おさげにGパン姿のジュリアがやってきたのは、太陽がくっきりと暗く濃い影をつくる真昼どきであった。
草木もはえぬ黄色い荒野に、古びた石造りの遺跡が浮かぶようにぽっかりと建っている。
ここは、彼女の一族の祖先の霊が眠っているとされている聖地。
しかし彼女にとっては、ここは忌まわしくもありまたなつかしくもある場所だった。
四年前の惨劇の地。そして彼女が捨てられていた、いわば故郷の地。
入り口に立ったとき、彼女は奥の方で座禅を組んでいるらしい人影をみた。
相手の方もすぐ気付いたらしい。薄目をあけてこっちをにらんでくる。
「あいかわらずイヤなにおいがプンプンするな。血とカビのにおい。息がつまりそうだ。アンタもそう思わないか?」
「・・何をしにきた、小娘。」
ジュリアは三島平八とじかに話すのははじめてだったが、この男の、人を威圧する一種異様ともいえるオ−ラはたしかに噂どおりのものだった。
「・・対戦の申し込み。」
「おまえが、か?」
さすがに無謀なことをいったかな、と思ってジュリアは苦笑いした。平八が、ゆっくりと立ち上がる。
「仁ごときに負けたおまえが、このワシに喧嘩を挑むとはいい度胸よの。」
確かにト−ナメント本戦においては、ジュリアは平八の孫、仁に僅差で破れていた。
「そんなこと関係ないよ。昨日負けても今日また戦えばいいもの。・・母さんを返せ! この鬼がっ!」
平八の顔面めがけて、いきなりジュリアの風を斬るような、するどい右キックがとんだ。急な攻撃に平八が一瞬ひるむ。
「くっ・・。 効かぬわ!」
しかし平八は、ジュリアの蹴り足をとって逆に蹴り返した。腹に平八のキックをまともに受けて、ジュリアはその衝撃で遺跡の入り口の方まで跳ねとばされる。
「ぐわぅぅ・・。」
そのまま体を貫かれるのではないかというほどの痛みに、ジュリアはうめいた。苦いような酸っぱいような液が、喉の奥にまでこみあげてきた。
「フン・・。だが、さすがはあのミシェ−ルの娘よ。いい蹴りだ。まったく、お前といい、ミシェ−ルといい、なぜそこまでしてワシにたてつくのだ?」
「アンタにほめられても嬉しくないね。」
ジュリアは、手で腹を押さえながら、よろよろと立ち上がった。「『オウガ』を復活させて・・アタシ達の先祖がずっとずっと守ってきた『財宝』を踏みにじって・・邪魔な母さんをオーガに殺させて・・。三島平八、お前は必ず倒す!」
腹の痛みをこらえ、拳を握りしめる。その目は、獲物を喰らおうとする獣のようにギラギラと燃えている。
四年前、三島財閥の私設部隊「鉄拳衆」がこの遺跡で伝説の「闘神」を発掘し、そのまま部隊は「闘神」によって全滅した。
「アタシ達の先祖が怖れ、敬い、封じていたものをお前達はむりやりこじ開けた! そのせいで仁の母さんが、たくさんの人が殺された!」
ジュリアは平八にむかって猛然と走りだした。そしてそのまま、平八のみぞおちにパンチをたたき込む。が、あまりにも見え透いた攻撃はあっさりとガ−ドされた。けれどもそれがジュリアの罠だった。ジュリアは素早く、逃げるどころか逆に平八のふところに飛びこむような形で肘を突き出し踏み込んだ。拳よりも破壊力のある肘が、平八の腹にめりこむ。
「ぬぅぅ! こ、小娘がっ!」
この攻撃は平八に、肉体的にというよりも精神的にダメ−ジを与えた。なにより、ジュリアが自分のことを怖れもせずに立ち向かってくる、それは鉄拳王のプライドを大きく傷つけた。
うわっ! 次の瞬間、ジュリアはガッと後頭部をつかまれた。超ぱちき。平八は大きく振りかぶって頭突きをくらわそうとした。もしこれがきまっていれば、ジュリアなど一撃で気絶しただろう。しかしジュリアは両手で平八の手首をひねり、ひるんだところをのがさずに投げ抜けた。
「こんなものか、ミシマ!。」
だが、今度はジュリアが甘かった。平八もすかさず、今度は瓦を割るような動作で拳を振り下ろす。 やばいっ! ジュリアは辛うじて、腕で豪拳を受けとめた。だが、あまりにも重い拳の衝撃で体がぐらりとよろめく。そのスキを平八は逃しはしなかった。思いきり踏み込んで右拳をジュリアに叩きつけた。
「ぐわはぁっ!!」
