遠い日の歌

〜あの日、僕らは〜

燃える街。人々の阿鼻叫喚。熱い空気の中を漂う血の臭い。地面に折り重なる、炭化した・・元人間だったもの。
そして無数の魔導アーマーが、その「元人間だったもの」を無造作に踏み潰す。あたりにぶわっと、黒い灰が舞い散った。
  「アハハ・・」
  先頭で魔導アーマー達を率いている年若い青年は、それを見て嬉しそうに笑った。
魔導アーマーが炎の中をどんどん進んでいくと、街角で子供の泣き声がした。おそらく、この混乱の中で親とはぐれたのだろう。
「・・・。」
青年はふと、アーマーを止め、地上に降り立った。泣き声のする方を目指して、角を曲がると大きなぬいぐるみを抱きかかえて泣いている少女がいた。
 少女は青年に気付き、涙と鼻水で汚れた顔を上げた。ゆっくりと歩み寄ってくる青年の、不気味な笑い顔に、少女の全身は凍りついた。
「ヒッ・・・」
 一瞬だった。青年が手刀で空を一閃すると、少女の首が音も無く空中を飛び、ゴロン、と地面に転がった。小さな少女の体の中に、これだけの血があったのかというほど、噴水のように血が噴き上がった。
「ああ、いけない・・。汚れてしまう。」
青年はあわてて、少女の腕の中のぬいぐるみをもぎとった。
「血で汚れてしまう。ティナ、おまえのおみやげが汚れてしまう・・。」

この名もなき小さな街がガストラ帝国の一部隊によって壊滅するのに、
それから一日とかからなかった。


「ほらティナ、これやるよ。」
夕食の後、青年はティナ、と呼ばれた少女に、白くてふかふかのぬいぐるみを差し出した。
「これ、なあに?」
  少女は目を輝かせた。ぬいぐるみというものを生まれて始めて見たのだ。無理もない。この魔導研究所には子供が喜びそうなものは何一つなかったのだから。
 二人が暮らしている魔導研究所の一室は、牢獄も同然のところだった。部屋の内装は普通だが四方は金属板で囲まれ、窓には鉄格子がはまっている。しかしそれでも、ここではまだましな方だった。
「モーグリのぬいぐるみさ。モーグリって、ナルシェあたりにいるとは聞いているが、実物は俺も見たことないよ。これ、ティナが欲しがると思ってな。」
「うん、ありがとう! すごくかわいい!!」
 ぬいぐるみに頬ずりするする少女を、青年は満足げに眺めた。
 青年にとって、ティナは娘も同然だった。8年前・・青年がまだ魔導注入実験のただの被験体であった頃・・青年はまだ赤ん坊であったティナを無理やりおしつけられた。
 当初は魔道の力を持つもの同士を同じ環境におくとどうなるかという実験にすぎなかったが、以来二人はいつもいっしょだった。
  青年の魔導注入実験が不完全ながらも成功し、それで得た力を使い数々の戦場で功績をたてると、二人の暮らしは各段に良くなった。青年はティナのために、ただひたすら戦った。    ティナもまた、そんな青年によくなついていた。最近、青年がよく遠くの国へ遠征に行くようになってあまり会えなくなってしまい、ティナは寂しく思っていた。
「ねえ、この子、どこで手に入れたの? 誰かからもらったの?」
「ああ・・遠征先でな。拾ってきたんだよ」
 青年は遠征の事について、何も言わなかった。
 ティナが興味津々で、遠い国とはどんなところかと尋ねても、青年は困ったように悲しく笑うだけだった。
「いや、そこは・・地獄みたいなところさ。」
 そして戦場へ行くたびに、青年はやつれて帰って来た。ティナはだんだん変わっていく青年を見て、とても悲しい気持ちになったが、子供ながらに気を遣い、遠征のことについてはできるだけ触れないようにしていた。
 以前はこうではなかった。
 ティナが研究所の外へ出たい、と駄々をこねれば、青年はわざわざピエロのような格好をしておどけてみせて、二人でおなかを抱えて笑った。右も左もわからないぐらい広い研究所の中を、二人して一日中追いかけっこをして遊んだこともあった。
 ティナは両親の顔を知らなかったし、ここでは子供が欲しがるおもちゃなどは与えられるべくもなかったが、充分幸せだった・・青年がいれば・・。
 その夜、ティナはぬいぐるみをだっこしたまま、眠りについた。そして、青年と一緒に遊んでいる、それは楽しい夢を見た。
 しかしそんな少女の傍らで、青年は燃えるような苦しみにあえいでいた。


