『こころ』


 ボクは今、踏切の前に立っている。
心地よい警報のリズムと赤い電球の点滅に誘われるかのように、ボクは引き寄せられ
ていく夕闇に響く音はボクにはすべてを忘れさせてくれる希望に見たのかもしれない・・・
 
「・・・今年も駄目か」
掲示板のは“452”という数字はどこにも見あたらない。3回も見直したからやはり無いモノは無い。
亘の3回目の大學受験が終わった瞬間である。
父にはこれで駄目なら勘当だと言われていた。これでボクの居場所は完全に無くなったわけだ・・・
ボクの父は国家公務員、いわゆる“高級官僚”というやつである。
2人の兄も皆現役で一流大學へ入り、今では立派な医者と弁護士になっている。
ボクはそんなエリート家系の“落ちこぼれ”と言われる存在だ。
ボクには役者になるという夢があった。
舞台に立ち、大勢の人たちに笑いと感動を与えたい、それがボクの夢だった。
”あった”と言うことはそれも今では潰える寸前である。
父はそんな夢を許すはずもなく、ただ一流大學に入り一流会社にいれることが
父からの命令であり、絶対に果たすべき彼の使命であった。
彼は父に逆らえるほどの勇気や度胸は持ち合わせておらず、彼にとって絶対的な存在で
あり尊敬と共に畏怖の念がボクの心に深くしみ付いている
そんなボクの夢を、母だけはいつも優しく見守っていてくれていた。
高校の時演劇部に在籍できたのもすべて母の助けがあったからであり、家族の中で
ボクが唯一心を開ける人であった。母は本当の母ではなく、ボクが10歳のころ
突然現れた。そのころから出来の悪くて父に怒られていたボクを、母は優しく
なでてくれた。いつも泣いているボクを母は優しく包み込んでくれた・・・
そんな期待に応えられなかった父への恐怖といつもボクをかばってくれた母への申し
訳無い気持ちでボクの心は張り裂けんばかりの絶望と無力感が広がっていた。
 
 周りでは合格した人の笑顔や笑い声が響いている。
一刻も早くこの空間から抜け出したかったボクはふらついた足取りで大學を出た。
父に報告しなければいけない・・・なんて言おうか・・・
そんな思いが頭を駆けめぐる。
ふらふらと大學を出たボクはあてもなくただ町を彷徨い歩いた。家に電話する勇気も出ず
何もする気もおきない。このままどこか誰も知らない場所へ逃げたい・・・・
もう何時間歩いただろうかふと気づくと辺りはもう薄暗くなっていた。
小田急線の線路沿いを一人で歩いていた。辺りは人もおらず無性に孤独感がボクを襲う。
何時間も歩いているせいで、ボクの足はまるで棒のようである。
ふと近くで踏切の警報機が鳴った。
“このまま死ねば楽になれるんだろうな・・・誰にも束縛されず、干渉されず・・・”
この時ボクの心の中で何かが弾けた気がした。何か大事なモノが・・・
ふと気づくとボクは踏切の前にいた。踏切の音、赤い点滅、すべてボクを誰もいない自由の世界へ導いているような気がした。

