……ザザーー……ンン……。
ザザザ、ザザーーン…………。
遥か昔から変わることの無い、単調な旋律だけが辺りに響く。
過去から今へ、今から未来へ。
子供達は静かに、波間を見つめつづけていた。
「なあ、ルッカ姉ちゃん。」
長い沈黙を破って、キッドが口を開いた。
「ジャキ、って誰だ?」
「星の塔で・・龍達と戦って・・オレは出会ったんだ、『凍てついた炎』に。」
キッドの瞳には、遥か向こうの水平線がうつっていた。
「炎は・・くだらねえことをごちゃごちゃぬかしやがった。オレのことを王女様だとか、滅んだ古代魔法王国だとか・・まるで、オレがオレじゃないみたいにいいやがった。」
しかし、それは今ここに、オパーサの浜に立つ者すべてに共通していえることだった。
(こいつが、時の闇につながる、最後の扉か……。フ……。まさか、こんなことになろうとは、な)
アルフもまた、炎の声を聞いた一人だった。
「違う・・やめろ! 俺は違う、そんな人物ではない。闇の・・力など・・」
あの時、自分は何に抗ったのか、何を否定したのか。
(おそらく私も、私は「アルフ」以外の何者でもない、と・・)
思えば、長い旅だった・・。
ヤマネコの追跡、フェイトとの戦い、そして龍達の反乱。
セルジュ達との出会いから今ここまでの道程の、なんと短く・・なんと凝縮された時であったことか。
(キッド、おまえは自分の正体を否定する・・だが私にとっては、自分自身の正体こそ神秘であり、最大の謎だったのだよ。)
「おまえはおまえ自身の正体を知らないのだ。」
アルフが炎を見つめると、炎の中には仮面をはずした素顔の自分がいた。
「おまえが欲するものを求めよ。自分自身が何者なのか、よく考えてみるがいい。」
「違う・・やめろ! 俺は違う・・」
「遥か昔、強大な闇の力を奮い魔族の王と呼ばれ・・ラヴォスを召喚したのは何故だ。戦い敗れ、凍てついた炎の元に集う、多くの憎しみの感情の一つとなりながら、けれどもその瞬間に、サラが伸ばした手をたどり、この時代に自分の『分身』を生み出したのは何者だ。」
「俺は・・なにも知らない。」
(私はこれまで、この世界に私はたった一人なのだと思っていた。しかし次元をこえ時をこえ・・私は様々な次元、様々な時間に存在するのだと知った。)
「運命がおまえを導く。おまえは、おまえの為すべきことを為せ。」
(今はもう、否定すまい・・・セルジュの生死によって世界が分かたれたと同じように、私が存在し、存在しない世界もあるのだと・・・)
「でも姉ちゃん、オレは、オレだ!その、サラとかいう娘とはちがうッ!! ルッカ姉ちゃんの妹の、キッドなんだッ!!」
キッドが叫ぶ。キッドは運命は死んだ、という。運命が死んだ今、これからおこること、なすべきことにも全て自分達で責任をとらねばならない、と。
(私もサラとかいう娘のことも、ジャキという男のことも、何も知らない。しかし、誰かの想いが私の中でつながっている・・この神秘に出会えたこと、これが私の運命なのだとしたら・・私は私が何者であろうと、感謝せずにはいられない・・私を待っていた運命に・・。)
「いずれきっと、そのジャキって奴がオレのことを見つけてくれる・・姉ちゃんの手紙には、そう書いてあったよな。」
キッドは胸元から、四角く折りたたまれた手紙を取り出した。
「読んでくれたのね。嬉しいわ。」
実体とも霊体とも区別がつかぬその女性は、クスッと笑った。
「あれからもう、6年にもなる・・。ほらね、私が書いた通りでしょう? あなたはステキな女の子になるって。」
「・・・・・・。」
「・・ジャキ、はサラの弟よ。古代王国の崩壊の際に、次元の渦に落ちたサラさんを、今でも探し続けているわ。」
なぜかアルフが、ハッとした表情でルッカの方を見たのを、キッドは見逃さなかった。
「でもオレは、そんな奴・・知らない。」
「そんな風に言っちゃダメよ、キッド。」
ルッカは、自分よりも大きくなった妹を見上げ、たしなめた。
「キッド、人はお互いそうと知ることはなくとも、いつかどこかで、きっと出会う・・次元を旅してきたあなたは、本当のところ、もうわかっているんでしょう?」
「・・・・6年前さ。」
キッドは、ルッカの手紙をまた胸元にしまいこんだ。
「孤児院がヤマネコの野郎に焼き討ちにされた時・・・・炎の中、オレを探しに来てくれたのはセルジュだった。」
「・・そうね。」
「正直、もうダメかと思った。去っていくヤマネコの後姿を見ながら復讐を誓い・・けれど体はもういうことをきかなかった。でも、炎に包まれた孤児院の中で、セルジュがオレを見つけてくれた。だから・・ジャキ、が、まだオレを探しているんだったら姉ちゃんから伝えてくれないか。オレにはもう、オレを探してくれる人も、見つけてくれる人もいるってさ。ついでに、サラって娘もオレ達が解放してやるって。アハッ・・なんかヘンな感じだけどな!」
「それはキッド、あなたがジャキに伝えてあげるべきだわ。でも私は、あなたにはきっと言えないと思う。」
彼女は一万年もの間、たった一人で僕を待っていたのだろうか?
