遥かなる時の彼方へ

〜深海〜

あなたのことは心配していないわ、キッド。
いずれきっと彼が、あなたを見つけてくれるはずだから。
それとも、もうそこにいるのかしら、ジャキ?



深海・・
太陽の光も届かぬ、暗黒の世界。
真の静寂に包まれた極寒の世界。
彼はそこで、氷山のなかに閉じ込められた自分の姉を見つけた。

「・・姉・・上・・」
魔神器の暴走という危機に瀕し、身を呈して海底宮殿から自分を救ってくれた姉・・あまりにも残酷すぎる現実を突きつけられ、彼は言葉を失った。
崩壊する海底神殿から放り出され、そのままこの海底で氷漬けになったのだろう、一輪の花を閉じ込めた氷柱花のように、姉は・・サラは当時のままの美しさをたたえていた。
「これが・・これがサラの、私の運命なのか・・」
苦しい。
彼のその強大な魔力で生命維持に必要な空間をつくりだしているものの、深海の水圧は容赦なく彼の心を締めつけた。
彼は姉が閉じ込められている氷にそっと手を触れた。
「私の魔力をすべてつかえば、この氷を破壊できるな・・」
もちろんそんなことをすれば、氷山が破壊するのと同時に膨大な水圧が彼を襲い、二度と日の目をみることはできないだろう。だがそんなことはどうでもよかった。姉を助けること・・それだけが彼の望みだったのだから。
「深遠なる闇の底・・ククッ・・ここで最期を迎えるとは、まさに魔王の名にふさわしい。」
ありったけの魔力を手に集中させる。ためらいはない。
彼の脳裏に、幼い頃姉の腕の中で見た夢が、次元の渦に飲み込まれ一人きりで生き抜いた過酷な日々が、あの仲間達と時代と世界を超えて星を救った戦いが、走馬灯のように駆け巡った。
もう、悔いはない。
彼の指先のあたりから、氷が序々に蒸発し、煙が立ち昇っていく。
「姉上・・サラ・・ともに行こう・・すべてのものが還りゆくというズルワーン・・夢の海へと・・」
彼はふと、サラが微笑んだような気がした。
しかし。
彼の手がサラの頬に届きそうになった、その時!!


ジャキ・・逃げて・・!!



グオオオオオオオオオオオオッッッ!!!

闇の底に潜んでいた獣が突然起きあがり、その咆哮が深海を揺るがした。
空間が震え、次元が歪んでいく。
水、風、砂、そして時間が、深海の水流にのってうねり、逆巻く。
「・・何! 何が起こったというのだ!!」
ゴゴゴゴゴゴゴ・・。
獣の背に乗せられるような形で、サラを閉じ込めた氷山がみるみる間に上へ上へととせりあがっていった。
「姉上!!」
彼は闇から這いあがった獣を見て愕然とした。
「・・ラヴォス・・貴様、なぜ、ここに・・!!」
物質が爆発した瞬間をそのまま凍てつかせたような巨大な体躯。すべてを見透かし、嘲笑するような目。星のすべてを喰いつくす怪物・・ラヴォスにまちがいない。
ラヴォスは彼の筆舌に尽し難い怒りに呼応するように、体を真っ赤に燃え上がらせた。そして、背に乗せたサラに向かって赤い触手をゆらゆらと伸ばしていった。
「・・・!! その手を放せッ!! 貴様に、貴様に姉を喰わせてなるものかッ!! ラヴォス!!」
彼は漆黒の鎌をかまえ、大きく跳躍するとラヴォスめがけて、ズドン、と振り下ろした。ラヴォスの触手が2、3本、スパッっと切断されて海の底へと落ちていった。
「ヤアアアアアアアアアッッ!!」
怒号とともに彼は腕を振り上げ、ラヴォスの脳天に鎌をぶち込もうとした。だが・・

ギロリ

鎌が脳天に突き刺さる瞬間、ラヴォスは怒りに震える目で彼を見た。彼もまたラヴォスの目を見た。互いに目と目があった瞬間、彼はラヴォスの無数の触手に体を貫かれた。
「グハアッッ!!」
赤い触手はそのまま炎と化し、彼の身体を焼き尽くした。


ジャキ・・ジャキ・・!!


・・姉・・上・・

言葉にならない声が、炎の中でかき消されていく。
荒ぶる炎が彼の細胞の一つ一つを壊していく。破壊された細胞から体液が滲み出し、泡となって海に溶けていく。心臓が死への恐怖におののく。肉体は炭化し、その塵が渦巻いてバラバラにほどけていく。彼の胸に姉を救えなかったという深い後悔が去来する。


ジャキ、死なないで・・死なないで・・!!


そうだ、私は、このまま死ぬわけにはいかない・・!!

「・・姉上、私は誓おう・・」
薄らいでいく意識のなか、もはや体の半分も残っていないというのに、彼は遥か上空の、氷の中に閉じ込められている姉に向かって手を伸ばした。
「たとえ私の肉体は滅びても・・この先どんなに時が流れようとも・・私は再び甦り、サラ、あなたを必ず解放すると・・!!」
百年、千年・・いや一万年の時が流れようと・・
この深海から私は甦る・・必ず・・
彼の腕が、美しい顔が、髪が、海と同化していく。
そして彼の指先が、海中に滅していった。




なんということだろう・・
彼女の心は泣き崩れた。
消え去ることを望んだ自分ではなく、助けに来たはずの弟が暗黒に飲まれてしまうとは。
憎い。
無力な自分も、自分の過去も、未来も・・。
自分の存在が全ての存在を否定するのだから。
ジャキ・・私は「無」に帰したい・・
全ての罪を償うために・・

だがその時、彼女はかすかな泣き声を聞いた。

過去と未来が混在するこの場所では、いつの時代、どこの世界でも、全ての音が聞こえてくる。
人の幸せそうな笑い声も、風にゆれる草の音も、傷つき倒れていく人の叫びも・・。
すべての音が聞こえる。そして全ての音がノイズのように交じり合う。
どんな音かは区別がつかない。つまり、完全なる静寂・・。

助けて・・

しかし、彼女ははっきりと聞いたのだった。
この静寂を切り裂くように、小さく、今にも消えそうな子供の泣き声がこだまするのを。

助けて・・僕を助けて・・



あなたは、誰・・
どこにいるの・・
なぜ、泣いているの・・


彼女は声の主を探して時の流れを繰った。
十年、百年、千年・・一万年・・遥かな時間の果てまで・・
彼女は時の流れを走査して、目当ての時にぶつかった。
荒れ狂う海。
波間に漂う一艘の舟。
櫂をこぐ2人の男、泣き叫ぶ子供・・。

痛いよ・・痛いよ・・


子供が泣き叫ぶ声・・
なぜ聞こえるの・・
なぜ、こんなに懐かしいの・・


彼女はゆっくりと手を伸ばす。


さあ、つかまって・・

んとうのはじまりは、古代王国の崩壊の際に、次元の渦に落ちたサラ王女があなたの泣き声を聞いた時……。


私はかつてジャキの手を離してしまった・・
だから、あなたを・・

たしかにその時に、物語の糸はつむがれはじめたのよ。過去と未来はまじわり、世界はふたつにわかたれる……。ヒョウ鬼の毒にうなされるあなたの泣き声に導かれ、サラさんは1万年の時を超えてこの次元に接触しようとしたの。


あなたを助けたい・・



彼女の指先が静かに次元を破る。

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