愛別離苦

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最後かもしれないのに。
怒った顔だというのは、少し、悲しいかもしれないと。


視線を感じる。
振り返ってみた。誰もいなかった。かえって怪しいと思った。
「どうした?」
と言いながらするりと肩に腕をまわしてくるアレフの頬をつねりあげながら、いいやと応える。
昔にもあった。こんな錯覚。いるはずだと思った誰かがいない。けれどよくわかっている。見えないだけ。隠れているだけ。本当は、ただそこに身を潜めてじっとうかがっている。芯の臓を刃で貫く、その隙を。
肩を諦めて腰に手を伸ばしてきたアレフを殴り倒しながら、遅かったなと思った。


今日の仕事を終え、帰るついでにさくら亭に寄ってみた。ついてこようとするアレフは蹴り返しておいた。被害が出る前に何がどうなっているのか確かめておきたかったからだ。
…多分。
誰かがこっちに来ているとして。
宿にはさくら亭を選ぶはずだ。
圧力をかけるため。
思い知らせるために。
周囲の調査は済んでいること、それらに対していつでも危害を加えられるということ。
さくら亭に宿を取るだけでいい。
そうすれば、聡い「竜劉伯」はすぐに気付く。
もう終わりだと。


案の定。


店の外に立っている護衛だかお付きだかの黒服は無視。下っ端に用はない。
三、二、一。
「アリサさん、今帰りましたっ!」
…あれ?
気合い入れてドアを開けたというのに、中にいたのはアレフと見慣れない奴。現時点でアレフが無事だということは、親しい関係だと思われているだろう他の皆もとりあえず無事だと思っていいだろう。リサとパティの無事はさくら亭に言ったときに先程確認してきた。
見慣れない奴は東方風の顔立ちをしているが、見覚えがない。
(ひょっとして勘違いだったか…?)
てっきり故郷から誰かが送られてきたものとぱかり思っていたが。
アリサの姿が見当たらないのでアレフに所在を尋ねると、台所で茶を煎れているという。どうやらアリサも無事であるらしい。
ほっとしていると、見慣れない奴が立ち上がった。そのままじーっとこちらを観察しているので、同じように観察し返す。
(…見たことあるよな気もする、が…)
心当たりが思いつかない。親族ではなく、その部下なのかもしれない。それなら思い出せなくても当然なのだが。その前にただの客である可能性もあるし。
「…こいつ誰? 客?」
見慣れない奴に聞こえないようにこっそりとアレフに尋ねる。
「さあな」
同じようにこっそりと答えたアレフの言葉に内心首を傾げた。故郷から来たかただの客か、どちらかだと思ったのだが、そこからすでに間違っていたのだろうか。
奥の方からアリサがでてきた。この人も無事だったようだ。
「お帰りなさい、リィクン」
「ただいま帰りました」
「ちょうどよかったわ。リィクンにお客様なの」
「俺に?」
ではやはり実家から来た誰かなのだろうか。
(でも見覚えねえんだよなー)
「リィクンも飲むかしら? 教会からお茶の葉をお裾分けしていただいたの」
「あ、いえ、今さくら亭でコーヒー飲んできたからいいです」
「まあ、そうなの? それじゃ、お店のほうお願いしてもいいかしら」
「まかせて下さい。…お待たせしました。御用向きは?」
相手がどこの誰なのかいまいち確信が持てなかったので、とりあえず営業用対応である。
「お久しゅうございます、大兄」
………実家からだ。ところでこいつ誰?
「憶えておいででしょうか」
いや全然。
「誰だっけ?」
あ、なんかショック受けてる。
「来劉叔にございます」
「らいぃ?」
劉ということはかなり近しい親族で、叔がつくなら三番目だ。来姓で血が近くて三番目、というと三弟くらいしか当てはまる人物がいない。
「…、来劉葉か」
「如何にも」
成長してずいぶん印象が変わっていて、ちっともわからなかった。
(本名名乗れよ。字じゃわかんねーだろうが。つーかまだ来だと? 馬鹿だろてめぇ)
当時子供達の中で唯一竜姓を名乗っていた自分が家を飛び出してもう四年である。それでなくとももうこの歳だ。跡取り候補としてみられていないのはちょっと信じがたいくらいの馬鹿か、でなければ後を継ぐ気はないか。もっとも、過去を知る限りでは後者はあり得ないと思うが。
「で? 何の用だ?」
「父上から書を預かって参りました」
あの父親がわざわざ手紙ねえ、と思いながら差し出された封筒を受け取った。一応裏返してみて宛名を確かめる。死ぬほど驚いた。
「…これ」
竜を象った封印がしてあった。来のいう「父親からの書」という言葉に偽りはないようだ。
(な、なんでわざわざこんなことして寄越すんだ?!)
「大兄にと」
(んなこたわかってんだよ!)
竜の封印はそれが重要書類であることを示す。リィが訊きたかったのは、何故そんな封印がしてあるのかだ。まあ読めばわかることだから、いちいち訊く必要はない。封を切った途端に致死性の毒がたっぷり塗られた針とかが飛び出してきたりしたら嫌なので、それなりに用心して手紙を開ける。
東方の紙は手触りが少し違う。それを懐かしく思う自分に胸の中で舌打ちをした。忌々しいだけの過去にそんなものを感じたくはない。
広げた手紙は一枚きりで、墨の跡が黒々としている。
筆跡に覚えがあった。父の字だ。
直筆の手紙だというだけで充分恐ろしいのに、内容はさらに恐かった。
読みとった内容に、背筋を冷たいものが駆け上がった。
殺される。
咄嗟に思った。
直接そう書いてあったわけではない。文面は要約すればそろそろ戻ってこいというだけの、ごく当たり障りのない内容だ。
だが一族への裏切り行為には死を以て報いるのが絶対の不文律で、出奔したまま四年間も音信不通というのはそうとられても不思議はない。呼び戻そうとする意図が書かれていない以上、帰れば粛正される道しかないと思って間違いない。
死にたくないから、帰りたくない。
では、帰らなければ?

