深夜、三島邸鍛練場。豪奢な蒔絵が飾ってあるこの部屋の真ん中で、
仁は座禅を組みながら猛者たちの戦いを思い出していた。
ポ−ルの、柔にして剛の戦い。ニ−ナの、芸術的なまでに完成された関節技。
シャオとジュリアの戦い。
相手の死角を突き、なおかつ確実にダメ−ジを与えていくシャオの戦い方は見事なものがあった。
けれども、ジュリアの冷静だが必死なまでの気迫はシャオを完全に飲み込んでいた。
俺もこの娘と戦うんだろうか?
ふと、仁は考えた。
あの思いつめたような目と対峙して、それでも俺は拳をふるえるのか?
そんなことをいちいち気にしてはいけないことは十分わかっているつもりだったが、
仁は罪悪感を感じずにはいられなかった。
ヘタすれば、俺が負けるかもしれないのにな。
パチッ。
仁は目を開けた。今、何かが仁の意識の中に割り込んできたのだ。
それをたとえていうなら、誰かの叫びだった。
助けを求めているのか?
風が震えているのを仁は感じた。
音はしなくとも、鍛練場の裏山で、夜の静寂がやぶられているのがわかった。
行ってみよう。
仁は妙な胸騒ぎを覚え、鍛練場を駆け出した。
くそったれ!
ジュリアは舌打ちした。
アイツが三島とグルだったとはな!!
夜の森を夢中で駆けぬける。パキパキと、踏み付けられる小枝。
目の前に突然あらわれた木の枝を払う。走りながら少し後ろを振り返った。
・・いる! 女豹が、つかず離れずの間合いを保ってジュリアを着実に追いつめていた。
「チィィッ!」
三島邸に侵入しようとして、まさかこの女に出くわすとは計算外だった。
息が続かない。だが、相手の方はまるで自分の影法師のようにぴったりとくっついてきていた。
ジュリアは背の低い草が生い茂る、森の中の小さな空地に出た。
月の影がちらちらして葉が青く光る。ジュリアは立ち止まり、
ショルダ−ホルスタ−から拳銃を取り出した。銃を固く握りしめ、辺りをうかがう。
しばし、静けさに時が凍った。
ぞくり。
頬が、おぞましいものを感じた。
こっちか!?
ジュリアはその感覚を信じた。空をにらみつけ、感じるままの方向に銃を打つ。
シュポッ! シュポッ!
サイレンサ−付きの銃が情けない音で弾丸を発射した。
ガサガサッ! 葉がこすれる音。
いた! ・・こっちに来る!?
ジュリアは銃をホルスタ−に素早くしまって、腰のベルトに下げたケ−スから
ア−ミ−ナイフを取り出した。
闇に耳をそばだてる。
キ−−ン!!
弧を描いて飛んで来た刃。紙一重でその刃を受けとめる刃。
ふたつの刃はぶつかりあって弾け合い、そのまま後ろに飛びすさった。
「・・なんでアンタがここにいるんだよ!? ニ−ナ・ウィリアムズ!!」
ジュリアはナイフを構えて叫んだ。ニ−ナも美しい顔に氷の微笑を浮かべて、同じくナイフを構えていた。
「・・あなたこそ、どうしてここに?」
二人は互いの隙をうかがいながらジリジリと回り始める。
カン! カン! カン!
ニ−ナの素早いナイフが容赦なくジュリアを襲った。ギリギリの線でそれをさばく。
接近戦に銃はむかない。銃のトリガ−を引く前に、相手のナイフが自分の急所を捕らえているだろう。
「すこしはやるみたいね。」
必死なジュリアに対して、ニ−ナは余裕たっぷりに言った。
・・強い。
ニ−ナの攻撃は格闘家のそれとは少し違った。
これは殺傷技・・暗殺術だ。そう気付いて、ジュリアは身を固くした。
「アンタ、三島の護衛かよ。犬め!」
ジュリアは一か八か反撃に転じ、そのままニ−ナにむかってまっすぐに突っ込んだ。
この攻撃は難なくかわされる。
だが、ニ−ナがかわす瞬間にジュリアは右足をピッと高く蹴りあげた。蒼空砲。
脚は二−ナの右腕に当たり、ナイフがたたき落とされる。
やった!
