遥かなる時の彼方へ
〜転生〜

 


海・・。
その水の流れは絶えず複雑な運動をしている。たえず一定の方向に流れ、一定の周期をもって繰り返す。
どこにでも繋がり、そしてどこまでも広がっていく。
無数の塵と化した彼もまた、海流という大きな流れの中に身を任せていた。
彼の想いをのせた塵は、暗黒の深海の中で、乱れ飛ぶ蛍のように青白く輝く。
今の彼は、エネルギーをもった思念体とでもいうべきか。

このまま魚になれ、貝になれ、海月になれ・・

海がその回帰原則に従い、彼にささやく。
回帰せよ、生命の流れのままにたゆたえ、と・・。
強者が弱者を喰らい、しかしやがて強者も死体となり海底に沈下してバクテリアによって分解され、これらから栄養塩類が海水中に溶けこみ、ふたたび生物の生産に利用される食物連鎖というこの循環経路。
塵と化した彼を植物プランクトンが取りこみ、その植物プランクトンを動物プランクトンが喰らい、魚が動物プランクトンをエサとし、その魚を人間が食べる。彼は再び人へとたどり着く。
だがそこにたどり着くまでに、私は「ジャキ」のままでいられるだろうか。
いやその前に、確実に人へとたどりつけるだろうか。
彼の中に疑問が生じた。
巨大な生命の流れの中で、あまりにもちっぽけな自分。
この中では、個々人の想いはどうでもよいことにすぎないのだ。
彼は流れの勢いでいまにも消されそうになっている「自分」を消さないために塵をかき集めた。
人間に再生せねば・・
彼は海流に逆らうようにゆっくりと移動していった。
自分を消されないために、移動先は海のなかでも、とりわけ生命の流れの弱い場所が望ましかった。
彼は海を移動していくうちに、寒い海では海洋の表層部が冷却され、下層の海水と対流が行なわれやすく、したがって海底近くの海水に多く含有されている栄養塩類が表層にもたらされるので、表層の植物プランクトンの繁殖がよいということに気付いた。
 では、逆に暖かい海ならば生物の密度は低いのではないか。
 この考えは当たった。
 暖帯熱帯の広く深い大洋では、その表面部だけは太陽光線の存在によりわずかに含まれている栄養塩類が利用されるが、深い層の栄養塩類の豊富な海水は日光が及ばないため、表層に上がる機会がなければ全然生産に利用されないのだった。
 暖かな海にたどりつき、そこでは生命の流れからの干渉が少ないことがわかると、彼は今度は陸地をめざした。
 深海から上へ上へと昇っていくうちに、海面から差す光線が深い青から黄、白と様々に変化し拡散していく様は、それは神秘的で美しいものだった。
 海から陸へ、生物が進化したのは、古の海の生物も、この光の神秘にひかれ、陸地への未知なる冒険にひかれて陸を目指したのではないか、と彼は思った。
 だが、彼がもう少しで白い光あふれる海面に達しようとした時、ゴゴゴゴ・・という地響きにも似た音がしたかと思うと次の瞬間、
ドオオオーッ!!
と、激しく逆巻く渦潮に巻き込まれた。
 塵が渦に巻かれ散り散りになる。想いがひきちぎられ、自分が消されていくこの苦痛。叫ぼうにも、喉も口もない。抜け出せない苦痛のループの中で巻かれ千切られ、彼はいつやむとも知れぬ渦の中をひたすらめぐるしかなかった。
 気が遠くなっていくのを必死でこらえ、彼は必死になって自らの部分品である塵をたぐりよせる。
 だが、この感じは、あの、敵でも味方でもない仲間達とラヴォスを倒すために、時の渦を駆け抜けた時に驚くほどよく似ていた。
 この渦の果てに何が待つ・・?
 彼はふと、彼らがいれば、あのさらに進化したラヴォスを倒すことができるかもしれぬ、と思った。
 結局、彼は自分一人ではラヴォスを倒すことができなかったのだから。
 この渦の果てが彼らがいる時代に通じていれば・・。
 彼は瞼を閉じたような気持ちになって、渦の果てに辿りつくのをじっと待った。
 渦に巻かれた塵の一粒一粒が輝きを増し、満天の星空のように海の闇の中をまたたいた。
 ごうごうと逆巻く青白い光の渦が海の底に辿り着くと、光の渦はそこでゆるゆるとほどけていき、やがてフッと、風にさらわれたかのように、光は消えた。