それ以上の、措置が待っているだけだ。

臓腑にひんやりとしたなにかが降りてきた。馴染んだ冷ややかさ。
「後から行く」
「それでは、お待ちしております」
片手を振って来を追い払う。
迎えが来ているからには、実家に帰り着くまでの身の安全は保障されているのだろう。
殺したいならこんな金と時間のかかることなどしなくても、刺客の一人でも送って寄越せば済むことなのに。
手紙も一枚だけだ。普通は礼儀として白紙でもう一枚付け加えて二枚にするものだろう。
だいたい遅すぎる!
家を出て何年になると思っているのやら。
四年だ。四年。
これだけ経てばいいかげん帰る気がないことくらいわかるだろうに。
それともなにか。
嫌がらせか、これは。
あのくそ親父…。
とっととくたばりやがれ!!

「リィ」
「あ?」
はっ。
リィはようやく我に返った。
怒りで我を忘れていたらしい。気付けば手紙は靴底で正視に耐えない有様になっている。
アレフの気遣わしげな表情にばつが悪くなった。
「なんだよ」
「手紙、なんて書いてあったんだ?」
アレフは心配そうだ。
「…別に」
帰ってこいというだけの手紙の内容を、だからかえってリィは口にできなかった。
文字通りの意味として話せるかどうか、自信がなかった。


「あの…、アリサさん」
食事中ずっと、迷っていた。
「急な話で申し訳ないんですけど、家から手紙が来たんです。帰ってこいという内容でした」
思い切ってそう言った。なるべく文面通りに聞こえるように。
「あの、だから」
耐えきれなくて顔を伏せた。
「俺…、帰らなきゃならなくなりました」
まあと驚いたようなアリサの声。ええええっとこれはテディの驚きの声。
アレフは。
アレフの声はしなかった。
怖くて表情を確認することもできなかった。
「すみません、ここにいつ戻れるかはわからないんです」
矢継ぎ早に言を紡いだ。時間をかければかけるほどここから去りがたくなる気がした。
「すみません、アリサさん」
もう生きて会えないかもなどとは、どうしても言えなかった。


