そして貴方は去っていくんですね。

○●○卒業○●○

「好きな季節は?」
ときかれれば、迷ってしまう。

でも、「嫌いな季節は?」
と聞かれれば、
ためらわずにいえる

俺、笠井竹巳は、春が一番嫌いです。

一番来て欲しくない季節

あったかくなって、動物たちも眠りから覚めて
あの、
二人でみた桜も咲き誇る頃

貴方は俺の前から消えていってしまうんです。


私立武蔵野森学園中等部。
サッカーの名門校として名をはせている俺の学校。

いつもはサッカー部の練習の声で煩いけれど
今日は静か。

もう、このグラウンドで貴方の声を聞くことはできない。

今は、みんな
中等部の生徒は体育館に集まっている。

そう、今日は武蔵野森中等部の卒業式。
あの人の卒業式。

憧れてて
カッコよくて
ヘタレで
それとなく優しくて
誰よりも好きな人

その人が今、ステージに立っている。
俺はただひたすら
視線をステージの上で胸に赤い花をつけている貴方に向けて、
耳は貴方の言葉を一言でも聞き逃さないようにしっかりと立てて・・・。


「―――答辞、卒業生代表、3年B組 三上 亮」
「はい」

声を聴いた瞬間、モノクロの世界がカラーになった。
おっと、気を抜いちゃいけない。
俺だって亮さんと同じステージの上にいるんだから。

亮さんの横の黒塗りのグランドピアノ。
卒業式のピアノを弾く人を在校生から探しているときに、俺は二つ返事で返した。

沢山曲があって、泣きそうに成ったけど・・・。

武蔵野森は、なぜか卒業式はすべてピアノ演奏だ。
なんか趣とかどうとか言っていたけど、
覚える曲が沢山あって、やる人がいないのも事実だ。
入退場の時と国歌および校歌。
お約束な卒業式っぽい曲が2,3曲。
そして、これ。
在校生送辞、卒業生答辞の時のBGM
なんか、曲は俺が選んで良いらしくて、いろいろとなやんだ。

卒業式に歌う曲は、音楽教師に任せつつ、俺は入退場と送辞と答辞の曲を選ぶ
結局、バッハのカンタータ140番「目覚めよと呼ぶ声有り」
チャイコフスキーの四季の3月、ひばりの歌、
ラベルの亡き王女の為のヴァワーヌ
ショパンの別れの曲にしておいた。

誠二は分けわからない顔してたけど、
音楽教師は素敵だと言ってくれた。

今から弾くのは亡き王女の為のヴァワーヌ。
これを言ったとき、亮さん怒ってたけど・・・
だれも、気づきませんて。
気にしないでくださいね、あ、こっち見てる。

俺が出だしを弾いてから亮さんが答辞を言う仕組み。
一回、通しで合わせてみたことがある。
俺が音楽室で練習してたら、イキナリ答辞言い始めるんだもん。
びっくりした。
でも、アレを聞いたとき、不覚にも泣いた。
絶対みんなも泣くよ・・・



「――梅の香りが舞い、桜も誇らしく咲き誇っている春うららかな今日この頃。
自分たち3年は、この武蔵野森学園中等部という学び舎から、また新しい世界へと飛び立ちます――――」



時の流れとは早いもので、あの頃の春から、3年が過ぎました。
中庭に咲く、華麗なそして、夢の中を思わせるような桜吹雪を見るのももう、3回目。
3回という数字は恐ろしく少ないというのに、
それ以上に充実していた学園生活の中ではそれを考えることすらできませんでした。
3,2,1、と近づいてきているタイムリミットに気づいたのは、ついこの間でした。

文化祭、体育祭、インターハイ、球技大会に合唱コンクール。
一瞬一瞬が瞬くまに過ぎていて、
いつのまにか自分たちの後ろには後輩がいて
自分たちの歩んだ道を歩いている。
そして、前を見れば中学生活の終わりをつげる
切り立った崖。

卒業という崖が怖くて、恐ろしくて、
今の楽しい時間が崩れていくのかと思いました。

けれども、それは違いました。
崩れていくのではありません。
作り上げたものを遺していくのです。
そして、また新しい場所へ
新しい自分を創り上げにいくのです。

もちろん、ここでの経験と思い出を生かし、よりよいものを。

そして自分たちは、卒業という崖を飛び立つ鳥となるのです。

いつか自分たちは、今までの経験と思い出をつめた、
大きな何かを作りにいきたいと思います。
「夢」という名の、大きなものを創り上げにいきたいと思います。

そう、この武蔵野森からも見えるような、大きな、大きな「夢」を

この場所を巣立って、何かを成し遂げに行くのなら
この場所から、見えなければ意味がないと思います。

ここから見える「夢」を作ると、3回目の桜吹雪に誓おうかと思います。


そして最後に、自分の好きな本の文章を紹介いたします。


―嫌な事80%。嬉しいこと12%、幸せだったこと8%。
私の日記帳、
3年前の日付のページに無造作に書かれた円グラフ。
思えば嫌な事だらけな人生だったのかもしれない。
けれども、こうやって出て行くときに限って
なんで哀愁が沸くのか。
私は物には執着しなかったはずだ。
何でだろうと思いながら、日記帳のページをぺらり。

大好きな人ができて
大切な人ができて

それでも、ここから出でいかねばならないから。
一応私も人の子らしい。
悲しいという思いはあるようだ。

でも、
君には心配をかけさせたくないよ。
笑って出て行ってあげよう。

君を幸せにできる道へと歩んでいくのだから、
その門出にふさわしいのは、やっぱり笑顔でしょ。

桜のなかで、笑って右手あげて冗談めかして「いってきます。」
先5年くらい「ただいま」を言う気はない。
言って欲しいのなら、私の後を見失わない程度に頑張ってついてこい。

だから
桜の中で君に向かって笑って右手上げて冗談めかして敬礼して「いってきます」

あぁ、そうだ、円グラフは書き直しておこう

幸せなこと80%。嬉しいこと12%、楽しいこと8%の計100%―――

自分も、円グラフの%をきっちりと書き直して、
桜の中で笑って右手上げて冗談めかして「いってきます」を言いたいと思います。








みんなやっぱり泣いてた。
かくいう俺も、目がかすんで、楽譜がよくみえない。
まあ、今はもう弾くことないからいいけど・・・

2度目なんだけどなぁ・・・

「卒業生代表、三上亮」
亮さんは、礼をしてステージから降りた。
みんなが泣いてた。
根岸先輩も、
近藤先輩も、
渋沢先輩や、
あの中西先輩も瞳がうるんでるようだった。
遠目でよく分からなかったけど、
誠二や辰巳も泣いてるみたいだった。

そんななかで、
それこそあの中庭の桜のように
亮さんはしっかりと立っていて、
周りは全部セピア色で、
そこだけ、カラー写真のようだった。
その背中は10番らしい頼りがいのある背中で、

大きくて、暖かくて、心地良い背中。

ああ、くやしいな、カッコいいや




それが、どんどん離れていく。


だから、春は嫌いなんだ。

貴方が消えていくから。



亮さん、俺には1年なんて長すぎますょ・・・・




ずっと冬がよかった。
寒い寒いっていいながら、二人で抱き合って暖をとっていたかったんだ・・・・




END
Hikari Suzukane