ジュリア、それはあまりに突然すぎる夏のバラのように・・
| 営業時間の終わった、とある夜のアミュ−ズメントパ−ク。 試運転のために、人を乗せていないメリ−ゴ−ランドがくるくると、きらびやかに回っている。 だがアミュ−ズメントパ−クの中央にある広場には、大勢の観客たちが集まっていた。 これからが本番、本日のメインイベントが行なわれるのだ。 リン・シャオユウの試合。 東京にきて様々なテ−マパ−クを見学したシャオは、その中でも一番気に入ったここを 平八に頼み込んで自分専用のステ−ジにしていた。 女子高生が大の男をばったばった倒していくというので観客の人気も上々、 ここは平日の昼よりも夜の方がお客が集中するようになった。 「あ−、美味しかった。」 しかし試合開始三十分前になっても当のシャオはまだ広場の横のイタトマでお茶をしていた。 その前に軽〜く(←?)ケ−キも食べたし、準備は万端、いざ出陣を待つばかりである。 「よく食えるな・・。」 シャオのお目付け役・仁はすさまじい量の皿が運ばれていくのを横目で見ていた。 風間仁。三島平八の孫であり、三島一八と風間準の息子である。 とある事件で母を亡くし、現在は平八のもとで暮らしている。 長身で精悍な顔つき、しかも家が大金持ちであるので女によくもてるが、 シャオにとっては口うるさいお目付け役に変わりない。 彼もまたこの大会の出場者だが、今日はシャオの試合に付き添っていた (というか、心配なのでシャオの試合にはほとんど付き添っている)。 「大丈夫、糖分はすぐエネルギ−になるから試合中の息切れを防ぐんだよ。」 「でもこれじゃあ・・。」 仁は過剰摂取、という言葉をあわてて飲み込む。だがシャオはいつもこんな感じであっても ここまで勝ち進んできた。実際、ファランさえも倒したのだ。 体は小さく、力はなくともその天賦の格闘センスの良さには仁も一目置いていた。 「あ、そろそろ時間だ。体、動かしとこ。」 シャオは椅子から飛び上がるように立ち上がった。 仁はあれだけ食べてよく身軽に動けるもんだ、とまた感心した。 その時、外で犬が吠えたような大声がした。窓側の客達が騒いでいる。 広場で何かあったらしい。二人が野次馬根性で外に出てみるともう人の輪が出来ていた。 何とか人ごみをかき分けていくと、その中心では丸々太ったスキンヘッドの大男と、 褐色の肌をした若い女性が対峙していた。 「ああん、てめえ、今なんて言ったぁ!」 大男の方はだいぶ腹が立ってるらしく、頭はまるでタコのように紅潮していた。 二人はこの男に見覚えがあった。シャオの次の対戦者だ。 「だから、出場権を譲れと言ったんだ。」 女性の方は男が怒っていることなど全然恐くないらしく、頭をかきながら平然としていた。 観客の間にどよめきが起こる。 「んだと、金もねえのになめやがって! ぶっ殺すぞ!」 大男は脅すように大声を張り上げる。 だが大男を小馬鹿にするかのごとく、女は親指を逆さに振って挑発した。 「上等だ! やってみろ、このタコ!!」 女とは思えぬ罵声。タコはついにキレた。 「コンノヤロォォ!!」 大男は大きくふりかぶって、褐色の女に殴り掛かった。 うわぁ! 観客が叫ぶ。 しかし次の瞬間、女は大男の視界から消えていた。男の拳がむなしく空を切る。 ゴン! 女は空高く跳躍し、男の脳天に肘鉄を一発お見舞いしてやった。 鋭い衝撃が男の脳をかけめぐり、男は目の前が真っ暗になった。 「哈噫−呀!」 女はさらに、米袋のように男を肩に担ぎ上げ、脳天から垂直に地面にたたき落とした。 ガツン! という鈍い音がして、大男はゆっくりと崩れ落ちる。起き上がってくる気配はなかった。 観客は一瞬、水を打ったように静まりかえり、その後ものすごい喝采が沸き起こった。 拍手、口笛、コ−ル、狂暴なまでの熱気に辺りが包まれる。 だが仁とシャオはまわりからとり残されたように、まだあっけにとられていた。 褐色の女は倒してしまった男には目もくれず、フン、とそっぽをむいたが、 観客の中に仁の姿を見付けると、しばらくじっと見て、それからなぜかこっちにやってきた。 