第15話  宿屋にて(前編)

       
       ☆ 宿屋はベットが2つあるわりといい部屋でした。
       ☆ しかし、ヤガパールは部屋に入るなり、リールを床にたたきつけました。
       ☆
ヤガパール☆ 「おまえはここで寝るんだよ!奴隷なんだからな!!」
   リール☆ 「はい・・・(床。冷たくはないけど、変なにおいがする・・・いつも牢屋で寝てるから慣れてるはずなのに・・・
       ☆  なんか心細い・・・どうして)」
       ☆
       ☆ リールは独特なにおいのするじゅうたんが軽くしかれている床にあおむけに寝転がりました。
       ☆ そんなに高くない天井をじっとみつめているとさっきの町の人々の言葉や行動が思い出されました。
       ☆ すーっとひとりでに涙が顔をつたりました。
       ☆ リールはじゅうたんのにおいを鼻に、雨音を耳に感じながら、浅い眠りにつきました。


       ☆ 翌朝、目がさめると、部屋には誰もおらず、すこし開いたドアの向こうから話し声が聞こえてきました。
       ☆ リールはゆっくり体を起こしました。
       ☆ すると、まるで体とじゅうたんの擦れ合うわずかな音を聞いたかのようにヤガパールが部屋に入ってきました。
       ☆ 
ヤガパール☆ 「起きたか。ほれ!」
       ☆
       ☆ ヤガパールがパンを床になげました。
       ☆
ヤガパール☆ 「オレはこれからちょっと用事がある。宿の主人におまえのことは話してあるから、それを食ったら、仕事を手伝いに
       ☆  いけ。」
   リール☆ 「はい。」
ヤガパール☆ 「あ、主人には鞭を渡しておいたからな。オレがいないからって気を抜くんじゃないぞ!」
       ☆
       ☆ そう言うと、ヤガパールは部屋を出ていこうとしました、が、すぐに振り返ると戻ってきました。
       ☆ そして、ちょっとびっくりして不思議そうな顔でヤガパールをみつめているリールをいきなり後腕に縛りました。
       ☆
ヤガパール☆ 「口だけで食ってみな!」
   リール☆ 「・ ・ ・   ・ ・ ・」
ヤガパール☆ 「なんだ、食いたくないのか?久しぶりの食事だろ?」
   リール☆ 「・ ・ ・」
ヤガパール☆ 「ほら、早く食えよ!」       
       ☆ 
       ☆ ヤガパールがリールの顔をけとばしました。
       ☆ リールはベットにぶつかって床に倒れました。
       ☆
ヤガパール☆ 「食えよ。」
       ☆
       ☆ ヤガパールはリールの耳元に顔を近づけ、太い声でそういいました。
       ☆ リールは決心したのか、体をくねらせてパンに口を近づけました。
       ☆ ヤガパールはその様子を楽しそうに見つめています。
       ☆ リールはパンを一口かじりました。
       ☆ リールの起きたばかりの喉は久しぶりの食べ物さえもがさがさして通せません。
       ☆
ヤガパール☆ 「どうだ?うまいか?」
       ☆
       ☆ リールはまだパンを飲み込めず、口にいれたままうなづきました。
       ☆ その途端、リールのこめかみにけりがとんできました。
       ☆
ヤガパール☆ 「まだ、食ってねえくせに適当なこと言うんじゃねえよ!」
       ☆
       ☆ ふたたびベットにぶつかったリールの口からパンがこぼれおちました。
       ☆ ヤガパールは少し唾液で濡れてほこりのついたパンを無言でリールの口に押し込みました。
       ☆
ヤガパール☆ 「うまいか?」
       ☆
       ☆ リールは喉の奥からできるだけ唾を集め、パンを飲み込みました。
       ☆ が、飲んだと同時にむせてしまいました。
       ☆
ヤガパール☆ 「たく、どうしようもねえやつだなぁ・・・ほれ」
       ☆
       ☆ ヤガパールは床にあるパンをつかむと半分にわりその切れ目をリールの口の前に持っていきました。
       ☆ ところが、どうしたことかリールはパンを凝視したまま、動きません。
       ☆
ヤガパール☆ 「ほら、食っていいんだぞ。(こいつ、どうしたんだ?せっかく俺がうまいところを食わせてやろうとしてんのに。)」
       ☆
       ☆ リールはパンを一口かじりました。と、目を見開き、次の瞬間、ヤガパールのもつパンにかぶりつき、
       ☆ がつがつとすごいはやさで食べきってしまいました。
       ☆
ヤガパール☆ 「おい、どうしたんだよ・・・」
       ☆
       ☆ ヤガパールのその声にリールは我にかえりました。
       ☆
   リール☆ (あれ・・・わたし、どうしたんだろ・・・なんでわたし、こんな・・・あっ!奴隷商人様におこられちゃう。)
ヤガパール☆ 「そんなにおいしかったか?」
   リール☆ 「ごめんなさい・・・あの、とろってして、べろの先がつつみこまれるような感じがして、ぴりってなって
       ☆  そしたら体のまん中がすっーてして気持ちいいような感覚がして・・・だから、つい・・・
       ☆  ごめんなさい。」
ヤガパール☆ 「(まさか、こいつ・・・) ふー、あのなあ、そういうのは“甘い”っていうんだぞ。」
   リール☆ 「!今のが“甘い”ってことですか?学校で誰か言ってたのを聞いたことはあるんですけど、何かなって。
       ☆  わかんなくて・・・ごめんなさい。」
       ☆
       ☆ 困惑して何度も謝るリールをヤガパールは驚きとあきれがいりまじった表情でみつめいました。
       ☆
ヤガパール☆ (こいつ、俺が思っている以上に普通じゃない生活強いられてたんだな。)
       ☆
       ☆ ヤガパールはリールの手の縄をほどきました。
       ☆ 困惑していて力が入っていないリールの体は左右にゆすぶられました。
       ☆
ヤガパール☆ 「謝らなくていいから、とりあえず、しごとを手伝いにいけ。」
   リール☆ 「・・・はい」


