「好き」っていう感情は、良くわからないのだけれども、

きっと

君の好きなシュークリームよりは素敵なものなのだろう。




Cream puff.




まるでマトリオーシカみたいだ。同じのがいくつも連なってそれが私の頭を支配している。
連発されるそのマトリオーシカは、だんだんとエコーして消えていく。

「シュークリームシュークリームシュークリームー」

「ああ、もう。五月蝿いな静かにしてよ」

単調な空と、雲と。

閉所恐怖症になりそうな小さな部屋と、シュークリームを強請る君と。


花瓶に咲いた雪柳。


「シュークリーム、食べたい」

「我侭言うな」

「いやだー!食べるー!」

「いーい?きょう外は雨なの。わかる?外出たく無いんだよ私。頭痛いし」

言い聞かせる様に言い含める様に。
サラサラと流れる雨は、花瓶の雪柳に映って時折真っ白な乳白色に変わる。

「いーじゃん、お店傘さしていけばすぐだってば」

「君ねえ、…私が君にペリエ飲みたいペリエ飲みたいって喚いたらどう思う?」

「ペリエ売ってるお店は遠いから明日、って言う」

「シュークリームも然り、じゃないの?」

「違う。家の四軒先」

「はいはい」

仕方がなしに立ち上がって玄関まで出てみる。
途中で片方の脳味噌の方に鈍痛が走り、何度か挫折しかけて、危うく崩れ落ちる所だった。

「ね、マジ止めよ。ヤバイって私途中で倒れちゃうよ」

「僕が引っ張って帰るよ」

呂望は青い傘を取った。私は黒い傘を取った。

 ドアを開けると、どんよりとした空気で、気分が悪くなった。
お隣さんが作ってる焼きそばの匂いとかが雨の水っぽい匂いに押さえ込められて下に停滞している、そんな空気。
でも、生活の匂いは行過ぎていなければ嫌いではない。

 セメントの鼠色の階段を、落ちる様に駆け下りる小さな背中を見ながら、ふと、
雨が降るとキャンディが落ちている様に見えていた頃の自分を思い出した。
丁度ディック・ブルーナの描くような可愛らしいやつ。


ちょっと、笑った。



 歩道を歩く。偏頭痛は視界も狂わせる。
濡れたアスファルトは熱気が篭っていて、生温い。
ゆっくりと、ゆっくりと風が吹いて、私と呂望を追い抜いて行く。
そういえば、暗闇で黒い傘さしてると車に轢かれちゃうらしい。
脳味噌とか飛び出て複雑骨折とかするんだろうか。


「…痛そ」


呂望が私を見る。
私は何でも無い風を装う。

車が一台、通りすぎた。







 四軒先に辿り着く。ガンガンする頭を押さえつけて散々自動ドアに嘲笑われながら、
店員のぎこちない笑顔に対峙した。

「いらっしゃいませ」

「シュークリーム二つ。以上で結構」

「お会計四百二十円になります」

呂望が二つじゃ不満らしい。

「大丈夫だって、私は食べないから二つ食べれるよ」

そう言うと納得したらしい。 五百円渡して、お釣りを貰って店を出る。

 雨の日のお店の明かりは、ほのぼのしていて良いものだけれど、どうも温かすぎる。
店を出た後の寂しさは消えない。
店の店員のぎこちない笑顔でさえも恋しい。
一瞬鼻を突く甘い匂いも、活けてあった霞草も、白いビニルのテーブルクロスも。



「恋しい?」



悔しくて、呂望と蛇の目傘の歌を歌った。
かえるの歌の輪唱もした。
くるりの新曲も何故か歌った(呂望はサビしか歌えなかった)。
歌ってると、ジンジャエールが飲みたくなって、販売機で購入。
呂望はファンタのオレンジを買った。





 黒い傘にポツポツと、水滴が落ちてくる音が綺麗だと思って、それを今感じることが出来る私が嬉しかった。





生きてるなあと思った。





 ポストから夕刊を取って、階段をあまり頭に負担をかけないように上る。
玄関に戻ると、鍵をかけずに出て行った事に気付いた。

「馬鹿だねえ」

「ちょっとね」

二人で苦笑した。




ドアを開けると、花瓶の雪柳が何時もの様に咲いていた。




「呂望、明日はペリエを買いに行こうよ」
呂望はゆっくりと笑った。









「好き」っていう感情はよくわからないけれども、わからなくても良いんだと思う。


だって、ねえ、生きてるんだから。









―了―



改め一作目。くるりの「ばらの花」を聴きながら。
っつーかお子様。
でももう見せて恥ずかしいものを書く気は無いのです。


2/1 cloudy night.
mizu@sizu




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