用いて。
「んっと、ほしいのはこの情報じゃなくて・・・・」
小さくそんなことを呟きながら彼女が見つめる端末の画面では凄まじい速度で情報が流れていっている。常人が見ても把握できないほどのスピードで流れるそれらの情報をカリンは一つ残らず把握し、取捨選別をおこなっていた。この手の事に関しては普通の子供と変わらない二人の少年はといえばすげぇと、言った顔をして彼女のその姿を見つめていた。
「見つけた・・・・」
それからしばらくしてからのことであった、カリンが小さくそう呟いたのは。それを聞きつけた二人の男の子達がカリンの肩越しに携帯端末の画面を覗き込む。
「え、どこどこ」
「ちょっと、まってなさいよ、これをこうしてっと」
そんな言葉と共にカリンが端末を操作すると携帯端末の画面にちょっと小汚くなってはいるが三人が良く知った犬の姿が映しだされた。
「これ、どこなの、かりん?」
「んっと、これは・・・お化け工場の辺りよ」
問いかけるリュウにカリンは間髪いれずに答えた。お化け工場とはこの辺りの子供達が、お化けが出ると噂し誰も近づきたがらない廃工場の事である。ちなみにこの工場に夜中にこっそり肝試しに行き、カリンが周囲の子供たちの尊敬を勝ち取りガキ大将に見事収まったのはつい先日の事である。
「じゃあ、行こうよ、早く行かないとまたぱてぃが何処かに移動しちゃう」
「わかってるわよ、まぁ、とりあえずちょっと待ってね」
サヤの言葉に頷きながらカリンは素早く携帯端末を操作し先ほど見つけたクレアを全力で追跡するように中央コンピューターに指令を送っておく。これでパティがお化け工場から移動しても追跡が可能となる。一連の操作を終わらせると携帯端末をたたみカリンは子分である二人の男の子を従え走り出した。友達が大切にしている一匹の犬を確保する為に。
程なくしてお化け工場に到着した三人はすぐさまカリンの情報に従い、敷地内の探索を始めた。そして、程なくして、三人は“クレア”を確保する事に成功したのである。
「ふう、よかったぁ、これでぱてぃ、きっと喜ぶよ」
ようやく捕まえた友人の飼い犬の頭を撫ぜてやりながらサヤが言う。それに対しリュウもうんうんと言った感じで頷く。そして今回の功労者と言えるカリンはどうだと言わんばかりに胸を張り、心なしか偉そうである。まぁ、今回の件はカリンのお手柄と言ってもいいから二人の男の子もその点は納得していた。カリンの頭の中では一クレジットの報酬を両親に渡した時の両親が発してくれるであろう、お褒めの言葉で一杯だったのだ。
そして、三人がクレアを見つけた敷地内のもう利用されていない工場から家に帰ろうとしたとき、三人は建物の入り口に佇む幾人かの男達に気がついたのだ。揃いの黒いスーツに黒いサングラス、昔からの悪人の姿をこれでもかと言うくらい男達は再現していた。
「誰?」
そう問いかけるカリンの声に男たちのうち一人が嫌味な口調で答える。
「やれやれ、我々の捜索能力は子供以下と、言う事か、こんな子供に先を越されるとは、坊や達、大人しくその犬をこちらに引き渡してくれないかな」
その口調の最後の部分には脅しの響きがはっきりといって良いほど込められていた。
「いやよ、これはあたち達の友達の犬だもの、何処の誰か知らない人には渡せないわ」
「お嬢ちゃん、あまり我儘を言っていると、こわ〜い目や痛い目を見る事になるよ、我々はそこまで酷いサディストではないからね、大人しく犬を渡してくれると、我々の良心が痛まなくて助かるのだが」
カリンの断固とした口調に対し、男はいやらしい笑いを顔に貼り付けながら言う。その言葉に反応してカリンを守るようにサヤとリュウが一歩ずつカリンの前に出る。
