ベルウェブへ向かう途上、雪原の洞窟で、一行は一夜を過ごした。
洞窟の中は乾いていた。外界の冷気は夜更けと共に増していったが、焚火の炎が一行を寒さから守っていた。
打ち続く戦いの疲れから、誰もが泥のような眠りにある中、アルバートは幾度か目を覚ました。疲労が睡魔と手を組んで、彼を闇へと引きずり込もうとする一方で、身体に走る苦痛が眠りを阻害する。
彼は発熱を自覚した。全身が熱く、喉がからからだった。苦労して起きあがると、洞窟の壁で身体を支えながら、外へ出た。雪を口にし、渇きを癒すつもりだった。
吹雪は止んでいた。凍てついた静寂の下、大気が鋼のように肌を切る。洞窟の出口へ辿り着き、大岩の陰で、彼は崩れるように座り込んだ。堅く降り積もった雪を手に掻き取り、火照った額に押しつけた。
「傷が痛んで、眠れぬか」
音のなかったところへ、唐突に割り込んできた人声が、アルバートを驚かせた。声の主は、ぼんやりとした雪明かりの中、紅く光る瞳で彼を見下ろしていた。
「先刻の戦いで、貴公はあの有翼人の娘を庇い、左肩に魔法の直撃を受けた…」
硬く、抑揚のない声。
アルバートは黙ったまま、ゆっくりと指先で崩した雪塊を口に入れた。体熱で溶けたばかりの水が、渇いた喉を落ちていく。
「だが、痛むのは肩ではあるまい」
「お見通しですね…」
若い王は微かに笑った。
「確かに、先ほどの一撃で、背の傷がまた少し開きました。この傷はいかなる治療手当も受けつけない…完全に癒え、痕になることもない。あなたの魔力のなせる技ですか」
低く言い、アルバートは目を閉じた。片手が雪の上へ落ちる。冷気が急速に体温を奪っていく。火の側へ戻らねばと思うが、重い体が動かなかった。
「癒したいか、その傷を」
ロイドの声が、間近でした。いつの間にか、銀に縁取られた青白い顔が、アルバートの浅い呼吸に触れるところまで降りてきていた。無表情なその紅い瞳が、雪上に崩れた相手の心を淡々と読む。
「そうだ。旅はまだ先が長い。その身体では、いずれ足手まといになる」
アルバートは目を開いた。ロイドの瞳を真っ直ぐに捉え、
「そのようにして、人心を読むのですね。では、私の答えもあなたにはわかるでしょう」
そのまま、青灰色の視線は動かなかった。胸中深く押し込めてきた怒りの念が、若き王の言葉を支えていた。
「断ちがたき思いを、文字通り身に刻む、か」
ロイドの片手がアルバートのこめかみに伸びた。
「無駄なことを」
放り出された一言とともに、肌に触れてきた相手の指先の冷たさが、アルバートを打った。彼は身を震わせ、思わず顔を背けた。
「だが、貴公は以前と同じ貴公ではないはずだ。己を犠牲に供した、今はもう」
ロイドは相手の髪をたぐる。絹のように細かな金の筋が、指に絡んだ。
「真の怒りと憎しみ。そのいずれも、二度と心を離れることはない。後戻りはできぬ道だ」
普段は甲冑に隠されている襟元へ手を移す。それを、アルバートが身を起こし、振り払った。
「一体、私のなにを、あなたはそれほど憎むのです!」
そしてなぜ、あれほどまでして自分から憎しみを買おうとするのか。
すると、それには答えず、ロイドは相手の両肩を掴み、雪上へ押し倒した。背の傷に衝撃を受け、アルバートは身を捩り、呻いた。
「理想は犠牲を拒まぬ。だが、死が受容されるのは、それが圧倒的な力によってもたらされる時だけだ。貴公はその目で見たはずだ」
「あなたにとっての理想の世界がなんであるか、私は知らない…」
アルバートは渾身の力を込めて、ロイドの束縛を逃れようとした。
「しかし、どのようなものであろうと、私は…」
有翼人の腕力はアルバートを遙かに上回り、彼は両手を背で取られ、頭を雪上で押さえつけられた。氷のようなロイドの手指が、王の上衣を素早く開き、襟立てを一息に引き下ろした。
「死を許容することなど……」
雪明かりの中、その白い背筋が露わになった。背骨に先端がかかる大きな傷が、斜めに口を開き、鮮血が滲みだしていた。
「決して!」
その傷に、ロイドが触れた。苦痛に目を見開き、許し難い暴力の下で、首筋から胸元までをも屈辱で染め、若き王は唇を噛んだ。
「これは消えぬ」
冷えた声でそう言ったロイドの掌から、傷を包み込むように不確かな光が発せられた。光の下で、赤い腫れと出血が、急速に快復していった。
「私が死ぬまではな」
唐突な癒しの力にさらわれるように、アルバートは意識を失った。