その一週間前。
「母さん、行ってきます。」
ジュリアは力強く、家の扉を開けた。
オ−ガとの戦いで負った怪我はもうすっかり癒えていた。
背中に受けた弾丸も、多少は弾痕が残ったものの、弾は貫通したらしく、心配はなかった。
しかしどうしてあの状況で自分が助かったのか・・あれだけ重傷だったときに、銃で撃たれてはひとたまりもなかったはずなのに・・それが不思議だった。
考えあぐねて、ジュリアは一つの仮説にたどりついた。
その直前に、オ−ガの血肉を喰ってしまったからではないか・・。
考えただけで吐き気がしたが、ジュリアは死んだ人間を蘇生させるため、オ−ガの血を欲しているという博士の噂を耳にしたことがあった。その証拠に腕の骨と肋骨が折れ、背中には弾丸をくらったのに、ジュリアが完治するまでにかかった期間はたったの一ヵ月という、常人では考えられない早さだった。
いまいましい。
ジュリアは苦笑いした。
そうして怪我が治ると、ジュリアはすぐにミシェ−ルに日本へ行くことを願い出たのだった。
「お願い、母さん。」
ジュリアはミシェ−ルをみつめていった。
「お願いだから、日本にいかせてちょうだい。ジンがどうしているのか・・どうするつもりなのか・・この目で確かめたいんだ。」
ミシェ−ルはさっと顔を背けた。
「危険に足を突っ込むようなものじゃないか。・・ジュリア、アンタがジンのことをどう思っているのかは知らないけど、アンタはミシマの本拠地に乗り込むつもりなの?」
「母さんだって。」
ジュリアはミシェ−ルを抱きしめた。
「母さんが日本へ行った時、直接ミシマの家に乗り込んでいったこと、アタシ知ってんだから。」
「それとこれとは違うのよ。」
ミシェ−ルは鼻をぐずぐずさせたような声でいった。
「アンタはまったく、誰に似たんだか・・。無茶で、無鉄砲で、子供だってそれぐらいの分別はつくだろうよ。でも、どんなに言ったって決して聞きやしない。ええ、わかっているさ。アンタはたとえ冷凍マグロのコンテナに忍びこんだとしても日本に行くだろうね。」
ミシェ−ルは涙をぬぐって、いとおしげにジュリアをみつめた。
「ジンは、アタシの友達だから・・。」
ジュリアは母親にそっと頬をよせていった。
「でも、あのとき、アタシは傷ついているジンに何も言えなかった。だから、行く。行かなきゃ・・。」
ミシェ−ルに一瞬、不安がよぎった。
「ジュリア。まさかアンタ、ヘイハチを倒すために?」
ジュリアは首を振った。
「そうじゃない。ヘイハチを許す気もないけど・・。でも母さんは前に、憎しみはなにも生まない、っていったよね。」
ジュリアは笑った。
「それを自分にわからせてやりたいの。アタシにはまだわからないから・・突き進むことしかできないから。」
ジュリアの瞳には決意が宿っていた。ミシェ−ルはジュリアをきつく抱きしめた。
「アンタのしたいようにしなさい、ジュリア。アンタが思うように、望むようにね。でも決して、アンタの今の心を、魂を失ってはだめよ。それはアンタにとっての敗北だからね。」
ジュリアは深くうなずいた。
「ね、ジュリア。たとえどんなことがあったとしても、そのときはアンタの心の秤に耳を傾けてごらん。きっと答えはでる。アタシ達の先祖はみんなそうやってきたんだから・・。わかった? アンタがそうするんだったら、アタシはアンタの思うようにすることに反対しないよ。」
「母さん・・。」
「それにさ。」
ミシェ−ルは声をあげて笑った。
「アンタがあんないい男を婿殿につれてくるんだったら、アタシは万万歳だよ。つらい仕事は婿殿に任せて、アタシたちはこれでやっと左うちわで暮らせるようになるよ。」
二人は吹き出した。そして目を潤ませて互いの顔をみつめた。
「帰っておいでね、ジュリア。一人であっても、二人でもかまわないよ。アタシはここでずっと待ってるから。」
「夕飯つくって待っててよ、母さん。すぐにね、すぐに帰ってくるから。」
二人はもう一度抱き合った。
その次の日、ジュリアは、夏風に運ばれてくる草原の匂いに思いを馳せながら、日本へと向かったのだった。
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