荷造りをするからと部屋に引っ込んだ自分の後を、何故かアレフがついてきた。
何か言いたいことでもあるのかもしれない。
あるとみたほうがいいんだろうか。
(急な話だもんなー…)
正直言って半ば忘れかけていた。なにしろもう四年も経つし、とくに家の勢力範囲から出た後は何の気配もなかったからなおさらだ。
今さらこんなことになるなんて思わなかったから、覚悟を決めたつもりが嫌で嫌でしょうがない。
かといって手紙を無視することもできない。殺されるとわかっていても。
「…どうしてもだめなのか?」
身の回りの持ち物を鞄に詰めていると、後ろからアレフが尋ねてきた。
「俺だって行きたくて行くわけじゃねぇよ。けどしょうがねぇだろ。親父が戻ってこいってんだから」
せめて父親以外の手紙なら、ほかに対処のしようもあった。
「…やだなー」
つい愚痴をこぼした。
「戻りたくねーなー」
「そんなに嫌なら帰るなよ」
そう言ったアレフの不機嫌さに気付いていれば、もしかしたらもう少し違った別れ方ができたかもしれない。
「そういうわけにゃいかねぇんだよ」
言いながら着替えのシャツをゆっくりたたむ。少なくともこれをたたんで鞄にしまうまではここにいられる。
この街に馴染んで、他の土地に移ることなど考えなくなったというのに、持ち物は大して増えていなかった。着替えと日用品が幾つか増えているくらいで、あとは買い換えたか元から持っていたものばかりだ。ものに執着しないせいかもしれないし、買い物に興味がないからかもしれない。
「片道でどれくらいかかるんだ?」
背後からアレフの質問。
「んー…、どれくらいだろうな。あっちこっちうろうろしてたからな。真っ直ぐここに来たわけじゃねぇんだ」
あてもなくふらふらしていて、たまたまこの街に辿り着いた。
「だからわかんねえけど、多分、馬で二月と少しってとこだと思う」
思えば随分と長い距離だ。その遠大な道中とエンフィールドに来てからの様々を思い起こす。
「あいつとどういう関係なんだ?」
「あ?」
考え事の最中だったので、アレフが何を言っているのか咄嗟にはわからなかった。
「あいつって?」
「今日来た奴」
「…あー」
リィは手を止めてなんとなく上を向いた。見慣れた天井が見えた。
ここは正直に教えるべきだろうか。これまではどこで誰に聞かれるかわかったものじゃないので、不用意に実家のことを口にするのは避けていた。だが、どうせ実家のほうでは、すでに自分の交友関係について調べがついているだろうし、アレフは本人とも直接会っている。まあいいか。
「弟」
「似てねー」
簡潔にして明瞭な感想が返ってきた。
「だ、ろうな」
腹違いのうえお互い母親似ならどう転んでも似るわけはない。
「来ってんだ。何か訊かれたか?」
これは訊いておかなくてはならない。わざわざアレフと接触をはかったのは何故か。
「どういう関係かってさ。やけに真剣だったぜ」
「誰と誰がだよ。まさか俺とお前?」
「その通り」
(………………あの、馬鹿………)
直接訊いてどうする。
(そういうのは本人達に気付かれないように、こっそり周辺調査するのが常套手段だろうが! たく、だからその歳でまだ来姓なんだよ)
この様子では、さくら亭に宿泊しているのも、来本人の考えではなく父親からの指示なのだろう。
はーやれやれ、と思っていると、後ろでふうっとアレフが溜め息をついた。
「なんだよ? さっきからうっとうしい」
「…ほんとに帰るのか?」
振り向くと、アレフはなんだか複雑な顔をしていた。怒っているような悲しんでいるような、あるいは困惑しているような。どことなく諦めたようにも見える。
なんでそんな顔してるんだろう。いらいらする。
「しつこいぞ、アレフ。しょうがないってさっきから言ってんだろーが」
「嫌なら帰らなきゃいいだろ」
それで済むなら是非そうしたい。
「帰るなよ」
アレフの声音が神経を逆なでる。
「だ・か・ら、そうはいかねえんだって言ってんだろ?!」
返した語気の荒っぽさに自分でも驚いた。けれどその驚きはすぐに本当に苛立ちに取って代わられた。
「なんでだよ、今までずっと連絡なんかしてなかったのに、なんでいきなり帰るんだ?」
座っていたベッドからアレフが立ち上がる。
「親父がそう書いてきたからだよ!」
かつてない険悪な睨み合い。
「帰りたくないって手紙でも書けよ。それでいいだろ」
癪に障る意見だった。 竜家の束ねが直筆で手紙を寄越したのだ。その意味を理解しない奴が何を言う。
(…んの…!)
知らないくせに。つい、口に出た。
「なにも知らないくせに適当なこと言うな!!」
「俺にわかるかよ!! お前がなにも言わないのに!!」
間髪入れずに返ってきた言葉に、すこんと激情が引っ込んだ。
なるほどなと思った。確かにアレフの言う通りだ。知られたくなくて隠してきた事を、アレフが知るはずはないし、わかるはずもない。
言わなかったこちらが悪い。
だから。
視線を逸らして、吐き捨てた。
「邪魔だから出てけ」
荷造りの最中だから。
「ふざけるな!」
アレフが怒鳴る。初めてかもしれない。
「だいたい、なんなんだよ、リィ!」
なにが。
邪魔なんだ、アレフ。本当に。
まだ荷物を詰め終わってないんだから。
「リィ、ほんとは、俺のこと、どう思って…!」
どう?
好きだとか愛してるとか、そういうこと言わせたいわけかお前は。
好いてもらえるのは嬉しいとか。
言えるわけないだろそんなこと。
俺は殺されに帰るんだから。
「出てけ」
途端、襟元を掴まれた。
力任せに引き寄せられて、激情に揺らぐアレフの両眼に至近距離で睨まれた。
「…リィ…!」
その目もその口調も、怒気と苦渋と悲痛が入り混じって、見ているこちらのほうがひどく辛い。
なのにそれを冷静に認識している自分が、我ながらとても不思議だった。
「…リィ…」
アレフは辛そうだ。
とても怒っているけれど、辛そうだ。
それなのにどうして自分はこんなに落ち着いてるんだろう。
アレフはこんなに辛そうで、原因は間違いなく自分なのに。
「リィ」
「出ていけ」
どこかすがるような声で名前を呼ばれた。
そんなアレフは初めてだったが、リィは冷酷に斬って捨てた。
邪魔だったから。
彼は実家に戻るのだから。
「…!」
突き飛ばされてよろめき、それでもやはり冷静に、彼はアレフの背中に声をかける。
「アレフ」
ちょうど出入り口をくぐったアレフが足を止める。その後を追うようにドアに近付きながら用件を告げた。
「鍵、アリサさんに返しておいてくれ」
ばたり、と。返事を待たずにドアを閉める。
言いたいことは伝わっただろうから、返事なんか待たなくてもいい。
ドアノブに手をかけたままじっとしていると、アレフの荒い足音が遠ざかっていくのが聞こえた。
「………」
目を閉じて首を前に傾ける。ごんとドアに額が当たった。
さっきは殴られるかと思った。
嫌われたかもしれない。
こんなふうに、喧嘩別れみたいな別れ方になるなんて思わなかった。
でもきっとこれでいいのだろう。
これだけ言い争いをしておけば、ひょっとしたらもう親しくないと言っても通るかもしれない。それはアレフの身の安全に繋がる。いいことだ。
そう思うことにした。
何故か心臓が痛んでいたけれど、それには気付かないことにした。


