オリジナル
白いカーテン
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The sky of the day was very blue.
「夢を見たんだ。格別突飛な。 僕の家のバスルームに女がいる。髪は黒のショートボブ。
女は劇的に美しい剃刀を右手に握って真っ赤な口紅、最近の落ちにくいタイプの。
あれでタイルに落書きをしたんだ。『おめでとう』」
「……君は何と答えた?」
「其処で夢は終わり」
君はにっこりとぎこちなく笑った。
飲むのはペリエ。苺をワイングラスに。月は遠くで転がり落ちて。
「僕なら助けてやるよ、その女を」
「それも良いさ」
白い百合が彼の雨中の訪問の所為でポタポタと雫を落としている。
僕は、新聞紙で無造作に包まれたそれに目を細めて、カーテンを開ける。
「ああ、雨止んでるね」
無数の陽光は細く長く広がり、部屋の一番奥の暗がりにスポットライトをあてる。
君は僕から白い悪趣味なカーテンをふんだくると、それをビイッと破り、スポットライトに踊り出た。
カーテンを体に巻きつけて、それをスカートの様にふんわりとさせると、
君は何処かの女より女のように見えた。
女は云った。
「さて、これよりある女の一生を語るとしよう」
「やあやあ、素敵だね」
僕はペリエの瓶を振り回して眼を閉じた。
「よく聴きたまえ」
「……女は何処かで生まれ、そして、僕の家で死んだ」
中性の君は、笑いを堪えて僕の反応を伺っている。唇の端がヒクヒクと痙攣するのがわかった。
「簡潔明瞭でよろしい。小学校の先生なら百点」
「どうも」
君は我慢し切れず笑い出す。
僕はおざなりの拍手を送った。
「まったく。女なんて生き物は花を食って生きているのさ」
「それは君御得意の暗喩?それとも格言かな」
「半分は暗喩で半分はただの写実だ。いたんだよ、こういう風に」
君はテーブルの上のまだ瑞々しい(事実その花はまだ水滴が滴っていた)
百合を引っ掴み、
花びらを一枚ちぎり、口に入れた。 端正な前歯でウサギの様に噛み、それを奥歯で粉々にして、
その欠片を少しずつ少しずつ咽喉に入れる。
すると其処から曇った鈍い音が発せられて、瞬間腕は僕のペリエに伸びていた。
「その女もそういう風にペリエを飲んだ?」
僕が揚げ足取りに聞くと君はとても馬鹿馬鹿しそうにそっぽを向いた。
「…雛子は美味しそうに食べたよ」
「雛子さんというのかい」
「ああ。得意料理は豆腐の味噌汁と御飯」
「それは良い」
「雛子は」
と、君は記憶の中の恋人について話し出した。
まだ彼主演の「ある女の一生」は終わっていなかった。
「雛子は味噌汁の豆腐は沸騰させると美味しくない事をわかっていた。
味噌は手作りだった。添える葱は一気に切って冷蔵庫にストックしたりしなかった。
毎日、刻んでた」
「雛子さんの記憶は、それだけ?」
「いや、彼女は天才的に御飯を炊くのが上手かった。…炭を使っていた所為もあるが」
「炭は何か健康に良いのか」
「御飯が数段美味しくなるんだよ」
「試してみよう」
「ああ」
君は詰まらなさそうに相槌を打った。
「雛子さんは何が好きだった?」
「…さてね。注意して見なかったからな」
「ふうん」
君が知らない振りをしているのがわかった。
劇は終幕に近づいているようだ。
そろそろ、僕の知っているあのシーンだ。
「…長い長い間、雨が降りつづけていた季節があった」
君の目は真っ直ぐと光りを。真っ直ぐと薄鼠と水色が入り混じる空を。白い雲を。
君の瞳が薄茶色に染め上げられた。
「家のベランダのマリーゴールドが雨で頭を垂れているのが印象にある。
僕と雛子は、毎日その花を眺めてた気がする。
そのうちに雨の季節が終わった。
窓からは光が漏れて、マリーゴールドは陽光を反射して輪郭を薄めていた。
雛子と僕は、相変わらずその花を眺めて、雛子の作る御飯と味噌汁を糧にして、
生きていた。まるで子供みたいに単純に。
彼女の真っ黒な髪の毛が、光に滲む姿はマリーゴールドより哀しく綺麗だった。
彼女の白い手は、マリーゴールドに触れるその手は、美しい物の全てを建築していた。
神様から話す権利を奪われた彼女は、壊れそうなくらい綺麗だった。
