イタリアントマト
〜イタリアントマトのケーキは、でかい、甘い〜
| 「フッフッフ・・! 来たぜぇ! 風間ぁ!」 テコンドーの王子様、我らがヒーロー、ファラン君は己が拳を春の陽光に向かって高く掲げた。彼は今、アイアンフィスト・トーナメントを目指す屈強な強者たちが集った豪華クルーザーの甲板にいた。 太陽はまるで真夏のように燦燦と輝き、ファランの勝利を祝福してるようだった。 ストリート詐欺集団のリーダーとして無敗を誇ってきたファランにとって、風間仁との引き分けは、屈辱以外のなにものでもなかった。彼にとって大会出場は、師匠であるペク・トーサンの探索とともに、風間仁への復讐をかねていた。 「今度こそ、決着をつけてやる・・」 ファランの瞳には勝利への情念の炎がメラメラと燃え盛った。 船から見える大会開催地・日本が徐々に大きくなっていく。 ファランにはさっそく、今日の夜に一試合入っていた。相手は知らされていないが、ファランには仁以外の連中は眼中になかった。 誰がきても、ブッとばしてやる・・! 船は正午過ぎに港に着いた。ホテルから迎えのリムジンが到着していたが、ファランはこっそり抜け出して、自分のバイクにまたがった。 せっかく日本に来たことだし、見物ぐらいしたってええわな。 ついでに日本の女の子と仲良くなれたらめっけもんである。ファランは日本人の野郎は大嫌いだが、女の子は嫌いじゃなかった。いや、むしろかわいい子なら大歓迎だった。 でもそんな子、めったにいないよなあと思いつつ、海沿いに面した公園でバイクを押していると、いた。カモだ。 チューリップが一面に咲き乱れている公園のベンチに、セーラー服にチェックのスカートといういでたちのかわいい女の子が一人、海を見つめて座っていた。年のころは15、6の高校生といったとこ。まだあどけなさを残した顔立ちに、くりくりと動く大きな瞳、学生らしく二つに分けて結った髪型は、ファランでなくとも食べてしまいたくなるような愛らしさだった。 「えっと・・君、一人?」 ファランは女の子にそっと近づいて、あんまり流暢とは言えない日本語で話しかけた。だが発音が悪かったのか、女の子は何も言わずにぽかんとファランを見つめた。 「あ、あれ? いや、俺は、君さえよかったらどっかでお茶しないかなんて・・。やっぱ、俺の日本語通じなかったかなぁ。」 ファランは恥ずかしそうに頭をポリポリかいた。 「大丈夫、わかるよ。・・あなた、誰?」 ファランの顔が、嬉しさでパッと紅潮した。 「俺、ファラン。ファランって呼んでくれ!」 「私はシャオユウ。リン・シャオユウよ。 ・・さてと、どこへ連れていってくれるのかしら? ホントはおじいちゃんと落ち合う予定だったけど、もういいや。」 シャオはファランが乗ってきたクルーザーを指差していった。 「おじいちゃん、また急用ができたらしくって帰ってこれなくなったの。ここんとこ、ずっとよ。」 なるほど、あの船は大会への直行便だったから、シャオのじいさんというのは大会の見物客だったかもしれない。しかも、すごいお金持ちのようだ。 「どこへって・・悪い、俺日本初めてなんだ。どっかいいとこ知らないか?」 ファランは精一杯人がよさそうな笑顔になってみた。 シャオはあきれたようだったが、んー、と唇に人差し指をあててしばらく考えた。 「それじゃーねぇ。私がいうように行ってくれる?」 「近場ならどこだっていいぜ。」 「すぐそこよ。」 ファランは得意になってバイクをふかした。 しかしファランは、バイクの後ろにまたがったシャオがニヤリ、と笑ったことを知らなかった・・。 それから30分ぐらいかかってついたとこは、なんとメリーゴーランドも楽しげな遊園地だった。電飾でファンシーに飾り付けられた看板には英語で「すてきなたまご2」とある。 