背後に人の気配を感じて振り返る。
いつの間に入ってきたのか、部屋の中央に男が一人、立っていた。余分な布地の少ない黒装束の男は、ご丁寧に覆面までしている。 これだけ怪しいと、かえってわかりやすくてありがたいくらいだ。
さっと部屋中に視線を走らせる。ドア。今背にしている。窓。いつから開いていた?
「誰だ」
予想はついていたしうんざりしてもいたが、とりあえず誰何するだけはしてみた。
「竜劉伯か」
こいつは三流だと判断した。姿を見せたうえに口を開くような奴は立派な刺客とはいえない。であれば父親の部下でも雇われた本職でもない。発音の訛りは南の河川流域のものだ。そこを勢力範囲としているのは範家で、次弟とその母親が一族として名を連ねている。
(あいつら昔っから馬鹿だったよな)
いくらなんでも年長者を公然と殺傷するのはまずかろうという発想はないらしい。竜家は確かに実力主義だが、同時に序列も重視する。特に尊属殺人にはかなり厳しい。まさかそれを知らぬわけではあるまいに。
(それとも馬鹿にされてんのか?)
護衛もつけずにただ一人でこれほど遠く離れているなら、手段を選ぶまでもなく、始末をつけるのにちょうどいいとでも思ったのだろう。
あまりの浅はかさに思わず笑みがこぼれた。
黒装束はこちらの笑いに動揺したらしい。覆面で表情はわからないが、気配が揺れた。
「覚悟してもらおう」
それでも責務を果たそうとする心意気は汲んでやってもいい。
「それは構わないが」
笑みを湛えたまま、ゆっくりと口を開く。昔使っていたのはこんな口調だったかと思いながら。
「必要性は感じないな。気付かないのか?」
さっきからやけに冷静だったが、そのわけが今わかった。これは竜劉伯だ。
「私の居所はとうに父上の知るところとなっている。なのに、監視の一人もついていないとでも?」
効果は覿面だった。黒装束は哀れになるほどうろたえて、窓の方を振り返る。ただちょっと身ごなしが軽いだけで、この方面では全くの素人なのだろう。なにしろ訛りすら矯正されていないのだ。
「見逃してやるから、お前の主人に伝えるといい。私が、竜劉伯がもうすぐ帰る、とな」


