仁はビルとビルの谷間にあるゴミ捨て場で目覚めた。
あのあと、どこをどう歩いてきたのか、覚えていない。
台風が迫っているのだろう、空気は生暖かく湿っている。
ときおり冷たい風が合間をぬって吹いてくる。
空には灰色の雲がたちこめ、今が朝なのか昼なのかもわからない。
仁は何気なく空を見上げた。
ひゅるる・・
仁の虚ろな目に、黒い影が真上からよぎっていった。
ぽとっ
影は仁の足元に激突した。
カラスだ。
何があったのかは知らないが、カラスはとほうもなく高い所から落ちてきたのだった。
「おい・・。」
仁は近付いて手を伸ばした。が、カラスはすでに死んでいた。
仁はがっくりと、うなだれた。そして冷たくなっていくカラスの黒い翼をいとおしげになでた。
「・・おまえも、疲れたんだな。」
つぶれたカラスは、まるでできそこないの剥製のようだった。
「そんなになって、おまえはどこへ行きたかったんだ?」
カツ−ン、カツ−ン・・
ふいに足音がゴミ捨て場に響いて、仁は身を固くした。
だが、曲がり角を曲がって出てきたのは若い女だった。
「ジン・・探したよ。無事でよかった。」
ジュリアはほっと息をついた。その顔には疲労感と、安堵があった。
「ジュリア、か・・。」
だが仁は別に驚きもしなかった。そして無視するように顔を背けた。
ジュリアは虚をつかれて、しばらく言葉が出なかった。
「ジン・・アンタ、母さんは?」
仁の表情がピクッとこわばったのをジュリアは認めた。だが仁は何も言わなかった。
ジュリアは仁の足元のカラスに気が付いた。
「なにそれ? カラス?」
「・・ああ。」
仁は空を指差した。
「空から落ちてきたんだ。」
ジュリアも空を見上げた。
ビルの合間の四角い空は、鉛色によどみ、無限とも思えるように深かった。
仁に会えば、仁と何か話したら、心のなかのもやもきっと晴れる、
そう思っていたジュリアの希望はもろくも崩れ去っていくように思えた。
「コイツは俺だ。」
仁は声を上げた。
「何・・何だって?」
「俺も疲れたんだ。誰かを傷つけることに悩むことにも、誰かを憎まずにいることにも。」
「何いってるんだ。・・ねえ、アンタ屋久島に帰らないんだったら、
ウチにおいでよ。家に帰ろう。ま、ウチの仕事は最初は丁稚からはじめてさぁ。
徐々に覚えて行けばいい・・」
「・・ジュリア、俺は、俺はもう何もかも終わらせたいんだ!」
仁の体がひと回り大きくなり、はち切れんばかりになったシャツが縫い目から破れた。
そのたくましい胸には、いくつもの醜い弾痕がついていた
。 仁が腕を振りおろすと、背中にはあの黒い翼が広がった。
「行くよ、ジュリア。俺は平八を殺す。行って、決着をつけてくるよ。」
仁は翼を羽ばたかせ、飛び立とうとした。
「・・・・ジン、待て!」
ジュリアは叫んだ。
「ヘイハチのとこなんかにアンタを行かせはしないよ、ジン!」
その言葉に、仁は動きを止め、何も答えずただじっとジュリアを見つめた。
ジュリアも仁と対峙するように、仁を見つめた。
いつしか二人の間に、冷たい雨が降ってきた。
「その前に、アタシと戦え!! 今ここで、アタシはアンタにリターンマッチを申し込むよ!!
あの時の決着をつけてやる!!」
「俺を止める気か・・無駄だ。」
雨の雫が涙の代わりに、ジュリアの頬を伝った。
「アンタ、逃げるんじゃないよ!」
「俺が・・? 逃げてる!?」
仁の瞳が赤く光った。ジュリアはその恐怖を払い除けるように言った。
「逃げてるさ!! 何もかもから!! アンタ、平八の所に行って、
その力でいったい何人傷つけるつもりなんだ! ヘイハチだけじゃすまないことは、
アンタが一番知ってるはずだ!
ヘイハチを倒すために邪魔する人間すべて殺すつもりなのか!?
アンタは、せっかくのその力を使って逃げようとしてる!!
アンタを取り巻いている嫌なこと全部から!!」
「俺は・・逃げてなんかいないっっ!!」
仁は苦悶して顔を手で覆った。
「気付いて、ジン! 逃げないで!!」
「邪魔をするなぁぁ!!」
「逃げるな! 逃げないで!!」
「邪魔をするなぁぁぁぁああああ!!!」
仁の貫手がジュリアを襲った。
ジュリアは逃げなかった。
微動だにしなかった。
鋭い爪がジュリアの冷たい胸を切り裂いた。辺りに血飛沫が飛び散っていく。
ジュリアはのけぞり、ガクッと膝をついた。
「くぅ・・。」
だがジュリアは、何かを求めるように腕を空に伸ばし、
両脚でしっかり地面を踏みしめて立ち上がった。
「アハハ・・。」
ジュリアは伸ばした手で、血に染まった手を抱えながら
立ちつくしている仁の羽根をつかんだ。
「・・このぐらいで死ぬもんか。アタシは逃げないよ・・何があっても。」
ジュリアはつかんだ羽根をプチリ、と引きちぎった。
黒い羽根がひとひら、冷たい風に流されていく。
「さあ、戦いの始まりだ・・。」
ジュリアはわざと、ニヤリ、と笑ってみせた。
だがその瞳は、まだ少女のような、澄んだ大地の色をしていた。
ドウッ、とジュリアは倒れこみ、仁の胸に頬を埋めるような形になった。
ジュリアの胸から流れでた血は降り注ぐ雨と交ざりあい、
二人の脚をつたって静かに地面に流れていった。
To Be Continue・・
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