インディゴ地平線  



〜君と地平線まで〜


 

ロケット村のロケットが遠く宇宙の彼方に飛んでいってからというもの、天気のよい日には洗濯物の渇きがすこぶるよくなった。もうあんな馬鹿でっかいものに日差しを邪魔されずにすむかと思うと、隠居した爺さまはまだ可愛いロケットを思って悲しんでいたが、村の主婦たちはせいせいしていた。
 今日はシドの家でも洗いたての白いシャツが数枚、風にはためいている。抜けるような青空にさそわれて、シエラが朝早くから頑張ったのだ。
 どんなに丁寧に洗ってもシドのシャツにはポツポツと、ところどころ油染みが残ってしまう。船を降りシエラのもとに帰ってきた彼は今のところ村で修理工をやって生計をたてていた。もっとも今やっているのはクラウドが持ち込んだバイクの修理のみではあるが。「おい、ちょっとでかけるぞ。」
 掃除も洗濯も終え、シエラが昼食にサンドイッチをつくっていると、シドがいつものくたびれたインディゴ染めのGジャン−しかしまだ深い青を保っている−をはおって作業場から出てきたのだった。
「はぁ? もうすぐお昼にしますよ。どこにいくんです?」
「クラウドのバイクの修理がおわったから試運転にいくんだよ。おまえもつれてってやろうか。・・昼飯はサンドイッチか。新聞紙かなんかに包んでとっととついてこい。遅れたらすてて行くぞ。」
 言いたいことだけ勝手に言うと、シドは自分だけさっさと外に出ていってしまった。シエラはあきれつつも、しかしそこはやっぱり彼女で身仕度をすると家を出た。シドが2本目のタバコに火をつけようとしたときに。
「遅せぇんだよ、バカ野郎!とろとろ着替えなんかするなっつ−の。」
「スカ−トじゃバイクに乗れないもの。あとサンドイッチを食べるときのお茶、いれてきました。」
 シドはチッと舌打ちするとバイクにまたがった。エンジンのうなり声。
 どっ、どぅるるん、どぅるるるるん。
「しっかりつかまってろよ。振り落ちたってオレは知らねぇからな。」
 どぅるるるる−、る、どぅる−、るる−
 バイクは二人を乗せて走りだす。バイクが通れば上海亭の看板がガランガランゆれ、バイクがはねとばした泥で隣家の洗濯物が染まった。村を出て川をのぼり峠を経て、やがて大きな草原に出た。草原には1本、先の見えない道路がつづいている。通る車は1日に十台あればいいという寂しい道路である。シドはここぞとばかりにスピ−ドをあげた。シエラにはいっこうにかまわず、ぐんぐんぐんぐん、道路の白い点線が1本の白線に見えるぐらいにまでだした。今日のように暑い日には道路の向こうが蜃気楼で水びたしになっているように見える。その幻が浮かんでは消え、浮かんでは消え、日が真昼よりもほんの少しだけ傾いた頃バイクは草原のなかに入って止まった。
「スピ−ドのだし過ぎよ。・・・疲れた。」
 シエラは青い顔をして草原に寝っころがったが、シドは別段疲れている風でもなく、ただタバコに火をつけて一服した。いくぶんお腹もへっていたので二人は昼食をとることにした。
「はい、お茶。」
「ん、ありがとうよ。」
 しばらく口をむぐむぐやって、ゴクンとお茶で流し込む。
 いい天気だ。雲が白く輝いている。四方にあるのは草原だけだから上を見上げれば自分が空に包まれている感じがする。
 食事の間、二人はあまり会話をかわさなかった。それどころか、シドはなにか考え事をしているようだった。
「おい、お茶もう一杯くれ。」
「はい。」
 手渡されて一口すすると、シドはポツリと言った。
「おまえ、オレとあって何年になる?」
「・・さぁ? もう十年以上はたつんじゃない? 始めてあったとこはミッドガルだったかしら・・? たしか神羅の面接の時。そうそう、面接前の空き時間に一緒にお芝居見に行ったんだっけ。初デ−トの時にとなりで大いびきかかれるとは思わなかったわ。」
「くそっ、ろくでもねえ事覚えてやがる。」
「それでお互い宇宙開発のスタッフに選ばれてロケット村に派遣された。それからずっと一緒に暮らしているけど。」
「・・イヤじゃなかったのか?  おまえ、オレにずっとやつあたりされててよ。」
 シエラはううん、と首をふった。
「全然。」
「・・そうか。けどな、オレは悪いと思ってる。だから船を降りた。」
 タイニ−ブロンコは落ちた。ハイウインドは壊れた。ロケットは宇宙のチリになった。今のシドに空をかけるすべは何一つ残っていない。
「それでよ、おまえにこれまでの埋め合わせを・・。」
「乗りたかったな。」
「えっ?」
「飛空艇から見た空ってどんなものなのか私も見てみたかった。小さな頃から空にあこがれていたけど、私、自分がとろくさいこと知っていたからエンジニアになったの。飛空艇のそばで、少しでも空の近くで働けるようにね。あなたと出会ってからは、その夢が宇宙にまで広がった。」
「宇宙か・・。飛空艇ねぇ・・。そうかよ、おまえも乗りたかったのか。」
 シドはフンと、寂しそうに笑った。
「エアリスって覚えてるか? あの姉ちゃんもよ、いつも言ってた。シド、いつかきっと飛空艇に乗せてね、ってよ。でもそのいつかは姉ちゃんにはこなかった。
 オレは大空を制覇したし、おまえと宇宙にも行った。自分の夢はたいがいはかなったんじゃないかと思ってる。だがオレはよぅ、他人の夢は何一つ助けてやってやしねぇんだよな。他人にだって夢も野望もあるってことにオレは気付きもしなかった。
 ・・エアリスはよう、きっと今頃宇宙よりももっともっと高ぇところに行ってオレを見てクスクス笑っているのに違ぇねえぜ。」
 二人はしばらくだまっていた。
「ね、艇長。」
 思いきったようにシエラが言った。
「私のことだからいつになるかはわからないけれど、私がハイウインドをなおしたら、艇長は私を船に乗せてくれますか?」
「シエラ、オレは・・。」
「私も行ってみたいんです、空の果てに。私達は宇宙にまでも行ったけど、この星の空の果てはきっと宇宙よりもきれいだと思うから。」
       シドの軽いため息はあんまり軽すぎて、すぐ風に蹴散らされてしまった。風は地平線から吹いてくる。男は、立ち上がった。
「こい、シエラ。いつかじゃねぇ、今見せてやる。本物の空の青は、地の底からだってみえるんだぜ。」
 どっ、どぅるるん、どぅるるるるん。

 バイクは再びうなりだす。
 どぅるるるる−、る、どぅる−、るる−
「ちょ、ちょっと、シド! どこまで行く気なの!」
「この先のニブルヘイムまでいってやらぁ!クラウドにバイクとどけるついでになぁ。」
「そ、そんなぁ! 帰りはどうすんのよ!」
「んなこと知るかぁ、この押し掛け女房!」
「私、まだ結婚してません!」
「うるせぇ! これからなぁ、そういうことにするんだよ! これから・・。」

 そこでシエラは見た。爆風に舞い上がる草っぱを。流れゆく雲を。少し苦く、切ない過去を。なんとなくよどみ、またなんとなく輝いている未来を。目のなかに飛び込んでくる風を。迫りくる地平線を、シドの大きな背中を。

それは、青より青いインディゴ・ブル−


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