「ちょっと。」 こっちにも喧嘩を仕掛けるのか、と思って仁はどきどきして身構えた。 「・・な、何だ?」 「別にアンタとケンカしようってんじゃないわよ。」 仁の様子に気づいたのか、女は肩をすくめた。 「アンタ、出場者でしょ。ジン・カザマとかいう・・?」 「そうだが・・。」 女は仁を鑑定するかのように眺め回して、それからフン、と鼻で笑った。 「ちょっと・・! あなた誰?!」 その態度が気に食わなかったシャオは、女の視線を仁からそらすようにように、わざと声を強めた。 「アタシ? アタシはジュリア。ジュリア・チャン。」 聞いたことがない名前だ。 「アンタがアタシの次の相手だね。試合、期待してるよ。」 ジュリアはニヤリと笑い、大勢の観客を尻目にスタスタと歩き去った。 今日の試合は開始前から大いに盛り上がった。 選手のなかでは人気ナンバ−ワンのシャオと大男を倒し突如乱入してきたジュリア、 いかにも観客が好みそうな組合せである。 「お−い、仁! ここ、いいかぁ?」 仁がシャオの出番を待っていると、背後からポ−ルが声をかけてきた。 「あ、ポ−ルさん! ・・まだひどいですね。病院、どうでしたか?」 ポ−ルの顔は目蓋は赤く垂れ下り、頬は怒ったフグのようにはれあがっていた。 体中にところどころ残る青アザも痛々しい。 二人はこの大会を通じて知り合った。きっかけはポ−ルが風間準と知り合いだったからなのだが、 仁が一八の息子でもあると知った時、ポ−ルは涙を流さんばかりに感激した。 「ん−、一応なんともないってさ。えれえ頑丈な体だと。しかしまったく、ニ−ナの野郎・・。」 夕方に行なわれたポ−ルとニ−ナの試合は大会でもまれにみる激戦だった。 仁とシャオも見にいって、その熟練した戦い方に思わず息を飲んだ。 途中ニ−ナがポ−ルにビンタを連発したのは笑ったが、最後はポ−ルがニ−ナの腕の靭帯を極めた。 「あんなんであっさりギブアップするなんて思わなかったんだけどな。お、シャオだ。」 シャオはチャイナ服をアレンジしたリングコスチュ−ムに着替え、 堂々と花道に現われた。嵐のような歓声に愛想よく手を振る。 ジュリアはさっきと同じすこし薄ら汚れたTシャツにGパン姿で登場した。 観客に応える様子はない。静かに、しかし野性的な、山猫のような眼差しが妙に印象的だった。 「仁、アイツ誰だ?」 「それがよくわかんないんですよ。」 仁はさっきのことを適当に説明した。 「へぇ、大男をK・Oねぇ。豪気だな。」 「まるで女子プロみたいでしたよ。この大会に途中乱入するぐらいだから、何か事情があるんだろうが・・。」 「お、始まるぞ。」 広場の中央で二人が対峙する。二人とも、お互い手を差し出そうとはしなかった。 ファイティングポ−ズを取り、相手をうかがった。 この人、必死だ。 ジュリアのスタンスの広い前傾姿勢の構えに、シャオは今までにない緊張感を感じた。 普通このように攻撃的な構えは、打たれ強い屈強な男が取るものだ。 ジュリアがあえてこの構えを取っているのは試合を一気に制圧したいか、カウンタ−を狙っているかだろう。 がんばらなきゃ・・。 シャオは自分に言い聞かせた。背筋をピンとのばす。 「ファイト!」 レフェリ−が腕を振り下ろした。 「ヤァアッ!」 それにあわせてジュリアが突進してきた。ジュリアのパンチは容赦なくシャオの顔面を狙う。 シャオは即座に半身に身構え、相手の側面に移動した。 いつものパタ−ンね。 シャオと対戦する男は、大抵いきなり勢いのある攻撃を仕掛けた。 それはシャオを侮っているからに他ならないが、そんなモ−ションの大きい技を シャオが食らうわけはなかった。 シャオは素早く体を沈め、遠心力を利用した形で足払いをかける。掃腿。 ジュリアの体がグラリと揺れる。そこを狙いすましたかのように、 シャオが背を向けたまま手刀を打ち込む。背身撃。 「これでもくらえっ!」 勢いをつけたまま、シャオの後ろ蹴りが飛んだ。虎尾脚。 手応えがあった。 