関ケ原合戦前夜

1598(慶長3)年8月

《改訂履歴》
99/10/13初版

はじめに
烈風伝PUKに
1600年前後のシナリオがぜひ欲しいというのは
発売前からの期待のひとつでしたが、残念ながら含まれていませんでした。
それならば、非力ながら、PUK付属のエディタを最大限駆使して(^^;作ってしまおう
という訳です。手持ちの資料をもとに大名・武将配置の設定をレジュメ化しました。
この通りゲーム上の設定として再現するのも一苦労だと思いますが、
一度お試しになってくださるとうれしいです♪
史実通りを再現するにはいろいろと限界があり、不十分な点も多いです。
 今後改訂してより史実に近いシナリオとしていきたいと考えていますので
どうぞご意見や改善策をご教示くださいますようお願いいたします。

 

▼使用シナリオシナリオ9 1589(天正17)年11月 小田原征伐
         ⇒編集後〜1598(慶長3)年8月 関ケ原合戦前夜

 

【参考文献〜歴史群像シリーズ4「関ケ原の戦い【全国版】」(学習研究社、1987)、『信長の野望 烈風伝 城郭FILE』(光栄、1999)、『信長の野望 烈風伝 マスターブック』(光栄、1999)、『戦国人名事典コンパクト版』阿部猛・西村圭子編(新人物往来社、1990)】


▼大名・独立勢力の配置

<凡例>
・黒太字は本城です。よって城主は大名ということになります。
黒細字支城です。よって城主は独立勢力か、大名配下の部将になります。
赤細字の城名は「隠れ支城」です。プレイ開始後、築城することになります。
・城名は一部、変更されています。→で示しています。
色文字の武将は新武将です。あらかじめ登録しておきます。

<エディトの手順>
・新武将を登録します。新家宝もあればどうぞ♪ ご参考までに新武将50人のデータを作成しました。
ここ。
・新大名プレイモードを選び、シナリオ9を選択、仮想スタートをクリックします。
・コマンドを使ってうまく配置してください。(^^; ここが一番面倒でしょうか…。
・豊臣氏を選んでスタート、そのままの状態で「Ctrl+右ダブルクリック」し、任意の大名を選択します。
・北条家滅亡の状況にするために、徳川家の時に勧告を行い、北条家の時に受諾して配下に入ります。
・当主北条氏政を始め、北条家臣の去就については、別表を参考までにご覧ください。
ここ。
 武将エディタで寿命0にすると翌年1月には死亡します。
・設定にしたがって支城の築城を行います。また城エディタで城名を変更します。
 支城築城は政治100建設スキルあり4人で6カ月かかります。1590年6月には戦端が開かれます。
・武将配置の調整もお好みでどうぞ♪
 「真田十勇士」は全員登場までに時間がかかると思いますが、できるだけ集結させておきたいですね。
・外交コマンドで同盟を締結させておきます。大名エディタで友好度の調整も。
・マルチプレイ状態で、以上の設定準備が完了しましたら、年代の経過を待ちましょう。その間、道路の整備や各種エディタで数値設定などを整えたりすればいいでしょうか…。
・すべて完了しましたら、いよいよスタートです♪ 再び「Ctrl+右ダブルクリック」し、プレイ大名を選択しなおし、いざ関ケ原合戦前夜へ!