腹が立ってきた。
戻ればきっと殺される。
戻らなければ見せしめとして身近な誰かが殺される。
アレフなんか簡単そうだ。見目のいい女を選んでアレフの前を歩かせる。あとは馬鹿なナンパ師が思惑通りに声をかけるのを待てばいい。それでもう次の日にはローズレイクあたりに死体が浮かぶことだろう。
死ぬなんて御免だ。
絶対にだ。
誰かが傷ついたり、ましてや死んだりするのは、もっと嫌だ。
だが、素直に家に戻ることでエンフィールドの誰かの安全が買えるとは限らない。
そもそも俺の人生俺の好きに生きて何処が悪い?!
基本の「き」は「やられる前にやれ」。
そして「臭いものは元から絶て」だ。
資金ならあてがある。その筋の本職の連中と接触する手段も幾つか残っていたはずだ。それでだめなら政治的に追い落とす。父親は四男だった。上三人は事故死と病死でこの世を去った。実際の死因が何であったのか、誰が手を下したのかは、証拠がないために公然の秘密という噂話でしかない。しかしそれを歴然とした事実にできる物的証拠を掴んでいる。父親に知られればまず間違いなく消されるだろうからこれは諸刃の刃だが、使い所さえ誤らなければこれほど強力な武器はない。範はどうとでもなる。向こうは次男でこっちは長男だ。長幼の序。端的に言って弟が兄を殺すのはまずいが兄が弟を殺すならさほど問題はない。
鞄に残りの荷物を詰め込んでさくら亭へ向かった。
来はどうするか。邪魔をするなら殺してしまおう。竜劉伯は障害は排除する主義だ。ただ竜家の跡目を継ぎたいだけで、こちらに対して特に害意がないなら生かしておこう。
竜劉伯の他にも竜姓の人間が要る。そいつに竜家を押しつけて、自分はこの町に帰ってくる。
エンフィールドでのこれまでの時間を諦めて捨ててしまうことだけは嫌だった。
生きて帰る。
どれほど時間をかけても、きっと帰る。
無理かもしれないけれど。


夜道を進む足を、ふと止めた。
生還するつもりではいるが。
でも最後かもしれない。アレフと会えるのは。
なのに最後の見たのが怒った顔だというのは、少し、悲しかった。


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お疲れさまでした。
データの読み込みから実際に読み終わるまで、さぞや時間がかかったことと思います。ごめんなさい。
そんなわけで里帰りしたリィですが、常識的に考えて死ぬのは彼の方ではないでしょうか(疑問)
殺しゃしませんが。
ちなみに青字は視点の人物が考えるときに使っている言語で、赤字はそれ以外の言語です。
つまりこの時点ですでにリィはエンフィールドの言葉で思考するようになっているわけです。
だから故郷の言葉である東方言語は赤いのです。
では、「愛別離苦」、これにて終幕と相成ります。
ここまで長々と読んで下さってありがとうございました。

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