いける! シャオは思った。 シャオは女だし、小柄なので力はない。そんなことは当人が一番自覚していた。 しかしそれは、同時に彼女の武器でもあった。男はシャオをなめてかかるか躊躇する。そこにスキが生じる。 そして小柄な体は、まず、相手の攻撃すら半減させる。 打撃においては、腕が肩からまっすぐに伸びているかどうかが重要な要素であるが、 この時あまりにも体格差がありすぎると突きの動作がどうしても曲がった状態になるので、 攻撃力が損なわれる。軽いフットワ−クで相手を翻弄し、遠心力をつけた攻撃で確実に技を叩きこむ・・ それがシャオの戦い方だった。 だが、後ろ蹴りは紙一重の差でガ−ドされた。ジュリアは少しよろめいたが、 柔軟性のある体を活かし、もとの体勢に戻る。 やっぱり、一筋縄ではいかないか。 シャオもすぐに次の攻撃に移った。両腕を大きく振り上げ、ジュリアに向かって振り下ろす。双璧掌。 その手の動きは鳥のはばたきにも似ていた。 「キャアッ!」 しかしその瞬間、シャオの視界からジュリアが消えた。 ジュリアは、まるで下半身が土中に埋まったかのように体を沈め、 シャオの脛に強烈な蹴りを放った。足がもげそうな程の痛み。体が大きく傾く。 さらに下から突き上げるアッパ−が顎をとらえた。前掃十字把。 シャオはその衝撃で、観客の方にふっとばされた。 「シャオ−!」 勝負あったか、と仁は思った。が、観客がクッションになったのか、 シャオがその間からひょっこり顔を出す。仁はほっとため息をついた。 シャオは観客を押しのけて中央に戻った。 こんな試合、始めてだ・・。 頭がぐらぐらする。心はそれ以上に混乱していた。 相手が女だからって油断してたのは、私の方だったってことか。 シャオは気付いた。自分はまかりなりにもこの大会で勝ち進んできた。 男に負けない自信はある。まして女なら・・という気持ちがどこかにあったのだ。 シャオはまっすぐジュリアを見つめた。視線が交錯する。 でも、負けられないよ! シャオは視線をそらさずに、突然身を屈め腕を鳥の翼のように大きく広げた。鳳凰の構え。 ジュリアの度胆を抜くにはこれで十分だった。 「?! 何のつもりだ!」 シャオはその体勢のまま間合いを詰め始めた。 ジュリアはシャオの次の手が読めず、様子をうかがっていた。 今だっ! やあぁぁっ! という掛声一閃、シャオは大きく跳躍し、 ジュリアの脇腹に回し蹴りを放った。騰空擺脚。 素早い回転を効かせ、二度、三度、打ち込む。 決まれ!! シャオは間髪入れず、ジュリアに向かって踏み込み、掌底を叩きこんだ。架推掌。 やった?! だが手応えが、なかった。しまったと思う間もなく、 横から丸太のような足がシャオの頭めがけて飛んできた。 掌底はジュリアの円を描くような足さばきによってかわされてしまったのだ。 「くっ!」 反射的に腕を振り上げガ−ドする。すぐにパンチがシャオの目の前に迫ってきた。 かわしきれない! 頬が熱くゆがむ。幸い腰が入っていなかったのか、ダメ−ジはたいしたことはなく、 横に払いのけられた感じだった。 もちろんこのパンチは本命ではなかった。 そのスキにジュリアがシャオの背後に回り込む。背面取り。シャオは即座に反応し、 振り向きざまにロ−キックを放った。しかしジュリアは体を沈み込ませるかのようなステップを踏んで、 シャオの側面にまわった。 「ハァッ−!!」 ジュリアはシャオに肩車するようにとびのった。 シャオの細い首がジュリアの鋼鉄の太ももに締め付けられる。 ジュリアはそのまま倒れこみ、シャオの顔を固い広場に叩きつけた。ウラカン・ラナ。 豪快なプロレス技だ。 倒れこむ刹那、シャオはメリ−ゴ−ランドの照明が幾重にも残像を作って輝いているのを見た。 とどかなかったね・・。 シャオは顔面を強打し、そのまま意識が弾け飛んだ。 「勝者、ジュリア・チャン!」 レフェリ−がジュリアの右腕を掲げる。観客が凄まじい歓声を上げた。 「おい、シャオッ!」 仁は駆け寄って動かなくなったシャオを抱き起こした。 