「ねぇ、もしかして自殺するの?」不意に踏切の向こう側からの声にボクはどドキッとした。
顔を上げると女の子が一人こっちを見ている。ボクと同じくらいの年だろうか・・・
髪は長くどことなく母と面影が似ている。
「自殺するんでしょ?するな早く準備したら。電車もう来るよ。」
「う、うん。言われなくてもわかってるよ。」
止めてくれるんじゃないかと言う期待を裏切られててボクは少しガッカリした。
これでもう自殺するしか無くなったみたいだ。
「なんで自殺なんてするの?」彼女は言った。
「関係ないだろ!」
「別に私には関係ないけどね・・・ただまだ迷ってるみたいだから。ホントに死でも
良い の?後悔はしてないの?やり残した事はないの?」
「後悔?やり残したこと?」
ふとボクの頭に赤ん坊の姿が浮かんだ。
そういえば近いうちに母に赤ちゃんが誕生する。ボクの弟、妹になる赤ちゃんを死ぬ
前に見られないのが残念だ・・・
「ほら、あるじゃない。顔に“死にたくないって”書いてあるわよ。」
「え?」心を見透かされた?!
「やっぱりあるんだ。」彼女はくすっと笑った。
「それに貴方を心配している人もいるんでしょ?」
「心配してる人?ボクなんてどうせ落ちこぼれだよ。心配してる人なんて・・・・」
「絶対いる!少なくとも私は心配してる。」
「君が?なんで・・・全然関係ないのに・・・」
「家族だって絶対貴方のことを心配してる。」彼女はボクの言葉を遮って続けた。
「言っただろ。父や兄弟は落ちこぼれのボクなんか心配するはず無いよ。
 かえってボクみたいな汚点はいない方が良いんだ・・・」
「それはただの言い訳じゃない!貴方はうまくいかないと何でも人のせいにしてる。
 父さんや兄弟と比べて勝手に落ちこんで・・・そうやって失敗を正当化してる!」
ボクは頭の中を見透かされているような錯覚に襲われカーっとなった。言われたとおり
ボクは今までそうあって逃げてきたのかもしれない・・・
「君に何がわかる!ボクは今まで父の期待には応えられなかった。これからだって・・・
 父さん兄さんみたいににボクは頭も良くない、父さんみたいになれないんだよ。」
「そうよ。だって貴方は貴方でしょ?他の誰とも違う、貴方には貴方の人生があるん
だか ら!貴方も夢を持ってるんでしょ!こんな事で終わらせて良いの?」
ボクは何も反論できなかった。彼女の迫力に圧倒されたせいもあるが、すべてボクの
心の底に閉じこめていた思いを彼女はすべて言ってくれたのだ。
“そうだ、そんなの嫌だ!ボクはこんな所で死にたくない、やりたいことだっていっ
ぱい ある!!”今まで心の底に閉じこめてあった思いが今すべて解き放たれた気がした。
「そう、それで良いんだから♪もっと自分に素直にならなきゃ。」彼女は笑顔を見せた。
どうやらまた心のなかを読まれたようだ。ボクも思わず笑ってしまった。
「しっかりしてよね。お・・・・・」
「え?」
ボクの前を電車が通りすぎる。突風と轟音でボクは思わずたじろいだ。
電車が通り過ぎ踏切があいた。だが彼女の姿はもうどこにもなかった。
「今確かにお兄ちゃんって言ったよな?」

夜遅くボクは家路についた。
ボクの予想とは裏腹に、父や兄弟はボクの事えを一言も責めず、それどころか
ボクの事を心配して待っていてくれていた。
ボクは父に試験結果とボクの夢を素直に言った。
今まで父にこんなにはっきり意見を言える自分にボクは驚いた。
「好きにしろ。そのかわり絶対泣き言は言うなよ。夢は叶えるためにあるんだからな。」
思わず涙があふれ出た。今までの自分の思いをすべて否定してもいい。
ボクは家族の愛情に包まれて生きてきたんだ。
そう思うと涙が止まらなかった。こんなに泣いたのは何年ぶりだろう・・・
「そうだ、今日母さんに赤ちゃんが産まれたぞ。」
ボクはあわてて手で涙を拭った。いくら身内でも泣き顔見られるのは恥ずかしい。
「え?でもまだ先じゃなかったの?」
「なんだか早生まれらしい。医者の先生も驚いていたし。こんなに“こんなに予定日とずれるのは珍しい”だと。」
「もしかして女の子?」
「よくわかったな。母さん似の元気な女の子だぞ。おまえにも妹ができたわけだ。」
“・・・・まさかね”ボクはあの時の彼女を思い浮かべた。
「明日見に行ってみるか?」
「うん。」
母さんに色々報告しなきゃ。それとボクの命の恩人にもね・・・


あとがき

 最初はどういう題材にしようか悩んだけど、とりあえずはこんな形でまとまりました。
 恋愛系は経験ないから書けないし、ファンタジー系は長くなっちゃうし・・・
 ま、あんまし面白くないかもしれないですけど最後まで読んでくれた奇特な人が
 いたら、感想とか下さいね(笑)
  gzw01752@nifty.ne.jp  ’98 10/30      夢乃わたる 


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