「おじさん、耄碌してるんじゃないの、あたちはさっきいやよ、と、言ったはずよ、何度も同じ事言わせないでよ」
まるでかつての彼女の義母の如く見事な調子で啖呵を切るカリン。その様は凛々しく、まるで戦乙女の様だったと後々サヤは語った。そして、対する男はといえば、これまた見事に自分達が悪党であると言う事を示す物であった。
「聞き分けの無いガキどもだ、おい、少し世の中の厳しさって奴を教えてやれ」
そう言う男の言葉に後ろに控えていた三人の男達の内、身体の厳つい二人の男達が無言のまま前に出る。そしてボキボキと手を鳴らしながらゆっくりと三人の下へと歩み寄ってきた。
だけれども男達の予想に反し、カリンは全く怯えていなかった。自分を守るようにして前に立つ二人の小さな騎士たちを信じていたから。そしてその二人の動きは男達が予想していたよりはるかに速かったのである。
まさに疾風の如き速さで二人はそれぞれ男達の前まで接近すると、それぞれ“力”をこめ強化した掌底打で男達の鳩尾を強く打つ。その威力は凄まじく二人の鍛えられた男達が成す術も無く吹き飛び壁に叩きつけられ意識を失うほどだった。それは幼少時から望まぬまま戦闘機械として育てられた二人だからこそ出来たこと。その事を忌むべき事だと二人は思っているけれど、自分達にとって大切な一人の女の子を守る為だったら、二人にはちっとも苦にはならなかった。
「なっ」
あまりの事に言葉を失う前に立つ男、その背後からゆっくりと先ほどは動く事の無かった男が前に出た。
「ははは、なかなかの力を持ったACだ、小僧ども一体何処の施設から脱走した、それだけの力にそれだけの動き、連邦も企業も黙っちゃいないだろう、まぁいいか、どっちにしろお前達は俺によってばらされるんだから」
言って、どこか狂気じみた笑みを浮かべ男は笑った。
「おい待て、カーン、この小僧どもがACなら商品としての価値が・・・・」
「遅いよ、もうスイッチが入っちまった肉を切り裂き血を見なければこの衝動は収まらない、それとも何か、あんたがその対象になってくれるかい」
言いながらカーンと呼ばれた男は腰のポケットから一振りナイフを取り出しぬいた。瞬間、響く微かなブンと言う音がそのナイフが高速振動ナイフである事を示していた。
「さや、わかってるな」
「うん、最初から全力で行く、かりんはもう少し下がっていて、本気で行かなきゃ、勝てない」
彼の言葉に頷きカリンがクレアと共に下がるのを確認した後、二人は再度、疾風の如く動いた。サヤは両手に光の剣を生み上方からカーンに対し切りかかる。彼と共にカーンに接近したリュウは両手に生み出した虚無の剣を下方からカーンに向け切り上げる。二人の攻撃がカーンを切り裂こうとしたその瞬間、二人の視界からカーンの姿が消えた。一瞬、戸惑う二人だったが、次の瞬間サヤは背後に得体の知れない何かを感じ身を伏せる。瞬間、先ほどまでサヤの頭が有った所をカーンの振るった高速振動ナイフが通り過ぎてゆく。
「はやい」
「よく気がついたな小僧」
言って、カーンは笑い続けざまにまさに神速と言っていい速度でナイフを振るう。刃がサヤを切り裂こうとしたその時、彼の足元に開いた虚数空間への門が彼を飲み込み彼の命を救う。そして、次の瞬間、サヤは少しカーンから距離をとっていたリュウの右脇にいた。ギリギリのところで自分の力を使いリュウがサヤを助けたのであった。
「ありがと、りゅう」
「うん、それにしてもなんて速さだ、どんな能力を使えばあんな事を」
