遥かなる時の彼方へ

〜邂逅〜



暗雲から雷があとからあとから鳴り響く。波は揺れ、激しくうねったかと思うと、小さなボートを飲み込もうと音を立てて振りかぶってきた。必死でボートの櫂をこぐワヅキ。毛布に包まれた小さなセルジュを腕に強く抱きしめ、決して放すまいとするミゲル。
「テルミナはまだなのか! ミゲル!!」
エルニドの海は比較的穏やかな海なのだが、運悪く今日の天候は最悪だった。
十年に一度、あるかないかの大嵐。ワヅキは大声で叫びながら、両腕を振りまわし、次々に襲いかかる大波をよけて嵐の中ボートを進めた。
「まだだ・・陸地が見えない。」
「セルジュは・・セルジュは大丈夫か!?」
「・・熱が高い。早く医者にみせないと・・セルジュ、すまない!」
その日の朝、セルジュはレナを誘いにミゲルの家に来た。「レナなら裏庭にいるぞ。二人してあんまり遠くに行くんじゃないよ。」 ミゲルが笑ってセルジュに声をかけ、セルジュが家の裏手からでていって程なくして事件は起きた。

ギャ------------------------ッ!!

「!? セルジュ? セルジューッ!!」
あまりに異常な、子供の泣き叫ぶ声がして、ミゲルは壁にかけておいた銃をひったくるようにして家の裏手に飛び出した。
ダン、ダン、ダーーーーーーーーーンッッ!!
血まみれのセルジュの肩をくわえたまま、ヒョウ鬼はミゲルの銃弾に倒れた。
「セルジュ、大丈夫か、セルジュ!! レ、レナ、レナは!!」
銃声の音に驚いたミゲルの母親と、それにレナが家から出てきた。レナは家の中に戻ってきていたのだ。
「セルジュ、しっかりするんだ、セルジュ!!」
ヒョウ鬼に噛まれた肩から吹き出す血がとまらない。傷口からヒョウ鬼の毒を吸い出したものの、顔面蒼白で熱も高く、すぐに医者に診せなければセルジュの命は危なかった。
セルジュの父・ワヅキとミゲルは、大シケが来るぞという村人の忠告にもかかわらず、すぐに幼子を抱きかかえてテルミナに向けて出航した。小さなアルニ村には医者はいなかったのだ。
「ミゲル、なんか変じゃないか!? いくらシケとはいえ、もうテルミナについてもいい頃なのに!」
ミゲルは豪雨で視界が極端に悪くなった周辺を見まわし、目を凝らして必死に陸地を探した。だが目印であるテルミナの大灯台は、ボートから見える視界の先には影も形もなかった。ミゲルはいいようのない不安に襲われて、胸のポケットから磁石を取り出した。
「・・ワヅキ!! 大変だ、これは・・ただの嵐じゃない!! 磁気嵐だ!! コンパスが・・狂っている!!」
ミゲルの手の中のコンパスは、突風で回り続ける風見鶏のように、クルクルと回っていた。
磁気嵐。ひとたび猛威を奮えばその周辺一体に強烈な磁場が発生し、コンパスを狂わせ船を遭難させるという。
「なにぃ!! じゃ、俺達は・・!!」
この大海原の、しかも嵐の中で、自分の現在地を見失うという事は即、死を意味する。
「どうしろっていうんだ・・・早く医者に診せなければセルジュが、俺の息子が死んでしまう!!」
その時だった。

カッ!!

天地を裂くような稲光が波間を漂うボートを直撃し、ワヅキとミゲル、そしてセルジュの視界は真っ白になった。
電撃が三人の体を駆け抜け、心臓を突き動かした。三人の思考は瞬時にして停止し、雷に貫かれた痛みも熱さも、何も感じることはなかった。
そして・・奇跡が起こった。
波間にボートだけを残して、三人はその光とともに影も形もなくどこかに消え失せたのである。
あとには、強暴な波だけがうねりをあげて大きく逆巻き、得意げにワヅキ達が乗っていたボートを軽々と海の底に沈めた。




ガシャン・・ガシャン・・
鉄板を何か重いもので打ちつけているような音がして、セルジュは目を開けた。どうやら誰かに抱きかかえられているようだ。
幼いセルジュは、頭がボウッとして焦点が定まらぬまま、抱きかかえてる者の顔を見上げた。
だが・・驚きで、声にならなかった。
セルジュを抱きかかえているのは人間ではなかった。ロボット・・アルニ村ではめったにみることはなかったが、ベージュ色でずんぐりとしたボディの人型ロボットが、セルジュを大切に抱えながら歩いていた。