       ☆ リールは部屋を出ると階段を下りて、宿屋の主人を探して、1階をうろうろしました。
       ☆ 行き交うほかの客たちの視線がリールにささります。
       ☆ リールは下をむきながら、長い廊下の端を歩いていきました。
       ☆
   リール☆ (奴隷商人様、怒ってるよね・・・どうしよう・・・わたし、あんなことしちゃって・・・)
       ☆
       ☆ リールは曲がっても曲がっても続く廊下を歩き続けました。
       ☆
   リール☆ (ああいうの・・・『あまい』っていうんだ・・・おいしかったなあ・・・)
       ☆
       ☆ ドン!
       ☆
       ☆ 「どこみて歩いてんだ!?」 
       ☆
       ☆ リールが驚いて、顔をあげると目の前に紺色の前かけをしたガタイのいい男が立っていました。
       ☆
   リール☆ 「ごめんなさい・・・あ!あの・・・宿屋のご主人さんですか?」
 宿屋主人☆ 「そうだよ。ずいぶんと遅いおつきだねえ、お嬢さん。」
       ☆
       ☆ 宿屋の主人は恐い顔でリールを見下ろしました。
       ☆ そしておびえているリールの首を後ろからつかんで持ち上げました。
       ☆ リールは目をつぶり、歯をくいしばってその痛みに耐えようとしました。
       ☆ 宙にういた足が自然にばたばたと暴れます。
       ☆ 宿屋の主人はそんなリールをみて「ふん」と鼻でわらいました。
       ☆
 宿屋主人☆ 「とりあえず、来な」
       ☆
       ☆ そういうと、宿屋の主人はリールを、首をつかんだまま、控え室に運んでいきました。


       ☆ サッ サッ ・・・
       ☆
ヤガパール☆ 「まったく、しようのないやつだ・・・なんでオレが掃除してんだよ・・・」
       ☆
       ☆ ヤガパールは部屋でさっきリールが散らかしたパンくずをはいていました。
       ☆
ヤガパール☆ 「にしても、あいつ“あまい”ってなんだか知らなかったのか。甘いもの食ったことなかったんだな。
       ☆  いったいいままで何食ってきたんだ。」
       ☆
       ☆ ヤガパールは馴れないてつきでほうきを床にはわせました。
       ☆
ヤガパール☆ 「でもパンは食べたことあるみたいだったな。」
       ☆
       ☆ もうはくというよりパンくずをほとんどひきずっています。
       ☆
ヤガパール☆ 「あいつの育ての親はあいつにまったく女の子らしい暮らしさせなかったんだな。
       ☆  あのくらいの年で甘いもの食ったことないやつなんてほかにいないぞ。駄菓子くらい与えてやればいいものを。」
       ☆
       ☆ ほうき自体馴れないことにくわえ、床はじゅうたんになっているのでなかなかパンくずは1ヶ所に集まりません。
       ☆
ヤガパール☆ 「ふー、ったく掃除機くらいおいとけよなあ・・・」
       ☆
       ☆ ヤガパールはほうきを投げ出すと、ベットにどかっと腰をおろしました。
       ☆
ヤガパール☆ 「オレ、ここ何年も奴隷にすべてまかせっきりで何もしてねーしな・・・。」
       ☆
       ☆ ヤガパールはため息まじりにつぶやき、天井を見上げました。
       ☆
ヤガパール☆ 「ひょっとして、オレ一人じゃ何もできないんじゃ・・・」
       ☆
       ☆ そして今度は床をみつめるとおもむろにパンくずを拾い上げました。
       ☆
ヤガパール☆ 「やっぱし、あいつに掃除させるか。」


