エンフィールドの悪夢


 秋も深まり空が高くなってきたある日、エンフィールドの街は祭で沸き立っていた。
 収穫祭と名付けられてはいるものの、実状は豊かな実りを感謝するよりもどんちゃん騒ぎの口実といったほうがいい。そこかしこに設けられたテーブルについて酒をあおる者があり、歓声を上げて人並みを走り抜けるこどもたちがおり、着飾ったとっておきの姿を互いに見せ合う女性たちがいる。通りには出店がずらりと並び、収穫したばかりの農作物を使っていい匂いをさせていたり、所狭しと装身具やおもちゃを並べていたりする。
 しかし、その騒ぎの影で悲劇が生まれつつあるとは、とりあえず大部分の住人は気付いていないのだった…。


 道の端の方に、一組の男女がいる。
 なにか揉めているらしく、長身の男の片腕を女がしっかりと掴んでいる。どちらも必死の表情である。
 それだけならよくある恋人の痴話喧嘩なのだが。
 問題は当事者がそのシチュエーションに似つかわしくないということだ。
 まず、なんとかして腕を振りほどこうとあがいているのは、自警団のアルベルト。
 堅物というわけではないがあまり女っ気のない彼のこと、これで腕を掴んでいるのが妹のクレアならばさほど問題はないが、事実はもちろん違う。
 相手は年の頃なら二十歳前後の女性である。
 茶色の髪を結った頭には白いレースとほんのりピンクのリボンで飾られた繊細な帽子をのせ、整った顔には薄く化粧を施している。首に巻いたリボンから開いた襟ぐりまでは目の細かなすかし編み、帽子のリボンと同じ色の布で作られた花が襟をぐるりと飾り、ほのかに膨らんだ胸元にはそれを覆い隠すようにレースのリボンと花と控えめに光る極小のビーズ。その細さを際だたせるように幅広の帯がきっちりと結ばれ、ウエストの背中側で形よくふんわりとふくらんでいる。袖は夢見るパフスリーブ、絹の手袋をはめた手には、柄が長いわりに傘の部分は小さい可愛らしいパラソル。妖精の女王のように優雅に広がるスカートには咲き誇る花と蕾と葉を模して編まれたレースのデコレーション、その下では帽子のリボンよりは濃いけれど十分薄目のピンクの布地に小さな赤い花と緑の葉が刺してある。長い裾からのぞいているのはいかにも華奢な編み上げ靴。
 全体を白と淡いピンクで統一したその姿は、いささか時代錯誤気味ではあるものの、可憐な深窓の令嬢といった雰囲気を醸し出している。
 非常識なまでに背の高いアルベルトのそばにいるせいで、余計に華奢で繊細に見えた。
 某ナンパ師でなくとも思わず声をかけて名前を尋ねたくなるような、そこらではちょっとお目にかかれない類の美人である。
 その美人が必死になってアルベルトの腕に取りすがっている(ように見える)のである。
 これが問題でなくてなんであろうか。
 もっとも、道行く人々はどこかの世間知らずのお嬢様がトラブルに巻き込まれたか何かして自警団員を困らせている、といった解釈をしているようである。異常な事態に気付きはしても、そのまま通りすぎていく。
 よって、誰も助けに来てくれない。
 アルベルトはほとほと困り果て、誰か見知った人物が通りがからないかと何度目か忘れたがとにかく人混みに視線をやった。
 あいにく誰も見当たらなかった。
 仕方がないので、説得しようと試みる。
「別に俺じゃなくてもいいんだろ? 頼むから…」
「今はアルしかいないじゃないか!」
 最後まで言い終える前に遮られてしまった。もちろんこれはさっきから失敗続きなのである。
 それでもこれだけはどうしても譲れない。譲歩することは男としてのプライドが許さない。たとえそれが大切な人の心の底からの願いであっても、だ。
「俺はこれから見回りと警備が…」
「今日は一日フリーのはずだろ」
 またもすぱりと言い返されたアルベルトは途方に暮れる。
 あらためて腕を掴みなおし、追いつめられた表情でアルベルトを見上げる美人。
「頼むよ、アル。化粧しても誰にもなんにもいわれないし、美しくなれる!」
「そういう問題じゃねーだろ、シュウ!」
 アルベルトは思わず叫んでいた。
 そうなのだ。
 なにを隠そう、アルベルトの腕にしがみついていたのは、自警団第三部隊長のシュウなのである。
 女装癖などない彼がなぜあんな格好をしているのか?
 答えは至って簡単である。
 本人に意思とは無関係に、無理矢理着せられたのだ。
 誰が立案したのか知らないが、エンフィールドの一部の女性たちが男性諸君に滅多にしない格好をしてもらおうという計画を実行していたのである。元の格好に戻るには、つまり、それまで着ていた服を返してもらうには、次の犠牲者を連れて行かねばならない。