▼東北

《陸奥津軽》
大浦 津軽為信
福山館 秋田氏→独立勢力 蠣崎季広・松前慶広
浪岡 津軽氏

<註>福山館を独立勢力化。

《陸奥》
三戸 南部利直
九戸 南部氏
八戸 南部氏

<註>初期配置のまま。

 

《陸中》
不来方(盛岡) 大崎氏→伊達氏領に。
水沢 不在独立勢力→伊達領に。

<註>大崎氏はプレイ開始後、勧告で伊達氏配下に入れる。大崎家臣は水沢城へ移しておく。

 

《陸前》
岩出山 伊達政宗
白石 伊達氏→上杉領に。
寺池 独立勢力 葛西晴信→伊達領に。

<註>@白石城の伊達家臣は岩出山城に入れる。
@プレイ開始後、隠れ支城の仙台城を築城してもよい。

 

《岩代》
黒川(会津) 伊達氏→上杉景勝
猪苗代 伊達氏→上杉領に。
須賀川 伊達氏→上杉領に。
二本松 伊達氏→上杉領に。

<註>@黒川城以下の伊達家臣は岩出山城へ移動。
@南北越後の各城および北信濃・飯山城から、豊臣氏配下の上杉家臣を黒川城に集める。上杉氏を新規大名にし、国内統一。

 

《磐城》
小高 相馬義胤
大館 独立勢力 岩城貞隆
三春 不在独立勢力→伊達領に。

<註>岩城貞隆は本来、平城主。

 

《羽後》
土崎湊 秋田実季
横手 独立勢力 小野寺義道・戸沢政盛
大館 秋田氏

<註>初期配置のまま。

 

《羽前》
山形 最上義光
尾浦 最上氏
新庄沼田 最上氏→上杉領に。

<註>新庄沼田城の最上家臣を山形城へ移動。
@プレイ開始後、上杉領の新庄沼田城から、隠れ支城米沢城を築城。その後、新庄沼田城を最上氏が攻め取る。
@上杉領の
米沢城には、直江兼続を入れる(なお、プレイ開始後、浪人の前田慶次を登用し、加える)。

 


関東

《常陸》
水戸  佐竹義宣
土浦 佐竹氏→結城領に。多賀谷政広・重経
袋田 佐竹氏

<註>土浦城の佐竹家臣は水戸城へ移動。
@プレイ開始後、
結城氏の土浦城から、隠れ支城多賀谷城を築城。その後、土浦城を佐竹氏が攻め取る。
多賀谷(下館)城には多賀谷政広・重経が入る。

 

《下総》
古河 結城秀康
佐倉 北条氏→徳川領に。武田信吉

<註>@なお、古河城は本来は小笠原秀政の居城。
@松平秀康(初期配置・駿府城)を結城氏の古河城に入れ、新規大名に。のち結城姓に改める。
あるいは、忠誠度の極端な低下を避けるため、晴朝の正式な養子縁組をして継がせてもよい。
@佐倉城は新武将の
武田信吉を城主とする(元服を待って)。

 

《上総安房》
久留里 里見義康
岡本 里見氏→徳川領に。大須賀忠政(未登場)
勝浦 里見氏→徳川領に。本多忠勝

<註>@岡本城には本多忠勝を入れる(本来は大多喜城主。隠れ支城にあり)。
@里見義康は本来、館山城主だが、
隠し支城のため、そのまま久留里城主(大名)とする。ただし、岡本城・勝浦城は徳川氏領とする。本来の久留里城主・大須賀忠政は岡本城主とする。プレイ開始後、里見氏は隠れ支城の館山城を築城し、所領とする。
@大須賀忠政は烈風伝には登場しない。

 

《下野》
宇都宮 宇都宮氏→蒲生氏郷・秀行(未登場)
小山 結城氏(結城家臣を古河城に移動)→蒲生領に。
烏山  独立勢力 那須資晴・大田原晴清
壬生 宇都宮氏→蒲生領に。

<註>@蒲生氏郷は存命。
@まず、松ヶ島城から蒲生氏郷ほかを移動させ(ただし関一政のみ残す。→北信濃飯山城主にする)、氏郷を新規大名にする。国内統一後、新武将、
大田原晴清を烏山城に入れる。あらためて烏山城を独立勢力にする。
@なお、宇都宮国綱のみ、武将移動で宇喜多秀家家臣(岡山城へ移動)とする。

 