・・ザザーン・・・・ザザザ・・。
 ザザザ、ザザーン・・・・。

渚。
海でも陸でも空でもない領域、そして海と陸と空、すべての生命が交じり合う場所。
渦に巻かれて行きついたその場所で、古より続く単調な波の調べにあわせ、彼はよせては引き、引いてはよせていた。
 色とりどりの珊瑚がひしめく青い海。白い砂浜ではかもめに追われたやどかりが、足早に逃げて行く。
 あれからどれだけの時が過ぎたのか・・。
 彼には見当がつかなかった。
 自分の肉体が消滅してから百年、千年・・いや一万年以上たっているのかもしれない。
 悠久の時をさまよってきた彼の中では、とうの昔に時間が意味をなさなくなっていた。
 一万年の時の長さすら一瞬のこと・・彼はあの渦から解放されたときに一万年後の世界にたどりついたように感じていた。
 彼はその時、浜に一組の男女が来たことに気付いた。頭に赤いバンダナを巻いた漁師風の男と、その妻のような女。二人の話を聞いていると、二人はどうやら子宝に恵まれないことを悩んでいて、食べれば子供を授かるご利益があるという海鳥の卵を採りに浜に来たらしかった。
 これはチャンスかもしれない。
 彼の中に一つの考えがひらめいた。
彼女に自分を生み直してもらう。
 私の塵・・炭素や化合物を彼女が取りこみ、私は胎内で再生する。
 輪廻転生。
 はるか古代から幾万の者達が夢見、試みたことだろう。
 すべてのものは廻り廻って樹になり魚になり鳥になり石になり、そのようにして存在し続ける。けれどもその記憶・・想いまで伝えることはできるのだろうか。
 だが、人間に転生した私が目的を果たす可能性があるならば。
 彼はそれに賭けてみようと思った。
 霊体のこの身ではラヴォスに勝つことは不可能に等しい。だが彼らの子供として甦り、そして全てを忘れ去っても、その少年がいつの日かきっとサラを救い出す、と。
きっと・・彼は思い浮かべる。
 その少年とサラの一万年の時を超えた邂逅を。互いが互いの愛しき名を呼び合うその瞬間を。
 波間を漂う光の粒が、夫婦にそっと近づいていく。
 この祈りにも似た想いを、彼らと彼らの子供に伝えるために。

・・ザザーン・・・・ザザザ・・。
 ザザザ・・・ザブーン!・・・・。

靴を脱いで波と戯れていたマージは、突然の高波に足をさらわれて、そのままぺたんとしりもちをついてしまった。
「痛っつ・・なによ、突然!! あ〜、もう服ビショビショ・・」
「大丈夫か、マージ。」
ワヅキが手を差し出す。
「ありがと、大丈夫よ。・・う〜、しょっぱい。海水飲んじゃった・・」
マージは顔をしかめた。
「もう帰りましょ。卵もいっぱいとれたし、今夜は何にしようかしら。」
二人が村につくと、村の悪ガキ達が卵のカゴを見て大声で冷やかした。マージの怒声が村に響き渡り、悪ガキ達は、キャアキャアさわぎながら逃げ回った。
しかし卵の霊験はあらたかだった。二人はそれからすぐに子供を授かりとても喜んだし、村の老人達はこの海鳥の卵が村興しにいいのではないか勝手に話し合った。
「おまえの名前は『セルジュ』だ。いい名前だろう?」
ワヅキは生まれたばかりの我が子を抱いて、その子のエルニドの海のようなターコイズ・ブルーの瞳に優しく話しかけた。
「エルニドの古い言葉で『海から来た者』という意味だ。あの日おまえは波に乗ってオパーサの浜のマージのところまでやってきたんだ。おまえはいい漁師になるぞ。なんせ生まれつき海とは切っても切れない間柄なんだからな。・・おいおい、おまえはそんなに何をキョロキョロしてるんだ? 赤ん坊って、なんだか目に見えない何か別のものを見てるようだな。」

セルジュ・・

 セルジュ・・

“DNA 生命の種子” 人間の肉体は50〜60兆個の細胞でできており、その1つ1つに遺伝子、DNAが収められている。それは細胞内の染色体の基礎物質であり、遺伝情報を記憶し、親から子へ伝達する働きをもっている。DNAの構造は、全宇宙、全生命に共通のものだ。DNAの組み替えにより、生命は様々なカタチ、能力をもてるようになる。

マージの胎内で「彼」の炭素や化合物は別の物質と反応、合成を繰り返し、肉体を再構成することができた。だが再構成された肉体の脳に、「彼」の記憶をとどめることはできなかった。記憶としてとどめるには赤ん坊の脳の神経細胞は未発達すぎた。
再構築された肉体は「セルジュ」として新しい人格、新しい魂を持つことになるだろう。しかし「セルジュ」の細胞の一つ一つにいる「彼」はセルジュに語りかける。
セルジュの、立ち向かうべき運命を・・。

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