 これを悪夢と言わずして何と言おうか。
「とにかく他を当たってくれ!」
 と腕を解放しようとじたばたしているアルベルト。
「やだ! 俺にはもうアルしかいないんだ!」
 とわけの分からないことを口走りながらも必死でアルベルトの片腕を拘束しているシュウ。
 二人とも我が身の命運がかかっているだけに必死だったので、近づいてくる人影に気がつかなかった。
「おやぁ? 珍しいねぇ」
 傍らで突然聞こえた声に二人は驚いて振り向いた。
 にやにや笑いながらそこにいたのは、アルベルトとは犬猿の仲のアレフであった。
「アレフ、てめえ何しに来やがった!」
 かみつくアルベルトを無視し、アレフは実ににこやかな笑顔になって白とピクで来飾った人物に話しかける。
「ねえねえ、彼女、そんな乱暴な奴なんか一緒にいないで、俺と…」
 びっくりして固まったままの相手の顔をしばらく見つめて、アレフは「えーと」と意味もなく呟いた。
「前にどこかで会ったような気がするなぁ…。おかしいな。君みたいな美人なら絶対に覚えてるはずなんだけど」
 そこでようやくシュウが解凍した。
「なに言ってんだよ!」
 つい大声になった。
「声にも聞き覚えがあるってことはやっぱりどこかで会ったんだ。間違いない」
「だからっ、俺はっ、シュウなんだよ!」
「…えええええええええええええええっ?!」
 ずさっとアレフが後ずさった。
 しばらくじーっと観察したあと、恐る恐る確認する。
「………シュウ?」
「そうだよ! っと、逃げようったってそうはいかないからな」
 どさくさに紛れて逃亡を図ったアルベルトの腕を引っ張る。
「あ、いや、ほら、こいつでもいいだろ?!」
 アルベルトはアレフを指し示す。どうあっても逃げるつもりらしい。
「あー、ひょっとして、シュウ、お前のその格好って、やっぱり…」
「え? てことは、もしかしてアレフも?」
「まあな。俺はもうイケニエ捧げてきたんだ」
 シュウに同情の眼差しを送っていたアレフは、そこで人の悪い笑みを浮かべてアルベルトを見た。
「残念だったなあ。一回犠牲になった奴を連れてってもだめなんだよ」
「な、なにぃっ!!」
「ご愁傷様♪」
 あらためてショックを受けているアルベルトの脇で、シュウが「逃がさなくてよかった…」としみじみ呟いている。
「ところで参考までに訪いときたいんだけど、誰を連れてったんだ?」
「うちのきっつい同僚。あとが怖いからな、着替えて化粧落として速攻で逃げてきた」
 ちなみにアレフは今でも時々ジョートショップの手伝いをしている。
「そうか…。それじゃそろそろ行こうか、アル」
「嫌だああああっ!!」
「諦めて行ってこい。なんなら手伝うか?」
 前半はアルベルトに、後半はシュウに、実に嬉しそうに言うアレフ。
 その背後に、ゆうらりと現れた一つの影。
「あれ」
 真っ先に気付いたのはシュウで、次がアルベルト、最後はアレフだった。
 ちょうど真後ろに位置する影の方を振り向いた途端、アレフはぎくりと体をこわばらせた。
「は、早かったんだな」
 あはは、と乾いた笑い声をあげる。
 ある種のオーラを背負ったその影は、にっこりと綺麗に微笑んだ。
 鮮やかな紫のチャイナドレス。綺麗に結い上げた茶色の髪には紫の小さな生花を飾り、薄絹の手袋をはめ、底の平らな布の靴を履いている。ドレスの生地は光沢のある絹、金糸銀糸で華麗な縫い取りが施してあり、胸から腰にかけてはなかなか見事な曲線を描いている。広めの肩幅と高めの身長、強い眼差しが相まって、近寄りがたい迫力美人の呈を成している。
 紅唇が開いて、怒りに低くなった声がすべり出た。
「他に、言いたいことはあるか?」
 見覚えのあるそれが誰かわからず、アルベルトとシュウは顔を見合わせた。
 アレフはわかっているらしく、冷や汗を流しながらじりりと後ずさる。
「えーと、よく似合ってるよ」
「ありがとう。他には?」
 相変わらず笑顔を張り付かせたまま、チャイナ美人がずいと迫る。
「どうしてドレスの下にズボンはいてるの?」
「男の脚見て楽しいのかお前」
 アレフの言うとおり、ドレスにはきわどいスリットが両脇に入っている。単独で着ていればかなりどころでなく危険だろうが、ドレスと共布のズボンが両脚を覆っているのでそんなことはない。
「お姉さんか妹さんいる?」
「妹なら五、六人いた。腹違いだから似てないけどな」
「お母さん美人?」
「ああ」
 やはり笑顔のままアレフを追いつめていくチャイナドレス。片手を持ち上げて握り拳を作った。
「まだあるか?」
 アレフは顔を引きつらせながらも、なんとか笑顔を作ってのたまった。
「………綺麗だよv」