起きたようデスネ・・

ロボットの大きな目がセルジュをのぞき込んだ。ロボットのセンサーアイが、ウイィン、という音とともに拡大率をあげ、セルジュの顔をモニターに焼き付けた。一方、セルジュは驚きと恐怖で声も出なかった。足をばたつかせてどうにか逃げようとするが、激しい肩の痛みと高熱で体がいうことをきかない。


怖がらナイデ・・ワタシは、アナタを助けたいだけデス・・


ここはどこなのだろう。セルジュには皆目検討がつかなかった。父も、ミゲルも、どこにもいないようだ。 ロボットは鉄製の部品やパイプなどが幾重にも重なってできた、温かみがまるで感じられない冷たく暗い建物の廊下を進んでいた。だがその鋼鉄の腕は優しくセルジュを包み、嵐で冷えきったセルジュの体をあたためていた。


ワタシのナは・・「プロメテス・コピー」No.787418782・・プロメテウス・・

まるで金属音のような形容しがたい声でロボットは言った。
セルジュは自分が夢を見ているんだ、と思った。夢でなければ・・なんなのだろう。


セルジュ・・・・ナツカシイ・・
コピーにスギナイワタシにも・・あの日々のデータは今なお鮮明に記録されていマス・・
クロノ、マール、カエル、エイラ、ルッカ・・そしてアナタ・・

・・セルジュ・・

セルジュにはロボットが何をいっているのか、さっぱりわからなかった。


ココハ『クロノポリス』。
アナタハココニ呼ばれタノデス。

時間がとまったように動かない、プロメテウスよりもずっと強そうな無数のロボット達。複雑な迷路のような階段、廊下、電気の明りで浮き上がる絵・・セルジュには見たことがないものばかりだった。時折、セルジュとプロメテウスの間を人影のようなものがスッと通り抜けていった。
幽霊・・?
セルジュはプロメテウスの腕をギュっと掴んだ。


磁気嵐ノタメニ、「フェイト」ノシステムガダウンシテイマス。
チャンスハ今ダケデス・・

ロボットは足を止めた。セルジュが振りかえってみると、廊下の奥はとても頑丈そうな鋼の扉で閉じられていた。よしんばこのロボットが力任せに開けようと思っても、到底無理なように思われた。

アナタが助かるタメには、アナタ自身が自分がナニモノであるか知らねばナラナイ・・


ロボットはセルジュをしっかりと抱えながら、片方の手を扉にかざした。
「・・・・・・?」


コレから「炎」の場所にアナタを案内シマス。
アナタハ炎ト星ノ調停者にナリマス。


ロボットの手から光が発せられ、鋼の扉がそれに反応するようにゆっくりと開いていった。

プロジェクト・キッド・・始動・・コノ時点ヲ0トシ、スベテの時間制御プロジェクトノ起動点トスル・・終着点ハ、コレヨリ12万2640時間30分11秒後ノ予定・・途中、多少ノ起動修正アリと認めらレル時ハ、ソノツド補正スル・・セーフティ・プログラム始動・・調停者:網膜パターン登録:以後調停者以外の接触不可・・。

徐々に開いていく扉の隙間から、真紅の光が差しこむ。光はセルジュの顔を赤く染め、セルジュは顔を上げて扉の奥をじっと見据えた。


触れて下サイ。
炎はアナタに真実を見せマス。
聞いて下サイ。
1万年ノ時を超えてこの次元ニ接触しようとした彼女の声ヲ・・

扉の奥の部屋の中央には台座が立ち、その上に炎を凍てつかせたような形の宝石が激しく煌いていた。

ギロリ

そのとき、宝石が生物のように動いた。
セルジュは、ひっ! とうめいて、ロボットにしがみついた。
「・・・・!!」
炎の中心部から目が現れ、その目はセルジュをじっと見つめた。
セルジュもまた炎の目を見た。互いに目と目があった瞬間、炎の魔力に引きこまれるように、セルジュの意識は炎に吸い込まれていった。
そして・・いつのまにかセルジュは炎の側から自分を見つめていた。
炎はセルジュの側からセルジュの姿を映し出した。
だがそれはセルジュではなかった。
長い藤色の髪をした険しい顔の男・・セルジュは息を飲んだ。
この人は、誰なのだろう・・

「それは私だ。」



セルジュの身体の中から声がした。
「・・・・・?!」

「お前の真実の姿、記憶の奥底に眠る者。姉を救うという誓いのため、一万年もの時をさまよい、お前に転生した。」


突然、セルジュの意識が鏡が砕けるように壊れた。
その破片から「ジャキ」の意識が飛び出した。

「ジャキ」の意識がセルジュの身体で目覚め、同時に目覚めた強大な魔力は瞬時にしてセルジュの肩の傷を癒した。
セルジュの身体のなかで「目覚めた」ジャキは、ロボットの手から飛び降りると、静かに立ちあがった。
「そうだ、私は・・・・ジャキ・・・・」