「遊園地か?」 ファランがあっけにとられていると、シャオが手を引っ張った。 「なにしてんのよ、こっちよ、こっち。」 シャオはファランをせきたてるように、メリーゴーランドの前にある店に入っていった。 「イタリアントマト」 イタリア料理の店らしく、洒落た感じのレストランだ。だが今日は店内にはほとんど女の子しかいなかった。それこそ女子高生から妙齢のおねえさんまで、彼氏を引き連れた人もポツポツとはいたが、ほぼ女の子のグループに店は占領されていた。 いやあ〜、目の保養じゃあ〜。 と、ファランが鼻の下を伸ばしていると、奥からまたきれいなウェイトレスがやってきた。 「いらっしゃいませ。バイキングのお客様ですか?」 「はぁい。」 えっ! バイキング!? 「ではお席のほうへどうぞ。」 席についてウェイトレスがだしたのは、ケーキの写真が満載されたメニューだった。 食べ放題ってケーキのことだったのか!? 「お、おいシャオ、これって・・。」 「そ、ケーキバイキングだよ。あたしここのバイキング、一回来てみたかったんだ〜。」 デートでバイキングに来る奴いるか〜!! ファランはがくっときたが、シャオは何か喜んでるし、ま、試合前にケーキの2,3個食ったってなんてことねえな、とファランは思いなおした。 「じゃ、私はイチゴのショートケーキ。」 「俺はレモンパイ。」 「かしこまりました。」 バイキングは紅茶とコーヒーが飲み放題で、ファランは気を落ち着けるようにコーヒーをすすった。 「でもファラン、韓国から何しに来たの?」 「俺? 俺はな、格闘大会にエントリーしたのさ。」 「格闘技大会?」 「そ、アイアンフィスト・トーナメントって・・」 ファランの話をさえぎるように、ウェイトレスがケーキをもってやってきた。 「お待たせいたしました。」 それは、普通のケーキの二倍はあるんじゃないかという巨大なケーキだった。ショートケーキには苺も生クリームもたっぷり、レモンパイはレモンクリームが山盛り。 ・ ・どうやって食うんだ、こんなモン・・。 「わあ、おいしそ〜。いただきま〜す。」 シャオはフォークを持って、まるでケーキにかぶりつくような勢いで食べ始めた。 「どうしたの、ファラン? 早く食べなよ。おいしいのに。」 ファランが目を丸くしてケーキを見つめていると、シャオが口を尖らせた。ええい、ままよ! ファランはパイを頬張った。確かに味は悪くない。 「ねぇ、ねぇファラン。さっきの話、格闘技大会って、何の?」 「何のって?」 「んーと、例えば空手とか、柔道とか・・。」 ファランはチッ、チッと指を振った。 「へへへ・・アイアンフィスト・トーナメントってのはなあ、究極の異種格闘技戦なんだ。めんどうなルール一切ナシ! とにかく開いてを倒しゃ勝ち! 凶器もOK、手加減ナシの真剣勝負だ。」 「ええ〜ッ、すご〜い、ファラン、そんな大会に出るんだ。」 ぱくっ。そのとき、シャオの一個目のケーキがなくなった。 す、すげえ・・。このドデカケーキを三口か四口で食べたよ・・。 ファランが感心して見ていると、シャオはさっそく二個目のケーキを注文した。 「ほらほら、早く食べないと次のケーキ注文できないよ。」 「なんだって?」 「だからぁ、食べ残したりなんかしたらそこでアウトなんだってば! 完食しなきゃ次にいけないの!!」 「げぇ!!」 ファランは残りのパイを見て思わずうめいた。それでもシャオに遅れをとるまいと、必死でパイをのどに詰め込んだ。 「つ、次はかぼちゃプリン・・。」 急いで食べたらお約束のごとくパイをのどにつまらせ、あわててコーヒーを流し込む。 「大丈夫? 無理しなくていいよ。」 「うげぇ・・。な、なんともない。」 だが、ファランは根っからの負けず嫌いである。たとえケーキごときであっても、女の子に負けるわけにはいかなかった。 