「セルジュ! ねぇ、……セルジュったら!……」
そして・・地の果てからうめくような風の音も、時喰いの咆哮も、癒しのメロディを紡ぐエレメントの音も消え失せ、緑色の大きな瞳で砂浜に倒れたセルジュをのぞきこむ、少女の声だけが聞こえてきた。
「大丈夫? どうかしたの?」
いつもの太陽の光が妙にまぶしい。世界中の焦点がぼやけている。
・・帰って来たんだ・・。
セルジュは無意識に、自分の手を握り締めた。無数の砂がセルジュの手からこぼれおちていく。
僕は、ここにいる・・。
一条の真夏の光が、くっきりと形を作った。
「もう、驚かさないでよ!
急にバッタリ倒れちゃうんだもの。」
レナは腕組みしてプリプリ怒っていた。
「・・・レナ。」
セルジュはゆっくりと体を起こした。目の中にオパーサの海が広がる。
本当なら今ここで、この青い波が襲ってきてもおかしくはなかった。
だが、「運命」が滅びた今、すべてが「必然的に」起りうるということはもうないだろう。
セルジュは、自分のあるべき時にもどったのだった。あの冒険は過ぎ去った。もう、キッドが傷ついて横たわってはいない。人間に復讐しようとした龍たちもいない。その存在すらなかったかのように、彼らは海の泡のように、セルジュの記憶からすっかり消え失せようとしていた。
「えぇ、なに……? 星の塔……? フェイト?」
セルジュは、思い出せるだけの冒険談をレナに話した。話していれば自然と思い出すのでは、と期待したが、話は断片的な単語ばかりがでてくるのみで物語はいっこうにスジが見えなかった。
「いったい何の話、それ? 私たち、さっきここに来たばっかりしゃない。 大トカゲのウロコ、集めてくれたじゃない? おぼえてないの?」
「・・・自分でも、よくわからないんだ。」
「自分でも、よくわからない……?」
レナは不思議そうにセルジュを見た。例の空想癖か、はたまた壮大な夢でも見たか、と思ったのだろう。どちらにしろ、たいして心配はしていないようだった。レナにとっては、いつもの・・自分がよく知っているセルジュに変わりはなかったのだから。
レナに家でもう休んだら、とせかされ、2人は浜辺から家路についた。珊瑚で覆われた道に出る前に、彼らは腰まで伸びた藤色の髪の、このあたりでは見かけない男とすれちがった。男はそのまま浜の方へ歩いていき、しばらく海を見つめていた。
「こんにちは! いい天気ですね。」
レナが、男の美しさにひかれたというのも多分にあったのだろう、屈託なく声をかけた。
「・・・・・・ああ。」
男はちらっと顔を向けると、2人を見て少し、笑った。それからまた、海を眺めつづけた。
2人が道を進んでいき、もう一度海を振り返ると、男はもう見えなくなっていた。
「あら。」
レナは男をさがしてきょろきょろした。
「変ねえ・・ついさっきまで、そこにいたのに?」
2人は思わず浜の方に駆けていって、あたりを見まわした・・が、男の姿は、まるで海に溶け込んだかのように、影も形もなかった。
「不思議なこともあるものね。・・ねえ、セルジュ、どうしたの? ・・泣いているの? ねえ、セルジュってば・・!!」
だが、セルジュにはわかっていた。男が二度と帰ってこない事を・・。
セルジュの目に、自然と涙が湧き上がってきた。セルジュはよろけながら水に入り、涙を隠すために顔を洗った。
・・帰ってきてくれ、帰ってきてくれ!!・・
セルジュはバシャバシャと、何度も何度も海水をすくっては顔を洗った。
・・キッド・・キッド・・
「ねえ、ちょっと……、大丈夫? セルジュ。」
両手で顔を覆い、セルジュは渚に立ち尽くした。
「セルジュ・・なんか悲しいことでもあったの? あの男の人と知り合いだったの?」
だが「彼」は、あの冒険は、そしてキッドは、もうセルジュの手の届かぬ場所へ行ってしまったのだ。
やがてその哀しみすら、セルジュのなかからスウッと消えていった。
「いや・・。」
セルジュは泣いている自分がおかしくなってきて、思わず、あはは・・と笑ってしまった。
「セルジュ! なによ、泣いたり笑ったり、変なヤツ!!」
「ごめん、レナ。なんでもないんだ。」
セルジュは振りかえって、だしぬけにぎこちない笑いを浮かべた。
ただの空想だったんだ・・。
セルジュはため息をつき、ポケットに手を入れた。
「・・・??」
カラッポのはずのポケットのなかで、何かが彼の手に触れた。セルジュはハッとして、ポケットからそれを引っ張り出した。
「・・本当だ。」
「え? セルジュ、どうしたの? 何それ、あなたのお守り?」
「・・全部本当に起きたことだったんだ。」
セルジュの手には、ジール王家の紋章を縫い取った革のお守り袋が握られていた。
すべてはいまここに、クロノ・クロスを手にしたあなたを立たせるために・・
一万年の時を超えて「彼ら」の想いがセルジュの中に注ぎ込み、それはセルジュを冒険へと向かわせ、セルジュはあのすばらしい仲間達と出会うことができたのだった。
そう、「彼」とセルジュは、確かに、同じ時間を共有し、同じものを見、同じものを聞き、多くを愛し、憎み・・走りつづけていたのだ。あの風のように・・
セルジュはしばらくお守り袋を見つめていたが、やがてそれを無造作にポケットに突っ込んだ。
「家に帰ろう、レナ。」
それは、今までのセルジュとは違う声だった。
レナは全くわけがわからずに、肩をすくめた。
「まったく・・ちょっとはしっかりしてよね、セルジュ。私たちの夏は、まだはじまったばかりなんだから……」
2人はゆっくりと、浜辺を歩き出した。
うちよせては引く波が、二人の足跡を消していった。
おそらくは・・
歩きながらセルジュは思った。
もう、彼らに会うことはないだろう。
あの冒険も、いつか記憶に埋もれ、ただの空想になってしまうのかもしれない。
だがセルジュは、今にも、あの少女が自分に手を差し伸べてくるような気がしてならないのだった。
全ての始まりにして終わりなる場所から・・。
別の時代、別の世界へと自分を呼ぶために・・。
そう、今にも・・。
セルジュ・・
セルジュ・・
―――――――――――――
こうして、ひとつの物語が
幕を閉じた。
会いに行くからさ
世界中さがしても……
いつか きっと……
きっと……
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