一万年前、ラヴォスニ敗レタアナタハ、コノ時代ニ自分ノ分身ヲ・・
「セルジュ」ヲ生ミダシタノデスネ。

「お前は何者だ」
そこには、すでにプロメテウスの姿はなかった。巨大なホールの中央で、様々な機械に束縛された赤い炎だけが台座の上で揺らめいていた。


私ハ、「プロメテウス」・・「フェイト」ノ、セーフティ・プログラム・・
実体ハアリマセン・・

青白く薄暗い空間に、プロメテウスの幻影がくねくねと、波打って現れた。機械が映し出す、幽鬼のような幻影には、セルジュが感じた腕の温かみは失せ、その透き通った体からは炎の赤い光が通りすぎていった。
「・・ここはどこだ。私はどうしてここにいる・・? そして・・」
「ジャキ」は炎を睨みつけた。
「あれはなんだ?」


「炎」・・ラヴォスノ破片デス・・

「・・ラヴォス・・」


磁気嵐ガ起コッタノデス。
未来デモナク、過去デモナイ空間・・
時間ガ、メビウスノ輪ノヨウニ循環スル「始マリニシテ終ワリナル場所」・・
ソコカラ、コノ次元ニ向ケテ、巨大ナエネルギーニヨル干渉ガアリマシタ。
次元ヲ歪マセル程ノエネルギーニヨリ、「フェイト」ノシステムダウンガ生ジ、下位プログラム
「プロメテウス」ガ立チ上ゲラレマシタ。

「嵐によってお前が目覚め、そこにセルジュが偶然流れ着いたというわけか。」


偶然、デハナク、必然ニ・・

「・・・・?」


磁気嵐ノ原因ヲ究明シテイル最中、別次元ヨリ大量のノイズとトモニ、
ジャキ、アナタヲココニ呼ぶ声ガ・・

「・・・・サラ・・」


ヒョウキの毒ニ侵サレ、ウナサレルアナタヲ助けるタメニ、
彼女ハ次元ヲ超えアナタニ接触ヲ試ミタノデス。

「・・・・・・。」


「セルジュ」ノDNAハ、ほぼ「ジャキ」ト同一ノモノデシタ。
 炎・・ラヴォスハ、自らニ触レルモノノDNAヲ、自ラ内包スル音ニヨッテ、組ミ替エマス・・
そこにワタシは賭けてミマシタ・・
アナタヲ炎に引き合わせ、「ジャキ」ノ能力ヲ目覚めサセルコトニヨッテ、
自身を癒す方法ニ・・

「サラは今、どこにいる。始まりにして終わりなる場所とはどこだ。」


・・ドコデモナイ・・
時ノ闇ノ彼方ニ・・

プロメテウスの幻影が、まるでリボンを引っ張るようにシュルシュルと、空中にほどけていった。幻影が失せた後に、真紅の炎・・ラヴォスが現れた。そしてラヴォスに、今にも飲みこまれそうなサラがいた。

「サラ!!」


コレハ「時喰い」・・
アナタ達が倒したラヴォスが、時ヲ超え次元ヲ超え、
コノ星ノ生命ト融合シ、新たな生命体トシテ
生まれ変わったのデス・・

「・・ならば・・あれからずっと・・ずっとサラは・・!!」


「時喰い」ハ、憎しみや怒り、絶望・・ソノヨウナ
「負の感情」を持つ生命と融合を続けていマス。
サラは、実の母親の命令とはいえ、ジール王国を崩壊させ・・
さらにアナタを失ったという自責の念と深い悲しみを背負い、
自分を呪い、憎み・・
ラヴォスに取りこまれたのデス。
己が全てヲ無に帰すタメニ・・

「私はここにいる。」
ジャキは、サラの幻影に手を伸ばした。
「それにジール王国は・・遅かれ早かれ滅ぶ定めだったのだ。サラが自分を憎む必要などない。」


彼女ヲ・・サラを解放してあげて下サイ・・
ソレガデキルノハ、炎と、サラに繋がるアナタだけ・・

「貴様にいわれずとも、ラヴォスは私が倒す。絶対に・・一万年前、そう誓ったのだから。」




今度はアナタが・・サラを呼んでアゲテ・・


バキッ・・バキッ・・バキッッ!!
 その時、突然扉の外からものすごい破壊音がした。衝撃でジャキの足元がグラリと揺れる。外で何者かがここに侵入しようとしているらしい。

「・・何事だッ!」


フェイト・・システムがモウ復旧シタノデスカ・・

ゴゴオオオゴオゴゴゴゴオ・・!!
激しい揺れと音が、徐々に勢いをましてくる。

私の夢を、私の夢を、邪魔する気かぁぁぁ・・

「フェイト・・?」


クロノポリスのメインシステムデス。
「フェイト」ハ「炎」ヲ狙っていまシタ。
シカシ「炎」ハ、アナタヲ選ンダ。

を、をかえせぇぇぇぇ・・・

「そんなことは知らん。炎なんぞ、好きにしろ。」


不可能デス。
「プロジェクト・キッド」は開始されまシタ。
運命ハアナタヲ導き、襲い、そしてアナタハ、運命から逃れられマセン。
アナタが運命ヲ壊すマデ・・!!