「そういえばさ、アイアンフィスト・トーナメントだっけ? それに仁もでるって言ってたなぁ。」 「なに、ジン!!!」 ファランは頬張っていたプリンを吐き出しそうになった。 「ええ〜、ファラン、知ってんの〜?」 知ってるも何も、名前を聞いただけではらわたが煮え繰り返りそうな野郎である。 「シャ、シャオ、奴とどういう・・。」 「んーとね、同級生ってとこかな。私ね、今日本の専門学校に留学してるんだけど、そのホームステイ先のお孫さんなの。私の親戚のおじいちゃんがジンのひいおじいちゃんの友達だったから、その関係でね。」 「ほ、ホームステイ!! じゃ、じゃあ・・。」 「うん、一緒に暮らしてんの!」 あの野郎!! ふざけやがってふざけやがって!!! ファランはやり場のない怒りに紅潮し、身をよじらせた。 「あ、あのなあ、ジンって奴は・・。」 「いい人だよね〜。頭いいし、男前だし。」 シャオは怒り心頭のファランをよそに、妄想モードにはいってしまった。 「三島のおじいちゃんと空手やってるから強いし、何より優しいし。」 「それに、家が超お金持ちだし。ホンット、女の子にもててもててこまるぐらい。」 「でも本人、けっこう甘い物好きでここのケーキ十個ぐらい食べたんだよね〜。そこがまたカワイイんだけど・・。」 シャオは恥ずかしそうにキャっと、顔を赤らめた。 「くっそー!!!」 ファランは怒りをぶちまけるかのようにプリンをガガガガガガッと一気に食った。 あのクソ外道!! こんど会ったら試合でなくともぶちのめしてやる! 手にしていたスプーンが、力みすぎてぐにゃり、と曲がった。 「お代わりだ!! 次、イチゴタルト!!」 ファランはタルトを二つに切ると、口の中へ押し込んだ。そして噛むのもそこそこにゴックン、と飲み込む。 あの野郎に負けてたまるか〜!! ファランはシャオが目を見張るようなスピードで、ケーキをパクパクパクパク貪り食った。甘ったるくなった舌をコーヒーでさっぱりさせ、また次々とケーキに挑むファラン。そんなファランを横目で見ながら、シャオも負けじと食べた。 「うわっ! ファランもう7個目だ〜。がんばれ、ファラン!」 もぐもぐ、ふぐふぐ、パクパク・・。 俺は、負けない!!! そしてとっぷり日も暮れる頃、イタトマ店内では出腹抱えてのたうちまわるファランがいた。ケーキをいくつ食べたのか、ファランは自分でも覚えていなかった。だがもとからケーキがでかく、口直しにコーヒーをがぶ飲みしたせいかケーキが胃の中で膨らんでしまって、ファランの腹は今にもはじけそうだった。 ふ、ふ、ふ・・み、見たか・・ジン。 それでもファランは仁に(こんなことでも)勝利したことで満足だった。 一方シャオは十分堪能したように食後のお茶を楽しんでいた。だがこちらは、ファランと同じくらい食べてもいっこうに平気な顔をしていた。 「ああ、シャオ・・。俺、今から試合あるんだ。悪いけど、帰るわ・・げふ・・。」 ファランは重い腹を持ち上げて、よっこらしょ、と立ち上がった。 はて? もうすぐ夜だというの、店のすぐ外の中央広場に人があふれんばかりに集まっている。何かアトラクションでもあるのだろうか。 「おもしろそうね、行ってみようか。」 「お、おいおい・・。」 シャオはファランの重―い体を引きずるように店を出て行った。 そこで二人が見たものは・・。 「キング・オブ・アイアンフィスト・トーナメント!! 開催!!」 「ファランVSリン・シャオユウ!!」 えっ!? まわりが、もう見たくもないケーキの生クリームみたいに飾られた電光掲示板にでかでかと、ファランとシャオの名前があった。 「レディース&ジェントルマン!! お待たせしました、ただいまより第3回キング・オブ・アイアンフィスト・トーナメントを開催いたします!!」 