「あ・・起きたみたいだよ、仁。」
三島邸、仁の部屋。邸内の警備員の目をかいくぐって侵入してきたジュリアをおおっぴらにするわけにもいかず、
仁は仕方なくジュリアを自分の部屋のベッドに寝かせた。幸い、三島家はその広い邸内の割に使用人の数は少なかった。
個人の個室なら、誰がいようとしばらくは気付かれないだろう。
仁の部屋にジュリアがいることを知っているのはシャオだけだった。
ジュリアは目覚めてすぐは、自分がどこにいるのかわからず、しばらくポカンとしていたが、
心配そうにこっちをのぞきこんでいる二人を見るととたんに怪訝そうな顔をした。
「アンタ達・・。ここは?」
「心配しなくてもいいよ。ここは仁の家だよ。」
事情を知らないシャオはジュリアを安心させようとした。しかしそれは逆効果だった。
ジュリアは、なんだとっ、といってベッドから跳ね起きようとした。
「痛−−−−−っっ!!」
背中に亀裂が走ったような痛みがして、ジュリアは跳ね起きるどころか起き上がることもできなかった。
ニ−ナの肘打ちの衝撃は鳩尾を貫通し背筋にまで達していたのである。
「動かないほうがいいよ。」
仁が心配そうに言った。
「ケガそのものはたいしたことないけど、疲れで体が弱っているんだ。」
「・・大きなお世話だよ。」
ジュリアはこっちをジロリとにらみ、プイッとそっぽを向いてしまった。気の強い女の子だ。
「なあ、君。名前は・・ジュリアだっけ、なんでうちの裏山にいたんだ? 事情を話してもらえないか。」
「その前に・・なんでアタシを助けたんだ?」
まるで悪態をつくように、ポツリとジュリアがつぶやいた。
「えっ。そりゃあ、君が倒れてたから・・。」
「いいかげんにしろ!!」
突然、ジュリアの怒鳴り声が仁の耳をつんざいた。
大声を耳の傍で出されて、仁は耳がキンキンする。
ジュリアはベッドに寄り掛かると、自分の体を無理矢理起こした。
「人を馬鹿にするな! アタシがなんでここに来たかなんて知ってんだろ!
・・さっさと平八を出せ! 母さんを返せ!」
わめき散らしたいだけわめくと、ジュリアはゲフッ、と咳き込んだ。
仁とシャオは呆気にとられるばかりだった。
「平八・・おじいさんことか? 母さん?」
「ねぇ、あなた何言ってるの? それってどういうこと?」
二人はわけがわからない。ジュリアは一変して変な顔をした。
「おい・・本当に知らないの?」
二人はブンブンと首を横に振る。
「じゃあ、平八は?」
「平八おじいちゃんならここにいないよ。」
シャオは申し訳なさそうに言った。
「大会始まって一ヵ月ぐらい、おじいちゃん日本を離れてるんだよ。
時々は日本に帰ってたみたいだけど、なんせこの大会、世界中で開かれてるし・・。
私達二人も予選リ−グが終わって、やっと一週間前に日本に戻ってきたの。」
それを聞いてジュリアは頭を抱え込んだ。
「・・何だよぅ。母さん、ミシマのとこじゃなかったのか? アタシのこの苦労は・・。」
何だか知らないけどワケがありそうだな。
仁は思った。
「一ヵ月前・・そう、ちょうどこの大会が始まった頃だね。」
ジュリアは言った。
「アタシの母さん・・ミシェ−ル・チャンはミシマに会いに日本へ行った。
ミシマにちょっと用事があったからなんだけど、ま、大会参加もかねてかな。」
ポ−ルが言ってたことは当たっていた。ジュリア自身もポ−ルに気付いてはいたらしい。
しかしミシェ−ルから「ポ−ルにかかわると、いっつもロクなことがなかった。」と聞かされていたため、
あえて無視したのだという。
「だけど何日たっても帰ってこない。連絡もつかないし、アタシ心配になってここまできたんだよ。」
「だからって・・それなら、正面玄関から堂々と入ればいいじゃないか。
裏山からうちに入るつもりだったんだろうけど、警備員に見つかってたら大変だったぞ。」
仁は怒ったように頬を膨らませた。
「フン。警備員どころか、こっちはプロの殺し屋に殺されるとこだったんだ。
でも、あの様子では、アイツはミシマの護衛ってわけじゃなさそうだね。
だけど、これでまた母さんがどこにいるのかわからなくなってしまった。」
ジュリアはため息をついた。
「もしかしたら、本当にカザマの力を借りる事になるかもしれないな。」
カザマ?