「どういう意味だ!? ・・・クッ!」
 突然、フロア一体に警報が鳴り響き、赤いランプが点滅したかと思うと、床から催涙ガスが吹き上げた。
「・・何を・・ゴホッ、ゴホッ」

フェイトが防犯システムを作動させマシタ!!

喉が焼けつくように痛み、目からは涙があふれ出てくる。ジャキは、催涙ガスが吹き上げている場所に向け手に魔力を込めた。だが、わずか3歳の「セルジュ」の体は、それを破壊するに耐え得るものではなかった。ヘタをすれば、自分ごと吹き飛んでしまう。
 幸いなことに、ガスはすぐにシュゥゥ・・と、収束していった。外でフェイトの執拗な攻撃はまだ続いていたが、どうやら照合装置の内側には干渉できなくなったらしい。

フェイトにアクセスし、「プロメテウス」ノ
命令ヲ最優先サセマシタ。コノフロア内ナラバ、フェイト
ノ命令ハ下位アカウントのみになりマス。

「脱出するなら今のうちというわけか・・」
しかし、彼は突然、体の内に鈍い痛みを感じ、その場に膝をついてしまった。頭のてっぺんからつま先まで、体中の血が心臓に収束していくような、身体の中で皮膚と肉とがベリベリはがされていくような、自分が自分でなくなっていくような・・気が遠くなる・・

「なぜ・・魂が・・身体になじまない・・?」


時間が来たようデス・・
「セルジュ」にかえる時間が・・

「・・グッ・・セルジュにかえる・・私は甦ったのではないのかッ・・」


アナタはジャキ、セルジュはセルジュ・・
セルジュの魂はセルジュだけのモノ、
行き場を失ったセルジュの魂が、身体の中で暴走してイマス。

「私はまた・・・セルジュの無意識の中で眠れと・・私は・・サラは・・」


大丈夫・・「プロジェクト・キッド」・・
スベテハ「クロノクロス」ヲ持ったセルジュが、サラのいる場所へ向かう時のタメニ・・!!

「おかしなことを・・いう。」
ジャキはその場にどうっ、と倒れ、体の中に己が魂が埋もれていくのを感じた。自分が、消えていく。



「セルジュ・・おまえは・・サラを救える・・か・・」



 プロメテウスは、先ほど操作していたロボットを作動させた。ロボットは「セルジュ」を抱きあげ、フェイトの知らない・・おそらくはこの施設を創り上げた者たちが、人為的にフェイトを停止させる最後の手段として残した・・秘密の脱出口に向かった。


アトノ二人・・一人ハ魅セラレテシマッタ・・
未来ヲシルコトト、「フェイト」ニ・・モハヤ、帰ッテハコナイ・・

 セルジュを抱きかかえたロボットが出た先は、薄暗い港だった。時折、クロノポリスの残留思念たちが姿をかいまみせる。波間にはセルジュ達が乗ってきたのと同じボートが漂っていた。ロボットはボートにそっとセルジュを乗せた。


モウ一人ハ、フェイトニヨッテ精神的ダメージヲ受ケタ・・
フェイトニ精神ヲノットラレル可能性ガ高イ・・

 ガシャン・・ガシャン・・
別の脱出口から、別のロボットがワヅキを抱いて出て来た。ロボットは、ワヅキをセルジュの傍らにのせると、一瞬の間をおいてから、ボートの背を押した。
   すべてが終わると、プロメテウスは照合装置の内側にプログラムの保存場所を移し、そしてプロジェクト・キッドの一環として、時間を繰り始めた。大きなものから日常のなにげないものまで、あらゆる未来の運命の選択肢を想定し、細分化された時間軸をシミュレーションして、修正要因を検索した。幾万という仮想の時間軸のなかには、自分自身がフェイトに消去される、というものもあった。
だが、それがどうしたというのだろう。
12万2640時間30分11秒後に向けて、サラとセルジュの接触で生じた時間のひずみが徐々に裂けていく。繋ぎ止めることはもはや不可能なのだ。


セルジュ・・未来ヲ・・

 リモートコントロールでのプロメテウスの制御を失ったニ体のロボットは、ボートをいつまでも見送るような形でその場に停止した。ボートが闇に溶けてしまった後も、ずっと。

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