ニューヨークの休日(3)
| モーテルの受付にいた男が、こっちを見てニヤニヤ笑っていたが、 そう見られても仕方がない。 「ホラ、部屋の鍵。あとは、自分でなんとかしてくれ。」 「・・つれないなあ・・アンタって、ホントにつれない。」 「・・何を考えているんだよ。」 「アンタといたって、別に何もおこらないんでしょ。だったら、少し 休んでいきなさいよ。」 その言葉に、仁は侮辱のようなものを覚えて、明りのついていない 真っ暗な部屋の中へ、二人で入っていった。 「カーテン、閉めるぞ。危ないから。」 「OK、こっちは・・大丈夫。下手なものはないみたい。」 部屋の電気をつけると、ほの黄色い明りが灯った。 ジュリアはベッドの上に座り込むと、手持ちのリュックの中から銃をとりだした。 「使いな。アンタの銃だ。」 「銃は・・嫌いだ。」 「ハッ、それでよく2年間、生きてこれたね。もしかしてなに、胸には 『Fist of Norse Star』みたいな北斗七星のキズがあるんじゃないの?」 「ジュリアの方こそ・・胸の傷は大丈夫なのか。」 「ああ。痕は残っちゃったけど、どうってことはない。 さて・・寝ようか。」 「えっ。」 「見張っててあげる。少し、寝た方がいい。お互いにね。 安心して。きっちり3時間したら起してあげるから。」 仁は、ここのところ、ずっとベッドで寝てなかったことに気付いた。 Tシャツを脱いでベッドに入ると、仁はひさしぶりの布団と枕に、ああ、こんなに 気持ちのよいものだったっけ、と思いっきり足を伸ばした。 ジュリアが銃を手にしたまま、ベッドの傍らに座っていた。 仁は疲れが癒されていくのを感じながら目を閉じ・・そして薄目を開けた。 薄暗い部屋に浮かぶ、彼女の後ろ姿が気になったのだった。 自分は今まで、誰かを想う、ということがなかったように思う。 母を失ったため、といえば逃げになる。憎しみと悲しみとやるせなさに いつもとらわれていて、それを他人に向けたくなくて、いつも一人で いた。だからシャオが屈託なく笑いかけてくれた時も、ファランが、 オラ、このやろ、勝負すっぞ! と挑んできた時も、いつも無関心で 在り続けた。 自分は一人なのだと。 一人でいれば、誰も傷つけることがないと。 それが間違いだと気付いたのは、2年前の、あの忌まわしい大会の後。 だが今、君に触れたいと確かに思った。 それがこの、耐えきれない不安感や焦燥感を忘れることができる相手を 求めていただけにすぎないとしても。 彼女の存在が、こんなにも近くにあるために。 許されることではない。 自分の代で、この血はお終いにするつもりだったから。 彼女が手にする銃が、自分を現実に引き戻す。 自由であれ、と。 彼女に強く、願うから。 だから、彼女に触れれば、その祈りが壊れてしまうことを仁は怖れた。 触れることは、できなかった。 「3時間たったよ。交代だ。」 仁はいつの間にか、深い眠りに落ちていた。こんなに心地よく眠ったことは、 今までなかったように思った。 「あっ!」 「どうしたの?」 「俺のTシャツ・・」 仁が脱ぎっぱなしにしたTシャツが、ものの見事にハサミでちょっきん、されていた。 まるでジュリアとペアルックである。 「ウェストを見せつけたいんだろう?」 ジュリアは、べーっ、と舌を出して見せた。 「だからって・・これはないだろう・・。あー、お気に入りのTシャツが・・」 「んじゃ、私は寝るから。あとはヨロシク。」 「ちょっと待てよ!」 「何さ。それともなに、一緒に寝てあげようか、って?」 「・・本気かよ。」 「冗談だよ。」 朝が来た。閉めきったカーテンから、光がもれている。 「休暇が終わった、ってとこだな。」 「王子様、私は写真も何も送れないけど、あなたは現実に戻らなきゃ。」 いつの間にか、二人はベッドの上で、となりあって座っていた。 「そうだ。もう、行かなきゃな。」 そう言われるとジュリアは、その細い腕で、仁を力強く抱きしめた。 「あなたを失いたくない。」 仁の顔が悲しげに曇った。 そしてジュリアにされるがまま、ああそうか、 もしかしたら母さんも父さんに同じことをしたのかもしれない、と思った。 Next |