少し離れた所に佇みニヤニヤ笑うカーンの姿を見つめながらリュウは言う。はじめて見るカテゴリーの使い方に戸惑いながら。
「どうした来ないのか、ならこちらから行くぞ」
声と共にカーンは二人の視界から消える、相手が超神速の動きで動いた事に気がついた二人は同時に自分達の周囲にフィールドを展開する。ギンと甲高い音をたてATフィールドに高速振動ナイフがぶつかる音が当たりに響く。
「なかなかのフィールド硬度だな、だが、これならどうだ」
声と共に紅い光が数条二人の展開したフィールドの表面を走る。次の瞬間、二人の展開したフィールドは侵食され切り裂かれ崩壊した。
「ナイフをフィールドで覆ったのか、なら、これなら」
フィールドが意味をなさなくなった事を知ったリュウは周囲に“力”で闇色の刃を生み出し放った。周囲に未だいるであろうカーンを切り裂くつもりで。
だが、カーンの声は思わぬ所から響いてきた。
「上だよ」
その声に咄嗟に反応した時は彼らのすぐ直上までカーンは紅い光をたたえたナイフをかざし迫っていた。咄嗟に生み出した光の剣でサヤはその一撃を辛くも受け止める。だけれども受け止められたのはその一撃だけ、続けざまに超神速で放たれた一撃は見事にサヤの右腕を切り裂いた。痛みで集中が途切れサヤの生み出す光の刃はその形を失う。次に放たれる一撃で彼の頚動脈が切り裂かれようとした時、割って入ったのはリュウの生み出す闇色の刃だった。
「こいつはやらせない」
怒声と共に繰り出される闇色の剣をカーンは軽くさばいてゆく。
「ほらほらほら、どうした甘い甘い、そんな一撃では俺は倒せないぞ」
笑いながら響くカーンの嘲笑に満ちた声。悔しさでリュウとサヤは言葉も出なかった。自分達の力では、この男にはかなわない。それは二人が大切に思う女の子に身の危険が迫る事を意味する。それがわかりながらどうする事もできそうにない自分達の力の無さが二人には悔しくてしかたが無かった。
だが三人に対する救いの手は意外な所から差し伸べられた。
「大の大人が子供相手に自分の力を威張ってどうするのよ」
声と共に赤い旋風がその場に舞い降りた、リュウとカーンの間に割って入るように赤みがかった金色の髪をなびかせながら彼女は舞い降りた。
「なんだ、貴様は」
楽しみを邪魔され怒るカーンに彼女は胸を張りながら言う。
「アタシはこの子達の母親よ、うちの子を可愛がってくれた礼はたっぷりとさせてもらうわよ」
彼女〜アスカ〜は言うが早いか両の腕に光の刃を生み出すと一気にカーンに向け切りかかる、その動きの一筋一筋は鋭く、カーンといえど先ほどのように余裕たっぷりにかわす事はできない。そして余裕を無くしたカーンは自らの能力を余すことなく駆使し戦う事を決意する。即ち、先ほどと同じく超神速の動きをはじめたのである。
「義母さん、気をつけてそいつは恐ろしく速い」
リュウの警告の叫びが終わらぬうちに超神速で動いたカーンがアスカの眼前に迫る、だが、アスカは慌てなかった。
「確かにあんたは速いわ、でもそれだけね」
「ほざけ」
怒声とともにカーンの刃が振り下ろされるより早く彼の体は半透明のクリスタル状の物に覆われていた。それはシンジがタブリスの鏡と呼ぶ、超硬質のATフィールドの結晶体。アスカはカーンが攻撃の為、目の前に現れた瞬間、鏡を生み出し彼をその内に幽閉したのであった。
「なっ、これは、貴様、何をした」
「連邦警察に引き渡すまでそこで大人しくしていてもらおうと思ってね、あんた程度の力では壊せない硬度だから足掻くだけ無駄よ」
言葉と共にアスカが手をかざすと鏡がその内側に閉じ込めた物もろともゆっくりと縮んでゆく。