 俺が殺した・・このぬいぐるみを持ってたあの娘を。俺が、この手で・・でも、覚えていない
    あの街に火を放ったのは俺・・街に火の雨が降ってきた。俺がやった? いつから、俺はこんな化け物になってしまった? あの、無理やり注入された魔導の力が・・俺を化け物に変えたのか?
    街の人間は皆殺しにしろと命令がでていた・・俺はみんな殺した。ああ、そしてあの娘も。
ティナぐらいの年齢だったな。モーグリのぬいぐるみを抱えていた。俺が首を斬り落としても、まだ離さなかった。それを、俺が奪ったんだ!!
でもその時俺は確かに笑っていたんだ!! ティナにいいお土産ができたって大喜びだったんだ!!
・・クソッ、俺はどうなっちまうんだ?  他の実験体のように、発狂してスクラップか? そうしたらティナは? ティナはどうなるんだ?
ああ・・・。


ああ、誰か、誰か俺を止めてくれ・・。


無機質な鋼鉄の部屋の中で、声を押し殺した嗚咽が響いた。
これが、青年が流した最後の涙となった。
次の戦場で、彼のぼろぼろになった精神はついに壊れ、同時にそれまでの記憶すら失った。後に残ったのは、まるでティナと遊んだときのピエロのような格好をした魔導士・・ケフカ・パラッツオという名の残骸だった。
魔導士は狂気のままに、自らを慕うティナすら己が人形同然にし、そしてその子の為にせっせと人形を集めた。彼は人形と戯れ、もの言わぬ少女に話しかけることに至上の喜びを感じた。


「ティナの趣味はモーグリをふかふかすることだね。」   
エドガーがティナをからかった。
それから数年後、ティナはケフカの手を逃れ、打倒帝国を目指すリターナーの一員として戦った。しかし帝国、いや世界はケフカが呼び覚ました三闘神によって崩壊し、今まさに滅亡の危機にあった。
空を泳ぐように飛ぶ飛空艇の甲板で、ティナはモグを抱っこして撫でていた。モグも、ティナに抱っこされてまんざらでもなさそうである。
「不安なのかい・・・? 瓦礫の塔へ突入するのが。」
   女ったらしの王様らしく、エドガーはティナの耳元で甘くささやいた。だが当のティナは、まだエドガーのそのような気持ちには気付けぬらしい。
「ううん、違うわ。ただ、こうやっているとね、なんだか安心するの・・とても懐かしい気がするの。・・でも、どうして懐かしいって思うのかな。ママ、かな。ママに抱っこされてる感じ・・でも、ちょっと違うな。懐かしいってことは、きっと私の記憶の中にあることのはずなのに・・。」
そこまで言って、ティナは言葉を飲みこんだ。

私の小さい頃? あの帝国で何かあったとでも?
思い出せない。殺戮機械でない私、楽しげに笑っていた私がいたとでもいうの?

「きっと、ティナにも楽しい思い出があったんだよ。」
  エドガーはつぶやいた。
実際、愛や哀しみといった感情を知らずに、ただ操られていた人間が、その支配下を離れたとたん、自分には感情がないと悩むようになるとは、彼にはどうしても考えられなかった。世の中には感情を捨てて生きようとする者もいるというのに、あえてそれを求めるティナは、まるで失った自分を取り戻しているかのように彼の目には映った。
「ケフカのようなヤツもいるが、帝国すべてが悪ってわけじゃなかったしな。ティナも小さかった頃には、誰かと遊んだとか、そんなことがいっぱいあったんだよ。それに、そうなんだなって考えた方が数倍いいだろ? ティナ。」
ティナはそう言われて、うん、とうなずいた。そしてモグをぎゅっと抱きしめながら、遠い日のことを思い出すかのようなまなざしで、冷たい色に暮れゆく夕空をいつまでも見つめていた。

折れた木や鉄クズが、世界中から引き合うようにして集まった瓦礫の塔の上に、身体中血まみれになった青年が横たわっていた。顔は青白く、もはや死にかけていることは誰の目にも明らかだった。
  青年のまわりには、数人の人間が、皆一様に深手を負いながらも、ある者は必死に、そしてまたある者はお互い支えあいながら、立ち上がっていた。
そのなかの少女が一人、よろよろと青年のほうに歩み寄り、ひざまづいてその手をとった。少女の目から、なぜかはわからないけれども涙がこぼれてきた。
「・・・・・・・。」
  そのとき、しだいに冷たくなっていく青年の指が、弱々しくも少女の手を握り返した。少女がはっとして青年の顔を見ると、青年はうっすらと目を開けて、少女の方を見て微笑んだ。
青年は体を起こし、もう片方の手をのばそうとした。しかし無情にも、のばした手はその先端から、ぼろぼろと、ぼろぼろとくずれていった。

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