……ところで、なぜマリーゴールドをベランダに置いていたか君に話したっけな」
「いや。是非聞きたいな」
「雛子みたいだったから、僕が買ってきたんだ。小さな鉢植えに入れてね」
ふぅ、と君は小さく溜息をついた。僕は続きを促がした。
「そのマリーゴールドは僕と雛子を繋ぐ唯一の物だった。それを眺めている間だけ、
僕と雛子は意識の奥で繋がっていた。
マリーゴールドを仲介にしてね。
そうして、そう。その日も一緒に鉢植えの小さな花を見ていたんだ」
どうやら僕の知っているシーンに到達したらしい。
「その日はとても青くて、空が。あんまり綺麗過ぎたんで雛子は涙を流していた。
嬉々として咲いていて、花が。あんまり美しすぎて雛子は泣いていた。
僕も、同じだった。まるで糸電話か何かで申し合わせた様に、同じように」
「君は…」
無言で僕を睨むと、君は眉根を寄せ、目を細めた。
「そう、そこに丁度君も居合せていたんだったな。なんでだっけ、そうだ、
ロートレックの画集を君に貸す予定だったんだ」
「ああ」
「君は怪訝そうにまじまじと僕等を見た。嗚呼、あの時はまるで動物園の動物の気分だったよ!」
「済まない」
「…まあ、いい。そうして、君は何故か救急車を呼んだんだ。僕を見て。雛子を見て」
僕は無言で百合に目を落とす。
白い花はゆっくりと時間をかけてその身を乾かし終えると、
小さく笑って、零れる詩を芳しい薫りに乗せる。
「僕はここで君等を客観的に見た意見を述べるべきだろうか」
「いや、それは良い手で無いよ」
静かに目を瞑る。
「そうか (トコロデアレハ心中トイウ代物?)」
「そうだよ (心外ダナ)」
「ところであのロートレックの画集 (何故泣ク?)」
「ああ、結局貸さずじまいだったな (夢ヲ見ルタメノ代償)」
「いやね、あれから買ってしまったんだよ (君ノ夢ハ夢デ無イヨ)」
「そうかい (否、夢ダ)」
「いつみても素晴らしい絵だ (君ハ彼女ヲ隠シタ。浴槽ニ)」
「ああ、まったく (当タリ前ダ、雛子ハドコモ悪クナイノダカラ)」
百合の詩は途切れる。
僕はゆっくり息を吐いた。
「……ペリエをもう一瓶、如何かな」
「何で雛子は僕の手から居なくなったのだろう」
「要らないかい?」
「おめでとうだってさ。僕だけ生きてて、君が死んで。これの何処がおめでとうなんだろう。
ねえ、雛子。マリーゴールドの花言葉は別れの悲しみだ。
僕の頭は相当おめでたいらしいね、雛子。君は知ってたんだろう、花言葉。
なのにそれを君に似てるだなんて。本当に馬鹿げた冗談だ」
「多弁だね」
冷蔵庫から緑色の瓶をニつ取り出す。
「でもね、君。僕はとても愚かなんだよ」
それを断って彼は続けた。
「これだけ後悔しているのに、僕は雛子を失ったのに、自分の手で失ったのに何故か、
何故か生きてる事を幸せに思ったんだ。良かったと、そう思ったんだよ」
「君は…君は。本当に愚かだな」
「ああ。………失礼するよ、邪魔して悪かった」
「いや。そうだ、有り難う、百合」
「ん」
君は静かに僕の家のドアを開けた。
一瞬、君は驚いた様に目を見張った。その先には、ただ、単純に青い空が広がっていた。
「…雛子は百合の花と白いカーテンが大好きだった。……マリーゴールドなんかよりずっとね」
黒いコートを着た男のその科白を、僕は、はっきりと聞いた。
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she said,iloveyou.
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私ペリエ好きみたい。
何故オリジナル、といいますと。
特に意味はなく、載せたかったからです。
他人から見ると、私の作品には独特の世界観があって、
空とか花の描写が「ありありと想像できて」鳥肌が立つ、らしいのですが。
いかがなもんかねえ?
あと、峰倉かずやさんの「スティグマ」にとても似ているらしい(私も思った)
パクっちゃいませんよ。
2/4 bgm:「青い空」「ばらの花」/くるり
mizu@くるり熱再発みず
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