       ☆ リールは控え室の床に正座させられていました。
       ☆ 控え室は客室とはちがって、板ばりなので冷たさでだんだん足の感覚が麻痺してきます。
       ☆
 宿屋主人☆ 「遅刻した罰だよ。といっても、おまえさんみたいな奴隷にはこんなことなんでもないかもしれないがな。」
   リール☆ (そんなことない・・・正座したこと少ないから、もう足しびれてきてる。)
 宿屋主人☆ 「なんかいいたげだな。あ、そうだ、オレはモガスだ。覚えとけ。
       ☆  それで、確かおまえは・・・リールだったか?」
   リール☆ 「はい、モガス様。」
   モガス☆ 「『さん』でいい。ここは宿だからな。あからさまな奴隷ってのは不釣合いなんだよ。」
   リール☆ (わたし、奴隷にされて、働くことしかできないのに、こういうお仕事するとこでもそういう目でみられるんだ・・・)
   モガス☆ 「ああ、それから裸だと目立つからこれを着ろよ。」
       ☆
       ☆ モガスは紙袋から小さな赤いハッピをとりだして、言いました。
       ☆
   モガス☆ 「ちょっとおまえさんには大きいかもしれないが全身隠せるからいいだろ。」
       ☆
       ☆ リールは目を丸くしてハッピをみつめていました。
       ☆
   リール☆ (これ・・・ボタンとかないから、着ても見えちゃうよね・・・)
   モガス☆ 「さて、そろそろ仕事するぞ。ほら、もう立っていいぞ。これ、着せてやるから。」
   リール☆ 「はい・・・ あっ!」
       ☆
       ☆ リールは床に手をついて立ち上がろうとしましたが、バランスをくずして床に倒れこんでしまいました。
       ☆
   モガス☆ 「どした?」
   リール☆ 「ごめんなさい、足がジワーってして、ちくちくして」
   モガス☆ 「そうか、おまえあんまり正座したことなかったんだな。」
       ☆
       ☆ モガスはにやりとして、床に倒れているリールの足の裏を軽くけりました。
       ☆
   リール☆ 「うっ・・・」
   モガス☆ 「そうか、ジワジワするか、ほれ」
       ☆
       ☆ モガスはリールの足をもう一蹴りしました。
       ☆
   リール☆ 「うっ・・・」
       ☆
       ☆ モガスは面白がって、リールの足を何回も蹴りました。蹴られるたびにリールは小さな呻き声をあげます。
       ☆
   モガス☆ 「かわいいもんだな。あいつが奴隷にしたいわけもわかる。」
   リール☆ 「奴隷商人様のこと知ってるんですか?」
   モガス☆ 「ああ、少しな。奴隷商人か・・・あいつそんな呼ばせ方してんのか。」
   リール☆ 「変・・・ですか?」
   モガス☆ 「おまえ、変だと思わないのか?」
   リール☆ 「奴隷商人様に、そう呼ぶように言われたのでそう呼んでいるだけですから。」
   モガス☆ 「ふ〜ん。(こりゃ、あいつもあいつだな。)ほら、立てよ、着せられないだろ。」
   リール☆ 「あ、はい。」
       ☆
       ☆ リールはまだしびれのとれない足をうごかしてゆっくり立ち上がりました。
       ☆ モガスはリールの後ろにまわるとハッピを着せました。
       ☆
   モガス☆ 「ここに、手を通して。そう」
       ☆
       ☆ モガスは紙袋から赤いひもをだしました。リールはそれをみて反射的に両手を前に出しました。
       ☆
   モガス☆ 「なにやってんだよ。そんなとこはしばらないよ。手は、そうだなぁ・・・バンザイしてろ。」
       ☆
       ☆ リールがいわれたとおり両手をあげると、モガスはハッピをきちんと前で重ね合わせてひもを腰のとこに
       ☆ ちょうちょむすびにしました。
       ☆
   モガス☆ 「おし!ひも、きつくないか?」
   リール☆ 「はい。」
   モガス☆ 「じゃ、仕事に行くぞ。ほら、いつまで手あげてんだよ。」
   リール☆ 「あっ。」
   モガス☆ 「しっかりしてくれよ、お嬢さん。」
       ☆
       ☆ モガスはそういうと控え室のドアをあけました。




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