腹から押し出されるような感じで、ジュリアは血を吐いた。空中に浮きあがる。激痛。さらに地面に倒れる瞬間、受け身もとれずに全身をしたたかに打った。切れる額。顔に血の筋が、いく筋もできた。けれどもジュリアは、その勢いで横転するとまた立ち上がった。流れる血を気にもせず、地面にしたたり落ちる血を見ようともせずに。
「勝負あった。もうよせ、死ぬぞ!。」
平八の目からみても、ジュリアはもう限界であった。出血多量。だが平八は、正直驚いていた。なぜ立ち上がれる!? なぜこれほどまでにまっすぐに立ち向かう!?「・・ふざけるな。」
ジュリアは舌打ちして、ほとんどが血のつばをペッと吐いた。そして平八を、にがにがしげに見据えた。「ジンは・・かわいそうだな。アタシがアンタのことを憎い、ぶちのめしてやりたい、って言ったら、俺はお祖父さんを尊敬してる、信頼してるって言ってた。おかげでこっちはそれ以上、何も言えなかった。だってそうだろ?アンタの父親を無残に殺したのは、母親を殺したのはそのじいさんなんだよ、なんて言えるわけないじゃないか!!」
「!!」
平八の顔色が、見る見るうちに変わっていくのがジュリアにはわかった。
「母さんからみんな聞いたよ。アンタは人を利用して、そしてみんな殺すんだ! そうやってジンも殺すんだ! ・・哀れな爺さん、お前とジンは戦わせないぞ! ジンを殺させるものかっ! もう誰も殺させるものかっ!」
「黙れぇっ!!」
平八の怒号を合図に、二人は互いをめがけて走りだした。
「うおおおぉぉっ!」
再び、平八の豪拳。しかしジュリアはここで、思いもかけない行動にでた。自分の手をまるでびんたをするような感じで、平八の目の前でただ払ったのである。手のひらにべったりとついていたのは、血。それが目に入って、平八は思わず目をつぶる。ジュリアの、嵐のような拳打が飛んだ。通天砲。しなるムチのようなキックは、平八の顔面を確実にとらえる。下から突き上げるアッパ−、斬撃。
「ちぃっ!」
平八が反撃に転じる。だがジュリアはその攻撃をかいくぐって、渾身の力をこめた、とどめの拳を放った。
「哈噫−−っ呀!!」
平八の体が、宙を舞った。
不気味なほどに紫色をした夕日を背に受けて、風間仁は荒野を急いでいた。息が切れるほど足早に、しかし時折、空をにらんで。
少し前から吹きつけてくる黒い風を彼は体全体で感じていた。この感じを彼は知っていた。片時も忘れたことはない。「闘神」。奴が、来る。
だが祖父が決勝会場に指定していた遺跡に着いたとき、そこの入口に座っていたジュリアを見て驚いた。体中血塗れ。重傷だということは一目でわかる。しかしその顔はなぜか穏やかだった。
「やあ、ジン。・・勝ったよ。」
「勝ったって・・お祖父さんにか!?」
仁は複雑な表情をした。ジュリアが平八を恨んでいることは知っていた。けれどそれは・・誤解なのに。
「それで、お祖父さんは?」
「大丈夫、この奥でのびてるだけだ。死ぬわけない、あんな化け物。」
「・・ジュリア、今は時間がない。『闘神』がもうすぐここに来る。君はどこかに隠れているんだ。」
ジュリアはニヤリと笑った。
「へぇ。こんな荒野のどこに? 遅かれ早かれ、奴にはすぐにわかるよ。人間じゃないもの。・・遺跡のなかへ行こう。そこで迎え撃つんだ。」
「そのケガでまだ戦う気なのか、君は・・。」
「ああ。でもピンチになったらアンタ、アタシを守ってね。」
「・・わかった。行こう。」
仁は黙ってジュリアに肩を貸した。そして仁の肩につかまりながら、ジュリアは、二人は遺跡の奥へと歩きだした。
これでいいのかな。ジュリアは思った。闘神と戦って、自分が生きて帰れる望みはまったくない。けれどもこの、人の良い友達が、祖父と殺しあいをすることはまぬがれたようである。
これでよかったのかな、母さん・・。
ジュリアはふと、後ろを振り返った。何やら視線のようなものを感じたのである。
すべての元凶がそこにいた。
「もう誰も、殺させるものか・・。」
報いはなくとも、希望はなくとも。
ジュリアは走りだす。そしてその拳を高く振り上げた。
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