《上野》
箕輪  北条氏→徳川領に。 井伊直政
沼田 北条氏→真田領に。 真田信幸
館林 北条氏→徳川領に。 榊原康政

<註>プレイ開始後、徳川領として、隠れ支城の厩橋城を築城し、平岩親吉を入れる。
箕輪城の小幡信貞は上田(海津)城へ移動。

 

 

《武蔵》
河越 北条氏→徳川領に。
江戸 北条氏→徳川領に。 徳川家康
鉢形 北条氏→徳川領に。
北条氏,→徳川領に。 松平忠吉

<註>@江戸城は徳川氏の本城とするべきだが、本城の移転変更が不可能なため、やむなく支城のまま、家康の居城とする。
@なお、北条氏は小田原城に北条氏政を残して、徳川家臣とし、プレイ開始後、勧告によって北条氏を配下に入れる。
北条一門・旧臣の進退については別表を参照のこと。佐久間安政は北信濃飯山城へ
安藤直次・真田信尹を江戸城に。

 

《相模伊豆》
小田原 北条氏→徳川に。大久保忠隣
玉縄 北条氏→徳川領に。
下田 北条氏→徳川領に。

<註>@小田原城の北条家臣は河越城へ移動させ、氏政のみとする。御宿勘兵衛は結城秀康家臣とし、古河城へ。佐久間安政は北信濃飯山城へ
@プレイ開始後、勧告で徳川配下とする。のち大久保一党を入れる。

《甲斐》
躑躅ヶ崎館→府中  豊臣氏→浅野長政
岩殿山 豊臣氏→浅野領に。

<註>@浅野幸長は元服前のため、浅野長政(初期配置・若狭後瀬山城)を移動、新規大名とし、国内統一する。
亀田高綱を家臣に。
@躑躅ヶ崎館を府中城に改める。  


東海

《駿河》
駿府 豊臣氏→中村一氏
興国寺 豊臣氏→中村領に。
大宮 豊臣氏→中村領に。

<註>駿府城ほかの徳川氏を関東に移動後、中村一氏を入れ、大名に。

 

《遠江》
浜松 豊臣氏→山内一豊・堀尾忠晴(堀尾忠氏は元服前)
高天神 豊臣氏→山内領に。有馬豊氏
二俣 豊臣氏→山内領に。

<註>@浜松城以下、徳川家臣を関東に移動後、浜松城に堀尾忠晴、山内一豊を入れる。
@山内一豊・堀尾忠氏を合わせて大名とする(ひとまず当主は山内一豊とした)。
@有馬豊氏(初期配置は摂津伊丹城)を高天神城に入れる(本来は横須賀城主)。
@プレイ開始後、本来の山内一豊の居城である隠れ支城の
掛川城を築城する。

 

《三河》
岡崎 豊臣氏→池田輝政・田中吉政
吉田 豊臣氏→池田領に。
新城(長篠) 豊臣氏→徳川領に。

<註>@岡崎城・吉田城の徳川家臣を関東に移動後、池田輝政・田中吉政を合わせて大名とする(ひとまず当主は池田輝政とした)。
@池田輝政の本来の居城は吉田城である。
池田長吉を家臣団に入れる。
@新城城のみ徳川領のままとし、プレイ開始後、隠れ支城の
刈谷城を築城して水野勝成を入れる。新城城は池田氏に攻め取らせる。

 

《尾張》
清洲 豊臣氏→福島正則
犬山 豊臣氏→福島領に。
那古野 豊臣氏→福島領に。

<註>@伊予湯築城の福島正則・可児才蔵を移動させ、正則を新規大名とする。
@清洲城の百々・木造は岐阜城へ 織田信包は丹波亀山城に入れ、新規大名とする。山口重政は徳川家臣となるので江戸へ
@那古野城の織田有楽斎は岐阜城へ、新規大名とする。
@福島家臣団として、
大崎長行・尾関正勝・長尾一勝を加える。