シャオの顔は吹き出した鼻血とすり傷で酷いものだった。 「派手にやられたな。顔に傷が残らなきゃいいが・・。」 ポ−ルがジュリアをちらっと見る。ジュリアは激しく息をつきながらギロッと睨み返してきた。 脇腹へのダメ−ジは相当だったようで、手で抱え込み苦しそうにしていた。 ジュリアはシャオに一瞥をくれるとゆっくりと歩き去った。途中でふと、 思い出したかのように仁の方を振り返ったが、すぐに踵を返して行ってしまった。 「何者なんだ、あの女。」 仁はポ−ルの顔を見た。ポ−ルは、むぅ、と唸っていた。 「そういえば19年前な・・。」 ポ−ルは去りゆくジュリアの背中を見つめてつぶやいた。 「アイツとそっくりな女拳士がいた。戦い方から雰囲気まで、ホントそっくりな、な。」 「19年前? この大会で?」 「ああ。そして、そいつの名前はミシェ−ル・チャン・・ たぶんアイツはミシェ−ルの娘かなんかじゃないかと思うんだが。」 不思議な感覚が仁を襲った。母がともに前大会に出場し、その子供達が再び大会で出会った、 因縁のようなものだろうか。 仁は、ジュリアには何かあるような気がしてならなかった。 「あいた・・痛い、痛い、痛いってば!」 シャオは自分の声で気がついた。 「あ、起きたか。動くんじゃないってば。」 仁はシャオをひざまくらにのせて、顔に消毒してやっていた。 「一応、病院にも行ったけどたいしたことないってさ。 骨にも異常ないし顔の打撲だけ。ポ−ルさん並みに丈夫だな。」 仁は笑った。シャオはふくれて、そっぽをむいた。 「ふん。・・なにさ、ひざまくらったって、この脚の異常な固さ! 自分だってバカみたいに丈夫じゃん。」 シャオはそう言って、仁の腿に寝転がった。 でもそうしているうちに、涙が心の奥からじわり、とあふれてでてきた。 「おい、消毒痛かったか?」 「・・そんなんじゃない。」 あとに続く言葉はでてこなかった。 「馬鹿。そんなんじゃない、そんなんじゃないってば・・。」 肩が震え、頭が真っ白になった。試合に負けて悔しかったのか、 夢やぶれて悲しかったのか、わからない。それでもシャオは、ワッと泣きだした。 顔は歪み、涙があとからあとから沸き上がってくる。しゃくり上げ声を上げ、 シャオは自分でもどうして、と思うほど激しく泣いた。 「シャオ・・。」 仁はシャオにかけてやる言葉が見つからなかった。 「くっそ〜!! くやしいよ・・仁・・。」 シャオは仁にすがりついた。 「私、勝てなかったんだね・・。」 それはシャオが生まれて初めて味わう、完全な敗北だった。 さらさらと、葉音をたてながら風が流れていく。 満月が夜の森を照らす。ジュリアはその中を歩いていた。 ここは三島邸の裏山。シャオとの試合の後、人目をさけつつも、 ジュリアはまっすぐにここに来た。無論、三島邸に侵入するつもりで、である。 日本に来てからというもの、試合会場をさんざんまわって母を捜したが、結局みつからなかった。 とすれば、あの屋敷に母さんが捕らえられているに違いない。ジュリアは思った。 そして平八も、そこにいるはずだ。 気にくわないのがそこに風間仁もいることだ。仁が平八の孫だということは知っていたが、 現在、仁は三島邸で暮らしているということを、ジュリアは日本にきてから知った。 平八が実の父親を殺した張本人だというのに、どういう神経してるんだ? これでは風間を頼れといった母の話も眉唾物だ。 しかし裏山は不気味なほど不用心だった。 こっちが用心していろいろ武器を取り揃えてきたのに、 三島邸の裏山はセンサ−はおろか監視カメラの類も一切無かったのだ。 誰が来てもたたきつぶす、というのか。 ジュリアは舌打ちした。 みてろよ、三島平八・・。 その時、ジュリアは獣のようなにおいを嗅いだ。いや、獣にしてはやけに艶かしすぎる。 ・・人間!? ジュリアは身構えた。心臓の鼓動が一気に高まった。 まさか、みつかったのか? 全身が総毛立った。動けともいってないのに、足は早くも逃げだした。 だが、その判断は正解だったのである・・。 |