しかしジュリアは次の瞬間、腹部に激痛を感じた。ニ−ナのチョップが叩き込まれたのである。
目にもとまらぬ技に、ジュリアはくそっ、と思いながら崩れ落ちた。
ニ−ナはさらに、自分の膝を立て、その上にジュリアを仰向けに抱え込むようにして
鳩尾に肘を叩き込んだ。抱え込み肘打ち。ジュリアは完全に意識を失った。
ニ−ナは足元に落ちているナイフを拾いあげ、ジュリアの喉に押しあてた。
その表情には、人を殺すことに対する躊躇が全くなかった。
その時、ニ−ナはいつのまにか後ろに迫っていた者の殺気に気付き、サッと身構えた。
だがその殺気は、どうにも憤懣やる方ないといった感じのものであった。
「・・姉さん。アンタなにやってんのよ!」
声の主は拍子抜けするほどあっさりと姿を現わした。
黒髪、おかっぱ頭の若い女。しかし形相は般若のごとく、怒りをあらわにしていた。
ニ−ナを姉さんと呼んだからには相手はニ−ナの妹なのだろうが、
ニ−ナは何のためらいもなく妹を狙う。
「ニーナ、アンタいい加減にしなさいよね。人にさんざん迷惑かけて!
自分が何やってんのか、わかんないの!!」
いきなり凄まじい戦いが始まった。二人とも実戦慣れしているらしく、その攻防の技術は、
テクニックだけを評価するならお互い満点である。スピ−ドのある技を繰り出す二−ナ、
それをかわす黒髪の女。両者一歩も譲らぬ死闘。
「フン。姉さん、冷凍睡眠で頭がなまったクセに体の方はそうでもなかったみたいね!」
黒髪の女がわめく。しかしニ−ナはまったく相手にせず眈眈と攻撃を仕掛けた。
ピカッ!
突然、真横から懐中電灯の光がさした。二人は姉妹喧嘩に夢中になっていて気がつかなかったが、
三島邸の裏山に登ってきた仁がこの騒々しさを聞き付けたのである。
「誰だ!」
仁が叫ぶ。しかし、懐中電灯が照らした光景に仰天した。
ニ−ナが見知らぬ女と戦っている。足元には人が倒れていた。
ジュリアか?
「風間・・。」
仁を見て、ニ−ナの攻撃がパッタリと止んだ。
そして何を思ったのか銃を取り出して迷うことなく銃口を仁に向けた。
「姉さん!!」
「うわっ!!」
仁は身を伏せる。だがその銃口から弾は発射されなかった。
黒髪の女がニ−ナの銃を握っていた手をつかみ、そのまま腕の関節を自分の腕と体を利用して
逆に極めたのだ。腕挫立ち十字固め。
「くうぅ!」
あまりの激痛に、ニ−ナが銃を落とす。
黒髪の女はさらにニ−ナをうつぶせに倒して再び腕の関節を極めた。腕挫裏十字固め。
「早く! アンタ、その娘をつれて逃げなさい!!」
黒髪の女がニ−ナの腕を極めながら叫んだ。
呆気にとられていた仁だが、その声でやっと我にかえる。
「ア、アンタはどうするんだ!」
「私?! 私はこのバカ姉貴をはったおしてやる!」
仁はわけがわからなかったが、ジュリアを抱き起こすと腕を自分の肩に回した。
「大丈夫か?」
「・・痛っ。」
肩を貸してもらって、ジュリアはやっと気が付いた。脚に力を込め自力で立ち上がる。
ニ−ナも黒髪の女のサブミッションから抜けた。
黒髪の女はニ−ナの腕を離しはしなかったのだが、ニ−ナは逆に自分の腕関節をわざと外して自由になった。
「・・・。」
ニ−ナは腕を抱えながら状況を判断した。
まがりなりにも敵は三人。相手にするには少しやっかいである。
「あっ! 姉さん、逃げる気!」
勝てないと思ったのか、ニ−ナは森の中に消えていった。それこそ、音もなく。
「待ちなさい! 逃しゃしないわよ!」
それを追って、黒髪の女も森に飛び込む。
仁もジュリアも、黙ってみていることしか出来なかった。
ガクン! 黒髪の女も消えると、仁の肩がいきなり重くなった。
立ち上がったのはいいものの、ダメ−ジが残っていたのか、緊張が解けたのか、
ジュリアはまた気絶してしまった。仁はよいしょ、とジュリアを背負ってやる。
ジュリアが耳元でうぅ、と呻いた。どうやらケガをしているらしい。
うちに連れていくしかないよなぁ。ワケ有りらしいけど・・。
仁はこっそりと、三島邸の自分の部屋までジュリアを運んでいった。
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