中部

《南信濃》
深志(松本) 豊臣氏→石川康長(三長) 
高島 豊臣氏→独立勢力 日根野吉明
木曽福島 豊臣氏→京極領に。京極高知・毛利秀頼

<註>@大坂城より石川康長を深志城に移動 高島城の武将はとりあえず江戸城に入れる。
@深志城の小笠原貞慶・秀政以下、ニ木・溝口・犬甘の重臣団は、貞慶が秀吉に改易された後、徳川氏に属したことから、徳川家臣とする。ただし、秀政の居城・古河城には結城氏が入っているので、やむを得ず、同国の佐倉城に入れることにする。
@プレイ開始後、木曽福島城から隠れ支城の
飯田城を築城し、京極高知・毛利秀頼(初期配置・岐阜城)を入れる。
木曽福島城は石川氏が攻め取る。

 

《北信濃》
海津→上田 豊臣氏→真田昌幸
小諸 豊臣氏→独立勢力 森忠政
飯山 豊臣氏→豊臣家臣を黒川城(上杉氏)へ。独立勢力 関一政・佐久間安政

<註>@真田信幸を沼田城に入れ、鈴木忠重、生年早めて、沼田城に配置。
鈴木忠重、実父武将に鈴木重則を指定すると、生年をかなり遅くしないといけません。ただ場合によってOKnなることもあるようです…
@上田城に
矢沢頼康を加える。
@小諸城主は本来、仙石秀久だが、開始当初は浪人のため、配置ができない。森忠政は本来、川中島城主。
@佐久間安政は小田原城から 

                     

《飛騨》
松倉(高山) 豊臣氏→金森長近・金森可重

高山城の柴田勝政は大坂城に。

 

《美濃》
岐阜 豊臣氏→織田有楽斎 秀信(未登場)
大垣 豊臣氏→独立勢力 伊藤盛正 竹中重門 加藤貞泰 遠藤慶隆 徳永寿昌
岩村  豊臣氏→独立勢力 田丸忠昌 稲葉貞通 河尻秀長

<註>@岐阜城の池田輝政は岡崎城へ(本来は吉田城)、森忠政は小諸城へ(本来は川中島城)
岐阜城の遠藤慶隆は大垣城へ(本来、郡上八幡城) 毛利秀頼は木曽福島城へ
@岐阜城の日根野弘就は尾張・三河のうち合わせて一万六千石を知行したことから、岡崎城へ移動することにした。
@大垣城の氏家行広は松ヶ島城へ、平塚為広は敦賀城へ

 

《伊勢志摩》
松ヶ島→桑名 豊臣氏→氏家行広
亀山 豊臣氏→福島領に。 福島高晴・富田信高・古田重勝・分部光嘉(関一政は信濃飯山へ)
鳥羽 豊臣氏→独立勢力 九鬼嘉隆・守隆
伊賀上野 豊臣氏→独立勢力 筒井定次

<註>松ヶ島城と桑名城の位置は大きく異なるが、やむを得ず代替した。
安濃津(津)
城主・富田信高、松坂城主・古田重勝は尾張清洲城主・福島氏配下
松ヶ島の蒲生氏は宇都宮へ。関一政のみ北信濃飯山城へ
亀山城の織田信雄は越前大野城へ

 


北陸

《南越後》
春日山  豊臣氏→堀秀治
与板 豊臣氏→堀領に。
坂戸 豊臣氏→堀領に。

<註>上杉家臣はすべて岩代黒川城へ移動させる。

 

《北越後》
新発田 豊臣氏→溝口秀勝
栃尾 豊臣氏→溝口領に。
村上 豊臣氏→溝口領に。村上義明(未登場)

<註>上杉家臣はすべて岩代黒川城へ移動させる。
溝口秀勝は大聖寺城から移動

 

《越中》
富山 豊臣氏→前田領に。前田利長
魚津 豊臣氏→前田領に。

 