セルジュは、ズボンのポケットにいれたままの星色のお守り袋を握り締めた。
すべてのはじまりは、次元の渦に落ちた彼女が僕の泣き声を聞いた時……。
過去と未来はまじわり、世界はふたつにわかたれる。
生命が生きていく上で避けられない争い。そこから生まれた幾千幾億という憎しみ、哀しみの声の一つにすぎない僕の泣き声に導かれ、彼女は1万年の時を超えてこの次元に接触しようとした。
そして炎は、僕を選んだ。
調停者として彼女を解放すること。そして、それができるのは炎と、彼女につながる僕だけだと・・。
「・・教えて欲しいんだ。 彼女はなぜ、僕を選んだのか。」
セルジュはポケットからお守り袋を取り出して、ルッカに見せた。
「それは・・私からキッドにあげたものね。このお守り袋の紋章はジール王家・・古代魔法王国の紋章よ。」
「僕が彼女を解放しなければ、あなた方はすべてが時喰いにのまれてしまうという。星の塔で、凍てついた炎もいっていた・・クロノクロスで彼女の憎しみと哀しみを癒せ、と・・それは、僕でなければできないことなのですか。なぜ、僕が選ばれたんですか?」
「あなたは、彼女に選ばれた運命を悔やんでいる?」
ルッカはセルジュを見つめ、不思議そうにつぶやいた。
「・・・・わからない。」
「あなたが、サラさんに選ばれた運命を、悔やんだり呪ったりするのは自由よ。でもあなたは、自分の運命を憎まなくていい。キッドに出会ったこと、仲間達と旅をしたこと、あなたは何も悔やんでいないはずよ。」
「彼女はずっと、僕を待っていた・・・・?」
「・・もしかしたらね、セルジュ。あなた自身が、この時代に生まれるずっと前から、サラさんを探しつづけていたのかもしれないわ。14年前、サラさんを捜し求めるあなたの想いが時をこえてサラさんに届き、そして今、サラさんがセルジュ、あなたを呼んでいるのよ。」
「僕もキッドのように、他の誰かなんだろうか。」
「さあ・・でも、あなたはきっと、サラさんをさがしにいくわ。すべての始まりにして終わりなる場所、時の闇の彼方までも・・。」
虚無だけがまわりに渦巻いている。
ここが次元の渦の彼方・・。
時喰いの頭上に、氷漬けになった女性がいる。彼女がサラ・・僕達が捜し求めていた人・・
「セルジュ、あの娘はおまえをずっと待っていたんだ! 助けてやらなくちゃな、オレ達が!!」
キッドは赤いナイフをかまえ、大きく跳躍すると時喰いめがけて、ナイフをつきたてた。続いてアルフが、投げ上げたロッドに稲妻を集め、大きな落雷を浴びせる。
「ダメだな・・ちっとも効いてねえ、ってツラしてやがる・・。」
キッドが舌打ちする。
時喰いが唱えるエレメントが、容赦なく僕達の体を切り刻む。
僕達の声は、彼女には届いていない。
「サラ! アンタはオレの分身なんだろう!? 答えろ! オレ達がなんのためにここまできたのか。その答えを今、みせてくれ!!」
彼女は答えない・・沈黙したまま。
時喰いが僕達を葬り去ろうと、再び触手を振り上げる。それがまるで、避けられない争いであるかのように。
「わかった・・今、わかったよ。キッド、アルフ、やめてくれ!! もう彼女を傷つけないでくれ!!」
「なに言ってんだ、セルジュ! やられちまうぞ!!」
「僕達は彼女を癒しにきた・・僕達が攻撃すればするほど、彼女は僕達を道連れに、無に帰ろうとするだけだ!」
僕はふと、以前にもこんな光景を見たような気がした。
両手のグランドリームをギュッと握り締める。
いや、僕が生まれるずっと以前に・・これは本当に・・!!
「彼女が本当に待っている人に、会わせてあげなきゃダメなんだ・・・・!」
彼女は知らないんだ。
紡がれていくたくさんの命の果てに、僕が生まれたことを。
彼女を想うその祈りが僕を生み出させ、この運命にむかわせたことを。
遥かなる時の彼方から、僕が生まれるずっと前から、その祈りは僕の魂に届いていた。
僕はもう、否定しない。僕は彼女に出会うために、再び生まれてきたんだ。
「僕の中の魂よ!! どうか、彼女の想いにこたえてあげて! 今度はあなたが、サラを呼んであげて!!」
一万年もの間、彼はサラを求めさまよい、そして僕に生まれ変わった。彼の孤独を思えば、僕はどうしてこの運命を憎むことができようか。僕はもはや、自分が何者であろうと構わない。僕の目に涙がつたっている。これまでの僕の苦しみも哀しみも、すべては今ここで、彼女へと想いを伝えるためにあるのだとしたら、僕は、たとえ彼の目的のためだけに生まれたのだとしても、僕は彼を許すことができる。
「セルジューーーーーッ!!!」
キッド、僕が「彼」に戻ったとしても、君だけは「セルジュ」のことを覚えていてくれ。
僕も君のことを覚えているから・・ずっと・・。
クロノクロスのまわりで、無数のエレメントが癒しのメロディをかなでる。僕は彼女に手を伸ばした。
サラ・・・・。
すべてが終わろうとしたその時に、僕は彼の声を聞いた気がした。
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