しばらくお待ち下さい

 どしゃっ、とずたぼろになったなんかの塊が道端に落っこちた。
「ふー…、ちょっとすっきりした」
 一仕事終えたあとの清々しい表情で、リィは浮かんでもいない額の汗を拭う。
「お、お前…リィか…?」
 先のアレフと同じように恐る恐る訪ねたアルベルトに、リィは顔をしかめて「そうだよ」と答え、ついで軽く目を見開いた。曰く、
「…取り込み中だったか?」
 どうやらシュウを本物の女性だと思ったらしい。
「邪魔したみたいだな。悪ぃ」
 リィはもはやぴくりとも動かないぼろぼろの塊を回収して去ろうとした。
「ちょっと待て!」
「誤解だ誤解!!」
 慌ててそれを止めるアルベルトとシュウ。シュウはアルベルトの腕を掴んだままである。
「はぁ? なにが誤解だって?」
「俺はシュウだ!」
 ほらほら、見覚えあるだろ?と自らの顔を指し示すシュウ。
「…はい?」
 リィはかくりと首を傾げた。


「…そうか…シュウ、お前もか…」
「そうなんだよ…」
 やけにしみじみと呟きあうリィとシュウ。
「これ考えたの誰なんだろうな」
「端迷惑なことするよな。…ところで、随分あちこち出っ張ってるみたいだけど…?」
「これ? 詰め物だ、詰め物。ふかふかしてんぞ。触ってみるか?」
 ぽふぽふぽふぽふ。
「あ、ほんとだ。なんだかぬいぐるみ触ってるみたいだな」
「だろ?」
「俺のあんまりないけど触る?」
 ぽす。ぽすぽすぽす。
「わりとすぐ下にぶつかるなー。コンセプトきっとロリ系だな」
(頼むからやめてくれ………)
 アルベルトはすぐそばでかわされるのんきな会話に心底そう思った。
 中身はともかく外見は美人の二人である。見てはいけないものを見せられている気がしてならない。
「あっと、こんなことしてる場合じゃねえな。早いとこ誰か連れてかないと」
 リィはそう言うと元アレフの襟首を掴んで引きずり起こした。
「アレフもつれてくのか?」
「おう。責任とって人身御供捜しを手伝わせる」
 じゃっ、と片手をあげ、リィは颯爽と去っていった。ずりずりと人体を引きずりながら。
「俺たちもそろそろ行こうか」
「嫌だって言ってんだろーが!!」
 見とれてしまいそうな魅力的な微笑みを浮かべて、シュウはアルベルトを見上げた。
「ごめんな、アル。…タイムズ・ウィスパー!」


………かくして悪夢は拡大の一途をたどるのであった………。
 

完  

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ピンクピンクー。
アルベルトに合うサイズの女物があるのか?
書き逃げ御免(→→ダッシュ)



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