《能登》
七尾 豊臣氏→前田領に。前田利政
穴水 豊臣氏→前田領に。

 

《加賀》
金沢 豊臣氏→前田利家
大聖寺 豊臣氏→大谷領に。山口宗永

<註>@大聖寺城から、隠れ支城の小松城を築城、丹羽長重・上田重安・江口正吉を入れる。
奥村永福を金沢城に入れる。
@大聖寺城の溝口秀勝は新発田城へ

 

《越前》
北ノ庄 豊臣氏→大谷領に。青木一矩 赤座直保 湯浅五助
敦賀 豊臣氏→大谷吉継 与力〜戸田勝成(越前安居城)・平塚為広(美濃垂井城)
大野 豊臣氏→織田領に。織田信雄 織田秀雄

<註>@大谷吉継を大名とするため、北ノ庄城を本城として新規大名とした。
青木一矩・戸田勝成・平塚為広は与力の形で吉継に属するとした。
大谷吉胤を敦賀城に入れる。
@北ノ庄城の堀秀政は春日山城へ。

 

《若狭》
後瀬山 豊臣氏→そのまま。
小浜 豊臣氏→そのまま。

@後瀬山城の浅野長政を甲斐躑躅ヶ崎館へ移動し、新規大名とする。
@若狭は木下勝俊・木下利房が領有したが、烈風伝未登場のため、豊臣氏直轄(木下氏は北政所の親族にあたる)とした。

 


畿内

《南近江》
八幡山→大津 豊臣氏→京極高次
水口 豊臣氏→そのまま。長束正家
坂本 豊臣氏→京極領に。

@坂本城の京極高次を八幡山城に移動。同じく坂本城の小川祐忠は宇和島城へ
@八幡山城の豊臣秀次は二条城へ、田中吉政は岡崎城へ
@水口城の中村一氏は駿府城へ
@坂本城の京極高知は木曽福島城へ
@八幡山城の津田重久は越中富山城へ(前田利長家臣)。徳永寿昌は大垣城へ(高須(高州?)城主
@毛屋武久は不明のため、そのままとしている(調査中です)。

 

《北近江》
長浜 豊臣氏→石田領に。
佐和山 豊臣氏→石田三成

<註>石田三成を大名とするため、長浜城を本城として新規大名とする。
島信勝(元服前) 蒲生郷舎 蒲生頼郷を佐和山城に入れる
@長浜城の根津甚八は上田(海津)城に、山内一豊は浜松城へ
@佐和山城の堀尾吉晴は浜松城へ。
@隠れ支城の
朽木谷城を築城し、朽木元綱を入れる。

 

《山城》
二条 豊臣氏→そのまま。
勝龍寺 豊臣氏→徳川領に。

<註>@勝龍寺城の増田長盛は大和郡山城へ移動させ、新規大名に。長束正家は水口城へ
@プレイ開始後、徳川氏で勝龍寺城から隠れ支城の
伏見城を築城して鳥居元忠・松平家忠を入れる。
築城後、豊臣氏に勝龍寺城を攻め落とさせる。
@豊臣氏で隠れ支城淀城を築城してもよい。
@とりあえず勝龍寺城に
水野勝成を入れている。三河刈谷築城後、そこに入る。

 

《丹波》
亀山 豊臣氏→織田信包
福智山 豊臣氏→そのまま。小野木公郷(重次)
八上 豊臣氏→そのまま。

 

《摂津》
大坂 豊臣氏→豊臣秀吉・秀頼
高槻 豊臣氏→そのまま。
伊丹 豊臣氏→そのまま。

@山崎家盛(片家の長男)は本来、三田城。 
@大坂城の片桐且元を高槻城に入れる(本来は茨木城)。
@伊丹城の有馬豊氏は高天神城へ(本来は遠江横須賀城)
@織田有楽斎は摂津味舌城主だが、岐阜城に入れ、秀信元服前のため、大名にした。

