アニメを作る @


 先日、ようやく新海誠さんの「ほしのこえ」を見る事ができました。みんなが絶賛している通り、素晴らしい出来だと感心しました。ただ、何人かの方の批評「パーソナルアニメ」という位置づけは、すでに伊勢田作品にドップリ漬かっている僕としては興味の対象ではなく、1カット毎のクオリティの緻密さ、ガイナックス張りの演出、そして個人にしては膨大な費用のかけ方に驚きました。この3つは僕には真似のできないところです。
 「ほしのこえ」を目にして、改めて今自分が作ろうとしているものが一体何なのか、整理してみたくなりました。

 僕がアニメを作ろうと思ったのは、自分が面白いと思うアニメが見たい、だけど商業アニメで僕の心を完全に満たしてくれる作品はほぼ永遠に現れないだろうと悟った頃からです。
もちろん、そういった作品はあります。TVなら「超電磁マシーン ボルテスX」、映画なら「ヘルメス〜愛は風の如く」。このHPを訪れた方なら、作品名はご存知でしょう。
 僕にとっての面白い作品とは何か。HPにも書いてますが。
・地に足のついた話
・真面目さ(単純な「熱さ」ではない)
・要素すべての化学反応
・テーマに対する「詰め」の度合い
・わかりやすさ

最後の「わかりやすさ」だけがHPになかった要素ですが、とても重要だと思います。どんなに含蓄のある優れた作品でも、視聴者に理解されなければ支持もされない。たとえ内容がないものであっても、わかりやすければ支持を得ることはできる。

そして上記の要素を満たしてはじめて、作品に「魂」が宿るのです。(僕はそう思ってます)
いわゆる「アツさ」ってやつです。個性とか魅力とかも、これですね。

今のアニメ作品にないのはこれです。
ただ、ある作品もあるので、全てがないのではありません。
昔はそういう作品を捜しながら見るだけの時間も気力もあったのですが、今の僕にはそれがなくなってしまった。それだけのことかもしれません。

「面白いものがないというなら、自分で作ってみろよ」
「面白いものがないと言うけど、じゃあどんなのが面白いんだ?」
この2つがずっと僕の心を支配していて、それは既存のアニメ作品では解決できなかった。
ただ、最近の映画やドラマ、洋・邦楽にはその答えがあったんです。悲しいくらいいっぱい。
それは何か?
「現実と虚構とのシンクロ」が化学反応を起こし、感動につながるという、ごく当然の事実でした。
それをアニメで表現するのがなぜか少なかった。アニメという媒体のもつ特徴が、それを描くことを拒絶してきた。
そんなもの現実でやればいいじゃん。
僕もそう思うんですけど、そういう部分がどこかにないと、画に説得力がなくなってしまう。平板、というか。

ああ、なるほど。富野監督が言っていたのはこういうことか。最近ようやく理解できてきたというか。
ザンボットやガンダム、イデオンのすごいところはまさにその部分。
それを素直に表現してやればいい。
まぁこれに関してはまた別項立てて話します。

ともかく、こういった事をダラダラと引きずりながら、自分なりのアニメの形を模索した結果、「ヴァルドーラ」という作品の制作が浮上してきました。
これも長い道のり(しかもまだ途中)でしたが、これも少しずつ話していきます。

今回はこんなところで。