「えっ、俺? あ、いや、仁でいいよ。ジュリア。」
頼られたのかな、と思って仁は顔を赤くする。ジュリアは小馬鹿にしたような目で仁を見た。
「アンタじゃない。ジン、アンタの母さんだよ。ジュン・カザマだ。ジュン・カザマの力を借りたい。」
母さんだって!
仁の表情がスウッと険しくなった。
「君がどうして俺の母さんのことを知っているんだ?」
「聞いてないのか?」
仁の雰囲気の変わりようを見て、ジュリアは少し驚く。
「アンタの母さん・・ジュン・カザマは昔、私の母をいろいろと助けてくれたんだ。
母さんは日本に行く時、私にもしもの事があったら日本にいるジュン・カザマを訪ねなさいって言ってた。
だからアタシは大会に出て、ミシマの孫でカザマの息子のアンタをみつけたんだ。」
そうだったのか。
仁は心がキュッとうずくを感じた。
「すまない・・。母さんは死んだ。殺されたんだ。」
「何・・何だって!!」
ジュリアは思わず叫びを上げる。仁は沸き上がる怒りをこらえるかのように、唇を強く噛んだ。
力なく、がっくりとうなだれるジュリア。
「あれほどの人が殺されるなんて・・。まさか、『闘神』か!」
仁の目に光が走った。驚きと感情の爆発。
「闘神・・闘神までなぜ君は知っているんだ!奴は何者だ! 今どこにいる!?」
ジュリアはその目にただならぬものを感じ取った。憎悪。復讐心。悲愴。
やはり喰われたのか、彼女も。
「母さんが日本に行ったのも、その闘神のことを知るためなんだ。」
ジュリアはしばらく黙っていたが、やがて真剣な顔で話し始めた。
「闘神・・アタシ達はオ−ガと呼んでるけど、こいつは私達の集落に昔から伝わる伝説の邪神だ。
母さんは最近頻発している格闘家失踪事件がオ−ガの仕業ではないかということを聞いて、
事のいきさつを聞くためにミシマに会いにいった。アンタは知らないかもしれないけどね、
アタシ達の部族が聖地としてあがめていた遺跡を荒らして、
そこに封印されていたオ−ガを復活させたのは、他ならぬミシマなんだよ!」
「それは・・知ってるよ。四年前、母さんが殺されて俺がここにきた時、
おじいさんは闘神を復活させてしまったのは自分だ、
それでもおまえはワシを師事するのかと言った。」
「じゃあ、どうしてそれを知りながら、アンタはミシマのもとについたんだ!?
オ−ガを復活させたミシマは、アンタの母さんの仇みたいなもんじゃないか!」
「俺のおじいさんだぞ! それに闘神を発掘してしまったのはただの事故だ!」
ジュリアの硬い、人をにらみつけるような表情が初めて揺らいだ。
そして、すまなそうに少しうつむく。
「そうだよね・・。すまない、言いすぎたよ。アタシや母さんにとっては憎いミシマでも、
アンタには実のおじいさんだし、それに確かに、遺跡にあんな化物が眠ってるなんて
誰も想像しなかっただろう。」
「・・俺の方こそ、すまない、つい怒鳴ってしまった。」
それを聞いて、仁の険しい顔も和らいでいった。
ジュリアが語る伝説によると、オ−ガは人間の魂を求めてさまよう化物で、
より強い魂を吸収し、自分の力にするのだそうだ。はるか古代にジュリア達の部族の前に姿を現わし、
人々を虐殺してまわったが、部族は勇敢にもオ−ガと戦いこれを封じた。
そして人々はそこに遺跡を造り、オ−ガを神として怖れたのだという。
「魂を、吸収する?」
「そう。奴の目的はたぶん、自分が強くなることだけなんだよ。それで強い格闘家を襲っているんだ。」
母さんもそのために襲われたのか。
仁は怒りに震えた。
「残念ながらこれ以上のことはわからない。だけどミシマは、前々から遺跡の財宝を狙っていたから・・
それで過去に母さんと一悶着あったんだけど・・たとえオ−ガについて予測してなかったとしても、
何か知ってるかもしれない。母さんはこう思ったんだ。」
仁の心のなかにふと、いやな考えがせり上がってきた。
ミシェ−ル・チャンはオ−ガを追っていた。
しかもミシェ−ルは、前大会では並み居る強豪たちと戦いぬいた程の女性格闘家である。
その人が行方不明・・。
「アンタの考えてることわかる。だけど母さんは負けない。」
不安げな仁に、ジュリアは小さく笑った。しかし平静さを装っていても、胸中は穏やかではないだろう。
「俺にも手伝わせてくれ。一人で探すよりずっといいはずだ。」
「ジン・・?」
「俺達で君の母さんをさがそう。いいね。」
仁の真剣な顔を見て、ジュリアはフッと息をつき、わかったと深くうなずいた。
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