 

《河内和泉》
高屋 豊臣氏→そのまま。
岸和田 豊臣氏→そのまま。菅達長

 

《大和》
郡山 豊臣氏→そのまま。増田長盛

@渡辺勘兵衛(初期配置では丹波亀山城)を入れる。
@島勝猛を佐和山城へ。
@筒井定次を伊勢志摩(伊賀)上野城へ 井戸良弘・松倉重信も

増田盛次(元服前)・宝蔵院胤栄

 

《紀伊》
雑賀→和歌山  豊臣氏→そのまま。桑山元晴
手取 豊臣氏→独立勢力 堀内氏善・杉若氏宗

高屋城の桑山元晴を雑賀に移動させる。

 

《播磨》
姫路 豊臣氏→そのまま。木下家定
龍野 豊臣氏→そのまま。
三木 豊臣氏→そのまま。糟谷武則(居城は調査中)

@三木城の別所重宗は但馬有子城へ移動。
@姫路城の高山右近は、前田家客将として金沢に赴いていることから(マニラ遠流の直前)、金沢城へ移動させることとした。

 


中国

《丹後》
舞鶴 豊臣氏→細川藤孝
宮津 豊臣氏→細川領に。細川忠興

<註>細川氏を独立させ、国内統一する。

 

《但馬》
有子→出石 豊臣氏→小出吉政
竹田 豊臣氏→小出領に。斎村政広

斎村政広は播磨龍野城から移動させる

 

《因幡伯耆》
鳥取 豊臣氏→宮部継潤
羽衣石 豊臣氏→徳川領に。亀井茲矩

<註>@鳥取城の亀井茲矩を羽衣石城に、羽衣石城の南条氏を鳥取城に移動させる。
@鳥取城は宮部継潤を新規大名とする。

@亀井茲矩は本来、鹿野城主だが鹿野城はマップ上現れない。そのため、あえて徳川家臣として(関ケ原合戦で東軍に属した)羽衣石城から隠れ支城をひとつ築城し、そこに移動する。羽衣石城は宮部氏が攻め取り、宮部家臣として南条氏が入ることとする。

 

《出雲》
月山富田 豊臣氏→毛利領に。吉川広家
瀬戸山 豊臣氏→毛利領に。
神西 豊臣氏→毛利領に。

<註>吉川広家は毛利氏に属するとした。

 

《石見》
福光 豊臣氏→毛利領に。
益田 豊臣氏→毛利領に。
津和野 豊臣氏→毛利領に。

 

《美作》
津山 豊臣氏→宇喜多領に。

 

《備前》
岡山 豊臣氏→宇喜多秀家
天神山 豊臣氏→宇喜多領に。
常山 豊臣氏→宇喜多領に。

<註>宇喜多氏を独立させ、国内統一する。

 

《備中備後》
鶴首  豊臣氏→毛利領に。
神辺 豊臣氏→毛利領に。

<註>毛利氏で国内統一する。

 

《安芸》
吉田郡山 広島 豊臣氏→毛利輝元
新高山 豊臣氏→毛利領に。
小倉山 豊臣氏→毛利領に。

<註>毛利氏を独立させ、国内統一する。

 

《周防長門》
高嶺  豊臣氏→毛利領に。
且山 豊臣氏→毛利領に。

<註>毛利氏で国内統一する。

 


四国

《阿波淡路》
勝瑞 徳島 豊臣氏→蜂須賀家政
牛岐 豊臣氏→蜂須賀領に。

<註>@蜂須賀氏を独立させ、国内統一する。
@勝瑞城から隠れ支城の
洲本城を築城し、脇坂安治(初期配置では牛岐城)を入れる。

 

《讃岐》
十河 高松 豊臣氏→生駒親正
天霧 豊臣氏→生駒領に。

<註>@生駒氏を独立させ、国内統一する。

 