花火がいっせいにポン、ポポンと打ち上げられ、広場から怒号のような歓声がわきあがった。 「両選手、入場〜!! テコンドーの王子様、ブラッド・タロンー!、ファラーン!!」 リングアナの雄たけびが空気を震わせ、スポットライトが二人を照らしだした。 「ほらほら、ファラン。」 シャオに促されて、ファランは何が起こったんだかわからないまま広場の中央へ歩き始める。 「戦う女子高生、遊遊元気娘―! リン・シャオユウー!!」 シャオが手を振って観客にこたえると、歓声が更に大きく降ってきた。 「こ、これは何なんだ〜! シャオ〜。」 ファランは情けない顔でたずねた。 「へ、へ〜。見ればわかるじゃない。試合よ、試合。」 「お、おまえと戦うのかぁ・・うぷ。」 シャオは悪びれたそぶりもなく、ファランの腕を放して広場の中に進むと、振り帰って無邪気に笑った。 「今まで付き合ってくれて、どうもありがとうね。平八おじいちゃんからあなたのこと聞いていたから、どんな人だろうなーって思ってあそこの公園にいたんだ〜。案の定、ひっかかって、いや、さそってくれて、楽しかったよ。」 シャオは片手でバイバイと、手を振った。 ファランはわなわなとふるえた。 だ〜ま〜し〜た〜な〜!! げっふ。 「ファイッ!!」 レフェリーの腕が振り下ろされ、ゴングが鳴った。ファランは出腹のせいで足どりもおぼつかぬまま、よいしょ、と身構えた。 だが、そこに制服姿女子高生の左回し蹴りがファランの側頭部を打ち抜いた。活面脚。 そのままおねんねしたくなるような強烈な一撃に、ファランは思わずダウンを許してしまったが、それでもがんばって起きあがった。 ドーン!! しかしそこにジャンプしてきたシャオが、ファランの腹部にステップインからの鋭い蹴りを打ち込んだ。 うげ!! ファランの腹から、ケーキが逆流する。そしてファランがひるんだところへ、シャオの拳が無常にも振り下ろされる。前壁加横。 「えーい!!」 とどめは大男もブッとぶ掌底、相手に向かって大きく踏み込んだ架推掌!! やな感じ〜!! ファランは土煙をあげて観客の中に突っ込み、ピクピク痙攣した。 「決まりました!! 第一試合、勝者リン・シャオユウ〜!!!」 ファランはリングアナの絶叫を地べたに転がったまま聞いていた。腹がはじけそうなのに頭がぼんやりする。自分が負けたという感じはまだなかった。 しかし・・。 「おーい、シャオーっ!! 勝ったなー!!」 なんだか聞き覚えのある声が頭の上を飛んで行った。 この声・・やけにムカつく。 「あ、仁!!」 シャオがポップな声でこたえた。 「すごいぞ、あのファラン相手に1分足らずで勝ったな!」 「えっへん! すごいでしょー!!」 シャオはVサインを極めた。 カ、カザマ〜! ファランは顔に不気味な笑みを浮かべて、ずずっと地べたを這いずっていった。 俺は、キ、キサマを・・。 「うっっ!!」 しかしそのとき、ファランは稲妻にうたれたかのように動かなくなった。 ケーキが・・ケーキが・・ 意識が遠くなっていくファランの目に最後に映ったのは、仲良く腕を組んで歩いていく仁とシャオの姿だった。 「そういえばシャオ、試合前にファランとどこへいってたんだ?」 「んー、そこのケーキ屋さん。今日ねぇ〜、バイキングの日だったんだ。」 「ケーキ!! で、今日はいったいいくつ食べたんだ!?」 「んーとねぇ、十個ぐらい。今日は試合があるからひかえておいたんだ。ファランはもっと食べたけど。」 シャオは倒れているファランを見てにやっと笑った。 「それは・・気の毒に。」 試合前からもう試合は始まっていた・・。 こうしてファラン君は大会を、もとい大海を知ったのであった。 しかしこのあとファランがどうなったのか、仁とシャオは終始知ることはなかった。 |