「だせ、だせ、だせぇぇぇぇぇっぇぇぇ」
そんな声も最後は聞こえぬほど圧縮された鏡はゆっくりとアスカの手の内に収まった。
「さて、仕事終了っと、で、あんた達は何でこんな所にいるわけ」
言って振り返りアスカが問いを発するより早く三人の彼女の子供達は涙を流しながら一斉に彼女に抱きついてきたのであった。
「ちょ、あんた達、いきなりはちょっと、きゃああああ」
そんな三人の様子をここに至るまでの複雑な経緯を理解せぬ犬のクレアは尻尾を振りながらただ見つめていたのであった。
「で、結局、あの子達が取引の現場に居た訳はどう言う理由だったのさ」
先ほど自分で入れたホットのアールグレイを口にしながらシンジが問いを発する。彼の目の前の机に腰を下ろしながらアスカは小さく微笑むと言う。
「家の家計を助ける為に友達の犬を探していたんですって」
くすくすと小さく思い出し笑いをしながらアスカが言う。件の子供達はと言えば今は友人の所に探し物である犬を届けに言っているはずだ。
「なるほど、それが向こうのACが取引の連絡用に用意した犬だったって訳か」
「ええ、犬をコントロールしていた術者を見つけるのは簡単だったんだけど、アラエルとしての能力は一流の術者だったから、思考のブロックは完璧で取引現場は聞き出せなかったんだけどね、丁度よく派手に力が使われたから何事かと言ってみればあの子達がいたわけよ」
そこまで口にしてアスカは自分のカップに注がれたアールグレイを一口、口に含んだ。
「それにしても、あいつら、まさか犬探しにきた子供達のせいで自分達の取引が水泡に帰したとは夢にも思わないでしょうね」
掌の中にころがる幾つかのクリスタル状の物質、ATフィールドの結晶体“タブリスの鏡”を見つめながらアスカが言う。手の中にある“鏡”の内側にはスネイクがこの星に取引の為に送り込んだ要員が全て閉じ込められている。これを連邦警察の局員に引き渡せば、彼女とシンジが引き受けた仕事は終了である。
「でも、危ない所だったんだろう、相手はA級のカテゴリーサンダルフォン、下手をすれば殺されていたよ、まだあの子達に対AC戦の技術なんて教えてないからね」
先ほどと変わり、少し真剣な顔をしたシンジが言う。
「でも、サヤとリュウの二人がアンタのところに来たんでしょう、対AC戦の仕方を教わりに」
「君には叶わないな、全てお見通しかい、アスカ」
シンジの言葉にアスカはにこっと笑うと、こう言うのだった。
「そうよ、私はあの子達の親なんですからね」
そう言った彼女の笑顔はとても綺麗なものだとシンジは感じだったのだった。
これは遥か時の彼方の物語、遥か時の彼方の優しい時間の物語。
汎用人型決戦兵器も、セカンド、サードインパクトも今はもう遥かな過去の出来事となり。
今はただ、少年、少女の望んだ幸せだけが、そこにある。
あとがき
どうもお久しぶりです。久方ぶりの新作書下ろしです。
いやね、別に四ヶ月ほど物を書くのをさぼっていたわけじゃないんですよ、某CW成るゲームの自家製シナリオを製作したり、某所の連載の続き(ただいま完成率60パーセント)を書いたり、HDの中には書きかけの原稿が結構数あったりしますし。この作品だって一年くらいかけながらこつこつと書いた物ですし、まぁその割りに内容がたいしたこと無いと、いう突っ込みは勘弁してくださいね。
今回はEpisode Finalにも主役として登場する三人組が大活躍しておりますがいかがでしたでしょうか。作者としてはこの三人は結構好きなので読者の皆様にも気に入っていただけると嬉しいですね。
それでは次回作でお会いしましょう、ではでは〜