《伊予》
湯築 豊臣氏→藤堂高虎
宇和島  豊臣氏→独立勢力 安国寺恵瓊(内城)・小川祐忠(今治城)
来島  豊臣氏→藤堂領に。加藤嘉明(松前城)

<註>@藤堂高虎は板島城主だが、大名とするため、湯築城主とした。初期配置は河内和泉高屋城。
安国寺恵瓊、初期配置では来島城。
湯築城の福島正則・可児才蔵は清洲城へ

@加藤嘉明、初期配置では勝瑞城。同じく勝瑞城の塙直之を移動させ、家臣とする。
@宇和島城の戸田勝成を北ノ庄城へ(大谷与力)

 

《土佐》
岡豊 浦戸 豊臣氏→長宗我部元親・盛親
中村 豊臣氏→長宗我部領に。
安芸 豊臣氏→長宗我部領に。

<註>長宗我部氏を独立させ、国内統一する。野田甚左衛門


九州

《豊前》
城井谷 豊臣氏→黒田長政
中津  豊臣氏→黒田領に。 黒田官兵衛
門司 豊臣氏→毛利勝信 本来は小倉

<註>門司城の毛利勝信は独立勢力にするのを避けるため、あえて豊臣氏直轄のままとした。

 

《豊後》 
府内 豊臣氏→そのまま。福原長堯(直高)
豊臣氏→そのまま。垣見一直 本来は富来城
栂牟礼  豊臣氏→そのまま。熊谷直盛 本来は安岐城

<註>富来城・安岐城とも国東半島岸に位置するが、やむなく山間部にある岡城・栂牟礼城で代替した。

 

《筑前筑後》
立花山 名島 豊臣氏→小早川秀秋
古処山 豊臣氏→小早川領に。
柳河 豊臣氏→立花宗茂
岩屋  豊臣氏→小早川領に。小早川秀包 本来は久留米城

<註>@立花山城には小早川隆景が存命。 柳生宗章
@丹波亀山城の小早川秀秋・平岡頼勝・松野重元を移動させ、秀秋を新規大名とする。
@柳河城の立花宗茂は独立勢力にするのを避けるため、あえて豊臣氏直轄のままとした。

 

《肥前》
佐賀 豊臣氏→鍋島直茂
日野江 豊臣氏→独立勢力 有馬晴信
平戸 豊臣氏→独立勢力 松浦鎮信 
大村 豊臣氏→独立勢力 大村喜前

<註>@対馬宗氏は初期状態では鍋島氏家臣とする。対馬はマップ上存在しないので、五島を代わりとし、まず築城により、五島に金石城を建て、宗義智・柳川調信を入れる。次に鍋島氏の姫を宗義智の室とし、追放する。これで対馬宗氏(独立勢力)として独立するはずです。

 

《南肥後》
人吉 豊臣氏→相良頼房
水俣 豊臣氏→加藤領に。
古麓 豊臣氏→加藤領に。

<註>水俣城の島津歳久は島津領内に移動させる。

 

《北肥後》
隈本 豊臣氏→加藤清正
内牧 豊臣氏→加藤領に。
宇土 豊臣氏→小西行長

<註>@加藤清正は独立させ、大名とした。
@小西行長は独立勢力にするのを避けるため、あえて豊臣氏直轄のままとした。

 

《日向》
佐土原 高鍋? 豊臣氏→秋月種長
都城 豊臣氏→島津領に。
飫肥 豊臣氏→独立勢力 伊東祐兵

 

《大隅》
肝付 豊臣氏→島津義弘
垂水 豊臣氏→島津領に。
種子島 豊臣氏→島津領に。

<註>初期配置のまま。肝付城に新納旅庵を入れる。

 

《薩摩》
内 鹿児島 豊臣氏→島津忠恒(家久)
出水 豊臣氏→島津領に。

<註>初期配置のまま。

 


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